030話「冬休み四、」
「やはりラナさんには勝てませんね。」
体についた雪を軽くはたき落としながら、クリスは満足そうな顔で言った。私から言わせてみれば、クリスの動きは常時予測不可能なせいで、勝ったこと自体が実力ではなく運だったと言いたい。
「やっぱり先輩たち、すごいですね。」
「ラプさんも、私たちくらいになれば、これくらいできるようになりますよ。」
「ほ、本当ですか?」
「はい。私たちの勇姿をしっかり見ていれば、誰だってなれます!」
「こら、口約束はしないようにね。」
クリスの口から出てくる言葉はお世辞も混じっているため、普通に聞いていると判別が難しい。常時こんなテンションなせいも十分にあるからである。
逆に、これに慣れてしまった自分は、毎度のことながら毒されているなと少し反省する。
「それより、知ってますかラプさん。この辺って、魔獣が出ることがあるらしいんですよ?」
「ま、魔獣?! それって危ないんじゃ!」
「はい、危ないでしょうね。でも、良い経験になりませんか?」
「! クリス、まさか───っ」
「いえ、狙ったわけじゃないんですよ。ただ、さすがにこれは予想外だったというか……どうしようもなくなってしまったので、皆さんの気持ちを和らげるためというか。」
クリスの口から、どんどん申し訳なさと自信のなさが伝わってくる。それは、嘘を見抜かれた子供のように分かりやすく、同時に馬鹿馬鹿しいと感じてしまうものだった。
耳を澄ませば、雪を踏む音が聞こえてくる。明らかに人為的ではないそれも複数で、野生的かつ規則正しい動き。
全方位から聞こえてくることで、私たちが包囲されているのがよく分かる。
詰まるところ、雪原で遊んでいたら魔獣が寄ってきてしまった、というわけだ。
「あー。ごめんなさい! 私としたことが、本当に予想外なんです! まさか雪原に普通に魔獣がいるなんて、思わないじゃないですか!」
「フュードルド学園内じゃないんだから、いるに決まってるでしょう!」
「どうするんですか! これって包囲状態ってやつですよね!? 嘘ですよね!」
「ほんとーですー。」
「先輩っ!!」
ラプの慌てようも理解できる。クリスの不責任な行動が引き起こした罰とも言える。
それにしても、心の準備ができていないのに、いきなりこんなことが起こるなんて、幸先が悪すぎる。
「ラナさん、本当に申し訳ないのですが、手伝っていただけますか?!」
「もちろんですよ! こんなところで、後輩も友達も自分自身も危険に晒すわけにはいきませんから!」
私は隠し持っていた剣を服の中から取り出し、構える。もしものためにと、外に行く時に持ってきていたのは正解だった。
一つ悪い点があるとするなら、これが練習用の木剣だということだ。
「ラナ先輩、どこに持っていたんですか!?」
「服の中に!」
「さすがですわ!」
「褒めてる場合じゃないからね! ほら、クリスも魔術の準備。ラプはプリエルを守るために魔術の準備!」
「え! あの!!」
「申し訳ないけど、そっちは魔物が行っても対応できないことがあるから!」
「あくまで可能性なので、気を楽にしていても構いませんよ!」
「クリスは黙ってて! ラプ、初級は使えるよね? 二年生なんだから!」
「は、はい!! 使えます!」
「いざとなったら、それで守って! 怪我したら、クリスのせいにしていいから!」
「はい! 責任は取ります!!」
「あなたは後輩も守るまでがセットです! 行くよ!」
虎視眈々とこちらを狙っていた魔獣たちが、一斉に襲いかかってきた。
後輩を守ることと、突然の出来事だったことで、魔獣相手に余計な警戒心や恐怖を考えなかったのは良かった点だが、それにしたって、もう少し計画的に動けていれば、こんなことにはならなかった。
「せぃぃっ!!」
私は木剣に、いつも以上に力と鋭さを込めて迎撃に回る。
自分の身は自分で守れるが、今回は保護対象がいるため、そうも言っていられない。
攻撃は最大の防御というが、それは自分一人の時に限られる。
この場合は、ポテンシャル最大で動けるクリスが前衛に出て、私が二人の第一防衛ラインとして動くのが先決だ。
クリスが前衛もこなせるウィザードでなければ成立しないが、幸い今回は彼女のせいなので、遠慮はいらない。
私は近づいてきた魔獣たちの首元を狙って、はたき落とすだけだった。
しかし、獣人国の魔獣たちは、それだけで一味違っていた。
「打たれ強い!」
自分が木剣を使っているというのもあるが、一時的に退けることはできても、完全に撃退することはできない。
要するに、戦闘における決定打を与えられないということだ。
野生の勘は鋭い。こちらが勝てない相手だと悟ると、魔獣たちはこぞって調子に乗り、集中攻撃を仕掛けてくる。
「でもね!」
私は魔法を発動させ、木剣の耐久精度を著しく上げる。
そして魔術によって、魔獣たちの足元を的確に凍らせていく。
外気温が元々低かったこともあり、魔術はよく効いていた。
「っ!」
バリンッと鋭い薙ぎ払いで、足の凍った部位を叩き切る。
氷の強い衝撃は、それに付随する肉体にまで影響を及ぼす。
一度凍らせてから強い衝撃を与えると、倒しやすくなるのだ。
それでも、決定打を与えられない魔獣も存在する。
そういう時は炎魔術を使用し、的確に追い払う。
雪原にいる以上、寒さへの耐性はあれど、炎への耐性はない。
換毛期であれば、燃えやすい毛も多いはずだ。
(私もそうだけどさ!)
「お待たせしました! 全員、処刑のお時間ですよ!!」
クリスが、水魔術のアクアスラッシュと氷魔術のアイスミストを組み合わせて繰り出すアイススラッシュが、魔獣たちの胴体をいとも簡単に輪切りにしていく。
文字通りの処刑技だ。
どちらも初級魔術の組み合わせであるため、魔術効率は高く、連射もしやすい。
クリスはその調子で、周囲に蔓延っていた魔物たちを全員一網打尽にしてしまった。
「残りはいませんよ! お疲れ様でした、ラナさん!」
「お疲れ様、クリス。それで、言いたいことはある?」
「申し訳ございませんでしたっ!!」
「うん。」
周囲に転がっている魔獣たちの残骸は、悲惨な光景だった。
真っ白な平原に、真っ赤な血が滲み、なんとも言えない不快な空間が出来上がっている。
このまま放っておくわけにはいかない。
「二人とも、大丈夫?」
「はい! 先輩たちのおかげで無傷です!」
「……。」
プリエルは何も言わなかったが、静かに頷いてくれた。
私は二人の無事を確認し、思わず安堵する。
「それで、クリス。この死体の山はどうするの?」
「……冒険者ギルドに持っていく、というのはどうでしょう?」
「……え、冒険者ギルドに?」
「いい値で買い取ってもらえそうだと思って。」
「……。」
一理あるが、それをクリスが言うと、厚かましさしか感じない。
「他に方法もないし。仕方ないか。」
「では、私が持っていきますね。最近ようやく、この手の魔術も馴染んできたので。」
クリスは魔獣たちの死体を魔力操作で持ち上げ、一つにまとめると、一気に潰すように圧縮し、それを手を触れずに持ち上げた。
私たちからすると、みかんを潰した時のように生血が溢れ出すのがグロテスクで仕方なかったが、こればかりは目を瞑るしかない。
「では、行きましょうか。王都にあるはずですから。」
「それより、血が滴らないようにね。」
「おっと、気をつけます。」




