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引きこもり 1

目を開けると、そこは王都の自分の部屋だった。午後の強い日ざしが窓辺に差込み。レースのカーテンが誘うように揺れている。身体を起こそうとすると、体中があちこち痛い。ベッドで身じろぐと部屋に控えていたメイドのジュスティンヌが気づき、ベッドの脇まできて”そのままお休みになっていてください”と告げると部屋を出行く。

「こいさんが、目覚めはった。直ぐにライアン様とエマ様にお伝えして」

声が聞こえ、ジュスティンヌがまたベッド脇に戻ってきた。

「ご気分は如何ですか」

「気分は大丈夫だけど。身体中が痛いよ」

「ゆっくり養生なさってください」

そういうと彼女の目から一筋の涙が流れ落ちた。はっとして、ハンケチで涙をぬぐう。

「失礼いたしました」

「心配かけてごめんね」

外が騒がしくなり、ライアン、エマ、アデルが部屋に入ってくる。それを見て、ジュスティンヌに上半身を起こしてもらう。

「メグちゃん大丈夫?どこも痛くない」

「身体が少し痛いですが、大丈夫です」

「起きたか、マルグリット。この三日間、エマとルシィが交替でヒールを掛け続けていたんだぞ。心配させやがって」

「三日も寝ていたのですか?そうだ、アリス姉は!」

「今は、寝ている。アリスは次の日には起きたが、それから殆ど寝ずにお前の看病をしていた」

「なんで!アリス姉だって、大怪我したんだよ」

「分かっている。けれど、お前の側から離れようとしないから大変だった」

「でも、大丈夫だったんだ良かった」

「・・・」

部屋の全員が、うつむいて口を閉ざした。

「えっ。どうしたの?看病してくれた位だから大丈夫なんだよね」

「ライアン様。私から話します」

アデルが、ベッドの脇に立ち恵を見つめながら、ゆっくりとした口調で話し出す。

「メグちゃん。落ち着いて聞いて。アリスは無事よ。ただ今までのような働きは出来なくなったの」

「アデル姉、どういうこと。アリス姉はどうしたの」

恵は震える声で叫ぶように、アデルに問いかける

「メグ様。目が覚めたのですね。どうなさりましたか?大きな声が外まで聞こえましたよ」

部屋の入口に、アリスが立っていた。そして、杖を突きながらゆっくりとベッドに近づいてくる。

「・・・アリス姉・・・足・・・」

恵は、目を大きく見開いて、アリスを見る。涙が溢れ出した。アリスが、ベッドの傍らに来て。

「申し訳ございませんが、まだ不慣れで、ここに失礼させていただきます」

そう言い置いて、ベッドに腰を下ろす。恵がアリスに抱き付いて鳴き声を上げる。

「ごめんなさい。アリス姉。ごめんなさい。アリス姉。ごめんなさい。アリス姉・・・」

恵が、泣きながら何度も繰り返す。

「メグ様が、謝ることでは無いのです」

アリスは、優しく恵の背に腕を回した。恵はそのまま泣き続けた。


ライアンとエマが居間で押し黙って座っていると、メイド長のイネスが入ってくる。

「マルグリットは?」

「泣き疲れて、お休みになりました」

「そうか・・・あそこまでマルグリットが乱れるとは・・・」

「お兄さま。メグちゃんが目覚めたことは、城にご報告されたのですか」

「あぁ。先ほど王城に使いを出した。陛下からも目覚めたら直ぐに知らせるよう厳命されていてな」

「メグちゃんに召喚状が来るのかしら」

「マルグリットは当事者だからな」

「あの様子ではまだ無理だと思います。何とかならないかしら」

「難しいだろう。ここまで、話が大きくなってしまっては。一昨日発足された調査委員会は、既に調査に入っている。マルグリットの護衛たちの事情聴取ばかりでなく、ミュールエスト辺境伯の執事が捉えられ尋問も始まっている」

「では、私がメグちゃんに付き添って同席します。メグちゃんは未成年ですし」

「それは、私が・・・」

「今回は身内なので外れているのでしょうが、本来お兄さまは、殿下の下で調査をする側ではなくて。いくら調査委員会のメンバーではないと言ってもお立場がございますから」

「分かった。そう伝えよう」


翌朝、エマは訓練場に出向いた。訓練場の入り口からのぞき込むと、まだ早い時間だが既に従士たちが訓練を始めていた。ただ、ここでもいつもの活気がない。メグが戻った日から、屋敷全体の雰囲気が沈んでいた。それは、普段は陽気な従士たちも同じだった。

「あっ、いとさん。何か御用でしょうか」

従士の一人が気付いて、エマに声をかける。

「ルシィはいますか」

「少しお待ちください」

暫く待つと、ルシィがやってきた。後ろにはメグの護衛達も一緒だ。

「エマ様。お早う御座います。何か御用でしょうか」

「おはよう御座います。ルシィ。少しお話ししたいのだけれどいいかしら」

「大丈夫です。今日の事情聴取は午後からですので」

「毎日大変ね」

「私は大丈夫です。メグ様のお加減は如何ですか?お目覚めになったと伺ったのですが」

「えぇ、昨日の午後、目が覚めたのだけれど、元気になるには暫くかかりそうね」

「エマ様と私でヒールを掛けたので、お身体は大丈夫とは思ったのですが・・・」

「むしろ、気持ちの方ね・・・」

「アリスさんをご覧になったのですね・・・・私が不甲斐ないばかりに・・・」

護衛達の表情が沈む。ニコラが歯を食いしばって顔を歪めている。

「あなた達のせいではないわ」

「ですが・・・」

「ねえ、ルシィ。なぜメグちゃんが狙われたのかしら」

「それは・・・」

「あなたが思っていることを言ってみて」

「・・・」

「エマ様、発言をお許しください」

「カミーユは下がっていなさい」

「いいのよ、ルシィ。カミーユ話してみて」

「メグ様が、エマ様の盾になったからだと思います」

「カミーユあなた」

「ルシィ。カミーユを責めてはダメよ。やはりそうだったのね」

「エマ様、誤解しないでください。メグ様もルシィさんや護衛のみんなも、進んでエマ様の盾になろうと思ってしたことです。正直なところ私は、メグ様がやりたいことを一緒にしたかっただけですが。でも、エマ様に恨みがあるとかそんなことでなないのです。ただ、エマ様には・・・メグの気持ちを・・・知って頂きたいと・・・」

カミーユはあふれる涙を隠そうとせず、涙声で訴えた。

「カミーユ。ありがとうよく話してくれました」

エマは、目にも大粒の涙が溜めながら微笑んだ。

「やはり、出発点はそこなのね。アディー!いるんでしょう」

「さすがエマ様。分かってるね」

アデルが、べろを出して。側にある物置の陰から出てくる。

「アディー。このことはお父様には話してはダメよ」

「分かってるって。カミーユとリュカは知ってると思うけど、初めメグちゃんはうちに来る、つまりジラールの養女になるはずだったの。それを、エマ様が強引に伯爵家の養女にしたのよ。それは、男爵家より伯爵家とした方が、メグちゃんのためになるとエマ様が思ったからよ。そのことは、皆も信じてほしいの」

「でも、これではっきりしました。なぜミュールエスト辺境伯がこれほどまで当家を目の敵にしている理由はわかりませんが。恐らく、政治的なものや、過去の確執からくるものでしょう。そして、メグちゃんが標的となるため目を引くように行動した。それは私のそしてスフォルレアン家のエゴです。今の皆の自分を責める気持ちは尊いですが。あなた達に責はありません。私は、メグちゃんの本当の姉に成れるようにするつもりです」

「アリスもね、主従とかお役目とかでメグちゃんを守ったわけではないの。姉だから妹を守った。あたしも、アリスの姉としてけじめをつけるよ。エマ様。申し訳ありませんが暫く留守にします。護衛には里の者を付けておきます」

「私は、屋敷と王城を往復しているだけですから、構わないけど。危険じゃないの。それに、そんなやり方しかないのかしら?」

「本家も動きますので大丈夫ですよ。それとジラール家には、ジラール家のやり方があります。これはエマ様の願いでも曲げられません」

その日から、アデルは屋敷から姿を消した。


「完全に、我々のミスだ。レオナードから漏れた詠唱破棄に危機感を募らせたことが引き金になるとは」

調査委員会から初回の報告書が提出された。その中に、ミュールエスト辺境伯の執事アシルの尋問結果があり、この事件に帝国が関与している疑いが浮上したことで事態は大きく動き出した。

「陛下と父は、国による管理体制を引いたのちに詠唱破棄技術の一般化を進めるつもりだったらしく、我々が先走って帝国の工作員に知られてしまったことになりました。尤も、マルグリットが次から次へと色々なことを始めるものですから、対応が間に合わず、明確な指示が遅れたとも聞いていますが」

「サイモン殿は?」

「事件の翌朝にはガルドノールへの急使は立てました。今週末にガルドノールに知らせが届いたとして、王都に着くには三週間後になるでしょう」

「今回、帝国が動いたことで強硬派は強く声を上げるだろう。また、穏健派もこれまでの路線では進められまい。我らの案を推すしかないはずだが・・・今回の汚点は痛い。専用ポーションのお蔭で、父上の病状は安定しているが、それでも長い執務には就けぬ。やはりサイモン殿を引き入れ、ユリスと水面下の交渉をするしかないか?」

「我々だけの動きに固執し、帝国への対応を誤る方が、我が国への痛手は大きいでしょう。それと、気になることが有ります。あまりにも簡単に帝国の関与が表に出たことです。疲弊している帝国がこちらに手出しをしてくる理由もわかりません。まだ、われらの知らぬ事実があるようです」

「サイモン殿が王都に着く前に、我々も情報を集めよう」

控えていたティモテが、大きく頷く。

「ところで、エマからの依頼ですが」

「護衛の件だな。聞いている。私にも直接言ってきた。アリスの復帰は厳しいのか」

「見立てでは、杖を手放せないだろうと・・・」

「そうか。王家の守りの一族とはいえ、不憫ではあるな」

「殿下。不憫とは仰らないでください。主を良く守ったと褒めてください。伯爵家に仕えはしましたが、アリスは王家の守りの教えを心に刻んでいたに違いありません」

それまで、言葉を控えていたティモテが、抑えられないといった面持ちで言葉を挟んだ。

「すまぬ。私が不明だった」

「いえ、出過ぎたことを申し上げました」

「よい。これからも気付いたことは躊躇わず話してくれ。エリアスに続いてアリスもか。今や、マルグリットは中心的な役割を担っている。彼女の守りを厚くしなければならないだろう。それで、ジョシュアとしてはどうか」

「元々ジョシュアはマルグリットに傾倒しているようでしたので、おそらく問題ないかと」

「わかった。彼をマルグリットの護衛に加えよう。サイモン殿との調整を頼む」

「承知しました」


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