序章
ガラガラガラガラ……
所々の石の弾みにさえ気にしなければ、馬車というものは悪くない。また馬車の種類によっては、ふかふかの椅子や水の精霊による冷房効果もあるので今しがた柵を挟んで真横を高速で走り抜けた列車とほぼ同じ快適さである。
また自然を楽しみたいという方にはむしろこちらの方が徳と言えるだろう。
つまりだ、今俺が乗っているふかふかの椅子もなく、水の精霊の加護もなく、さらに速度もそれほどでもない悪路走行中の馬車は……
「…最悪だ……」
「そのセリフ何度目だい?」
「さあ?5回目位じゃないですか?」
「少なくともその10倍は言ってますよ」
仕方ないだろ、丸一日以上乗ってるんだぞ。愚痴も言いたくなるさ。
「あんたもついてないね、財布を無くすなんて。今時そんなベタな旅出る人なかなかいないませんよ?」
「そういうあんたこそ、発注ミスで王都まで馬車とか、今時流行らないですよ。自称大商人だったら車両の一つや二つ持ってるでしょうに」
だいたい旅じゃないって言ってるじゃないですか、と後に付け足すと、俺を馬車の荷台に乗せてくれた商人は僅かに携えた顎髭をさすりながら楽しそうに笑った。
年は40代そこそこで商人と言う割には何処ぞの傭兵と言われた方がまだしっくりくる身体つきである。
「ハッハッハ、昨日の夜のことなど酒と一緒に流しましたよ、それが人生で生きていくコツってね」
「……ふぅ、ただ飲みすぎただけでしょう…」
一晩同じ釜の飯を食っただけでこれだけ仲良くなれたんだから、酒の力は恐ろしい。俺は呑んでないけどな。
「もし次があるなら、あんたが酒を飲み出したら気をつけるとするよ」
「その時は是非………」
「…ん?是非何ですか?」
自称大商人が急に黙り出したので俺は荷車の中から横に顔を出した。顔を覗き込むと……悟った目をしている。
「…お客さん、ゴライアスって知ってます?」
「へっ?知ってますけど…」
かの有名なゴライアスを知らない人はこのご時世いないだろう。その大牙で岩を喰らい、その巨腕から放たれる一撃は岩をも砕き、その大爪は岩さえ引き裂くと言われている。……岩に何の恨みがあるんだと言わんばかりの文字通り怪物である。
「それで、そのゴライアスさんがどうしたんですか?」
「お客さん…前…」
「前?前がどうかし………」
「グウァァァァァォォォォォォゥゥ‼︎」
「「……………」」
俺たちはお互いに悟った、これもうダメかなと…
しかし、悟りはすぐに終わった。また商人は馬車を止めようともしなかった。それどころか馬の手綱をはたき、さらに馬車を加速させる。
その行為に俺は何の疑問も持たなかった、なぜなら…
「商人のおっさん……随分落ち着いてますね…」
「…そちらこそ、今にも飛び出して行きそうな雰囲気じゃないですか?」
「そりゃ男なら行くしかないでしょう?」
「流石お客さん、そういうと思ってましたよ!」
さらに馬車を加速させる、今なら列車すら抜かせるのではないかという勢いで走る。
そう、なぜなら……
「「そこに助けを求める女性がいるのだから‼︎」」
俺と商人はまさに弾丸と化した……