02話「雨の日の帰り」
午後は雨が降ると先生が言っていた通り、かなり大降りの雨が降った。あらかじめ傘を持ってきていた私にとって、靴が水没するかしないかがいいとこ問題であった。
クリスは傘を持ってきていなかったけれど、彼女の身を案じた馬車が学園から少し離れたところで待機していたらしく、午後に少しカフェでお茶しようと向かっていた私たちの計画を一気に崩壊させた。
「全く、タイミングが悪いこと…!」
クリスはその施しが嫌だったらしい。
「いざとなったらラナさんの傘に入れてもらおうと思っていたのですが!」
と馬車の人に感謝しつつも自分の密かな計画を私に聞こえる声で言った。いわゆる相合傘という奴なんだろうけど、私の傘は二人一緒に入れるほど大きくない。
「ラナさん、本日は残念ですが……寮まで送って差し上げます!」
カフェでお茶ができなかった代わりにと言いたげな彼女の手を取って私も馬車に乗る。こういう馬車に乗っての登下校は貴族の嗜みだと聞いている、もっともクリスはその貴族という立場にかなり嫌気が指しているのか、自らの足で登校して、自ら稼いだお金で物を買うという徹底ぶり、他の貴族出の人たちからは立場もあって嫌われることはないが、このイメージとの乖離は私であってもびっくりしてしまう。
「ラナさんは雨が嫌いでしたわよね。」
「まぁ濡れるから。」
「雨は猫獣人族の天敵とはよく言ったものですから。」
「いや、でも私のお母様は雨好きらしいよ。」
「おや……噂とはまるで信憑性がありませんこと。」
クリスは純粋な人間だ。対して私は獣人族、と言ってもハーフだけど種族的にはこっちの血が多いからカテゴリー的には間違いなく獣人族だ。
そんな私は曇りは好きだけど雨が嫌いだ。これが種族的な意味合いが強いのかどうかはさておき、私の様に猫獣人族に分類される人たちは軒並み雨が苦手というイメージがある。
多分イメージだと思うけど。
「そういえば先日話していた。里帰りこと実家帰りはどうでしたか?」
「うん、お母様も元気だったよ。ただやっぱり弱ってた。」
「仕方ありません。獣人族は番がいなくなったら精神的、そして肉体的に疲弊していってしまうのはもう生物学的に実証済みですから。私の経験則から言わせていただけるのなら、ラナさんのお母様は相当頑張ってらっしゃると思います。」
「うん。」
医師の話では持ってもって3年との話だったが、お母様はもう5年も生きている。かなり昔から言われていたことだが、未亡人となった獣人族は科学的に長く生きれないと結論づけられていた。大抵の獣人族が3年以内に肉体と共に精神が弱りかけ、結果老衰の様な死に方で終わってしまうと。
これは婚姻の儀を結んで番となった獣人族に起こることであり、恋人関係ならまだこの域には出ないとされている。無論私は自分の父がそれにあたるのだが、子供である私はまるで影響がない。精神的に大丈夫かと言われたら、嘘だが。
「この学園がもっと近かったら……」
「…クリス。だからって学園を獣人国に移すのは反対ですよ。」
「わかってます。ビンタされた痛みはまだ残ってますから。」
「それは……ごめん。」
それは私の事情を聞いたクリスが『学園を獣人国に新しく建て直します!』と覚悟を決めて人間国国王であるナリタテンマに話をつけに行こうした時の話だった。
クリスはこれでもかなり頑固であり、普通に止めるのが不可能だと思った私は、申し訳なさを気持ちにビンタしてなんとか止めることができたのだ。
私のためを思ってくれてるのはありがたい。でもだからといって数年前にようやく停戦から平和条約に移り変わった二つの国のバランスを崩すのは個人的にも良くない。
「冗談ですよラナさん!もしビンタがそんな呪術的に痛みを残せていたのなら私あなたと友達解消してますから!」
「それも冗談??」
「えぇ!死んでも解消致しません!」
クリスの冗談は分かりにくいと言わざるおえない。
「お母様は平気って言ってたけど、私にはそうは見えなかった。」
「………ラナさんは、卒業したら入るのですよね?あの異界探索部隊とやらに。」
「うん。」
異界探索部隊とは数年前に発見された次元の裂け目から続くこの世界とは別の混沌とした世界その探索部隊である。獣人国と人間国、エルフやドワーフなど全勢力が注目しているプロジェクトであり、目的は外敵からの対策及び保護となっている。
だが私はこの目的以外にも自分の目的がある。
「……あそこの倍率はかなり高いと聞きます。ですが、ラナさんなら楽勝ですわ!」
「そうかな?」
「はい!ラナさんはもっと誇ってください。生まれがどうとかではありません。私は人生でお父様に並ぶほどの剣の使い手を貴方以外に見たことはありませんから!」
あの勇者ナリタテンマの娘であるクリスがそういうのなら間違い無いのだろう。ただ、そんな偉大な人と自分を同じ土俵に立たせてもらっても、なんだか恐れ多い気がして実感が湧かない。
「それに……!」
「それに?」
「い、いえ!と。もうすぐ寮に着きますわね、」
私に何かいいたげだったクリスは外を見てそう言った。雨に濡れない馬車での移動もここまでだと考えると、すこし寂しい気持ちになる。
「それでは、また明日!」
「うん。また明日。」
クリスの馬車が背後の寮から遠ざかっていく。レンガで作られた寮は築7年とかなり近年に建てられたため相当外観がいい。故郷の街の宿屋を一瞥したことがあったけどあれよりも外観はいい。
私は自分の寮の扉を開いて暖かい室内に入る。魔術と魔法科学が進歩したおかげで一昔前の蝋燭形式から、魔法を利用した照明形式に変わって室内は常に何かが燃える匂いはしていない。
幼い頃はそれが当たり前だと思って嗅いでいた匂いが、ここではめっきりなくなっている。
技術の進歩はいいことだけど、たまには蝋燭も良いと思う。私は慣れたせいかあの匂いがどこか恋しい。
「………」
自分の部屋に戻りながら私はここでの驚きを振り返った。照明がうんたらかんたらもそうなのだが、床が絨毯でできていることは特に驚いた。父の書斎やカーペットに使われているのは知っていても土足で踏むものでは無いと思っていたからだ。しかしここではそんな絨毯も貴重品では無いのか、それとも特殊な加工で汚れにくくなっているのか、床の上から敷かれている。
(思えば、ここの島はどこもこんな感じに最新だ。)
私の学園がある。パラボロフ島は獣人国大陸と人間国大陸の二つの合間に位置する島だ。島といっても小さな島ではなく、具体的な物差しで語るなら、王都四つぶんくらいの大きさがある。数年前双方の和平条約を記念的な理由でこの島には大きな学舎こと学園が建てられた。
基本的に貧しい人でもこの学園には通えるほど安く、父が昔言った言葉では擬似的な義務教育とも言えるらしい。
義務の教育なら多分誰もが勉強できる場所だと私は思う。実際の言葉の意味については不明だ。
「………。」
そんな学園に私は5年前から通っている。ここの学園には10歳から通うことができる。そこから7年、技術と学問を高水準で学び、そして社会に出て働く。ちなみにこの学園出の生徒はいろんな職業に就けるというメリットもあるため、入るだけ損ではなかったりする。もちろん進級とかしないといけないわけだが。
「ただいま。」
誰もいない部屋に一人で呟く。普通の女性生徒ならここに小動物や鳥や観葉植物などを置くだろう。でも私は自分がそう言った《命あるもの》を預かるに足りる人物ではないと思い、置いていない。世話できないならそれは見殺しと同等だ。
「そうだ、復習しないと。」
私はそう言って自分の机に向かい合って今日寝てしまった授業の復習を始めた。ノートには途中から寝てしまった跡がしっかりと残っている。具体的に言えばニョロニョロ線が、これを見ていると自分のやってしまった感をより強く感じる。
「えーと、」
教科書通りの授業だったので、教科書を開いて前回やったところから今日やる予定の単元までひたすらに読んで、書いてと復習する。
たしか途中で変な話をする先生だったから、おそらく目的より少し前の場所くらいまでしか進んでいないと思うけど、予習だと思ってやる。
「………。」
こうして勉強していると、この時間がたまに無駄のように思えてしまう。というのも、この知識がいつ?どんな時に役に立つか?という問いが生まれ続けるからだ、
私はこの問いに今は使わないが、後から使う。いつか使う。と、全く使わないが勉強し、知識を深める物差しとしては必要。の二つの定義を出している。
どちらも言ってしまえば本物だ。人生と同じでそこに間違いなんてない。
(間違いのない、人生か。)
ふと、自分の思ったことに疑問を感じる。あぁ、自分はまだそんな半端で現実味のない気持ちを抱いて生きているんだなと失望する。
私はそんなことを思っていい権利はない。私はそんなふうに思ってはいけない。
「……じゃない。今は勉強しないと。」
別の方に集中すると手が止まる。
どちらにしたって、私は生徒で出された問題を解いたり、知識を深めたりして、テストで合格して、この学園を出てなりたい職業に就く。
それだけだ。
「明日は、剣術か。」
クリスが言っていたことを思い出した。その言葉を口にして私は少し得意な顔になる。私は剣術という科目が好きだからだ。
なぜなら、それが人生の役に立つと知っているから。




