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アカデミー 8

その後、恵は国王ジャンに密かに謁見した。王女が恵を王宮に招待したことで、王妃ルイーズが段取りをしていたのだ。目的はルアン・ポーションの確認である。サイモンの手配で渡した、レシピに従い宮廷錬金術師が生産しはじめ、状況は改善されたのだが。毎日多量に常用すると魔力酔い現れたのだ。

「おぉ、マルグリット。そなたのルアン・ポーションでずいぶん助かったぞ。感謝する」

「もったいなきお言葉」

「だが、さすがに毎日飲んでいると魔力酔いがあっての」

「魔力が尽きたときのだるさも堪りませんが、魔力酔いもつらいものです。恐悦ですが、陛下のお手を取らせてください」

「うむ。許す」

「失礼いたします。・・・間違いありません。葡萄のペンダントを作ったときの魔力パターンに違いありません」

恵はジャンの手を離し、そばを離れる。

「では、現在お飲みになっているポーションを確認させてください」

控えていた、宮廷錬金術師の工房長マックス・ゲラン準男爵がポーションと消化酵素を差し出す。コップにポーションと消化酵素を入れ、観察する。

「如何です?」

「僅かですが、ズレを感じます」

「そうでしたか、記録紙上では分かりませんでしたが、常用となるとこのような問題があるのですね。不治の病である慢性魔力欠乏症に対処療法とはいえ活路が生まれるかと期待したのですが」

「まだ、試してみることはあります。工房をお借りできますか。私なりに調整したポーションを作製させてください。王妃陛下、御許可頂けますか」

「許可します。マルグリットお願いしますね」

それから二時間ほどかけて、王宮内の工房でポーションを作製した。王宮の工房だけあり。設備が充実しており、どれも超が付く一級品ばかりで、思わずあれこれ見入ってしまった。同行した工房長を始め周囲にいた錬金術師は、普段このような所に出入りしないゴスロリ姿の少女が、自分たちの使う機材を好奇心いっぱいの目で見つめているのを微笑ましく見守った。ポーションは毎日作成しているため、材料は常に用意されており。すぐに取り掛かることが出来た。変換部の魔法陣を外し自ら調整した魔力を注ぎながら作り始めると、先程とは打って変わって錬金術師たちは目を皿のようにして恵に注目した。

恵は、出来上がったポーションをチェックして一つ頷くと、王宮錬金術師にポーションの確認をもとめた。王宮錬金術師の工房長は、幾つかの試験を行い、最後に記録紙で魔力パターンをチェックし了解をあたえた。

「ガルドノール伯爵令嬢。細部にわたる丁寧な仕事ぶり、感服しました。初心を思い出しましたよ」

「いえ、お恥ずかしい限りです」

「早速陛下に献上致しましょう」

結果は上々だった。

「身体への馴染が良いぞ。感謝するマルグリット。マックスも大儀であった」

「私は、ガルドノール伯爵令嬢についていただけでございます」

「そなたたちの、日ごろの努力を見ておらぬ余ではないぞ」

「御見それいたしました」

「しばらく様子を見ましょう。具合が変ったら声を掛けます」

「承知しました。王妃陛下、サー・マックス。今使用されている魔法陣を頂けますか?私なりに調整してみます。魔法陣の調整が終わるまで私の方でポーションをご用意いたします」

「承知した。感謝しますガルドノール伯爵令嬢。私も、もっと高精度の魔力パターン記録紙の開発を始めよう」

「素晴らしいことです。上手く行けば、魔力欠乏症の方々への福音となりましょう。成功をお祈り申し上げます」

恵が工房長の手を取って、ニコリと笑って彼の意気込みをたたえた。

(そうか、工房長が不買運動を止めたのは、王様を治療してたからなのね。不買運動があった時はお父様に言われて国にレシピ提出する前だから、まだ、市販品頼りだったはず。不買運動でルアン・ポーションに手を出す工房が減れば治療にも支障をきたすから怒るわけだ)

「きゃっ」

じりじりとやり取りを見ていたクロエが堪らず恵に抱き着いた。

「さすがメグだ・・・」

見ると目を赤くしたクロエが言葉を詰まらせていた。


上級貴族の執務室の中で、その主人と客人と思しき数名が話している。

「とうとう尻尾を捕まえた。予想通り、スフォルレアンの養女と件の冒険者は同一人物だ。影武者がこちらを陥れようとしている訳ではなかった」

「今度こそ、間違いありませんね」

「アレクシス様とスフォルレアンの小僧が画策して引き抜いた魔術師の一人を取り込んだ。魔術師としての力量は高いが、プライドはその実力以上でな、ちょっと鼻っ柱を折られた程度で荒れておった。アレクシス様が魔術師を取り込もうとしているのは詠唱破棄を覚えさせるためだったらしい。それを指導しているのが、スフォルレアンの養女だ」

「詠唱破棄は、神からギフトとして与えられるスキルではないのですか?」

「そうでは無かったようだ。件の養女が、自分の護衛の魔術師に教え、アレクシス様の送り込んだもう一人の魔術師も順調に育っているらしい」

「飲みやすいポーションも作ってましたね」

「あれはいいものだよ、あたしも手放せなくなった。品薄で困っている」

ソファーの隅で聞き入っていた魔術師風の女が話に割って入った。

「・・・これは、戦のやり方が大きく変わりますね。皇太子は強硬派に鞍替えすると言うことですか」

「穀物を押さえているのは、戦の準備ではないだろう。詠唱破棄は交渉手段と見ている」

「下手に、戦に勝ってしまえば、我が国の飢えた難民が大量に王国になだれ込む。さすがの王国も支えきれないでしょう。皇太子もそこまで愚かではないということですね。すると穀物を餌に我が国との関係をコントロールしようと言う訳ですか。しかし、皮肉なものですね。皇太子の策は、あなた自身が考えていたものと同じですね。しかも、その策の条件を整えているのが、あなたの憎むスフォルレアンの者とは。まさに、フォルトゥーナの悪戯としか言いようがありませんね」

「もう私には、強硬派も穏健派も関係ないのだ・・・」

「だが、その娘はかなり危険ですね。予定していた脅しをかけるだけでは済まされませんね。詠唱破棄の育成技術が一般化しない今のうちに・・・」

「ようやく俺の出番だな」

「しっかり準備をして掛かりますよ。並の戦力では勝てませんし、数を揃えるだけでは返り討ちに合うだけですからね。まして王都では目立つ動きは出来ない。入念に準備をして時を待つのです」

「どうするのだ」

「夏期の休暇では学生は帰郷するのでしょう。その時を狙いたいですが、王都の何処かに拠点がほしいですね。戦力もそこで集めます。それに、我々もここから立ち去っていたほうが良いでしょう。スフォルレアンのハエが近くまで来ています。今のうちにここを探られても良いようにしておきましょう。ただ例の商人の仮面はもう使えないので別の仮面をお願いします」

「いっそのこと私の王都の屋敷を使うかね?」

「それは大胆な・・・でも面白いかも知れませんね。地位を考えれば騎士団とて迂闊に踏み込むようなまねはしないでしょう。相手が躊躇っている内に先に動けばいいだけです」

「また、旦那の悪い癖が出た。直ぐに危ない橋を渡りたがるんだから」

「お前だってそれが楽しくて旦那についているくせに」

「面白くなりそうじゃないですか」


地の日、週末の夜。恵はアデルとアリスの三人で恵の部屋で相談していた。目的は、王宮でクロエより聞いた内容をアデルと共有しで今後の対応を決めることだ。アデルは薄々分かっていたらしく話が早かったが、国王の病状がそこまで悪いとは知らなかった。サイモンの手配でルアン・ポーションが遅滞無く渡るようになり休みがちだった執務も熟せるようになったと耳にしていたからだ。

だが、この件はでは全体像が見えると逆に手が打ち辛くなった。国王が事実上黙認して、王家の護りも静観となっている。なにより、アレクシスの策が突飛な物でなく現実を踏まえた策であることにもよった。政治的にきちんとした手順を踏むことになれば誰も文句は言えない。

「とりあえず私なりにも裏を取るとつもりだけど。こりゃ、お母様とお館様の判断待ちかな」

アデルが結論的に話すが、恵の表情は優れない。

「でも、私は姫様の考えを尊重したい。きっとエマ姉も同じ考え」

「メグちゃんの言うことも分かるけどさぁ。帝国が立ち直らないと支援をいくらしても砂漠に水を撒くようなもんだよ。あそこは元々ドラゴンの被害が出た穀倉地帯以外は痩せた土地ばかりで慢性的な食糧不足だからね」

「それは分かっています。何か根本的な解決策が無い限り結局繰り返しになるだけで、下手すれば王国も乱れる」

「そう、だからアレクシス殿下の方針は悪くない」

「でも、エマ姉きっと納得しない」

「あたしだってエマ様が大事だよ。でも今回のことはエマ様のお気持ちに沿って進めると、かえってエマ様を傷つける結果になる。エマ様から責められてもエマ様を傷つけたくないんだ。さっきから黙ってるけど、アリスはどうなの」

「私は、メグ様の出した答えに従うだけ」

「えっ」

「アリス。あんた変わったね」


アカデミーの学食は今日も盛況で、多くの生徒が詰めかけている。最近では座る場所がなんとなく決まってきて、上級貴族、下級貴族、平民と、それぞれの居場所が出来てきている。その中で、異彩を放っているのが、恵のいる場所だった。上級貴族から平民までそろっている。中心は恵の誕生会で王宮に言ったメンバーだ。クロエの私室で開かれた、恵の誕生会のことは、ひとしきりアカデミーの話題をさらった。一緒に行った仲間が、言いふらしている訳ではない。王族のプライベートエリアには王女に誘われたからと言って簡単に入れる訳ではない。お目見えの許されていない者は、王族からの依頼で秘書官が査定し合格すると招待状が発行される。それを持参しなければならない。招待状は当然各家に届くので家族には知られる。親は自分の娘のことを自慢したくもなるし、嫁ぎ先を少しでも良い条件にするためにも使う。噂が広がるのは当然の結果である。

「ねえ、リラさん。あの風のショール、お友達価格で何とかならないかしら。なんなら、刺繍は自分でするから無地でいいと思っているの」

「シャーリーはん、勘弁してや。まだ売り出してもいないんやで。それに、一昨日メグからシルク受け取ったばかりや」

「あれ絶対流行るわ。一緒に王宮行った仲と思って何とかして」

「メグ、まだ始まっとらんのに。騒ぎ始めてるで。誕生会のとき王女様ばっちり宣伝しとったな。あの調子であちこちでやるんやろか」

「たぶんね。実は私のところにも、お姉さま経由で王妃様からお願いと言う命令がきてる」

「そら、強烈やな」

「それと別件でね、空いてる時間にルアン・ポーション作ってるの。これも断れない話で・・・。最近自分でやってきたことに疑問を感じ始めてる」

(これは言えないけど、王様に合わせたポーションをまだ作っている。早いとこ変換魔法陣の調整をしないと、首が回らなくなりそう)

「おい、おい、そんな遠い目して。二階に登らせといて梯子外すんはナシやで」

「提携先、見つかって無いの?」

「あれで、おとんも結構頑固でな。なまじ自分の腕がええもんだから、細かいところが気になるみたいなんや」

「上級貴族の注文はアシエでやってそれ以外は外に出すとか、ランク付けすればいいじゃない」

「うちもそう言ったんや。したら、”仕事ちゅうんはそないなもんやない”と説教くらったで」

「職人だね。ギルマスの相談にいこうか」

「せやな」

「あぁ、リラさん。さっきのいいや。忘れて。二人の会話聞いて理解したよ。悪かった」

「おおきに。さすが友達や。でもええで、何とか考えたる。その代り、さっきの無地で売ってお客に刺繍してもらう話やらせてや。うちらも手ぇ抜けるし、お客も好きなもん出来る」

「ほんと!・・・でもいいや。刺繍の件は好きにして」

「なんで」

「周り見て」

「わっ。皆見てる」

「私に特例を出したら、この子ら止まんなくなるよ」


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