07 青い火
やっぱりギルドだった。
バスターになったからには任務を受けて魔物と戦わなくてはいけない。でなければ何のために地上へ降り立ったというのだ!
基本的な任務の流れは今日トトゥーナの横で見ていたので頭に入っている。フレイベルは本部へ赴き、カウンターで向日葵の種の殻を剥いている青髪の受付嬢に近づいた。
「リュードならいないよ」
「まだ何も言っていません」
素っ気なく言うエミリーに、顔にこそ出さないが少しむっとしてしまった。こちらが四六時中彼について考えているとでも思っているのだろうか。
とはいえ、名前を出されるとちょっと気になってしまうのも事実だ。
「彼はどこへ?」結局訊いてしまった。
「例によって魔物の討伐。なんだ一緒じゃないのかぁ」彼女はやけに残念そうだ。「あいつと組めばいいのに」
「そのつもりでしたが、断られてしまいましたわ」
「だろうね、リュードだし」
エミリーは肩をすくめた。分かってて組んでみろとか言ったのか。
「なんだ? リュードと組みたいのか?」
と、二人の会話に割り込んでくる声があった。二十代前半の短髪の男で、革製の鎧と背中の弓、そして何より手首に巻いた魔針盤から同業者なのは確かだ。
「よう、俺はジェシー。あんた昼間の食堂で大演説かましてた新人だろう? 悪いことは言わんが、あいつと組むのはオススメしないぜ」
「リュードの何を知っていますの?」
「知っているも何も、悪い意味で有名な奴だ。リュード・ジャーガル……ギルドに入ってたったの二年で上位ランクに上り詰めた実力者で、あふれる自信に見合っただけの強さはあるがとにかく協調性というものに欠けている。自分中心で周りを見ようともしないから、仮に任務で協力することになっても使えないと判断したなら容赦なく切り捨てるって話だ」
「……」
「だから誰もがあいつを避けている。今頃一人で寂しく魔物と戦ってるんじゃないか?」
「一人で寂しく…………」
「てな訳で、チームを組むならあんな奴よりマシなのを選ぶといい……そう、例えば俺とかな!」
サムズアップで己を指さしながら振り向くジェシーだったが、フレイベルの姿は忽然と消えていた。
「……あれっ?」
「もう行っちゃったよ、背中向けてなんか喋ってる間に」
エミリーが向日葵の種を口に放り込んで言った。
ジェシーはわざとらしく唇を尖らす。彼は腰のポーチから一本の蝋燭を取り出して弄んだ。
「どうしたの? それ」
「知らないのか? 流行に疎い奴め」
蝋燭の先端をエミリーに向けて、彼は言った。
「この街では今、蝋燭が大ブームなんだぜ」
○
「蝋燭はいりませんか~」
広場の真ん中にその娘は突っ立っていた。スカーフを巻いた黒髪にワンピースという格好、蝋燭の入った籠を手に提げている。マイリーである。
違いがあるとすれば、スカーフに差し込む形で二本の蝋燭を頭から垂直に立てているところだろう。
「あのっ、蝋燭を買いませんか」
広場を歩いていた通行人の前に躍り出たマイリーが蝋燭を突き付けた。その通行人の男は眉をひそめて、
「いや、俺は遠慮するよ」
と彼女を手で押しのけようとする。
「そんなこと言わずに。まあ見てくださいよ」
自信に満ちた様子でマイリーが言うと、彼女の頭の上で小さな閃光が「ぱちっ」と瞬いた。静電気のようなわずかな光がスカーフで固定された二本の蝋燭の芯に火を灯す。
その火は青い色をしていた。
男は目を見開いた。見たことのない色で燃焼する蝋燭に、思わず視線が釘付けになってしまう。
「どうですか? 青い炎の蝋燭……不思議でしょう」
「ああ……これは」
男の目の前で、二つの炎が妖しく揺れている。
視界を覆う青い光。その光に吸い込まれるように、次第に男の目が虚ろになっていく。
そして……。
「ありがとうございました~!」
蝋燭を持って立ち去る男を見送るマイリーはその手に銅貨を握っていた。
銅貨を握りしめたままの手を胸に当て彼女は目を細める。
(うまくいった……)
そのまま他の通行人にも声をかける。
「蝋燭はいかがですか~」
「蝋燭なんて……」
通行人は彼女の頭上の青い炎を見て言葉を詰まらせ、凝視してしまう。そしてさっきの男と同じく目を虚ろにしたかと思えば、ゆらりとした手つきで金を取り出しては彼女に支払う。まるで操られた人形のような、意思と言うものが感じられない動作だった。
(これならいける)
二人目の客を見送り、調子づいたマイリーは広場を歩く者たちに手あたり次第声をかけていく。
「蝋燭を買って英雄になりましょう」
「これぞ紳士の嗜みです」
「ルールですから」
「先ほどあちらの女性も買っていきました」
「……もうみなさん買われましたよ」
…………なんて言いながら蝋燭を売り捌いていくマイリーだったが、実際その惹句がどれだけ購入の決め手になったかは定かではない。
「なんだろう」「ちょっと気になるかも」
そのうち、マイリーのもとには人だかりが出来ていた。蝋燭が次々と売れていく様子を見た通行人たちが興味を持ち、彼女の周りに集まって大きな円を描いている。
「ご注目!」
マイリーは両手に持った蝋燭を高く掲げた。「ぱちっ」と閃光が散って青い火が蝋燭に点火する。
おおっ、とざわめきが起こった。
「この炎を見たら、あなたがたはきっと欲しくなる……」
彼女の言に釣られて人々は蝋燭の火を見た。
見てしまった。
「これはすごい……」「ちょうど青い光が欲しかったところだ」「ぜひ買わせてくれ!」
虚ろな目をした群衆が籠に手を伸ばす。あっという間に蝋燭は無くなっていき、入れ替わるように籠の中は銅貨でいっぱいになった。
やがて、蝋燭が売り切れ群衆が去ったあと、広場で立ち尽くすマイリーは静かに笑みを浮かべていた。
(なんだ……簡単じゃない)
(こうすればよかったんだ……)
(でも、まだよ)
(もっと……)
(もっとたくさんの人に蝋燭を広めなきゃ……)
バチバチッ、と彼女のうなじを駆ける稲妻の勢いが増す。
飛ぶように売れた蝋燭。それが何によって齎された結果なのかを彼女はまだ気づいていない。
「……あれっ、一つ残ってる」
蝋燭を補充するため家に帰ろうとしたマイリーは、ふとワンピースのポケットに蝋燭が一つまだ残っていたことに気がついた。
このまま持って帰ってもいいが、どうせならこれも売ってしまいたい。
「あの人にしよう」
マイリーは広場を歩く一人の青年に目をつける。茶色い髪を無造作に伸ばした大柄な青年で、忌々しい魔法道具のライトを抱えている。
「ね、そこのお兄さん」
「俺?」青年はのんびりとした声で応えた。
「そう。ねえお兄さん、蝋燭はいかが?」
青年は困ったように眉を下げ、手に持っていた魔法道具をちらっと見る。
「でもなあ……これ修理してもらったばかりだしな……」
「魔法道具の光なんて明るすぎます。夜には似合いません」
そう言って、マイリーは頭の蝋燭を見せようとする。青年はとても背が高いので、青い火が彼の見やすい位置に来ているはずだ。
だが。
「言われてみればそうかも。じゃあ買ってみてもいいかな」
火を見るよりも先に、青年は蝋燭を買って去ってしまった。
「あ……どうも」
掌の銅貨を眺めながら、マイリーはぽつんと立っていた。




