01 たのみたいこと
【前回のあらすじ】
トトゥーナ・エホマールはルームメイトのフレイベル、あとついでにリュードと一緒に街で起きた連続失踪事件を解決した。犯人は彼女と同じこの街で生まれ育った青年だったが、それでも街を守るためには戦わなきゃいけなかった。
天使のフレイベルを見ていると自分の抱えるコンプレックスがどうでも良くなってくる気がする。
気がするだけだけど。
朝。特に予定のないバスターたちが腹を空かせて寮からぞろぞろ湧いてくる時間だ。任務や他の仕事に向かう者はもう少し早く出てきたり、逆に昼までぐっすり眠ったりしているので、空腹で目を覚ます連中が現れる時間帯はおおよそ決まっている。
肌も髪の色もそれぞれ違う人々が女子寮の玄関からまばらに出てくる。彼女たちは武器を持たず、服装も至ってシンプルで鎧などは身につけていない。バスターとはギルドに所属する魔物退治の専門家だが、普段からガッチリ装備を固めている訳ではない。始めから武装するのは任務の時くらいだし、街中でパラズマに遭遇したら一度寮に戻ってくればいいだけだ。
特に武器は嵩張るし重いので大抵は寮の一階にある保管庫に安置するのがほとんどである。街の中で常日頃から武器を携行しているようなのは持ち運びに困らない程度の刀剣類を扱う者か、ただの戦闘狂だ。
朝食を求めて寮を出発する者の中に彼女たちはいた。薄紫色の髪の少女と紅い髪の女の二人組は、しかし寮の敷地を出ることなく細長い建物の陰へと向かっていく。
一人はトトゥーナ・エホマール。さらりとした薄紫色の髪をツインテールにした十六歳の少女だ。瞳の色は黒。眠気に抗う顔立ちと、丈の短いパーカーから露出した腹筋の薄っすら浮かぶお腹は綺麗な褐色をしているが、これは日に焼けたものではなくマシュマルという魔法の国の血を引いた彼女が生まれ持った肌の色である。
もう一人はフレイベル・ベニーロ。燃える炎のようにウェーブした紅い髪が特徴の二十歳の女である(少女と言うには背が高く体つきもしっかりしているんだから、女だ)。光沢のある得体のしれない材質のジャケットを羽織り、黒いショートパンツから伸びる脚はすらりと長い。天使というのは数百という年月を生きるらしいが、天使の二十歳とは人間に換算するといくつになるのだろうか。
天使。
そう、フレイベルは天使だ。
「それで、話とはなんでしょう?」
立ち止まり、向かい合ったトトゥーナの顔を見てフレイベルが言った。ついさっきまで鼻をつまんでも目を覚まさなかったくせに、起きたら起きたでトトゥーナよりも意識がシャッキリしている。
じっとこちらを見つめる彼女の瞳は髪と同様に紅く、ここが日の当たる明るい場所であったならもっと宝石みたく輝いて見えただろう。目鼻立ちのくっきりした顔はいつもならにこやかでフワフワしたような印象を抱くが、こう無感情に見下ろされると圧があった。
「ベル、お願い!」
朝食前に無理やり連れ出されたフレイベルはちょっとだけ機嫌が悪かった。ほんのわずかに眉根を寄せた彼女の表情の変化に気付かないまま、トトゥーナは両手を合わせ素知らぬ顔で頼みごとをする。
こんな。
「あなたが『降臨』するところをもう一度見せて!」
レミーの起こした大量失踪事件を解決して実に一週間が経過していたが、トトゥーナの頭の中はあの天使の姿でいっぱいだった。
フレイミングフレイベルという名前があるらしい、燃え盛る炎で全身を包み込み、真紅の鎧をその身に纏う光景はあまりにも鮮烈で、天使をおとぎ話の登場人物くらいにしか思っていなかった少女の脳を揺さぶるには十二分の出来事だった。
またあの瞬間を見たい。
あわよくば仕組みを解明して魔法で再現したい。
憧れと好奇心を抑えきれなくなったトトゥーナは本人に直接頼み込んでみることにしたのだが……、
「お断りします」
あっさりと拒否されてしまった。よく店の手伝いとかさせてるし、頼めば言うこと聞いてくれそうだよねと踏んでいたトトゥーナの口から「えっ」と間の抜けた声が出る。
「今はその時ではありません」
「見せてくれるだけでいいのに!」
「天使は軽々に正体を明かすべきではないので」
「あたしはもう知ってるからいいじゃん」
トトゥーナは食い下がった。
「こうやって人目に付かない場所に来てるんだし、それに一回見せてくれたらそれであたしは満足するから! ね、いいでしょ?」
しつこく要求するトトゥーナにフレイベルは諦めたように「はあ」と小さく溜息を吐いた。
「仕方ありません、一度だけですからね」
「よしきたっ」
期待に目を輝かせるトトゥーナの前でフレイベルが構えを取る。右手に持った鍵を、左手に持った剣の鍔部分に開いた鍵穴に差し込み、捻ると同時に宣言する。「降臨」剣先から吹き荒れる炎が彼女の全身を包み込み、彼女は右手に持ち替えた剣を地面と平行となるように切り払った。纏う炎を吹き飛ばして中から現れた彼女の姿は……、
全然変わっていなかった。
そもそも、フレイベルは両手に何も持っていなかった。鍵を剣に差し込むという動作もただのジェスチャー。見えない剣から吹き荒れた見えない炎に全身を包まれてから、変身が完了し炎を振り払ってポーズを決めるまでの間に何もせずじっと立っているだけの時間があったのは何だったのか。
建物の向こうから聞こえてくる同業者たちの話し声がとても遠くに感じる。
「…………馬鹿にしないでくれる?」
トトゥーナは半開きになっていた口をようやく動かして言った。睨むように目を細めた彼女の視線を受けながら、フレイベルはやりきった感を出しながらポーズを解いている。
「変身してないじゃん! あたしが見たいのはあの真っ赤な姿なのに! 今も赤いけど」
「トトゥーナちゃん……、『降臨』は見世物ではありませんし、そんな無闇に使うことは許されませんわ」
結構真面目に諫められてしまい、トトゥーナは親に叱られた子供のように肩をすくめてしまう。だが諦めの悪い彼女はここで引き下がる訳にもいかず、「ではわたくしは朝ご飯を」と身を翻して立ち去ろうとするフレイベルの脚にタックルしてしがみついた。
「待ってお願い一度きりでもいいから見せてくださいお願いします!」
フレイベルの右足に抱き着いて情けなく泣きつくトトゥーナ。我に返って「うわっ筋肉だこれ」と健康的な引き締まった太ももをぺたぺた触っているとこちらを見下ろす彼女と目が合ってしまった。
肩に止まった虫を見るような目だった。
「………………」
「………………」
しばらく見つめ合った後、トトゥーナは静かに彼女の脚から手を離す。なんだか気まずくなってしまったトトゥーナは太ももの感触が残る両手を広げて愛想笑いをした。
フレイベルは何も言わず再び背中を向けた。
(何が何でも降臨させてやる……!)
ここで諦めるわけにはいかない。
トトゥーナは肩のケースからバトンを取り出した。
フレイベルは今はその時ではないと言った。
じゃあ『その時』を作ってしまえばいい。
「覚悟ォーッ!!」
バトンを大きく振り上げてトトゥーナは背中を見せるフレイベルに突撃した。しかし彼女は前を向いたままバトンを華麗に躱してトトゥーナの背後にくるりと回り込むと、いつの間にか奪い取っていたバトンでトトゥーナの喉元を締め上げた。
ぎゃーっ!? と朝の女子寮に情けない少女の悲鳴が響き渡る。




