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031話「冬休み五、」



魔獣たちの死体を台車に乗せながら、私たちは街中を歩いている。これが当たり前なのか、それとも驚くべきことなのか、住民たちは珍しいものを見るような目でこちらを見てくるが、決して驚きはしなかった。入り口の衛兵にも同じ態度をされていたことを思い出す。幸いそちらは、クリスが魔術でここまで引っ張ってきたことに驚いていた様子だった。

こちらを気遣ってから、大きな荷台まで貸してくれた。おかげでクリスは魔術を使わずに、私はこの台車を押して冒険者ギルドの方角まで押して行っている。道案内のクリスは先頭側だ。


「申し訳ありません、みなさんお手伝いさせてしまって。」


「いいえ!」


「あのまま雪原に死体を放置しておく方が不味かったからいいでしょう。」


かといって自ら労働に手を貸すのは、なかなかに複雑な気分である。そもそもクリスがミスらなければ、こんなことにはならなかったのでは? と嫌な気持ちが浮かんでくる。


とはいえ一度やり始めたことはしっかり通すタチなので、私は冒険者ギルドがある王都の中腹部へと、なんとか魔獣たちの死体を運搬することにした。


冒険者ギルドに着くと、そこにいた冒険者たちが手伝ってくれて、ギルドの職員を連れてきた。どうやら私たちのような事例は他にもあるらしく、魔獣の死体の置き場所まで案内してくれた。そのあとはクリスがチョチョイと魔術を使って簡単に下ろし、私たちは詳しく説明するためにギルド内へと招かれた。


「なるほど、魔獣が襲ってきたので、これを撃退という感じですね。」


「はい。」


クリスが受付と話している間に、私は冒険者ギルド内を見渡す。色々な武装した冒険者たちが大勢、そして大きな掲示板にはこれでもかと人が群がっていて、何やら紙を見て吟味している。あれが噂に聞くクエストボードというやつなのだろうか? と疑問に思う。


「冒険者登録はされていますか?」


「はい。証明書です。」


「クリス先輩、いつの間に持っていたんですか?」


「かなり前に取っていたんですよ。ギルドに来なくても、必要要素さえ揃っていれば書類選考で通すことができますから。」


「確認させていただきました。では精算に移りたいと思いますので、少々お待ちください。クリスさんは、その間ギルドカードへの更新をお願いします。」


「ギルドカード。新しい証明書ですね。」


「はい。近年普及した魔道具の流用で製作された、冒険者の証です。更新には少々お時間いただくことになりますが。」


「構いませんわ。お二人とも、ラナさんと一緒に少しギルドを見て回ってください。何かあった時は、ラナさんを頼れば守ってくれますから。」


「はい!」


「もちろん守るつもりだけど、せめて私に一言言って欲しい。」


「あら? その気だったでしょう?」


「………クリスのそういうところ。」


私はクリスの得意そうな表情を見て複雑な心境になりつつ、ラプとプリエルを預かることにした。とは言ったものの、冒険者ギルドにおいて見て回るとしても、別にここは特別なテーマパークや、施設を案内してくれる人がいるわけでもないんだけど、と考え始める。


「よろしければ、訓練場の方はいかがですか? ただいま剣術指南が行われていますので!」


「剣術指南。」


その言葉に私は反応して興味を引く。今まで学園の授業ですら剣術指南を受けたことがない私にとって、ここ冒険者ギルド内のそれは、また一味違っているのでは? という期待が膨らんだからだ。


「ラナ先輩、行ってみましょう! 私も少し興味があります!」


「………じゃあ、わたしも。」


プリエルとラプは気を遣ってか、私にそう言ってくれた。私は二人に少し申し訳なさと感謝を入り混じらせつつ、その訓練場へと向かって行った。


訓練場では、入った瞬間からその熱気が伝わってきた。それは、いつも戦いをしている私と同じように、極限的な緊張感の中で繰り広げられる集中力から弾き出された熱気だった。こう言っては変かもしれないが、男臭い。

剣術指南と聞いていた通り、入った時に武器の音はしたが、妙に鋭さを感じないその音から、両者木剣で戦っていることが読めた。

とはいえ、その戦っている姿は、目前に広がる大勢の人壁に遮られて見られない。なんとか見られる場所に移動したいと考えつつ、私は二人を連れて空いている人の隙間に入った。


「!」


二人の男のぶつかり合いだった。

両者共に同じ木剣を構え、その見た目や動きから、かなりの強者だということが一目見てわかった。ただ、その二人の間にあった決定的な余裕の差は、どんなものでもかき消せないほどの違和感を生んでいた。


一人の男は鍛え上げられた巨体を持つ初老の獣人族、もう一人は引き締まった中年の獣人族。前者は猫科で、後者は犬科だった。

だが有利なのは前者だった。まさしく剣術指南にふさわしいだろう。年老いた強者が、同じく老いに抗う若者を指南している。


私はその剣技を目に焼き付けた。


初めて見る技だった。初老の男が繰り出す技は無駄がなかった。隙らしい隙が見つからなかった。隙があると、攻撃するよりも早くその先を潰して次の技に繋げていた。まさしく鉄壁の防御であり、でありながらその攻撃には躊躇が存在せず、最強の矛となっていた。


もう一人の中年の男性は、攻撃を捌き切ることだけが限界で、常に限界の音を上げつつ、体全身からは蒸気のように汗を流していた。獣人族の専売特許である身体強化を使用していた。あれは長期的に運用できるものじゃない。だから中年が戦って数分、それを維持していることは、彼が紛れもない強者だという証拠のはず。

はずなのだが、


「…………息を、」


息を切らしていない初老の男性にしか注目が行かなかった。彼は身体強化を使っていない。ただただ片腕を背に置き、もう片方の腕だけで剣を自在に操り、冷静な面持ちのまま不動の心で中年を押していた。そこには、同時にそこはかとない無限が広がっているように見えた。

無限の心、無限の体力、無限の剣技。それが凝縮されている。私にはそうとしか見えなかった。


「っはあああ!!」


痺れを切らしてか、それとも私には見えない隙を感じ取った中年が、剣をまっすぐに構えて初老へと突き立てた。その軌道は、怒りやどうしようもなさが混じっていながらもまっすぐであり、首寸前で止まるようなものだと私は理解した。

したが、


バァンっと砕け散った音が響いた。耳を塞ぎたくなるような爆音だった。そして瞬きの暇に、中年の剣は粉々に破壊されていた。それは剣が限界を迎えたのか、それとも誰の目にも映らないほどの速さで初老が剣を砕いたかのどちらかだった。もっとも、この場でそれを判別できるものはいない。


「見事だ。だが忍耐の限界から繰り出される技は身を滅ぼす。それが一瞬の賭けを加えたものなら、尚更だ。」


「っ………くはぁ! はぁ!!」


「体が身体強化についてきていない。一心同体の心がなっていないとも言える。だが、いずれはものにできる。精進を続けろ。」


「………ま、まいりましたッ。」


中年の男性は頭を地面につき、自然と土下座のような体勢になった。おそらく彼は、それをやるタイプではない。疲れからくる精一杯の感謝に、身が勝手に動いたとも言える。

どちらにしても初老の男性は軽く頷き、踵を返して定位置へと戻った。汗が止まらない中年男性は悔しさからか土を掴み、そのまま重い体と剣を持ち上げ、どこか涼しい顔をしてその場から離れた。


「他に、ついてこれる者はいるか?」


初老の男性が口を大きくして宣言した。しかし、この場であの戦いを見ていた者たちは、誰しも怖気づいたのか、それとも経験したあとだったのか、誰も声も手も上げなかった。


「………。」


「ラナ先輩?……!」


「…。」


私は少しの空白の後に歩き出した。一歩、戦場という舞台へと足を踏み入れた。両隣にいた人物は、この行動に驚いたことだろう。何せ年端もいかない少女が、あれを見て恐れ知らずに前に出たのだから。

もちろん私も、自分の実力のことは理解している。理解している。そして少しの恐怖心もある。ただ、それ以上に私の中の何かが動いた。今までどんなことが起こっても動じることのなかった、私の中の何かが突き動いたのを感じた。


その高揚感が私を掻き立て、結果、この行動を引き起こした。


「………君は?」


「……自分のを使ってもいいですか?」


初老の男性が私に疑問を向ける。だが私は、そんなことよりも溢れ出る気持ちの方が上だった。自分の腰に掛けてある木剣を引き抜き、そっと片手で持つ。


その行動、その動きに、初老の男性は一瞥を添えたのち、目を少し閉じ、まるで考えを更新したみたいな素振りを見せる。


「構わない。」


「………、」


初老の男性は私のことに深い疑問を抱かず、そして特別な感情も持たず、先ほどと同じように剣を構え始めた。私がどんな存在であれ、敵と認識したというわけだ。

そっちの方が私にとってはありがたい。戦いの場において存在するものは、優劣でもなく、ただ武器を持って戦う心がある者が、自身の全てを懸けて行う理不尽な闘争なのだから。


「だが、名を聞いておこう。」


「……ラナ・プラノード」


「────。」


初老の男性の目が、少し動いた気がした。気のせいかもしれない。ただ、別に私はそれを深く気に留めることなく、剣をいつも通り構える。この身はすでに身構えている。


「…ガイアス・フォン・フランドベレス。」


男は名前を口にして息を潜める。戦闘において、ファーストコンタクトは何よりも大事となる。一触即発な雰囲気は、互いに向き合っている時のみに発生する極限空間だ。どちらが先に攻撃するか、どちらが後に攻撃するか、それで戦いはほとんど決着へと向かう。

この相手は達人だ。なおさら、最初の一撃が全てを決める。


空気の匂い、音、生命の鼓動、口の中の味、温度。全てが私の中で隔絶される。存在するのは目に見える全て。いつも以上に殺気立つ感覚は、私を自我の境地へと引き摺り込む。戦いは始まっているというのに、互いに睨み合うばかり。私たちはタイミングを伺う。そしてそれは、まだまだ続く。

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