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078話「光のある方へ」




 ゼル・プラノード。神の因子を持ちし者、本来神の魂を持ったものは周期的な役割を終え眠りにつきまた邪神が世界に現れるまで同じく姿を現すことはない。しかしそこに介入が生じた、たった一人の獣人族がかの者に希望を指し示したことによりゼル・プラノードは人として生きることを決意した。


そんな彼は今真っ暗闇の上空を飛んでいる。なぜ飛んでいるのか、何を理由に飛んでいるのか、そんなことは本人ですら曖昧であった。それは衝動だった、動物などが持つ危険察知に威嚇や空腹時に食べ物を探す、そんな本能的な衝動が彼を突き動かしていた。

しかしこの生物はまともな動物としての感性をどこかで失っている。正確には人に必要だったものがなくなっているのだ。


全てはあの異界で約10年過ごし続けた結果であった。あそこは文字通り魔窟で常に戦いが尽きない大地であった、魔暴と魔暴が殺し合いを続け食物連鎖が強制された世界だった。調和が存在しないのだそこに理性を持ち込もうとするならばたちまち腐り果てていつのまにか怪物へと変性する。こと、ゼル・プラノードには己のあり方を自在に変えられるほどの力と特異性が存在していた。


人であれば体力の限界、空腹の限界、水分の限界などあらゆる方面で脆さが露呈してしまうところをゼル・プラノードは戦い続けながらその肉体を少しずつ適応に回していた。その結果5年も月日が経つころには魔人族から厄災と呼ばれる狂生物へと形を変えていた。

姿は人であるがその本質は自己防衛の延長線の闘争心であった、武器を手に取り殺戮に適した戦闘方法、そして彼の持つ神由来の武器は魔人族にとって天敵となっていた。

その過程で彼は心を落としたのだ。人間としての心を捨てた。自分の命を第一に考えなくてはならない世界において理性とは、自分以外を考えるために必要な枷はすでに邪魔となっていたからだ。


そして10年もの月日が経ち、彼は心の拠り所としていた現世へと帰還した。しかし彼の心はすでに人ではない、激闘の日々の中で右腕と右目は欠損し残っているのは戦闘続行に必要な機能だけ、そんな彼は闘争心ではなく衝動のままに行動している。


 その肌で感じているのだろうか、ここがかつての故郷であったことを、その目で刮目しているのだろうかこの世界が自分が育てられた大地であると。

彼の動向は誰にもわからない、同じ空を飛ぶ鳥ですら彼の持つ死の匂いを嫌厭し方向を変える。彼の瞳は闇世の中でも真っ赤に光り獲物を捉えるかのように大地、街、海、島、そして大地を見据えていた。


この怪物は何を考えているのだろう。この怪物は何を目的としているのだろう。怪物自信も考える。自分は今何をしているのだろう。


衝動に導かれるまま飛び立ち、大陸を超えた先にある場所はなんなのだろう。何を目指しているのだろう。


 彼はそう思考し続けながらゆっくりと高度を落とした。呼吸の必要のない彼は基本的に雲の上を飛んでいる、だが何かを見つけたのか、それとも身に纏っている衝動の導きか、彼はゆっくりと雲の中へと潜っていった。

そこは雨水が降り続ける世界だった、彼は雨をその身に受けながら懐かしい感覚に浸る、異界では雷しか降らず雨などまさしく10年ぶりであったのだ。


懐かしい雨の匂いに従って彼はずっとずっと下へと降下していく。側から見ればそれは自由落下のように鮮やかで呆気ないものであった。


ドスン。彼が気がついた時には地面と衝突していた、墜落に近いのかもしれないゆっくり降下していたせいか本体にそれほどダメージはなかったが彼は理解していた自分の何かが剥がれ落ちていることに。


 (こ、ぁ。)


彼は思考に言葉を付け足すことを思い出した。この世界に戻ったことによって今まで生存のためのセーフティロックが外れて元の人間としての性質が浮上してきたのだ、もはや闘争心むき出しの殺戮マシーンとは違い彼は人に戻ってきていた。それゆえに本能で扱っていた体は正しい使い方へと戻される。だがそれも10年ぶりである、歩くこともままならない赤子のように手足は動かなくなっていた。


 「…………っ」


それでも彼は衝動に従って、ままならない手足をもがかさせゆっくりと草原を進んでいった。いつしか立ち上がることを覚えて少しずつであるが歩行を理解した。それは人類の進化論を見るように穏やかでそして劇的だった。


 (しって、いる。ここは、)


彼の左手につけられた薄汚れた指輪がほんのり絞まったような気がした。彼は怪物として異界で長い時間戦っていたが、いつでも思考を放棄して死ぬこともできた。どんな生物であっても疲れる、疲れるということを知らなくてもマシーンであってもいつかはガタがきて限界になるのだ、だがそこまでして戦い続けたのには必ず理由があるはずだった。それがその指輪だった。


だが彼はその指輪がなんなのかまだ思い出せていない。


 (………?)


しばらくして自分は誰なのか少し考えるようになった彼。そしてどうしてこの方角に向かっているのか考えるようになった。草原地帯はいつのまにか雨降りしきる鮮やか大地へと変わっていた。花弁が雨によって落ちる花畑で彼は進み続けていた、そして一つの目標を目にする。


 (あの木、知っている。)


朧げだった記憶が鮮明になるように彼は人としての記憶が蘇ってきた。曖昧であるが彼にとっては目的をするための第一要因であるのだ。


 (あの木、あの木。)


彼はいまだ衝動に身を任せながら体を動かし、少しでも早くとあの木に向かっていった。途中転んだりもした、長い間戦闘に特化させた体は同じ歩行でも日常的に行うものとは大違いの差が生まれていたのだ。


 「っ!」


彼は立ち上がって歩いた。また歩き始めた、何が彼をそこまでさせるのか何が彼をそこまで駆り立てるのか、誰にもわからない誰にも理解はできない。彼にも理解はできない、自問自答の繰り返し雨の音が彼の耳を遮り視界を遮る。

人に戻った彼は重症患者だ、今まで止まっていた血がしっかりと流れるようになったせいか花弁達に血を差し出していた。


 「……、……、…」


彼は人としての戻っていくのを感じるのと同時に自身の終わりが近づいていくのを感じていた。視界がくらっと揺らぎ足元がおぼつかなくなっていく、丘の上にある木まであと少しでというのに彼はここまでなのかと本当の終わりをなんとなく感じた。


その時だった。


 「…………………ぁ、あ!」


人影を見た。こんな雨の中に人影がいるのかと思った。大雨で一度雨具もなしに外に出ればずぶ濡れになり外気温も合わさって長時間雨に浸っていれば風邪をひき体が凍りつくような寒さに侵されることは誰が見てもわかることだった。


そんな雨の中だというのに、俺は一人の懐かしい人をその目で見た。


 「────っ!」


足に力が入った。もう時期見えなくなりそうな目に活力が宿った。消え掛かっていた心の炎に灼熱の薪がくべられた。ズタズタの体が一瞬だけ、この時のためだけに軽くなったのを感じた。薬指にはめてある指輪が何よりもその人のもとに届けと叫んでいる気がした。


走った。転びかけても走った。あぁ、俺はなんでバカなことをしていたんだろう。なんて愚かなことをしていたんだろう、なんで彼女をずっと一人にしていたんだろう。


 「はぁ!はぁぁ!はああ!!」


呼吸は荒く、空気が肺を循環して出るころには激痛が走るようになっていた。ただそれでも止まれない、止まらない理由があった。残された左腕をそっと前へ突き出していち早く彼女に触れたいと思った。


目を瞑り今にも手に登ってしまいそうなずぶ濡れの彼女に近づきたいと、このどうしようもないです自分を許して、そしてこの残り少ない火でその体を温めてやりたいと叫んで叫んで、叫んだ。


 「────うああああッ!!」


彼女の瞳が少し動き、こちらを見た。彼女と目があった、俺も彼女を認識したように彼女も俺を認識した。信じられないものを見るような顔をして口を開けたまますぐさま彼女も走り出した。


雨に濡れ、今にも崩れて亡くなりそうな彼女の体が小石につまずき中に浮く、俺はその一瞬だけ、この一瞬だけこの世のどんなものよりも早くなり彼女が落ちる前にたった一つだけになってしまった腕でその体を全てを抱えた。


雨と草の匂いが近かった。そして懐かしい匂いが近かった。雨の匂いに何度かき消されようともこの匂いはいつまでも、どこまでも忘れる気がしなかった。


 「───ただいま───」


 「───おかえりなさい───」


これからどれほどの時間を刻むことができるのか、これからあの失った時間のどれほどを埋めることができるのか、そう考えるよりも先に俺は愛する人を抱えながら、ここで終わっても悔いはないと抱いた。




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