4.美女との遭遇
「ようこそ。始まりの町へ」
「あ、はい」
判を押したような笑顔と挨拶。でも勢いで返事をしてしまった。
「初心者向けイベント登録の窓口になります。登録されますか?」
「お願いします」
「では、こちらに手を置いてください」
といって出されたのはつるりとした表面の御影石みたいな黒のプレートだ。ハードカバーの本くらいの大きさだろうか。ちょうど手のひらを置くにはよさそうなサイズだ。
よく分からないながらも指示に従って手を置くと、ぼんやりとプレートが光を発して、ほんのり温かくなった。
「ありがとうございます。登録完了です」
「え?」
これで終わり?
「時計塔から出ましたら、操作パネルのクエスト欄にイベントが登録されていますのでご確認ください。ご質問がなければ以上になります」
「はあ…まあ、ないです」
「それではイベントをお楽しみください」
笑顔で締めくくられたので、なんだか狐につままれたような気持で窓口を後にする。このやり方なら確かに1分もかからずに終わるだろう。
円形のホールを後にしながら、まじまじと今のやり取りを考えてみる。
「今の、必要あったの?」
「あれは、参加意思確認と二重登録防止のためなんだよ」
ひとり言のつもりで呟いたら、ミニスから返事が返ってきた。
「そうなんだ」
あんまり詳しいことは分からないけど、まあ必要な作業なんだろう。二重登録防止っていうのは、あれかな、スーパーとかにあるお一人様1パックまでとかの卵を2回、3回とレジに並んで何個も買われないようにとか、そういうことなのかな?
まあいいや。別に害があるわけでもなし。
外に出て広場の椅子をひとつ陣取る。
えーっと、操作パネルを…おぉ、考えたらちゃんと出た。
「クエスト欄…は、これかな」
まだ表示の少ないウィンドウに、「New!」のマークが付いたものがひとつだけ。指先で触れると、詳細が開いた。
「えー、と。『お使いクエスト1/5』『東大通りにあるフクロウの塒でご隠居に会え』『※初心者向けイベントクエスト。クリアすると様々な特典が与えられます』…って、説明これだけ?」
首をかしげてもパネルを触っても何も出ないなーと思っていたら、東大通りの文字を触ると、急にウィンドウが展開して、びっくりした。
「わー、何これ? 地図?」
「始まりの町では、町の地図は最初からもらえるんだよ。大通りや公共施設はすでに登録してあるんだ」
「ってことは、町の地図はそれぞれどこかで手に入れなきゃならないんだ」
疑問で口にすると、どうやらミニスが答えてくれる形式らしい。なんか親切すぎて、本当にこれゲームなのかなと首をかしげてしまう。
お兄ちゃん曰く、攻略本など邪道、自分の道は自分で切り開くんだ、とかなんとか。
えーと、青い丸が私の現在地で…、東大通りはこの黄色の矢印でしょ。この赤い丸はなんなんだろう。
ま、いいや。
「とりあえず、フクロウの塒に行こうか」
「ニャー」
ミニスの返事らしき鳴き声に立ち上がろうとすると、ふっと目の前が暗くなった。
「ね! 今フクロウの塒って言った!?」
がしっと肩を掴まれて、ずいっと顔を近づけられる。なにこの人、必死すぎて若干怖い。
「もしかしてイベントクエスト!? だよね!? そうだよね!!」
「お、お姉さん、落ち着いて…」
「わーごめん! 驚いたよね? ごめんね!?」
どうしてくれようこの人。テンションの高さが若干癇に障るあたり、覚えのある感覚。ええ、言わずもがな、我がお兄様の事ですが、ええ。
必死になって両手で拝み謝ってきているこの人。どうやら人族タイプのようで、耳が人間の耳だった。
座っているとはいえ、見上げる角度からしてかなり背は高い。ウェービーな飴色の髪と空色の瞳が印象的な、目鼻立ちのはっきりしたタイプの美女だ。ただし、現状では冠詞に「残念な」とつけざるを得ない。
ついでに言えば、その視界を遮らんばかりに主張しているはじけそうな胸を、どうにかしてくれ。いや、決してうらやましいわけではないけど、決して。
「ゆ、許して?」
しゃがみこんで私のほうを覗き込むように見上げてくるその顔は、反則と思うほど可愛かった。
「別に、許すも何も、怒ってないですけど」
そう、うざいなくらいは思ったけれど、別に怒ったわけではない。少なくとも表面上は。うん。
とにかく可愛い仕草に全てを許した。可愛いは正義だ。
「ほんと? よかった!」
ああ、その笑った顔、本当に可愛いですね。
「急にごめんね? 隣座っていい?」
「どうぞ」
テンションは高いけど、悪い人じゃないなとは思う。何より可愛くて美人だ(ここ重要)。
「私エリステル。よろしくね」
にっこり笑って言う様子は、先ほどより落ち着いたようだった。
「コハクです。この子はミニス」
「コハクの使い魔だよ」
ミニスを紹介すると、エリステルさんはパッと目を輝かせた後に、表情が急に暗くなってがっくりと肩を落としてしまった。
「はぁ…、いいなあ、猫の使い魔。うらやましい…」
落ち込み具合が半端ない。そうか、この人テンションが高くなりやすいってだけじゃなく、感情の起伏が激しいタイプなわけですか。
「エリステルさんの使い魔は、どんな子ですか?」
「あー、いいよいいよ敬語じゃなくて。エリステルって呼んで? 私もコハクって呼んでいい?」
こっくり頷くと、嬉しそうに微笑んで、それから困ったような顔をした。
「私の使い魔ね、トカゲだったのよ…」
「トカゲ…」
ちょろちょろと走り回るカナヘビとか、小さめのヤモリが脳裏をよぎった。個人的には嫌いじゃないけど。
「エリステル…は、もしかして爬虫類ダメ?」
「大の苦手なのよ~」
大きなため息とともにそういうエリステルの様子は、もう不幸のどん底ですと言わんばかりだ。
「だからね、自分で自分の使い魔を後から探せるっていうから、設定の時にお別れしようとしたの」
「それで?」
「なんかね…あの、つぶらな瞳をウルウルさせてこっちをじっと見るわけ」
今さっき見たような光景ですね。
「それで結局名前をつけてあげたの?」
「そう。もうウルルでいいやって、半ば投げやりに」
どう考えても選択ミスでしょ。苦手なのに名前つけて一緒に過ごす選択をするって、どう考えたって、ねえ。
「…で、そのウルルは今どこに?」
エリステルのどこにそのウルルがいるのやら、まったくわからないのだけど。
「落ち着かないから…送還中」
「ソウカン?」
「使い魔を呼び出すことは召喚、逆に帰すことは送還って言うんだよ」
「それよ!」
どれ?
「そうやってアドバイスして欲しいの! でもどうしても呼び出せないのよー!!」
勢いのまま肩を掴まれました。どうしてくれようこの人(2回目)。
「バカですか?」
「コハクひどい!」
「あ、口に出してた」
だめだ、この人に対しては、もう口が遠慮してくれないらしい。
私の発言にさめざめと涙するエリステルを見て、私が泣きたいくらいだよ、とまた口に出してしまい、ますます喚き立てるエリステルに、めっちゃ目立ってるよどうしよーと他人のふりをしたい気持ちでいっぱいになった。
「もうこうなったら、コハクが使い魔の代わりになって!!」
「どうなったらそうなるのよ!」
泣く癖に強かすぎるよ!
エリステルは私の服の端をしかと掴んで離さない。しかもやけに握力強いな!
「バカなこと言ってないで、新しい使い魔見つければいいでしょ!」
「どうやって見つけるのよー!!」
やだもう疲れるこの人、誰か引き取って!!
この頃にはもはや誰もが遠巻きにこちらを見るばかり。
人通りの多いこの広場で、なんだか私たちのいる付近だけ、ぽっかりと人のいない空間が出来上がっているのに気が付いた時には、真面目に泣くかと思いました。
2月13日誤字訂正




