5.フクロウの塒
「なんだ、可愛いのに」
エリステルの召喚した使い魔は、なんと指先に乗っても重さを感じないほどに小さな、本当に小さなトカゲだった。
体長は、頭からしっぽまでで私の人差し指くらい。
「でもダメなのよ~!」
私の指に乗るウルルちゃんは、キョロリとした瞳と傾げた小首可愛いクリーム色の子でした。背中にあるピンクのラインがまた愛らしい。
「まったく、ご主人様にはどうにもわたくしを気に入っていただけないご様子なのです」
しかも礼儀正しいとてもいい子でした。まあ、ほとほと困り果ててるって感じだけど。
「でも、この子いないと困るでしょ。ゲームの事何にも分からないんだし」
「そうなんだけど…」
さすがに可愛くて美人でも、そろそろ面倒になってきた。
柱の陰に隠れてこちらを窺うって、どれだけ怖いんだろうか。
正直言ってここまで嫌いなものはないので、想像もつかない。
「なんにしても、イベント終わっちゃうから、早くフクロウの塒に行こうか」
「うん…ウルル送還してもいい?」
「………」
まったくこの人はもう。ウルルの顔を見て御覧、寂しそうなのにね。
「だめ」
小さく一言で返してみたらがっくりとエリステルが項垂れた。これ、ちょっと面白いかも。
「っていうかさ、とにかくまずこの子に慣れなよ。ここは現実じゃないんだし、克服しやすいんじゃないの?」
さすがに直接エリステルに乗ってもらうのは本人がかわいそうなので、ミニスとは逆の肩に私が乗せて、エリステルを立たせる。
「ううう、もうちょっと離れて…」
背が高いのに存在が小さく見える。そんなに縮こまっていたら腰とか痛くならないんだろうか。って、ここは現実じゃないし、大丈夫か。
「もう。イベントクリアしたいならちゃんと付いてきてね。ウルルだけ連れてっちゃうよ?」
「コハク、使い魔は主人から一定距離離れると自然に送還されるんだよ」
「え、そうなの?」
さすがミニス優秀。突っ込みどころが如才ないね。
「それならなおさら置いてっちゃおうか」
ミニスの鳴き声を同意と得て、可愛いウルルちゃんの姿を眺めてからささっと地図を展開する。
「東大通りは…こっちね」
「ああ、待って」
足取りも軽く歩き出した私の背後から、近寄れないけど離れられないとばかりに追いかけてくる声と足音。
やっぱりちょっと、楽しいかもしれない。
ホクホクしながら地図に従い東大通りへと向かう。
始まりの町は簡単に表現すると三角形の町だ。底辺の部分がわずかにカーブを描いているのはそれが川だからだ。右辺と左辺は東と西の大通りである。三角形に囲まれるように存在するのが町の中心の時計塔。それぞれの頂点からは街道が伸びており、三角形の内外には肉付けするように建物や畑、細々した道が広がっている。
地図に付いている簡単な解説からすると、この辺りは強い野生動物や魔物が出ないため、人の腰の高さ程度の石垣がゆるーくこの大きな三角形と田畑、川の一部を囲っているらしい。まだ見ていないのでどんな様かわからないけど。
始まりの町というだけあって、プレイヤーに優しい環境なのだろう。
「こうやってみると、あんまり大きくないんだね」
くるりと見渡して、地図と比較して考えると、昨今のゲーム人口から考えても小さいような気がした。
「ここは始まりの町だもの。近くに大きめの都市があるから、ゲームに慣れたプレイヤーはそっちに行っちゃうのよ」
つぶやきを聞き取ったのか、やや後方からエリステルの答えが返ってきた。
「よく知ってるね」
「そりゃそうよ! VRは攻略本片手にってわけに行かないんだから、事前に調べておかないとね」
そうか、そういうものなのか…お兄ちゃんは「攻略本は邪道!」といってはばからなかったけど。
「さて、フクロウの塒は…地図には載ってないね」
「まあ詳細はね、仕方ないんじゃないの? その辺の人に聞いてみよう」
エリステルはゲーム慣れしているみたいで、動きには無駄がない。
でも。
「あの、そっちは元来た道だけど」
「………」
猛然とした勢いでエリステルが私に迫ってきたわけが判明した。
この人、極度の方向音痴でした。
「…ウルルちゃん、頼ったほうがいいんじゃないの?」
「それは無理!」
そう言うところは即答なんだな。
とにかく、はぐれないようにしながらエリステルと手分けをして、どうにかNPCからフクロウの塒の場所を聞けた。
東大通りの街道寄りにある二階建ての宿屋がそれだった。
「分かりやすかったね…」
それはフクロウの形をしていた。
丸い屋根の形はフクロウの頭で、丸い目の部分は窓。近づけば随分と目立つ建物だった。
「さ、入りましょ」
フクロウの特徴を目で追っているうちにぼんやりとしていたらしい。エリステルに促されて宿屋のドアをくぐった。
中は少し広めの廊下になっていて、右側に受付、その脇を抜けたところに階段があり、正面のドアがひとつ開かれていて、その奥にはどうやら食堂があるようだった。
「いらっしゃい。泊まりかい、食事かい?」
これまたNPCらしき宿の受付のおばさんは、どこにでもいそうなちょっとふくよかな人好きのする笑顔が似合う感じで、青い目が印象的だった。
「あの、ここにご隠居がいると聞いたんですけど」
「あぁ、うちのばあさんかい。それならそこの左のドアを開けて、突き当りだよ」
「ありがとう」
特に疑われたりなんだり、面倒な手続きは必要ないらしい。さすがに初心者クエストだけはある。
言われたとおり左のドアを開けると通路があり、いくつかドアがあったが突き当りは一つだけだった。
「わー、なんかドキドキする!」
「…エリステル、遠いよ」
三メートルは後方から言うものだから、会話がしづらい。
「だって…」
「もう! 分かったよ! エリステルの好きにしたらいいよ。ウルルってばかわいそうに…送還されちゃうんだね」
こんなに可愛いのに。
「私はやっぱり無理なの! ウルル送還!」
エリステルが叫んだ瞬間、肩に乗っていたウルルの輪郭が薄れて姿を消してしまった。
「あー、行っちゃった…」
「ほらいいから! クエストクエスト!」
ウルルが消えた途端にあっという間に傍に来たエリステルは、突き当りのドアまで背中をぐいぐいと押した。
さあ、ドアをノックしようかと思ったその時。
「いるのは分かってるよ、お入り」
中から声がした。なんだかすごくイベントっぽい!
エリステルと顔を見合わせ、なんとなくそっとドアを開けると、小さくてくしゃくしゃの顔をした、歯はありませんって感じの小さな口が可愛いおばあさんが、安楽椅子にゆったりと腰掛けていた。
「おやおや、可愛いお嬢さん二人だね。人族に、狐族か。時にお嬢さん方、私の名前が分かるかね」
「え…と?」
「あー、たぶん」
エリステルはあまり迷うことなく指先で何か操作している。間違いなくパネルなんだろうけど。
「えっと…フランデールさん、ですね」
「そうさ、私はフランデール。パネルを操作すると相手の名前が隠されていない限りは分かるのさ。そっちのお嬢さんは覚えておおきよ」
「あ…はい」
試しにパネルを調べてみると、確かにいろんな表示をオンやオフにすることが出来るようだ。
ゲームっぽくいろんな表示をしておくこともできるし、現実と同じように何も見えなくすることもできる。わざわざ操作をしたってことは、エリステルは見えなくしてあるんだろう。
私は慣れるまで表示することにしよう。
改めておばあさんを見ると、『フクロウの塒のご隠居:フランデール』と頭の右上くらいに表示が出ていた。
エリステルのほうを見ると、『初心者:エリステル』となっている。
私も同じように表示されているのだろう。
「さて、じゃあお嬢さんたちには、次の行き先を決めてもらおうかね」
おばあさん改め、フランデールはしわくちゃの顔をさらに皺くちゃにしてにっこりとほほ笑んだ…ように見えた。しわでよくわからなかったけど。