06 前触れ
「おおっ、帰ってきたかマイリー」
帰宅したマイリーを迎えた父はその手に魔法道具のライトを持っていた。新品だった。
どさっ、と蝋燭の入った籠が床に落ちる。
「お……お父ちゃん。それは……」マイリーはわなわな震えて言った。
「これか? いやあワタシもついに買ってしまった」
父はそう言ってライトを見せびらかしてきた。台座から生えた、得体の知れない素材でできた半透明のパーツが外の光を照り返した。
「こいつは凄いぞ! 部屋が今までよりずっと明るく」
「うわーっ!」マイリーは父が話すのを遮りながらライトをぶんどった。
「何をするんだ!?」
「お父ちゃん、うちは蝋燭屋だよ! 蝋燭屋がそんな魔法道具に頼るなんて……」
父はマイリーに床に叩きつけられそうになっていたライトを取り返した。
「いいじゃないか、文明の利器だぞ」
「こっちは経営の危機だよ」
ふらり、とよろめいたマイリーは近くのテーブルに両手をついてうなだれる。
「ああっ……このままでは誰も蝋燭を作らなくなってしまう。
でも……めげちゃだめよマイリー。
わたしが、わたしだけでも頑張らなくちゃ……
わたしがもっと、この街に蝋燭を広めるの……!」
静かに決意して、マイリーはゆっくりと顔をあげる。そんな彼女のうなじの辺りを、バチッ……と青白い稲妻が駆けた。
彼女にだって蝋燭屋としての矜持がある。
しかし、それすらも呑み込まれてしまう。
○
フレイベルとトトゥーナが『センパスチル』に戻るころには時間が結構経っていた。魔法道具を返却するためにレグナンテスの街をぐるりと一周したからだ。それだけ魔法道具は広まっているし、この店も頼られているのだろう。
「あ~疲れた! 今までで一番歩いたかも」
帰ってきてすぐに、トトゥーナは店の談話スペースのソファに腰をおろした。全身の力が抜けてしまったようにくったりと体を預けている。
「お疲れのところ悪いんだけど、早速働いてもらってもいいかな?」
カウンターで客とやり取りを交わしていたマジョルジョがトトゥーナのもとに近づいて言った。彼女は装飾の施された台座から半透明の円柱が伸びた道具をその手に持っていた。
ソファで脱ぎ捨てられた上着のようになっているトトゥーナは首だけをマジョルジョの方に向け、
「えー今から?」
「ほら、私だとほったらかしにしちゃうでしょ?」
「分かってるなら直せばいいのに……」
文句を垂れつつもトトゥーナは素直に道具を受け取った。呻きながらゆっくりと立ち上がる彼女を尻目にマジョルジョは、
「修理はこの子が引き受けるから、ちょっと時間はかかるけど待っててくれる?」
と客に向かって言った。
「あ、はい」
客は穏やかな笑顔で答えた。柔和な雰囲気の大柄な青年で、茶色い髪を無造作に伸ばしている。歳はたぶんフレイベルとほぼ同じくらいだ。
「トトゥーナちゃん」カウンターの奥へ行こうとするトトゥーナをフレイベルは呼び止める。「わたくしも手伝いましょう」
「ん~」トトゥーナはぼんやりとした目つきでライトとこちらを交互に見た。「特にやってほしいことはないかな、荷車引っ張んのとは違うしね」
あっさりと断られてしまった。
「今日はありがとね、じゃあまた後で」
彼女は言って、店の奥へと歩いて行った。
ふむ……と顎に手を当てながらフレイベルは考える。
「この後は何をしましょうか」
取り残されたことについては、特に何とも思っていないようだった。




