アカデミー 2
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ティボからの呼び出しがまたあった。結構しつこい。
(わたしは、”政策研究会”なんてやる気は全然ないだけどね。あいつら、利用する気満々でそれが透けて見えるからね)
教室でどうしようか考えていると、それが顔に出ていたようでステラが話しかけてきた。
「ごきげんよう、マルグリット様。なにかお悩みですか」
「ごきげんよう、ステラ様。いえ、またティボ様からお誘いが有ったのですが、政治向きなことはちょっと・・・」
「まあ、そうでしたの。ティボ様ちょっと強引なところがおありですよね」
「一度きちんとお話した方が良いのかしら」
「お側で聞かせて頂きましたが、普通はあれで引き下がるものですが・・・」
貴族の間では、間接的な物言いが多いので、通常はそんな雰囲気を作ると相手が察する。貴族はプライドを重んじる。特に否定や拒否は、直接的な言葉を投げて相手のプライドを傷つけないように配慮する。それが、ティボには効かない。直哲的な否定が無いことを良いことに、強引に話してくる感じだ。
あの集会以来、クラスの同じ派閥の者と話す機会が多くなった。意外なことに、女の子たちの会話の中では、あまり派閥の会話が出なかった。貴族の令嬢は、結局親の言うとおりに行動することが染みついていて、積極的に自分から考えて政治向きの話をすることは無い様だった。強硬派のスザンヌのように特定の上級貴族の女子が政治の話をして、下級貴族に指示を出すのが普通のやり方らしい。本来であれば、恵がその役割を担って派閥をまとめ上げなければならないらしい。ところが恵は何もしていない。ティボはそのこともあって強引に恵を引き込みたいらしい。優秀な者が集まる一年のAクラスを押さえることは来年、再来年に大きな差になって現れる。強硬派のスザンヌの動きを見てもそれは明らかだ。
「仕方ありません。放課後サロンに行ってまいります」
「付き添われる方はいらっしゃいますか?よろしければ、私がご一緒いたしますが」
貴族の未婚の令嬢が、単身で親族以外の男性と会うのは慎むべきこととされているが、それは、アカデミー内でも同じだ。正直、一人でいることの多い恵には煩わしいルールである。
「ありがとうございます。それではお願いできますでしょうか」
授業が終わった放課後、恵はステラと共に”政策研究会”のサロンへ向かった。部屋には、主催者のティボと補佐役のエドゥアルが待っていた。
「マルグリット様、お呼び立てして申し訳ありません」
「いえ、とんでもございません。それでどのようなご用件でしょうか」
「他でもありません、”政策研究会”へのお誘いです。昔、ライアン様がこの会の主催者をされていたときは、非常に盛況であったと聞き及んでいます。残念ながら非才の我が身ではとてもそのような事は出来ません。マルグリット様にご参加いただければ、当時を凌ぐ勢いを取り戻せるものと確信しております。是非ご参加頂き一緒に会を盛り立てて行きましょう」
「申し訳ございません。嫡子の兄とは立場も異なり、また、非才にして凡庸な私にはとてもそのような重責を担う事は出来ません。ご賢察の上、ご判断くださいますようお願い申し上げます」
「会の者もサポートいたします。再考して頂けないでしょうか」
「それでは、皆様にご迷惑を掛けるばかりで、心苦しく思います。ご寛恕くださいますようお願いいたします」
「いや、そこを・・・」
「ロバン殿、それ以上はマルグリット様を追い詰めることになる。ここは、我々に会を任されたと思うことにしよう」
「・・・そうか」
話しを終えて、マルグリットとステラは帰り支度をするため一度教室へ向かう。
「マルグリット様。さすがです。私はあのように、男の方に詰め寄られたなら、”はい”と言ってしまいます。ちょっと怖かったです。同席させて頂きながら何も出来なくて申し訳ありませんでした」
「そのようなことは御座いません。ステラ様が横にいると思うと随分心強かったです」
「そんな。実は、Aクラスの穏健派の上級貴族がマルグリット様で本当に良かったと思っています。陰口を言うようで心苦しいのですが、強硬派の方々はギスギスしているようで、下級貴族の方がお可哀想で」
「そう思って頂けると嬉しいです。正直なところ、私には強硬派や穏健派のどの政策が正しのか分かりません。賛成する理由も、崇高な理念であっても、何方かを応援したいでも構わないと思っています。ただそれは、誰かに強要されるのでなく、自分で考え判断すべきと思っています。そうでなければ真の結束は得られないでしょう。そして今は、自分で考え、判断できるように学んでいるのだと思います。ですから、私は皆さんと色々な考え方を自由に話せる仲間でいたいと思っています。貴族としては、私は失格なのでしょうね」
「そんなことはありません。とても素敵なお考えです」
恵とステラは教室に戻り、身支度をして帰途に就いた。
そのころ、サロンにはティボとエドゥアルが残って話を続けていた。
「だめだな。ライアン様には悪いが切り捨てるしかなかろう」
「あぁ、失望した。考え方が全く貴族では無い。しかし、一年のAクラスは如何する」
「子爵の次男坊がいただろう。シャルテーニュ伯爵の寄子の・・・ちょっと生意気そうな、なんと言ったか」
「トリスタン・モレルだな」
「そうそう、そいつに纏めさせろ。下級遺族だがこの際仕方ない」
「そうだな、あれならば、吹き込めば良く踊るだろう。主催者なんだきちんと名前を覚えておけよ」
「どうでもいい奴は、なかなか頭に残らん。トリスタンだな。分かった」
昼食をクロエ王女に呼ばれた。王族には専用の食堂がある。今は、王族が二人在席しているが、長い目で見れば王族がいないほうが普通だ。しかし、権威というものがあり、こうした王族の専用施設がアカデミーにはいくつかある。食堂には、王女クロエと、第二王子のアクセルが待っていた。恵は、二年に在籍するアクセルともクロエを通じて顔を合わすようになっていた。
始めて顔を合わせたときは、恵も少し驚いた。幼さが残る顔立ちは、まさに美少年で、アカデミー女子のアイドルとの噂に間違いは無かった。
(まあ、子供ではあるけど、周りが騒ぐのは分かるわ。経理課の真由子は、こういう絵に描いたような美少年が大好きで、あの子が話し出すとまわりが引いてたよね。ここにいたらどんな反応しただろう)
恵は、二人の前でカーテシーをして傅く。
「ごきげんよう、クロエお姉さま。ごきげんようアクセル殿下」
「おぉ、メグようやく来たか。おまえは誘ってもなかなかこない。さぁ座れ、座れ」
「先週も、お昼をご一緒しましたよ」
「だから、もう一週間も会っていないだろう」
「姉上、マルグリットも何かと予定があるのです、無理をおっしゃられてはいけませんよ」
「アクセル、お前は黙っていろ。メグと会っている時が、一番気持ちが落ち着く。王族と言うのは、これでなかなか気が抜けなくてな。うっかりしたことを言えば、すぐ言質をとったと騒ぎだす。愚痴もこぼせん」
「済まぬな、マルグリット。普段は凛々しい姉上なのだが」
「いえ、私などで少しでもお役にたつのならうれしいです」
「嬉しいことを言ってくれる。流石、我が妹」
「姉上・・・。そうそう、マルグリット。ペンダントをありがとう。母上も大層気に入られたご様子だ。私が身に付けるには少々躊躇われる意匠だが」
「拙い物で、申し訳ございません」
「妹からの、贈り物にケチを付けるものではない。折角、私だけに作ってくれたものを、王族皆に配るなどお父様も大概だ」
「父上、妙に力が入っていましたね。驚いたのは、先日お兄上にお会いしたとき、しっかりペンダントを付けていらした」
「まぁ、お姉さまの手前だからだろう。そういえば、メグ。お姉さまはどうしていらっしゃる」
「えっ。お姉さまは毎日のように、王宮に通っていらっしゃいますよ。クロエお姉さまはお会いしているのではないですか?」
「実はな、王妃教育とは名ばかりで、お母様が独り占めしているのだ。昔ブロンシュ叔母様にしてあげられなかったことをするのだと張り切って・・・」
(そんなのでいいのか、王族)
護衛についているエステェを見るが、目を伏せて首を振っていた。近衛から来たアクセルの護衛も苦笑している。
夕食の後、恵が部屋でショールに使う魔法陣を検討していると、声が掛かる。
「メグちゃん。ちょっといいかな」
声の主はアデルであった。
「アデル姉?どうぞ」
アリスがドアを開いて、アデルを招き入れる。
「あっ、また新しい魔道具を作るんだ」
アデルは、入室しながら、デスクに広げられた、魔法陣のサンプルを見て話しかける。
「そうなの、作るの面白くて・・・。そちらで話しましょう」
アデルをソファーに導くと、アリスは黙って、三人分の紅茶を用意した。
「こんな時間に、どうされました」
「実はさ、この前のライアン様の話しなんだけどね・・・」
「???」
「エマ様の護衛にするって言う、魔術師の話」
「あぁ。あれですか。来週、ここに見えるようですよ」
「ちょっと気を付けた方が良いかもしれない」
「お姉さまどういうことですか」
「エマ様の護衛以外の目的がありそうなんだ」
「???」
「皇太子殿下とライアン様で色々動いているご様子なんだ」
「何かあったのですか」
「この前、メグちゃんの作った魔道具はライアン様を通じて陛下にお渡ししたでしょう」
「アカデミーでアクセル殿下からお礼言われました」
「ところが、アレクシス殿下のものは、王宮お抱えの錬金術師に調査目的で出されたみたい。ライアン様からの資料付きでさ」
「でも、アクセル殿下は皇太子殿下がペンダントを着けてたって」
「たぶんダミーだね。わざとエマ様の目に触れるようにしている。第一、あんな可愛いペンダントを皇太子殿下が付けていることが怪しすぎるでしょう」
「でも、よく意味が分かんないよ。ライアン兄なら、解んないことが有ったら教えちゃうのに。そんな面倒なことする?」
「あまり細部まで聞けば何かあるって思うでしょう。やっていることを、こちらに知れたくない。つまりさぁ。エマ様やメグちゃんには言えないことをやってるってこと」
「裏は取れたのですか?」
「まだだよ。だからこんな話をしてるの」
(ここまでアデル姉が踏み込んで来るのは、グレーよりかなり黒いんだよね)
「エマ姉は、“心眼”を持ってるでしょ。お兄さまや殿下を見ればわかるんじゃないの?」
「これ内緒の話だけど。どうも、信じきっていると発動しないとか、身内は見えないとかありそうなんだ」
「主筋に関することです。確たる裏もなく迂闊なことはできませんよ。ましてアレクシス殿下が動いているならなお更です。まず、調べることと・・・それとサイモン様とお母さまに相談ですか」
「ガルドノールへの繋ぎは既に出しているんだけど、流石に時間がかかる」
「アデル姉、どうするの」
「だから“心眼”だよ」
「・・・」
「エマ様に、魔術師と会ってもらう。既成事実を作られる前にね」
「なるほど」
「そこでメグちゃんに命じます。エマ様がその魔術師と会えるように、ライアン様にお願いして」
「げっ」
「ご令嬢とは思えないお返事ありがとうございます。このお役目、私もメグ様が適任と思います。お得意のお芝居でお願いします」
「仕方ないか・・・でも、アデル姉もアリス姉も良いの?ライアン兄はともかく、アレクシス殿下だよ、王家の守りとの関係とか」
「ジラールの長女の私が、ライアン様でなくエマ様に付いているのは何故だと思う?」
「ライアン兄のそばにいるには、怪しすぎるから」
「メグ様、それは真実ですが、ここで言ってはダメなやつです」
「ふたりとも!話が進まないでしょ」
「「ごめんなさい」」
「結局、お母様はブロンシュ様の下に遣わされたのよ。王妃様にね。それが、私たちの根っこなんだ」
「でも、それだけではありません。メグ様は、なぜここにいます?」
「自由に生きるため。お父様との約束とか・・・」
「それで、こんなに悩みますか?」
「そうね、やっぱり、私の気持ちとしてもエマ姉は守りたい」
「お姉さまも私も、そこは一緒です」
「なるほど・・・でもさぁ、アレクシス殿下のことは王妃様も大切にしているんでしょう」
「そう、だから迂闊なことはできない」
「しっかりと調べるには、時間も必要」
「でも、どんどん進められて既成事実を作られてもいけない」
「自然な流れで、最悪な状況にならないようにしておきたいの」
「断るにも、エマ姉が“心眼”で見たら、“付きっ切りの護衛になるには相性が悪かった”とかにしておきたいのね」
「もし、エマ様から了解をいただいても。それこそ“心眼”の結果なら、エマ様にとって悪いことにならないでしょう」
「ところで、アレクシス殿下が何かしているって話は、姫様は知ってるのかな」
「どうだろうねぇ。でもその線の確認もありかな。あんまり早い段階で動くと、変な騒ぎになるから気を付けようね」
「メグ様は、クロエ殿下のことを信頼されてますよね」
「姫様はねぇ。芯がしっかりしているだけでなく、懐も深いんだよ。あの歳でたいしたもんだ」
「年下のメグ様に、言われてもねえ」
「メグちゃんって、発言がババ臭いよね」
「バ、ババって。こんなピチピチのギャルつかまえて」
「ピチピチ?」
「ギャル?」




