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冴えないUXデザイナーが異世界転生して、『ペルソナ設計』で滅びかけの王国と姫様を救うことになりました  作者: もしものべりすと


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第十五章 氷の村と一人の夜

氷の村での、最初の朝が、来た。


俺は、囲炉裏のそばで、毛布にくるまったまま、目を覚ました。


薪は、夜中に燃え尽きていた。


土間はまた底冷えしていた。


外で、犬の鳴き声が聞こえた。


窓の隙間から、雪の朝の青白い光が差し込んでいた。


俺はゆっくり立ち上がった。


身体が、痛かった。


昨日の旅と、寒さで、節々が軋んでいた。


新しい薪を、囲炉裏にくべた。


ようやく、火が戻った。


湯を、沸かしてその熱で、指先を温めた。


戸を、叩く音が、した。


俺は息を止めた。


護送兵が、戻ってきたのかと、身構えた。


「設計師殿、おられるか」


低い、しわがれた声だった。


俺は、戸を開けた。


老人が、立っていた。


白い髭を、たっぷり、たくわえていた。


ベルカ翁ほどの年齢に、見えた。


彼は、両手に温かい食べ物を、抱えていた。


「儂は、村長のクライドだ。陛下から、お前を預かるよう、申しつかった」


彼の声は低く、しかし敵意はなかった。


「ひとまず、これを、食え」


俺は戸惑いながら、それを受け取った。


木の鉢に、湯気の立つ、麦の粥が入っていた。


そこに、小さな干し肉が、いくつか、浮いていた。


「ありがとう、ございます」


俺は深く頭を下げた。


村長クライドは目を軽く開けた。


「ほう。罪人と聞いておったが、礼の言える男じゃな」


「罪は、犯しておりません」


「儂は、宮廷の沙汰の真偽は知らぬ。だが、この村では人は、行いで、判断する」


クライドは囲炉裏のそばに座った。


俺は彼に、椅子を勧めた。


彼は、それを断った。


床に、直接、腰を下ろした。


「お前、何をしでかしたんだ」


「……自分の仕事を、することです」


「ふむ」


クライドは笑った。


「面白い罪人だ。じゃあ、何が、お前の仕事なのか、教えてくれ」


俺はノートを開いた。


そして、ペルソナの話を、ぽつりぽつりと、した。


人を見ること、書き留めること、そこから、その人の困りごとを、汲み取ること。


東京での仕事も、こちらの世界での仕事も、同じだ、ということ。


話を聞き終えると、クライドは頷いた。


「儂らの村にも、困りごとは、ある」


「困りごと?」


「冬越しの薪が足りん。若い者は王都に、出ていった。年寄りばかりが残っている。儂らは、いつ、誰が凍え死ぬかわからん」


俺の指が無意識にペンを握った。


ノートのページが、勝手に開いた。


「お話を、聞かせてください」


「儂の話か?」


「ええ。村のお一人ずつ、聞かせていただきたいのです」


クライドはしばらく、俺の顔を見ていた。


そしてふっと笑った。


「儂はお前のような罪人を、たくさん、見てきた。だがノートを開いて人の話を聞こうとする罪人は初めてだ」


その日の昼、俺は、クライドの案内で、村を回り始めた。


村は、十二軒の家から、成り立っていた。


住人は、四十人ほど。


うち、老人と子供がほとんどだった。


若い大人は、五人しか、いなかった。


俺は、家を、一軒ずつ、訪ねた。


ノートを、開いて、彼らの話を聞いた。


最初は、警戒されていた。


だが、俺が自分の地味な仕事の話をすると、彼らは少しずつ、口を開いた。


「儂は薪割りを、毎日している。だがもう、腰が痛い」


「私は子を、三人、育てている。夫は、王都の傭兵でもう、半年、便りがない」


「俺はもうすぐ、十四になる。村を出て王都で、働きたい。だが爺さまを、置いていけない」


俺は、ひとり、ひとりの、名前と、悩みと、誇りを書き留めた。


ノートは、急速に埋まっていった。




一週間が過ぎた頃、ガレウス団長から、密書が届いた。


伝令は、見覚えのない、商人風の男だった。


彼は雪深い村の外れで、俺と密かに会った。


「設計師殿、団長より、お預かりしました」


彼は頭巾を深く被ってそう告げた。


俺は震える手で、密書を開いた。


そこには簡潔なガレウスの字で、こう、書かれていた。


「司殿、王都はいま危うい。ヨコタは宮廷の財政を、食い尽くしている。


王女様は、軟禁状態。父王の判断力が、急速に衰えている。


我らは、貴殿の帰還を待ち望んでいる。だがいまはまだ動けぬ。


機を、見ている。それまで、北で生き延びてほしい。


ベルカ翁が、貴殿の食料と薬を密かに、手配する。


ガレウス」


俺は、密書を何度も読み返した。


胸の奥が熱く、なった。


俺は忘れられていなかった。


伝令の商人は、何も言わずに、踵を返した。


「お気をつけて」


俺は彼の背に、声をかけた。


彼は、頭巾の下でわずかに頷いた。


その夜、俺は囲炉裏のそばで、密書を何度も読んだ。


読み終えるたびに、それを、火にくべそうになってやめた。


火に、くべるのは、もったいなかった。


俺はノートに、新しい一行を書いた。


「俺はまだ、誰かに、必要とされている」


書いた瞬間ノートが淡く、光った。


青い光と、緑の光が混ざっていた。


それは王女のページと、村人たちのページからの、光だった。


俺はノートを抱きしめた。


追放されてから、初めて笑顔が自然に、こぼれた。



その後、俺は、村人の信頼を徐々に、得ていった。


冬の薪の在庫の管理を、見える化した。


誰が、いまどれだけ、薪を持っているか。


誰の家が、いちばん、足りないか。


それを、村の共有の掲示板に、書き出した。


若い者たちが、老人の家に、薪を運ぶようになった。


余っている家は、足りない家に分けるようになった。


冬越しの不安は確実に、減っていった。


子供たちは、俺のところに、毎日、遊びに来るようになった。


ノートのページを、覗き込んで、自分の名前を書いてくれと、ねだった。


俺は苦笑しながら、彼らの名前と、夢を書き留めた。


「俺、ロイ、八歳、大きくなったら、騎士になりたい」


「私、エマ、五歳、お母さんを、楽にしたい」


「ぼく、トム、十一歳、王都の市場で、商人に、なりたい」


ノートがまた光った。


今度は、虹色の淡い光だった。


子供たちは目を、丸くしてノートの光を、見ていた。


それから、はしゃいで、家に帰っていった。


クライドが俺の家に、ある夜、来た。


「設計師殿、村の者から、頼みがある」


彼は頭を下げた。


「儂らもノートに書いてもらえんか」


「もう、書きました」


「全員を、お頼みする」


クライドはぽつりと言った。


「儂らは王都から、忘れられている。だが、お前のノートには入っている。それが嬉しい」


俺は頷いて頷き返した。


窓の外で、北風が唸っていた。


雪はもう、止んでいた。


俺は夜更けまでノートを書いた。


村人四十人、全員のページを丁寧に、埋めていった。


ペンを置いた時、ノートがまた光った。


今度は、これまでで、いちばん、強い光だった。


土間が、青白く、照らされた。


東京で、誰にも見られなかった夜の俺と。


氷の村で、誰にも見られない夜の俺は。


同じ俺なのにまったく違う、存在になっていた。


俺は見られていた。


四十人の村人と、遠い王都の王女と、仲間たちに。


俺は、夜空を見上げた。


窓の格子の向こうに、満天の星が瞬いていた。


東京では、絶対に見られない、深い深い星空だった。


「アリーシャ様」


俺はささやいた。


「俺は、ここで、書いています」


「あなたが迎えに来てくれるまで」


「ここで、書き続けます」


囲炉裏の火が、ぱちんと爆ぜた。


寒さはまだ、容赦なく、土間に忍び込んでいた。


だが俺の胸の奥にはもう、寒さを寄せ付けない確かな温もりがあった。



その夜、囲炉裏の灰の中に、小さな炭が長く、赤く、燃えていた。


俺はその光を、じっと見ていた。


明日もまた、村の誰かの話を、聞こう。


ノートに、書こう。


それが俺に、出来ることのすべてだった。


戸を、誰かが軽く叩いた。


こんな夜更けにと、俺は立ち上がった。


扉を、開けると、五歳のエマが毛布を、引きずって立っていた。


頬が寒さで、赤かった。


「設計師の、お兄ちゃん」


彼女はささやいた。


「お母さん、咳がね、止まらないの。薬、ないの」


俺は慌てて、彼女を家に入れた。


そしてベルカ翁から、密かに送られてきていた薬の包みを、開けた。


ベルカ翁が添えていた手紙には、それぞれの薬の用途が、書いてあった。


咳止めの粉薬を、一袋、エマに渡した。


「これを、お母さんに、お湯に溶かして、飲んでもらって」


エマは頷いた。


そしてぴょこんと、お辞儀をして家に、駆け戻っていった。


戸を、閉めて、俺は息を吐いた。


東京の俺なら、ここまで出来なかった。


薬の知識は、ほとんど、なかった。


だが、こちらでは、ベルカ翁の知識が密書と一緒に、届いていた。


一人ではないということがこんなに、心強いとは知らなかった。


ノートがまた淡く光った。


それは俺の中の、何かが少しずつ、変わっていく、徴のように思えた。

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