二十二話 旅立ち
王宮の離れにある兵士宿舎でわしらは一泊させてもらったでのう。
二段ベッドがふたつの四人の相部屋じゃが、みんな疲れておったのかぐっすり寝たようじゃね。
「牢屋だ! まず牢屋に入れろ!」
なんじゃろうか?
朝に起きて、わしが両腕を伸ばして背伸びをしながら、王宮の庭園を窓から眺めておるときじゃった。
王宮の兵士に囲まれて、見知らぬおじさんが後で手を縛られて連行されておる。
見かけはどこにでもいるような普通の恰好をしたおじさんじゃ。
「こいつが敵の一味だ! 逃がすでないぞ!」
なんと――。
リンリン市場を襲撃したという魔法使いの一味が捕まったのかいの。
魔法の詠唱を防ぐためか、舌を噛み切らせないためなのか、犯人はさるぐつわをされておるで。
「とうとう捕まったようね」
「でもまだ複数犯いるんでしょう?」
スレナとキリエも起きて窓の外を眺めておる。
連行されておる犯人に憎悪の眼差しをぶつけておるで。
「みんなー! 宿舎前の庭園に集合ー!」
ミッチル先生が宿舎の廊下を歩きながら、生徒たちに声をかけておるでな。
今日の朝にはザルド魔法学園に帰ることになっておったので、迎えの馬車でもきたのかいな。
とりあえずわしらは急いで宿舎前に集まったでな。
「みなさん、おはようございます。先ほど王宮の兵士より連絡がありました。犯人の一人が捕まったようです」
まあみんな見ていたので知っておるじゃろう。
ちょっとした騒ぎになっておったからのう。
「これから犯人の取り調べが行われるそうですが、犯人がどうような情報を持っているのかはまだわかりません。
第二の襲撃があるのか、計画はどのようなものなのか。
それらの情報を引き出すまでは、私たちには王都に留まってほしいとのことです」
早くザルド魔法学園に帰りたいもんじゃが、王宮の考えも致し方ないでな。
わしらがトンボ帰りしたとたんに、さらなる惨劇があったのでは遅れをとるでの。
「犯人が口を割るのは時間の問題だと思いますので、みなさんはもう一日ここで待機となります。しかし王宮の敷地から外には出てはいけません」
『えええええ』
さすがにみんなはがっくりと肩を落としておるわい。
それもそのはずじゃ。
厳戒態勢の中、昨日もこの宿舎に缶詰じゃったからのう。
それがもう一日続くとあっては、暇を持て余すし体もなまるでな。
「サーシャ!」
わしだけは違うで……。
ラピリス十三世国王のひ孫のランテスじゃ。
昨日もランテスはわしの元にやってきたでな。
年寄りの心地よい昼寝を叩き起こして、遊ぼう遊ぼうとせがんだでのう。
昼から晩まで遊びっぱなしじゃ。
しかも今日は朝っぱらからやってきおったで……。
子供は元気じゃのう。
わしの体がもたんでな。
☆★☆★☆
夕方になると囚われ身となっておったリンリン市場襲撃事件の犯人が口を割ったそうじゃ。
ミッチル先生が教えてくれたでな。
想像したくはないのじゃが、過酷な拷問でも受けたのじゃろう。
やはり犯人は敵国アラハルト王国の魔法使いじゃった。
ダイゴン王国内を混乱におとし入れるのが目的で、南に位置する隣国のランテリア王国からダイゴン王国に侵入したとのことじゃった。
ランテリア王国はダイゴン王国と友好国で貿易も盛んでの。
商人を装ってこっそりと入国したようじゃわい。
リンリン市場襲撃に関わった者の数は総勢で二十人。
まだ王都内に潜伏しておるらしいのじゃが、逃げる際は個別に行動することになっておったらしく、他の者の行方はまだつかめておらん。
アラハルト王国の国王はなにを考えておるのかのう。
両国家の先代国王からの因縁らしいのじゃが、ダイゴン王国からの和平交渉には断固として応じないのじゃそうじゃ。
向こうの国王の胸の内はわからんでのう。
ダイゴン王国側としても報復戦争には自国にも多大な被害が予想されるので、防衛に徹するしかないようじゃね。
アラハルト王国と北東に位置するリト王国は、先軍政治という共通の思想を持った同盟国。
真っ向から戦争を挑むのは得策ではないでな。
かたやダイゴン王国には同盟国はなく、アラハルト王国を除く隣国はただの友好国じゃ。
ただはっきりしていることは、敵はすぐさま戦争を仕掛けるつもりはないようじゃね。
時間をかけてダイゴン王国国内を揺さぶる作戦らしいでの。
犯人の魔法使いのおじさんがそう言っておったそうじゃ。
今のところ戦争をするための大義名分らしいものが見つからないせいじゃろうか。
しかし時間の問題じゃろう。
いずれや、これからさらなる大きな軍事行動に出ることが予想されるで。
「ダイゴンや」
「なんだサーシャ」
時刻は深夜じゃ。
宿舎のみんなはもう寝ておるでな。
「ギランテルを呼べるかのう?」
「行くことにしたのだな」
「それしかないようじゃのう」
「了解した。ギランテルならばここからでも私の呼びかけに気がつくだろう」
「すまんのう」
ギランテルが到着するまでにやらなければいけないことがあるでな。
わしは置き手紙を書くことにしたで。
まずは母のタリルじゃの。
『ママへ。
あたしをここまで育ててくれてありがとう。
いつも笑顔で優しいママが大好きでした。
食堂サーシャはうまくママが切り盛りしてくれると願っています。
あたしに弟や妹ができなかったのが残念でなりませんが、どうしてもあたしは旅立たなければなりません。
それを詳しく話すことはできませんが、ただひとつ言えることはダイゴン王国を守るためです。
大切な家族や大切な仲間を戦争で失いたくないからです。
幼いあたしになにができるかと思いでしょうが、あたしはやれるだけのことをやってみようと思います。
だからママ。
しばらく会えないと思うけど、あたしはいつまでもママのことを忘れません。
本当にありがとう。サーシャより』
次は父のドーロンじゃ。
『パパへ。
いつもあたしをかわいがってくれてありがとう。
パパは王宮の兵士です。
仕事柄、戦争になればパパも戦場に繰り出されるかもしれませんね。
あたしはそんなことは絶対に嫌です。
パパは誇り高い王宮の兵士なので、なんてことを言うんだと思うかもしれません。
しかし、あたしは過去の悲しい争いを知っています。
幾度となく繰り返された悲しい争いを知っています。
それ以上のことは言えません。
あたしは大切な家族を失いたくはありません。
パパ。
いつまでもいつまでもお元気で。サーシャより』
タリルとドーロンはなにを思うじゃろうか。
悲しませることになるのう。
しかしわしにしかできんことがあるのじゃ。
許しておくれな。
次はスレナじゃ。
『スレナさんへ。
はじめて会ったときのことをあたしはよく覚えています。
少し怖いお姉さんかなとも思ったけど、本当は誰よりも友達想いで心の優しい人でした。
あたしの我がままに何度も付き合ってくれてありがとう。
でもあたしを深く追求することはありませんでした。
スレナさんは勘がするどいので、なにか気づいているかもしれませんね。
その勘は正しいです。
あたしはこの国を旅立ちます。
あたしの考えていることはスレナさんにはお見通しでしょうから、ここでは述べません。
妹のようにあたしをかわいがってくれて本当にありがとう。
そんなスレナさんがあたしは大好きです。
また会う日まで。サーシャより』
スレナはなんだかんだいって一番仲がよかったでの。
一年間口をきいてくれないこともあったが、今となっては良い思い出じゃわい。
たまにあの事件のことを話しては、二人で大爆笑してるでな。
次はダルロじゃな。
『ダルロ君へ。
ザルド魔法学園の校庭でのことを覚えていますか?
スレナさんのことが好きだと教えてくれた、あの日のことです。
スレナさんへ対するダルロ君の想いは常に一貫してましたね。
その真摯な気持ちを忘れないで、これからも末長く二人で人生を歩んでください。
そして、あなたの手にするミーテルエの剣はあなたを立派な魔法剣士へと導くでしょう。
その努力が必ずや報われますようにと、あたしは心より願っています。
あたしの優しいお兄さん、お元気で。サーシャより」
ふ~う。
ちょっくら疲れてきたでな。
頑張りどころじゃね。
次はキリエじゃ。
『キリエさんへ。
キリエさんは強い愛の心を持った人でした。
その愛をいつまでも貫いてください。
あなたなら温かい愛に包まれた家庭を築くことができるでしょう。
ゴンドルア先生といつまでもお幸せに。
ゴンドルア先生似の女の子が産まれないことを願っています。
あと接吻は卒業するまでダメですよ。サーシャより』
キリエはわしが密会を覗いておったことは知らんからのう。
さぞ驚くじゃろう。
ミッチル先生やガルロ学園にはいらんじゃろう。
ミッチル先生にいまさら毛根が死滅したことを謝ってもあれだしの。
ガルロ学園長には、囲碁の普及活動をしてくれることを願うでな。
おっと、忘れておった。
『用務員のおじさんへ。
本当にごめんなさい。サーシャより』
もしザルド魔法学園に帰ってくることがあれば、また芝生の上に座って弁当でも食べたいもんじゃ。
「サーシャよ。ギランテルが来たようだ」
「早かったでな」
と思ったらもう朝方に近いでな。
意外にも置き手紙に時間がかかってしもうたで。
うっすらと遠くの空が明るくなってきておる。
早くしないとみんなが起きてしまうでな。
わしは最後にスレナとキリエの寝顔を目に焼き付けて、宿舎を後にしたのじゃった。
「ギランテルや、わざわざすまんかったのう」
「いえいえ、サーシャ殿のお願いとあればどこへでも」
「それじゃあ、ちょっくらわしを運んでくれんかのう――」
ギランテルは黒猫の姿から本来の魔族の姿に戻って空を舞っておる。
王宮の兵士は夜も見張りをしておるとはいえ、闇に溶け込んだ空を飛ぶギランテルには気がついておらんようじゃ。
「サーシャ殿、どちらまで?」
「アラハルト王国じゃ」
ギランテルはトンビが滑空するかのように地面すれすれでわしを抱きかかえ、空高く舞ったでな。
遠くの山の稜線から待ちわびたかのように太陽が顔をだしおった。
みなもに広がる波紋のような朝日に照らされた王都の建物が、みるみるうちにゴマ粒になっていくで。
じいさんや。
わしの選択は間違っておるのじゃろうか。
しかし、わしにできることはこれしか思いつかないんじゃ。
あの太陽のようにわしを見守っておくれな、なあじいさんや。
アラハルト王国の方角に昇る太陽を追いかけるように、ギランテルは翼をはためかせて、どこまでもどこもでも空高く舞い上がるのじゃった――。
最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。




