01話「平和な夢に悪夢」
私は夢をみる。
夢をみることはさほど珍しくもない。誰にだってあることだ、ただ私の生きてきた半生のほとんどの夢は、悪夢と呼ばれるものだった。
なぜそんなに悪夢を見るんだい?っと誰かに言われた気がする、その時私の答えは常に決まっている。
(私は、自分が許せないから。)
私は自分が許されないことをしたと理解してわかって、感じている。他の誰かにあれば事故だったと、あれはどうしようもなかったと、謝られても全く自分を許せる気にはなれなかった、いっそのこと傍若無人に誰かのせいと言えばよかったのだろう、そう思って生きてこれればこんな苦しい夢を見ずに済んだのだろうと思う。
「……まって!待って!」
真っ暗闇に突き進む私、でもその先にはやっぱりいつも自分の父親がいた。もう別れて何年になるのかな、それでも私は父の横顔を鮮明に覚えている、その目元はもう覚えてないけどいつも私に微笑みかけて笑顔でいてくれたことはよく覚えてくれる。
「まって!まって!!」
でもそんな父は私の前にいる。真っ暗な暗闇の中真っ暗な霧がどっと前から押し寄せてくる。思わず体が吹き飛ばされてしまう様な強風だ。そんな中でも父は私がする様に強く一歩一歩その足で逆境へと進む。私は自分の伸ばした手が父に届かないことが嫌だった。
お前の様なやつとは一生触れ合えないと、その背中で語られている様な気がして、胸が痛くなった。
父は私に幻滅しているんだろう、貴方は私にあんなにも優しくしてくれたのに、それなのに。
《何でお前は、俺を助けなかった?》
「っ!!」
キーンコーンカーンコーンっと鐘の音が聞こえる。聞きなれたチャイムは私の夢を消し去り現実に引き戻すのに十分だった。
「それでは今日の授業を終わります。本日は午後から雨が降りますから、みなさん早めに帰るか、傘を持って下校する様に。」
『はーい!』
私の悪夢とは対照的にその空間は実に穏やかさに満ちていた。まるで戦場から平和な世界に一瞬でスライドシフトしてきたみたいな、そんな夢見心地がいつまでも私を現実に帰してくれない。
「ぁ、」
でも瞬き2回、耳に入る机と椅子の音で私はようやく自分が現実という平和に戻ってきたことを理解した。そして同時にあれがいつも見ている夢だということを思い出した。
(らしくない、授業中に寝るなんて。)
昨日父の書斎で読んだ日記のせいだろうか。さっきの悪夢は今まで私が到達できなかったくらいに長かった、たいていこういう夢を見ている時は途中で自分から起きてしまうものだが、何とも今日は運が悪く授業の終鐘が鳴るまで寝てしまっていた。おかげでこの時間のこの科目は後で復習しないといけなくなった。
「ラナさん、一緒に帰りませんこと?」
云堂々とした態度で私に声をかけてきたのは一目でわかるお嬢様。ナリタ・クリスだった。
教科書を小脇に挟みながらも、手は腰に、お嬢様武闘家なのかその立ち振る舞いから私はよくわからなくなる時がある。
ただら一つ確かなのは彼女が私の友人であるという点だ。
「…えぇ、帰りましょうか。」
彼女の誘いに乗った私は椅子を引き立ち上がり机の上にあったノートと教科書を持ち、学友と共に教室を出た。
廊下は自分と同じ生徒で賑わっていた、しかし窓から差し込む光はあまりにも少ない、さっき先生が言っていた通り今日は雨が降るとのこと、天上予測魔法が普及し始めてきて、原始的な天気予報よりもさらに精度が上がったのだと実感せざるおえない。
まぁそうでなくともここまで暗雲漂う天気じゃいつ雨が降ってもおかしくないと感じるんだけど。
「今日はやな天気ですね。」
「私は、普通かな。」
「ふふ、ラナさんはいつも曇りが好きですからね。」
実際好きというよりかは普通だ。本当に普通。それをクリスは毎回の如く好きだと認識する。いい迷惑だと思ったことは少ないが今では彼女のそんな決めつけ形態度にもすっかりなれてしまった、いや慣れというのは怖い。
「こんな天気ではピクニックなどいけませんね。」
「行くつもりだったの?」
「当たり前ですわ。ラナさん、貴方となら美味しいサンドイッチを食べれるというのですから。」
なんてことだ。私は自分が知らないうちに彼女のスケジュールに組み込まれていた。まぁ別にいいんだけども。
「……それにしても本日は早めに終わってよかったですわね。」
「そう?」
「えぇ私はこれから洋服店に赴こうと思います。ラナさんもどうですか?」
「私はいいですよ。そっちは間に合っている。」
「あら、そう言えば新聞にも乗っちゃうほど有名店が近くにありましたね。私もいずれ訪れたいものです。」
「気軽に行けますよ。まぁおばあちゃんの機嫌が良い時ならですけど。」
私が普段着にしている服もおばあちゃんが作ってくれたものだ。おばあちゃんくさいと誰かに思われるかもしれないが、そのファッションセンスは常にトップクラスを維持している。言動が老婆っぽいのにトレンドは最先端とかいうおかしな人だ。でもそんなおかしな人の服を着ている私も遠回しにおかしいのだろう。
「そういえばですわラナさん。明日は剣術の授業がありましてよ。ラナさんはもちろんテストで一番でしょうね。」
「やめてください、私なんてまだまだです。」
「それを言ってしまってはクラスで下から10番目の私の成績をどういうふうにお考えで?」
「クリスさんは魔法が得意じゃないですか?」
「貴方も魔法は使えるでしょう、何なら魔術も使えますし。それに比べて私は魔法しか使えませんが?」
「威力が違うじゃない!誰が、初級魔法に分類されるファイヤーで校庭にクレーターを作るんですか!?」
「いやぁああ!あれは失敗よ!魔力操作が緊張でおぼつかないなんて、一年前の私は大馬鹿者ですわッ!」
「それでついたあだ名が、《爆閻魔嬢》ですからね。」
「もうっ!!」
《爆閻魔嬢》このフュードルド学園内に一年前に轟いた名前だ。一年生の初歩的な魔法の実技授業の最中、この隣のクリスがファイヤーの魔力調整をミスったせいで起こしてしまった大爆発、桁外れの魔力数値に加えてその圧倒的な威力を前にした生徒こと同級生は彼女のことをそう名付けた。そして今日に至るまで、学園内で知らぬものはいない魔法の使い手となった。
「今なら!あんなヘマはしません!!」
とこの様に言っている。私も彼女の実力的にあんなことはもう起こらないと知って入るけど、それでもよく知らない人たちからしたら《爆閻魔嬢》の名は今でも彼女の二つ名だ。
本人がいくら否定しようとこれは絶対に覆らない気がする、下手すれば後数年はこんな人がいたみたいな噂話でこの不名誉極まりない名前が知れ渡っているかもしれない。
「わかってますよ。クリスさんはしっかりもので努力家ですから。」
「〜〜貴方にそう言われると、なんとも言えなくなってしまいます!」
思い出したくない記憶はいっぱい存在するけど、彼女との場合はいい思い出に変換される。不思議だけど平和でいい。
「はぁ、それでラナさん。話は変わって重たくなりますが───大丈夫ですか?」
「……………。大丈夫ですよ。」
「……言って差し上げますが、その様な顔で言われても説得力なんてありません。逆に心配して欲しいと言ってくださったほうが、こちらとしては楽くらいです。」
落ち込む様な声で落ち着いてクリスは私に言う。多分今の私の顔は苦笑いと苦しみの中間点みたいな顔なんだろう、ふとした時そんな話を振られれば私は嫌でもこの顔になる。おばあちゃんにもそう言われた。
「ごめんなさい。」
「いいんです。詮索なんてしませんから、ただ流石に淑女としてご友人の苦しみを放っておくことなどできません。そこだけは勘違いなきよう。」
私は嘘でも建前でもなく、ガチでお前のことを心配しているんだぞ。っと釘を刺されてしまった。こういう頑固ながら友人思いな彼女の態度にはどこか救われてしまう。お嬢様で傍若無人っぽいのに、その実はありえないほど繊細で他人思いなのだから。
「──それで、どんな夢を見ました?」
「………いつもと同じ、ただ今度は長く走れた気がする。」
「そうですか。それは行幸ですわ。」
「そうなのかな?」
「えぇ、だって長く走ったということは少しでもその人に近づいている証拠ですから。」
「でも、その人の方が私より──」
「早いのでしょう。わかりますそんなの、ですが問題は歩みを止めて見えなくなってしまう。や、その人が早すぎて見えなくなってしまう。その二つよりマシだという点です。自信を持ってくださいラナさん、貴方はその人に《まだ追いつけないだけで近づいて》いますから。」
「うん。」
クリスの言葉には何だか重みがある。私と同じ年齢なのに全てを克服した様な顔をする彼女の言葉思わず信じてみたくなる。彼女が勇者の娘という立ち位置だからだろうか?
勇者ナリタテンマも、少し先の未来が見えるだとかそんな特殊な力があると聞いたことがある。実際私はみたことないけれど、もしそんな力があったのなら、彼女のこの励ましか予言の様に受け取れる言葉にも信憑性が湧くというもの。
ただ、自分の心の中にある闇がそれを否定する。自分は彼女と違う、彼女と同じになってはいけない、自分はこの夢で苦しみを見せつけられなければならない。
そんなことを耳元で誰かに囁かれた気がした。
この囁きは多分一生続く。




