アカデミー 9
「エロイズちょっといいかい」
「はい、フェリックス様」
「先程離れに入って行った者たちは誰だね。身なりは大人しいが武人か冒険者のようだった。なにか聞いているかい」
「あぁ。何方かは存じませんが、旦那様のお客様です。暫くご滞在されるそうです」
「父上が・・・」
「あの・・・フェリックス様。私あの方たちちょっと怖いです。当家は辺境伯として、無骨な方がお見えになることも多いのですが、あの方たちのちょっと違うようで・・・」
「なんだ、理不尽なことがあると父上にまで食って掛かるエロイズとは思えないセリフだな」
「ご勘弁ください。もうそのお話は」
「ははは、すまぬ。別に責めているわけではない。お前の真っ直ぐなその気性は父上も気に入っておられる。そのお前が口にしたのだ。いい加減なことではあるまい。あの客の対応には若いメイドは外そう」
「有難うございます。我が儘をいい申し訳ございません」
フェリックスが自室に向かうのを、エロイズが深々とお辞儀をして見送った。
自室に入り、服を着替えお付のメイドの入れた紅茶で一息つくと、デスクに向かい手紙を書き始める。彼には奇妙な依頼が父親のノエから来ていた。それは、アカデミーに入学した恵の動向を知らせろと言うものだ。穏健派の首魁スフォルレアン家の家名を名乗ってはいるが、たかが十二歳の娘である。辺境伯頭首の父が何故気にするのか理解できなかった。噂の多い者ではあった。曰く、平民出身の養女で政略結婚の駒、曰く、王女殿下のお気に入り、曰く、錬金術の巧者。てんでバラバラな噂であったが、幼いながら容姿は優れており、王女殿下自らが妹宣言し、献上された手製の魔道具を褒めるなど、どの噂もそれなりに頷けるのが不思議だった。ただ、尤も驚かされたのは、派閥に関係の無い交友関係を築いていることだ。その中に、妹のように育ったシャーリーがいたが、彼女からもたらされた情報は、更に興味深かった。ただの仲良しグループでは無さそうだったのだ。別々の派閥の者がそれぞれの意見をだし、客観的にそれぞれの利点と問題点を上げる。しかも、天下国家を語るのでは無く、女性や市民の立場、視線からはどのようにそれが見えるかを投げかけている。アカデミーで論客を気取っている多くの者が、親兄弟の意見の刷り込みにすぎない中、稚拙でも自分で考えて答えを出すよう促していた。
ここに至り、フェリックスは、初めて父親ノエの慧眼に触れたと思った。ノエ・バルセンヌ・ド・ミュールエスト辺境伯は中道派の首魁と呼ばれる。中道派などと立派なことを言っているが、実態は日和見貴族の寄り合い所帯だ。本当の意味で中道を模索しているのはノエを始めとした少数の貴族に過ぎない。ノエが中道派を名乗った当初、周囲はいぶかしんだものだ。なにせ、ミュールエスト辺境伯領は、帝国に接する最前線で、休戦協定が締結されるまでの九年間、戦場となった王国唯一の領地である。ミュールエスト辺境伯の従士団は最も勇猛に帝国と戦ったと国王からも褒賞された。そのため真っ先に強硬派となると思われていた。だが、表の華やかさと異なり、領内の裏を見れば、戦争の傷跡は深く残っていた。多くの寡婦や息子を失った母が生まれていた。また、働き手を失った田畑は荒れた。先代の辺境伯も戦場で負った傷で歩くことが出来なくなり、晩年を不遇に過ごした。国から感謝状や褒賞が与えられても、夫や息子は返ることは無い。ノエはそのことを肌で感じて育った。
しかも、休戦協定が結ばれ、戦役が無くなるや否や、戦争を賛美するかのような主戦論や、無策としか思えない人道論が台頭し、強硬派と穏健派に分かれて争いが起こった。それも、すぐに政権の奪い合いに変わっていった。帝国との戦争が政争の具と化す様をノエは苦々しく見ていた。
戦争は無い方が良い、しかも戦争を起こさせないための弛まぬ努力も必要と考え、中道派を一つの勢力として立ち上げた。数を得るために、芸術にしか興味が無いと言うルーフォン公爵を頭に据え、日和見派を引き入れるなどしてきた。理想とするものとは大きくかけ離れてはいるが、フェリックスは父親ノエの努力を気高いものとして思っていた。恵の行っていることは、ノエの掲げる理想への息吹に感じた。
五年前に、母を亡くし沈み込んでいたノエを心配していたフェリックスであったが、恵が新たな風を運んでくるのではないかと、ノエに手紙で恵の近況をしたためた。
「そうだ、客人のことも触れておこう。何者なのだろう」
「まったく窮屈だ。まだミュールエストの方が自由に外を歩けたぞ」
ターバンを巻いた大男が空けたカップに酒を注ぎながらぼやく。ミュールエスト辺境伯の王都の屋敷の離れには、南東諸国連合の商人風の衣装を身に着けたものたちが滞在している。だがこの大男は、その態度と発言が商人とはかけ離れている。さらに男の向かいには、だらしない恰好で気怠そうに座る女がいる。
「あんたは、酒場に行っていただけじゃないの。ここにだって、酒は飲み切れないほどあるだろう」
「お前の面を見て飲んでも、ちっとも美味かぁねぇよ。たく、若いメイドも来なくなるし」
「あんたの、あの目つきを見たらあたしでも寒気がするわ。ここの坊ちゃんは良く分かってるじゃないの」
「二人ともおよしなさい。ここは王都しかも上級貴族が住まうエリアです。事を成すまでの間ですから、気取られないように頼みますよ」
二人から少し離れた執務机で、書き物をしていた男が、二人を窘めた。こちらは、商人の服をきっちりと、着こなした紳士で顔立ちも上品である。言葉遣いは柔らかいが目が笑ってない。
「旦那、やるタイミングはともかく準備にもまだ時間が掛かるんじゃないのか」
「そうですね。今回は手練れを揃えたいですから、集めるにも一苦労ですよ」
「それじゃ、まだ間があるってことだな。王都の外ならいいか?酒も飲み飽きたんで、憂さ晴らしに魔獣を狩ってくる」
「仕方ないですね。あなたは、商人ギルドのカードで入っているのですから、くれぐれも目立たないようにして下さいね」
「あぁ、任せてくれ」
「あんたの、任せてくれが一番怪しんだけど」
「うるせぇ」
ターバンの大男は捨て台詞をはいて部屋を出てゆき、からかった女は肩をすくめて見送った。
それから四日間大男は留守にしていたが、帰ったときには疲れた顔をしているもののやり切った様子だった。
「サーラ。やるよ」
大男は帰るなり、女の前のテーブルに直径がピンポン玉くらいの黒い魔石を十個ほど無造作に置く
「あんたオーク狩っていたのかい」
「あぁ、巣があって叩き潰してきた。途中から魔石を取るのも面倒になってな。ははは、久しぶりにいい運動したぜ。今日は酒がうまいぞ」
「魔石はありがたいけど、目的はそれかい?あんたも大概だね」
アレクシス、ライアン、ティモテの三人は、皇太子の執務室で厳しい顔で突き合せていた。
「それで、レオナードの消息はつかめていないのだな」
「もう少し、人数を割いて構わないでしょうか。もはや、陛下にも我々が動いていることは伝わっていますし」
ティモテは、アレクシスの案件に対して部下を使うことは控えていたとはいえ、王家の守りの嫡子として十分な働きが出来ていない自分が情けなかった。しかし、たとえ王や王妃に筒抜けになろうとレオナードの消息は押さえなければならない。呻くようにアレクシスに自分以外の王家の守りを使うことを進言した。
「致し方ないか。わかった、そうしてくれ」
「すみません。全く油断していました。詠唱破棄の目的を話してからは、気持ちを入れ替えたように熱心になり、ジョシュアからあれこれ聞き出し訓練方法を工夫していたのですが・・・」
「レオナードに詠唱破棄のことを伝えるように指示したのは私だ。お前が気に病むことではない。それより、やはりノエが関わっているのだろうか・・・」
「そこはまだ何とも」
「この件を、マルグリットと結びつけて考えているとなると、例の面談結果を盗み見たミュールエスト辺境伯の線になりますが、あちらも状況証拠ばかりと聞きます。当家に対し並々ならぬ敵意を持っていると思われるのですが、辺境伯の動機が全く分かりません」
「それと腑に落ちないことは、ミュールエスト辺境伯も密偵を使っていますが、あそこの者たちは情報の収集が専門です。荒事については表の軍の武力は一流ですが、裏はそのようなことは聞きませんでした。何かしっくりこない。まだ我らは欠けたパーツを全て手に入れていないように思います」
「王家の守りの勘か?」
「そのような大層なものでは」
「いや、重要なことだ。とにかく人を廻せ。なんなら私から父上に話を通す。その欠けたパーツとやらも探そうではないか」




