101話「必要な理由」
エリアD2の占領が完了してしばらくの時間が経過した。私たちと先輩たちの部隊しかいなかったこの土地には今や多くのテントや兵士達で溢れかえっている、中には魔暴の調査員の姿もあった。ブレクトルコクーンを撃破したという人類初めての功績的な勝利、その生態から素材まで新しい装備に転用できるとの考えだそうだ。先の占領戦によって仲間たちの顔色が明るくなっていることに私は嬉しさを感じていた。
エリアD3への侵攻によって劣勢だった私たちの戦局はようやく五分五分という領域に至る。
開戦当初、ないしは異界探査部隊に所属していた頃では考えられない心境だった。魔人族という未知の脅威、魔暴というまだまだ謎が深い怪物、命がいくつあっても足りない世界は今や人が争いを互角に繰り広げられる大地となっていた。戦争によって進む技術革新、そして戦争の中で知った闘争の現実。
「ミハイルさん。」
今日も私は墓参りをしながらそう考えている。
普通なら現世に墓を建てるのがもっともなのだろうが、そんな運搬の暇さえないのが戦場だ腐ってしまったらそれこそ申し訳が立たないこの現実に戦場に墓を建てるという行為が限界であることをつくづく思い知らされる。
「………」
立てられた墓場とは真逆の方向、兵士たちは厳格な思いをそれぞれうちに秘めながらその表情はどこか明るかった。誰もがそうだ、この戦いは自分の命を賭けていて、この戦いに勝つことこそが自分が戦う理由であり、自分が抱える大切なものを守るためという大義に対する姿勢なのだから。
でも、私は?
(私は、そんなの。)
ミハイルに言われていたことを思い出す。彼が最後に言った言葉は後悔だった、戦場に生きていたのに若者にそれを教えて押し付けてしまった現実。彼の心にはそれだけ素晴らしい理由があった。
でも私はこうも思うのだ。
今目の前に広がる味方達の顔の裏には確かに仲間を守る。戦争に勝つ。生き残る。誰かを助ける。そういった戦いに対する決意が確かにあるのだ。だからミハイルが言っていたほど私たちは不運で不幸な存在でもない。
けれどもそれは私以外の話だ。
(私には、そんな志はない。)
わかっていた、知っていた。私は人生を父と母を助けるためだけに費やしてきた、それ以外のことに打ち込んだことはない、この武器もこの技術もこの処世術も、この口ぶりも、全ては初期の目標の延長線。
であるならば、その目標が達成した今。私に残っているのはなんなのだろう、大義もない、向上心もない、守りたいという確固たる決意もない、それこそただの抜け殻ではないのか。
私らしくやろうと考えても、結局私らしいとはなんなのか?昔の自分のことか?それとも今こうして喋って、誰かと関わるときに見せている姿のことか?
本当の私とはなんなのか?本当にそんなのはあるのか。
(わからない。)
考えたこともない疑問が頭の中で浮かんだ。答えのない問いのように、自分の中身をかき乱しては抱えてため息を吐きたくなるような現実だった。一度考え始めたら答えが出るまで決して終わることはない、永遠に続くような自分自身の人生の問い。
こんな誰もが必死なときに自己中的な考えを浮かばせるのは良くないことだ。体を動かせば少しはマシになるんだろうとつくづく思う。それなのにちっとも頭から離れない。この時間は、ある種私にとって拷問であった。
「ラナ……!」
「───お父、様!」
思い悩む私に声をかけて近づいてきたのは父だった。そうか父も次のD3のためにここにきたのかと察していつも通り違和感のない自分を演じる。初めて演じるということを意識してみたもののやっていること身振り手振りは悟られないほど正確に動いてくれる。過去の自分をまるでトレースして動くかのように。
「無事でよかった。ここまでは大変だったと聞いていたからな。」
「……お父様こそ、ご無事で。お母様と、エルザードおばあちゃんは?」
「遅れてやってくるはずだ。私は魔術秘宝を抱えている身でもあるから、二人とは別でな。今のラナように戦場を駆け巡っていた。」
「そうでしたか。」
母とエルザードおばあちゃんが無事だとわかって少し心が軽くなった気がする。そう思っても次の瞬間には私の脳内にはまだあの問いが再び振り返ってきた、今の私に精一杯来ている人たちの姿はあまりにも眩しすぎて苦しいのだと感じた。
「……ラナ、少し元気なさそうだな。」
「はい?そ、そんなことは。」
「……これでもお前の父親だ。話してみなさい。」
「いいえ、そんな。」
「───ラナ、悩みがあるなら誰かにでも話してみればかなり楽になることだってあるんだぞ?」
言い淀む私に父は頭に手を置いてそっと味方する。その心に寄りかかれる余裕が生まれたことが私の口先を解かした。
「……実は。」
私は父にミハイルのこと、そしてこの戦争の中で体験してきた人々の強さと輝かしさ、それが自分に足りてないのかもしれないと少し付け加えながら説明した。
「そうか、色々知ったんだな。」
「……私は、本当にここにいて良いのでしょうか。」
それは今抱いている悩みを具現化した問いであった。自分は周りのように素晴らしい心意気を持つことはできていない、それなのに生半可な強さだけでここにいる私はよっぽど失礼ではないのか?だとしたら戦場にいる意味は?周りにいる人たちには失礼ではないのか?それこそが私が今向き合うべきものだと、このとき初めて知覚できた気がした。
「………そうだな。」
父は私の言葉に同意のような催促のような言葉を向ける。それは続けて自分の意思を形にしてご覧?っと優しく言われたような感じでもあった。
「私は、今はこの力のあり方に疑問を持っています。人より少し強くて人より素質があったこの戦場で戦っていますが、彼らのように大義を抱えているわけではありません。ただただ流されてここにいる、周りと足並みを合わせることだけ、そんな曖昧なもので力だけの私がここにいるのはおかしいのではないかと。」
父が隣にいるせいか私は熱がこもったみたいに難しいながらもうまく言葉にまとめて話し始める。父は依然として黙ったままだがその雰囲気はこちらの存在を常に認めてくれているようですごく安心した。
「戦争で負ければ大勢人が死んでしまう。ならばこの戦いは紛れもなく大勢の人を救うもの、それはわかっていても。道具のように戦う自分はふさわしいのか、わからないのです。」
「……なるほどな。」
私がいい終わると父は遠くを見ながらそう答えた。恐らく次は父が何かを言う番だ。
「ラナ、戦争っていうのはな。昔からくだらないものなんだ。」
「………な、」
父の口から出た言葉に思わず振り返る。今この耳で聞いたことは真か?と二、三回にわたって自分に聞き直すが父の顔色は一向に変わらない。
「私の元いた世界でも戦争は起こった。人同士の戦争だった。体験したわけではないけど誰かが誰かを殺して、誰かが誰かに殺される、そこにあるのは実力で勝ち取った正義や聖戦みたいなものじゃなく。ただただ悲惨と地獄を絵に描いたような現実だった。」
「それは、人間と獣人族のような。」
「あぁ、あれが何度もあったんだ。だから戦争を知っている者は。いや、戦争に疲れている者は知っているんだ、こんなのは普通じゃないって自分たちがやるかやられるかの状況であっても誰かが死ぬのも自分が死ぬのも、それはおかしいことだってことをね。」
「………」
「ラナが言った、ミハイルさん。って人もそうだからそんなこと言ったんじゃないかなと思う。」
「それは、そうなのですか?」
「確信はないよ。でも誇りを持ってそれでも仲間の死に心を痛める人ならそう考えても、いいんじゃないかなってね。」
「だから、若者は。」
「ナリタテンマはああ言っていたけど、あいつは1番戦争っていうものが誰対誰であっても悲惨だってことを理解しているよ。──だから憧れたり間に受けるな、私の子なら。」
「……お父様っ」
私の頭をくしゃくしゃと撫でる父に少し恥ずかしさを感じる。父なりの心を豊かにする言葉だった。
「……それでもそうだな。大義っていうのはときに必要になる。」
「──どうして?」
「自分が走ってきた道に人が死んでいたと知ったとき、もう動けなくなってしまうから。」
「………っ」
父のその言葉は今聞いた言葉の何よりも悲しげだった。涙も流さずただ淡々と語るように見えるだろうそれは、何度も経験して心が疲れてもそれでも決して忘れぬ決意が宿った一言だった。
「最後に自分の背中を押すことができる。唯一無二の宝物だからだ。」
「……お父様は、ありますか?」
「あぁ、お前やお母さん。守りたいものがいっぱいある。それが私が今生きる理由だ。」
「私は、私もそれを持ちたいです。」
「持っているよ。誰かの声を聞いて誰かのために悲しめる子が何も持ってないとか、言うんじゃない。」
父の鋭い表情共に私の心に刺さった。
「───す、みません。」
なんと返したらいいかわからず出た言葉は謝罪だった。だがそんな私を見てから父はフッと少し笑ってから今度は頭ではなく肩に手を置いてくれた。
「…悪いな。責めたわけじゃない、ただ私は誰にも娘を傷つけられてほしくないんだ、それがたとえ自分自身であったとしても、」
「………。」
「ラナは自分が思っているよりも大切なものを抱えている。今は何か目標がなくてもそれを、それくらいは大事にしてやりなさい。掲げた目標を完璧に達成できる人なんてすごく稀なんだから。」
「……はい、ありがとうございます。」
「さて、まだしばらく時間はあることだ。準備をゆっくり整えるとしようか。」
「はい!」
私は父と共に残りの部隊が現着するのゆっくりと待った。父のおかげで自分の心に救っていた何かはいつのまにかとれていたような気がする。神経質になっていた自分は今にして思えばかなり馬鹿馬鹿しかったのだと自嘲した。




