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アカデミー 3

教室の様子が、いつもと違う。最近では、恵が朝教室に入ると穏健派の女子が集まってきて他愛のない話をしていたが、挨拶はしたものの今日は側に来る様子は無い。恵が見ると相手は目を伏せた。

(なんか、あからさまに変だね)

結局その日は昼の誘いもなく、恵はひとりで過ごした。次の日も状況は変わらなかった。穏健派の女子の顔付が暗いのが気になった。スザンヌがニヤニヤとしてこちらを見た。

(あの子何か知ってるみたいだね。別段無視された程度で、どうと言うことは無いけど、何が起こってるのか分からないのは気になるね)

しかし、次の日に、直接的な動きが有った。恵の文房具の一部が紛失していた。気のせいかと思い、そのままにしたが、午後の錬金科の講義から帰ってくると、恵の椅子が汚物で汚されていた。廊下や中庭にはまだ生徒はいるが、放課後の教室には誰もいなかった。

(これって、苛めかね。こう言うことは前世と変わんないんだね)

どうやら、恵が孤立したとみて、今まで鬱積したいたものが噴出したようだ。

(まあ、目立ってはいたよ。度々姫様から昼を誘われて王族専用の食堂で食べた。かなり羨ましがられている。たまに廊下でアクセル殿下とすれ違う時、殿下が笑顔で挨拶してくれたり。あれには、周りの女子が凄い目で睨んでた。うちの派閥にも積極的に動かない私を疎ましく思っている連中がいるし。まぁ、勘違いした錬金科の男子をこっぴどく振ったけど、あの連中にはこれをやる度胸は無いよね。あぁ、もともと敵認定されている派閥もあったっけ・・・でも思い当ることが有り過ぎる。まあ、実害はないんだけど)

「クリーン」

(んっ、誰かいた?)

視線を感じてそちらを見たが、誰もいない。とりあえず、物は全部マジックバッグに入れて持ち歩くことにして、恵は帰宅することにした。

しかし、ご丁寧なことに翌朝登校すると、同じように恵の椅子は汚物だらけになっていた。

(ホントによくやるよ。こんなこと姫様に知れたら怪我人が出るよ。分かってやってんのかね。子供のやってることだし、何かうまく治めたいけど、どうしたもんか)

周りを見ると半分ほどのクラスメイトが来ていた。目を伏せている者、ニヤリとしたり何かを期待してしてこちらを伺っている者、気付いていない、または、気付かないふりをしている者、様々だ。

「まあ大変、こんなに汚れてしまって。“今日の安寧を与えし創造神クロエツィオへ感謝を捧げる。クリーン”、これでよし。他にも汚れているところがあれば、クリーンを掛けますよ。皆様は大丈夫ですか」

ニコリと笑って、周りを見るが、一斉に目を逸らされた。

(おばさんのメンタルなめんなよ)

その後、貴族科の授業は特に何もなく、午後になって錬金科の講義室へ行く。

(ハァ~、ここは落ち着く)

「どないしたメグ。おばちゃんみたいな溜息やったで」

「おばちゃんて、こんな幼気な美少女つかまえて」

「自分で言うんか!」

「この前頼んでおいたシルクの布、入荷した。魔法陣だけ染色もしておいたよ。今度の闇の日にリラのとこに持って行って一緒に試作したいんだけどいいかな」

「メグが来るんか」

「そのつもりだよ」

「嬉しいな。きっとおとん腰抜かすで。キャハハハハ」

「試作品が上手く出来たら、クロエ殿下に渡したいんだ」

「えっ、いきなりドラゴン級の仕事かい。おとんだけでなく、うちも腰抜かすわ」

「大丈夫、抜けてないよ」

「あっ、ホンマや。って、ちゃうやろ」

「仕上がりはちゃんと確認するし、クロエ殿下だったら、試作品って伝えておけば、少々のことは面白がって許してくれるって」

「王族相手にそれ言うの、メグくらいや」

「それにちょっとお願いしたいことがって、献上品があるとちょうどいいかなって」

「メグ。悪い顔してるでー」

「えへへ。それほどでも」

「誰も褒めてないっちゅうに」


講義が終わって、教室に戻ってみると案の定、椅子に悪戯されていた。だが、今日はそれだけではない。もう一人教室で青い顔をしているものがいた。セリアだった。見ると、セリアの席と置かれていたポーチが汚物にまみれていた。

「マルグリット様・・・何でもありませんわ」

セリアの目は、真っ赤だった。

「何でもないことはないでしょう。クリーン」

「えっ。今のは・・・」

恵は怒りで、詠唱を装うのを忘れていた。セリアは言いかけたが、こわばった恵の顔を見て口をつぐんだ。

(私だけなら、まだいいのよ。なんでセリアちゃんまで。これはきちんと対応した方がいいね)

「セリア様。お友達になりましょう」

恵は意識して表情を柔らかくした。

「でも、それは・・・」

「お互い距離を置いても、ちょっかいを出されてしまったじゃないですか。一緒ですよ」

「・・・」

「セリア様のお力になりたのです。御覧の通り、私クリーン得意ですよ。もし必要なら、マジックバッグもお貸ししますよ。そうすれば必要なものは全て持ち運べますので、失せものに遭うことはありませんよ」

「マルグリット様が、ご自身の派閥に周りの方を取り込むことに躍起になっている訳でないことは、日頃の行いを見ていれば分かります。何故それほどまでに私のことを」

「セリア様は、お披露目の日に派閥に関係なく、私に感謝を表しに来てくださった。それは、ご自身で考え正しいと思った事をされているからと思いました。そのような素晴らしい方とお友達になりたいではありませんか」

「マルグリット様・・・」

「お返事をお聞かせください」

「はい。喜んで」

セリアは涙を浮かべたまま微笑んだ。

心当たりを聞いてみると、恵が虐められているのを見たスザンヌが、“いい気味だ”のような発言をして周りに同意を求めたことをセリアが窘めたと話した。

(やはり強硬派の仕業か?でもちょっと腑に落ちない)

苛めの問題は前世とこちらの世界では根本的に違うことがあった。それは身分制度だ。虐め、所謂ハラスメント問題に対して、恵は前世では直接体験することは無かったものの、昭和の終わりには学生として、平成では孝一の親として、令和では企業経営のコンプライアンスとして接してきた。確かに、時代と共に大きくその在り方が変わった。昭和で行われていた行為の数々が令和ではやってはいけない行為となった。しかし、どの時代もレベルの差はあれ、根底には平等という考え方があった。こちらでは、ハラスメント行為であっても、身分が上であれば指導や指示の一環とみなされる。貴族から平民に、上級貴族から下級貴族へのハラスメントは咎められることはなく、躾と言う名目で隠すこと無く行われる。こちらの常識に照らし合わせて問題視された場合も、貴族としての資質、嗜みに欠けることが問題となり、ハラスメント行為自体を問われることはない。そのため、逆に上級貴族の恵に対しては、表立っては出来ず陰で行われた。一方、下級貴族のセリアへの苛めは、貴族としての常識から外れるとの指摘に対する報復であり、それが陰で行われたとなれば、相手は自分に非があると認めたようなものだ。

そうなれば対応方針は自ずと決まる。前世では、被害者を保護したうえで、加害者に平等の観点から未熟な自己主張や歪んだ自己顕示欲を諭さなければならないが、こちらでは不要だ。このことを表に出し、こちらが上級貴族であることを認識させ、更に力があること示せばいいだけだ。こんなパワープレイは子供相手にと考えていたが、セリアにも手を出したことで、恵は考えを変えた。

「セリア様、お帰りのお支度はお済ですか」

「はい」

「では、帰る前に御まじないをして行きましょう」

恵は、マジックバッグから、小さな魔石の付いたスクロールを四つ取り出した。今や恵のマジックバッグは、錬金道具や素材、忍者の魔道具にはじまり、着替えや軽食に至るまで収まっている混沌としたバックになっている。

「それ、魔力パターンを読み取るスクロールですね」

「ご存じでしたか。これをセリエ様と私の机と椅子の裏に貼っておきましょう」

「まぁ、マルグリット様ったら。“謎解き魔術師”のパウル男爵のようですね」

セリアは、人気小説の主人公を持ち出した。奇抜なアイデアで悪事を働いた貴族を突き止め懲らしめる娯楽小説だ。彼女はそのたぐいの話が好きらしい。

二人は、連れ立って帰宅の途に就いた。


「それで一人は、不合格となったと」

執務室のソファーに座ってライアンの報告を聞いたアレクセイは不機嫌だった。

「護衛を自ら選びたいと言われれば、断れないことは分かるが。妹殿はやってくれたな」

「申し訳ありません」

「で、どちらが受かった」

「ジョシュアです」

「レナードはダメであったか」

「プライドが高いせいで、試しが不満な様子でした」

「何を試した」

「ショットを撃たせた後、走らせていました」

「走る?」

「はい。後で聞いたのですが、魔法を発動するさいに魔力を練るとよく言われますが、あれは発動させる掌に魔力を圧縮して放出の準備をすることです。詠唱破棄で次々に魔力を放出するとそれが間に合わなくなるそうです。それを防ぐために全身に魔力を満たして置き、掌の魔力圧を上げた状態を維持するのだそうです。これには体幹を支える筋力を鍛えておく必要があるとかで、走り込みは基本なのだそうです」

「おもしろい。確かに魔力が続かなければ詠唱破棄も宝の持ち腐れか」

「さすがに、詠唱破棄を学ばせるとは、現段階で伝えるわけにはいきません。そのため訳も解らぬまま走らされたので、プライドが高いレナードは我慢が出来なかったようです」

「心眼を試すまでもなかったか、仕方がない。ジョシュアに学ばせ、それをレナードに伝えさせよ」

「マルグリットほどの指導ができるかはわかりませんが、そのように手配します」

「そう言えば、アカデミーが何やら騒がしいと聞いたぞ」

「マルグリットが、”政策研究会”の参加を断ったとかで、こちらにどうしたものかと問い合わせてきまして」

「今年のサロン主催者はティボだったか。いちいちそんなことを・・・だがお前でも持て余している妹殿だ、あ奴では太刀打ちできまい」

「私もそう思いまして、好きにしろと言っておきました」

「それでか。何やら可笑しな方向に暴走したらしいぞ。あれが騒いでおった」

「クロエ殿下ですか?」

「あぁ。自分が出て行きたいが妹殿が何も言って来ないのでやきもきしている」

「・・・」

「何だ。お前、何も聞いていないのか」

「はぁ」

「さてさて、どのような決着をつけるつもりか。子供がやっていることと言えばそれまでだが、少し興味はあるな。それと、しっかり妹殿に話しを聞いておけ。兄として好感度を上げるチャンスだったはずだ」


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