引きこもり 2
目覚めてから四日目、恵は王城の一室で調査委員会の事情聴取を受けようとしていた。王城とは言っても、事務方が行政を遂行する区画にある会議室なので、調度品の類はなく、機能一辺倒の部屋である。
実は、調査委員会は今週末で解散することになっており、関係者の事情聴取はこれで最後になる。調査委員会としては今回の襲撃事件を明快に解明できたわけではない。委員会は派閥間抗争を想定し、穏健派の伯爵令嬢への襲撃事件として、騎士団の隊長をトップとして発足した。しかし、帝国の関与が浮かび上がったため、高度な政治的判断が必要とされ、国王の裁定で調査委員会は解散し、上級貴族たちによる特別審議会が設置され案件を引き継ぐことになったのだ。
調査委員会は、初期の聞き取り結果として以下のようにまとめていた。
・襲撃は、恵の夏期休暇の帰郷の際に行われた。
・場所は、王都より街道を十五キロほど北上した場所で、待ち伏せによる犯行であった。
・恵の護衛は盗賊の襲撃と判断して戦闘になった。
・フェリックスは、アカデミーで恵と面識があり、屋敷の客が襲撃を思わせる話しを耳にし、従士五名をつれて恵を追いかけた。
・現場に到着すると、既に戦闘は始まっており、直ちに恵の支援に入った。
・襲撃してきた賊は推定十二名。何れも手練れながら退けることができた。
・結果は、辺境伯の従士三名が死亡。賊十名を討伐、二名を逃がした。この二名は襲撃の中心人物と思われ、うち獣人の一名には右手を切断する怪我を負わせた。
・討伐した中でもう一人の中心的人物と思われる、女性襲撃者の死体と獣人の右腕と剣を、恵の護衛がマジック・バッグで持ち帰り証拠品として提出されていた。
この報告は、護衛達が恵の力を秘匿し、その場にいたフェリックスも恵に”他言無用”と言われたことを守った結果だった。当初、委員会側は、これに疑念を抱いていなかった。
しかし、襲撃の実働部隊九名を辺境伯の執事が集めていたことから、執事は捕られ尋問が行われた。その結果、中心人物の三名は帝国から引き込んだ工作員であった事実が浮かび上がった。彼らは、辺境伯の依頼で数年前よりガルドノール領に手を出していたが、恵が幾つかの仕掛けを覆してきたと言う。そして、その異常な魔法の実力を帝国工作員が危険視したことが、今回の襲撃のきっかけとなったとの証言が出ると事態は一変した。執事は初め、忠誠心から頑なな黙秘をしており、証言は精神魔法と自白剤の使用で得たもので、信憑性は高い。更に、証拠提出された女性襲撃者の死体、及び獣人襲撃者の遺留物の分析、鑑定から、二人とも偽名であり、サーラは通称バジリスクと呼ばれる毒を使った暗殺に長けた魔術師、ニクラスはマンティコアと呼ばれる獣人剣士と結論付けられた。奇しくもルシィの提出した証拠が帝国の関与を裏付けるものとなった。
ここに至り、恵が単に守られていただけの貴族令嬢との証言に疑念が湧きはじめた。しかし、王命による委員会の解散の指示が出されてしまった。現在ミュールエスト辺境伯の出頭命令を携えた騎士三十名が辺境伯領に向かっていることと、逃げた工作員の捜査が始まっており、状況はすでに次の段階に移行していた。調査委員会のメンバーは、従わざるをえない状況と理解しつつも、納得できない気持ちを抱いた。そのため、意地を見せて解散が決定した後も調査を続け、解散期限間際に恵の事情聴取まで持ち込んでいた。
また、今日の事情聴取がこれまでと違う点は、案件を引き継ぐ特別審議会のメンバー、つまり宰相を始め大臣、長官、など役職を持つ上級貴族たちが傍聴席に陣取っており、これまでの調査結果の報告会を兼ねていた。彼ら上級貴族の中には、独自の間者を持ち”スフォルレアンの養女”の情報を収集している者たちもいた。
「スフォルレアン伯爵令嬢マルグリット様、ご療養中にもかかわらず、召喚に応じて頂き有難うございます。また、スフォルレアン伯爵令嬢エマ様、付添としてのご出席、お疲れ様でございます。この度の調査を拝命した騎士団所属のオレリアンです」
議長の騎士からの挨拶に、恵とエマが静かに頭を下げ挨拶すると、事情聴取が始められた。今回の事情聴取に応じて出席しているのは、恵、エマ、及び付き人としてアリス、そして戦闘をした護衛部隊の代表として隊長のルシィである。
始めに、引継ぎのために参列する傍聴者を意識して、これまでの調査結果改めて議長が説明し、随所で恵への確認も行われた。そして、一通りの説明を終えた議長が、改めて恵に問いかけた。
「しかし、私は不自然さを感じました。確かに、マルグリット様の護衛は御強いようだ。辺境伯の執事アシルの集めた実働部隊の九名は何れも暗殺ギルド、闇の傭兵ギルドから集められたプロで、二つ名を持つ者もいました。現に襲撃は激しく、応援に参じた辺境伯の従士三名は命を落とした。そのような中で、あなたは、何もされなかったのですか?私も今直接お会いして、とても信じられない気持ちですが、帝国の三名はマルグリット様、あなたの実力を恐れて襲撃をしたのですよ」
「マルグリットは、襲撃を受けた側です。この調査の主旨から外れたお話ではありませんか?」
「エマ様。事実を詳らかにし、帝国工作員の動機を明らかすることは、今後の対策においても重要な事とはお考えになりませんか。良いでしょう。では先に当委員会が、中間報告後に行った調査結果をお話ししましょう」
オレリアンはそう話して、解散決定以後に調査した結果について報告をはじめた。調査は、生き残った辺境伯従士の再度の事情聴取であった。事情聴取とは言ったものの、実態は自白剤を使用した尋問であり、二名からほぼ同様の証言を得た。それによると、襲撃者は何れも強く、精鋭を謳われた辺境伯の従士も太刀打ちできない中、恵の護衛は寡兵にもかかわらず撃退したこと。さらに護衛隊長の魔術師が混戦にもかかわらずショットの支援を、しかも詠唱をしないで行っていたこと。だが、獣人の大男が出てくると苦戦を強いられ、恵が直接退けたこと。またその戦いの中、姦計に嵌められた恵を付き人のメイドが救い、自らは身体を二つに切られるような重傷を負ったこと。しかし、驚くべきことにそれを恵がヒールで治したこと。その後の、恵は鬼神のごとく、瞬く間に獣人の右手を奪ったこと。そして、恵が手を下したことについては、恵の依頼によりフェリックスから他言無用の指示があったと報告した。
話を聞くうちに、恵の顔色は悪くなってゆき、表情も苦しげになっていった。そして、説明の最後に議長の騎士は。
「そうです。通称マンティコアのこの腕を断ち切ったのは、マルグリット様。あなたですね」
そう言って、分析後保存処理された、ニクラスの腕と剣をマジック・バッグから取り出し、ドンとテーブルの上に置いた。
「ひっ」
それを目の当たりにした時、引きつった声にならない声を上げた恵は、そのまま気を失った。
「メグちゃん!」
椅子から転げ落ちそうになった恵を、隣に座っていたエマが慌てて抱き留める。
「メグ!」
傍聴席の一番後ろに目立たぬ服装で座っていた少女が、突然声を上げて出て来ると恵の傍らに立った。
「誰だね、君は」
オレリアンが誰何する。
「あぁ。済まぬ」
少女はマントを取り、続いてペンダントを外してマジック・ポーチにしまう。すると、周囲から見る少女の印象がみるみる変わってゆく。
「王女殿下!」
クロエは、認識疎外の魔道具を使い傍聴席に紛れ込んでいた。
「こっそり傍聴させてもらっていた。皆の者、しばし待て。まず、メグを横にしてやりましょう。おいそこの、彼女が横になれる場所を作れ」
近くにいるものに命じて、椅子を使って横になれる場所を用意させると、恵をそこに寝かせた。
「済まぬなメグ、後できちんと休める場所に連れて行く。ここにいる連中をこのままにしておけぬから少し堪えてくれ」
クロエは、恵の気絶している恵の顔を覗き込みながら、髪を優しくなで語りかける。
「お姉さま。メグは如何したのですか」
「ご心配をおかけして申し訳ございません。事件より目覚めてからのマルグリットは、まだ心が落ち着いてございません。毎晩悲鳴を上げて飛び起きては泣き出しています」
「見習い従士が、予期せず強い魔獣に遭遇し、大怪我を負ったり、仲間が死傷するような体験をすると、そのような症状になることがあると聞いたことがあるが・・・メグの場合・・・もしや、アリスが杖をついていることと」
「傷ついたアリスへの罪悪感と襲って来た獣人への恨みで心が苛まれているようです」
横に控えているルシィは、腱が浮き出るほど強く拳を握り、何かに耐えるような表情をしている。クロエは、それを目に止めた。
「確かルシィと申したな。あの場で起こったこと話してはもらえまいか」
戸惑って目をさまよわせるルシィの視線がエマを捉えると、エマは大きく頷いて見せた。
「畏まりました。王女殿下」
「うむ。皆の者、待たせたな。これより、マルグリット・スフォルレアンの護衛隊の指揮を執っていたルシィに直接話を聞く。だがな、これから語られることについては記録に残すな。当然他言無用と心得よ。これは、私の一存で行っていることだが、場合により陛下よりおとがめが来るやもしれぬ。覚悟せよ。まぁ、ここに並ぶ上級貴族の中には既に耳にしている者もおろうがな。異論があるなら、今すぐ申せ」
「・・・」
「異論はないと見たぞ。議長殿済まぬな、少し時間を頂こう。疑念を持った仕事を途中で取り上げられたそなたの気持ち分からぬではない。だがな、責める矛先を間違えるでない。この件には、軽々に扱えぬことが含まれているのだ」
「・・・畏まりました」
オレリアンは思わぬ展開に、緊張した顔で了承した。
「さて、ルシィ。先ほどの議長殿よりの追加調査の報告はどうだ」
「間違いは、ございません」
「獣人以外にもう一人逃げた者がいたようだな」
「はい、街道脇の木陰にいて姿を隠していました。そこから指示を出していたとみられます。最後には、その者が合図の笛と獣人を逃がすためにショットを撃ちました」
「魔術師と言うことか?」
「いえ、あれは魔法スクロールのショットでした。反撃をしましたが逃がしました。手ごたえはあったのですが・・・」
「そうか・・・では、マルグリットも含め護衛達になぜそこまでの手練れを揃えたのだ」
「・・・それは、エマ様が皇太子殿下のご婚約候補者となり、それを機に当家が力を付けることを阻む者たちの標的だからです。それには、迎えた敵を撃つだけでなく、背後を探る手助けとなることも含まれます。今回そのために遺留品を持ち帰りましたが、王都に戻る道すがらフェリックス様からミュールエスト辺境伯の関与を正直に騎士団に伝えるとの話を頂き、遺留品を持ち去ったことは発覚するだろうと判断し、騎士団に提出しました」
「サイモン殿も、苛烈な命を与えたものだ。ところで、バジリスクを呼ばれる暗殺者を倒したのは、其の方で間違いないか」
「はい」
「どのような者であった」
「特殊な魔法を使用していました。隠形撃ちに近いものですが、弾は針のようでした。あれは、”危険察知”に掛からぬようにしたものと見ました」
「戦いに中で、それが分かったのか・・・それに、それほどの手練れどのように倒した」
「私も、同じようなことをしました。殺気や態度は抑えて。隠形撃ちを詠唱せずに撃ちました。マルグリット様を陥れたことどうしても許せませんでした」
「・・・聞いておいて言うのも何だが、そのような特別な技が使えることを話しても良かったのか」
「危機が迫れば、詠唱破棄は使用します。詠唱破棄を使用できること自体は知られても良いとお許しを頂いています」
「真に秘匿せねばならぬものは別にあると言う訳だな。ルシィ良く話してくれた。これからもメグのことを頼むぞ」
「はっ。この身に替えましても」
「だが気を付けよ。其の方が傷ついても、メグは苦しむぞ」
「ご忠告、胆に銘じます」
ここで、クロエはここに集まるものに視線を戻す。
「どうだ、これで明らかになったろう。特別なギフトと言われる詠唱破棄は、大きな力になる。皆も知っておろう。先の筆頭宮廷魔術師がそのギフトを持ち、三十年前の帝国との戦で大きな戦果を挙げたことを。それまでは詠唱破棄は、歴史書の中にだけある技術で、出来ると言っていた者たちは皆、心の中で詠唱を行っていただけで、魔法の連射は出来なかった。架空のスキルではないかと言われていたものを、彼が実証して見せたことは有名な話しだ。しかし、その後詠唱破棄を使える者は現れていない。それが突然二人もガルドノール伯爵の下に現れた。無詠唱付きでな。少し調べればわかることなので話してしまおう。凄まじい手練れであるこのルシィは、マルグリットに出会うまでは平凡な見習い魔術師であった。そう詠唱破棄を習得する技術はある。その技術は戦の方法を根底から覆すものだ。マルグリットが、いかに重大な機密を持つ者であるか分かったか?陛下は国の管理の下でこの技術を育てる準備に掛かっていた。それが、この委員会で予期せぬ形で表に出てしまえば問題になるのは自明だ。更に、その一端が帝国に知られた可能性がある。現段階でマルグリットを失えば、我が国は大きな痛手を受ける。休戦協定の中で帝国が起こした暴挙だが、裏を返せばそれだけ危機を感じたと言うことだ。それに対して直ぐに手を打たねばならないとは思わぬか、議長殿」
「大変軽はずみなことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
オレリアンは蒼白な顔で、平謝りをしている。
「私の一存で話したことといえ、重大な機密であったかは、ここにいる全員が理解したと思う。よもや、ここにいる者からこの機密が漏れることはあるまいな」
「滅相もありません」
「では、ご苦労だが、ここにいる者全員に一筆したためてもらおうか。機密を漏らさぬ証として」
「ここにいる全員とは、それは、あまりに・・・」
傍聴席の大臣の一人が、恐る恐る声を上げる。
「いやいや、そちのような上級貴族が率先して行ってこそ、下級貴族も従うというもの。ここは、範を示して頂きたいものだが・・・何か含むところでもあるのか」
「いやそのようなことは・・・」
「すまぬ、無理を言うな。そちのように上級貴族が何たるかを弁えるものがいて助かる」
「はぁ」
「しかし、これほどまでの力をガルドノール伯が持つと・・・」
別の大臣から懸念がだされる。
「うむ。尤もだな・・・よし、マルグリットは私が預かろう。どこの派閥にも所属していない私であれば、その懸念も薄れよう」
「それでは、体よく王家に取り込むようなものではないか」
懸念を示した大臣が隣に座る者に小声でぼやく。
「何か申したか」
「いえ、何でもございません」
「うむ、皆の賛同を得て嬉しく思うぞ」
クロエは、満面の笑みをして、全員を眺めた。




