029話「冬休み三、」
雪原のこちら側と向こう側には、こんもり積もった雪の城壁が完成していた。どれも手作りとは思えないほどの出来栄え。もちろん手作りじゃないから、その通りなんだが。
「さて、魔術での壁作りは終了。それでは始めるとしましょうか?」
「あの、ちなみに何を始めようとしているんですか?」
「それはもちろん、雪合戦ですわ!」
「雪合戦?」
「あら、ご存知ありませんこと? こんなに雪があるなら使ってしまわないのはナンセンス、という意識から来た画期的な遊びです。雪玉を手に持って、先ほど私がやったみたいに相手にぶつけてダウンをとる! 簡単な遊びです!」
「で、でもぶつけるんですよね? 怪我とかは?」
「大丈夫。私が守ってあげるから。」
「先輩!」
「あら!! ラナさん、私は? 私は守ってくださりますか!?」
「私の投球をキャッチできる人は守れないよ。」
「えぇ〜、そんなこと言わずに!」
「第一、今から敵同士になる相手に、守るとか守らないとかはないでしょう。」
遊びとしてハンデは必要。という私の言葉に了承したクリスは、三対一という状況を受け入れた。もちろん、クリスが一側だ。
そんな今から敵同士になる人に情けは無用。勝負は真剣にだ。
「では、私が怪我した時は心配してくれますか?」
「戦いが終わったら心配してあげますから。ほら、向こうの壁までダッシュ。」
「はーい!」
クリスは私の返事に満足したのか、向こう側の雪壁まで走って行った。開戦の合図はこちらが握っていると察した私たちは、二人を連れて反対側の雪壁の遮蔽へと入っていく。
「あの、ラナ先輩。私、足引っ張っちゃうかもですけど、よろしくお願いします!」
「大丈夫。相手はクリス一人だし、それに私もいるから。」
クリスに負けてはならないと、個人的に思う感情が湧いてくる。思えば彼女とは良き友人であり、ライバルでもある。そして普段は剣術などの勝負で勝ちをもらっている私だが、こういったレクリエーション的なことは、おそらくクリスの独壇場だ。
計略の応用で、こちらが思ってもいない攻め方をしてくるに違いない。
「どうする?」
「まずは防衛戦に徹しよう。こっちは少なくとも数で勝っているわけだから、相手より純粋な手数は多い。クリスも強行突破をしてくるほど無策じゃない。」
「でも、クリス先輩が同じことをやったら?」
「その時は私が前に出る。二人は、クリスが私を狙えないように援護。私の足なら、向こう側までの到達は早い。」
二人に活躍の機会を与えられないことになってしまうかもしれないが、クリスに負けるよりかは、はるかにマシだろう。
「わかりました! 援護は任せてください。」
「うん。」
「よし!」
私は小さな雪玉を作って体を出し、向こう側の雪壁に向かって力一杯投げた。雪は狙った壁には届かず、すぐに地面へと落下したが、これこそが開戦の合図であった。
「まずは雪玉作りからやるよ。弾はいくらあってもいい。」
「はい!」
「……!」
二人は雪玉を作り、私も同様にしながら、雪壁から顔を少し覗かせて向こうの様子を伺う。ラプが言った通り、向こうもこちらの読みを理解してから、防衛に徹しようとしているように思える。
(……ただ、クリスがそこまで無策だとは思えない。)
いつも奇想天外なアイデアでこちらを困らせてくるように、クリスの思考はほぼ予測不可能だ。真似られたとしても、いいとこ言葉遣い程度だろう。
「クリス先輩、動きました?」
「……いや。でも、なんだろう。嫌な予感がする。」
そう口にした瞬間だった。フカフカな雪の地面が、なんだか少し揺れていることに気がついた。私はすぐさま目を凝らして、向こう側の雪壁の方へと視線をやる。すると――
ドコン! っと音と共に、雪壁を崩壊させて突っ切ってくる巨大な雪玉が現れた。
「!」
一瞬の動揺を飲み込みながら冷静に分析する。あれは魔法によって作り出されたものではない。となると正真正銘、この短い時間で作り上げたものになる。
クリスは、おそらく数的不利を理解した上で、雪玉制作のスピードと長期戦の不利を把握し、この作戦を選んだのだ。
巨大な雪玉は、それだけでこちらに大きな衝撃を与える。加えて、向こう側がこちらより少し高い位置にあるせいで、雪玉は重力に従ってこちらへ転がってくる。
最初は遮蔽物を崩すサイズだったにも関わらず、転がるうちに地面の雪をかき集め、どんどん巨大化していっている。
(クリス、まさかあれに隠れて!)
「先輩!!」
「全員、雪玉持ってついてきて!」
一瞬、散開の命令を出そうかとも考えたが、これだけ巨大なものを囮に使うなら、各個撃破を狙ってくる可能性もある。
そのため私は、二人を連れて遮蔽物から離れた。
巨大な雪玉は、私たちがいた雪壁を容易く破壊し、そのまま下へと転がっていった。
「! クリスは───」
私の予想では、クリスは大雪玉の後ろに隠れていて、私たちが出たところを狙ってくるはずだった。無論こちらもそのつもりで、雪玉を持って正面からの応戦に回ろうと思ったのだが。
「!!」
「先輩!」
「みんな、姿勢を低くして!」
向こうの遮蔽物の残骸から雪玉が投擲されてきた。私は反応速度を頼りにそれを回避し、すぐに指示を出す。
クリスはこの展開を狙っていた。遮蔽物はそう簡単に作れるものではない。
ならば、その有無が戦局を左右すると言っても過言ではなく、私たちは文字通り無力な城攻め状態だ。
「クリス! でも甘く見ましたね!」
私の身体能力は、この中では高い部類だ。私は雪の坂を走りながら、クリスのいる遮蔽物へと突貫し始めた。
クリスもそれに気づいてか、こちらを狙って雪玉を投げようとするが、それを後ろの二人の援護で封じ込められる。
これでクリスは出てこられないと思われがちだが、遮蔽物がある以上、裏でどんな手を企んでいるかは分からない。
加えて、私ではなく先にラプとプリエルを排除する可能性も否定できない。
だからこそ、私が今やるべきことは、すぐにクリスと直接対決する舞台に上がることだった。
(さっきの大玉を作っていた時間、クリスは他の雪玉を作る暇はないはず! あれが威嚇だとして、ここまで近づけば、球数を気にして投げてこないか、もしくは早期決着のために飛び出してくるかの二択!)
私が望むのは後者だった。下手に遮蔽に隠れられては、こちらが身を出した瞬間、身構えていた方が勝つ。
私は、限りある遮蔽物の裏にクリスがどう潜んでいるかを予測しなければならない。その見つけてから雪玉を投げるまでの数秒こそが、勝負の分け目だった。
「っ!」
だが、どんな時でも固定観念に囚われてはいけない。特に、クリスが相手なら。
クリスは、自分が遮蔽にしていた雪壁を素手で掴み上げ、こちらに放り投げてきた。
私は大きく体を翻し、かなり無理のある形で回避行動を取る。それをクリスは見逃さず、接近してくる。投擲では、低姿勢の私に当てるのは困難だと判断したのだろう。
だがそれも、後ろの二人が何とかする。援護の雪玉がクリスの進行方向にばら撒かれ、彼女は無理な撤退を余儀なくされる。
私はその隙を見逃さず、真っ直ぐに向かう。
クリスは、残骸となりつつある遮蔽物に身を隠しながら、私とラプとプリエルの方をそれぞれ一度ずつ見る。
そして、再び大胆な行動に出た。
私が残り数メートルの射程圏内に入りかけた時、クリスは遮蔽物の残骸を思い切り蹴飛ばし、散弾のように固まっている二人へとばら撒いた。
無論、それは届きはしないが、目眩しには十分だった。それこそが、クリスの作戦だった。
「わ!」
「ッ!」
二人は雪の破片に驚き、動きを止める。その隙を見逃さず、クリスは一瞬で距離を詰めた。
彼女の脚力は、私でさえ目を見張るほど速い。だからこそ、ほんの一瞬の隙でも、彼女にとっては十分なのだ。
「あっ!」
「ぅ!」
クリスは見事にその身体能力を活かし、二人を一瞬でダウンさせた。
(私から距離を取りつつ、一瞬の作戦で二人を討ち取る……らしい!)
ここまで同じ手を使わず、こちらをかき乱しながら戦えるのは彼女だけだろう。
それもシンプルながら、相手にとっての最適解を選び続ける。戦いにおいて、こういう相手が一番厄介なのである。
「。」
「───」
白い息が口から吐かれる。私たちは互いに向かい合ったまま動かない。
互いに守る遮蔽物は存在しない。一対一の勝負。先に投げた方が勝つのか、それとも先に当てた方が勝つのか。
肌に当たる冷気とは対極の熱が、心臓のあたりで燻っている。
緊張感から、汗が私の額を伝う。いつもの大声で戦うクリスの姿はない。
あれは、完全にこちらを敵と見た、獲物を狩る目だ。
それは親譲りなのか、私は自分が負けるかもしれないという恐怖に、少しばかり駆られる。
だが、ここで負けたら、今倒れた二人に示しがつかない。
それだけが、私の次の行動原理だった。
「!!」
私は走り出した。スピードでは負けるかもしれないが、反応速度ではこちらに分があると読んだからだ。
確かに、クリスの身体能力は高い。だがそれは脚部に特化している。
私と彼女の決定的な違いは、バランスの良さだ。
クリスは総合値が高いが、私はスピードと近接方面に秀でている。
それゆえ、ウィザードの中で近接有利を取れたとしても、元々近接戦が得意な相手には及ばない!
「っ!」
私の投げた一球は、助走も相まってかなりの速度が出ていた。だが、この距離ではクリスも流石に避ける。
だが、それは囮だ。本命は次の一撃。
クリスは回避に専念したため、こちらに即座に反応できない。
対して私は、精神力最大の状態。相手が少しでも変な動きをすれば、即座に対応できる。
「はぁっ!!」
私が投げたもう一球は、クリスへと一直線に飛んだ。
だがクリスも負けず嫌いなのか、こちらへと雪玉を投げ返してきた。彼女らしくない、相打ち覚悟の一手だ。
「! そんなもの!!」
私は回避は間に合わないが、キャッチは間に合うと判断していた。
その雪玉を、壊さないよう丁寧に掴み取る。少しでも力を入れれば崩れてしまうほど、脆く作られていた。
おそらく、当たって崩れた瞬間に判定が入るのなら、私は確実に負けていただろう。
だが、この勝負は私の勝ちだった。
「っく!」
「当たった!!」
「───はい、おめでとうございます。」
雪玉は見事にクリスに当たり、彼女は悔しそうな表情で敗北を受け入れた。
こうして勝負は、私たちの勝ちで幕を閉じたのだった。




