王都へ 4
夜が白みかけてきた。昼間の暑さと変わって朝晩は秋の気配が強く漂い、虫の音も聞こえる。まだ早いせいで往来に人影はない。夜勤の門番が欠伸をかみしめている。その薄暗がりの中に、十二人の武装した集団がいた。
「皆集まったな。今日は賊のアジトの調査ではあるが、盗賊との遭遇もあり得る。注意して行動するように」
「任せとけって。エリアスの旦那」
ニコラは、すっかりならず者モードだ。エリアスは困った顔をしてニコラを見る。
昨夜遅く、アリスから投げ文が届いた。それには“領館からアジトに伝令あり”とあった。エリアスにも先ほど伝えた。
(こちらの調査の動きは、伝わったと見るべきね。さてどう出てくるか)
「では、行くぞ」
楡の森までは、一時間ほどだ。一行は黙々と先を急ぐ。街道からかなり外れている草原の獣道で、人の気配はなかった。この辺りに強い魔獣はいない。弱い魔獣は、物々しい武装集団に影を潜めている。暫く行くと青々とした楡の木立が見えてきた。奥は鬱蒼と茂っており、中には四十メートルを超える大木もある。林と言われているが森と言っても良いくらいだ。朝日がさし、冷えた朝の風が草原を吹きわたっている。
「あれが楡の林か、とりあえずこのまま獣道を行くぞ。視界が悪くなるので各自周囲を警戒するように」
エリアスの指示に皆が頷く。
林に入ると、早朝の鳥の囀り盛んに聞こえる。一行は警戒を怠らず、林を進む。恵がルシィの袖を引く、
彼女は黙って頷くと。
「エリアス様。前方に人の気配です」
皆立ち止まって、ルシィに注目する。俄かに警戒して辺りを探るが、首を傾げている。すると、マティアスのパーティーの女性冒険者がはっとした顔をした。
「マティアス、本当よ。あなた凄いわねこの距離であれが分かったの」
「そうなのか」
マティアスが、話しかける。
「ええ。五百メートルほど先ね、こうして立ち止まって集中すると私でも分かるわ。歩きながらこれを読み取れるなんて」
「クレーが言うなら間違いない。こいつは索敵役としては一流だ。お嬢ちゃんそれを超えるってか」
「ルーです。もう少し近づけば詳しく分かりますが、向こうも探査していると思いますが」
「結構な人数が居そうよ。どお、じっくり探ってみて」
クレーがルシィを促す。彼女は眼を閉じて集中する。
「四十~五十人くらいかしら」
「そこがアジトか?」
「ちょっと違和感があるんですよ。二手に分かれていて・・・何だろう。半分は、ちょっと変な感じ」
「待ち伏せか?」
「上等だ、突っ込んでいって叩き切りゃぁ良いだけだ」
「ニコ。あなたは黙って」
「何で俺たちの行動がばれている?」
「今はそれを言っても仕方ない。どちらにしても進むしかないんだ。知らないふりをして油断をさそう」
「エリアス様ちょっと待ってくれ」
移動を始めようとしていたエリアスをマティアスがとめた。
「なんだね」
「ルー嬢ちゃんには負けるが、うちのクレーの探査も一流と言っていい。この辺では結構名前が通っている。待ち伏せがあるってことは俺のパーティーがいることも知っていて可笑しくねぇ。そのクレーがいるのにこの待ち伏せってのは頂けねぇ」
さすがベテランパーティーのリーダーだ、冷静に考えを巡らせてくる。
「あっ。この変な感じにノッペリしているのって気配玉だ」
ルシィが、後方の右半分は偽装した気配だと言い出した。
「すると、気配を断って待ち伏せしている奴が別にいるな」
「前後で挟み撃ちってやつだな」
エリアスの推測にマティアスが付け加える。
「たぶんそうだろう。伏兵がいるとしたら、距離的に言ったら百メートル先くらいか」
「もう少し近づけば分かると思います。不自然に魔力が無い場所を探せばいいので」
「ゆっくり進むから見つけたら教えてくれ。せっかく分かれてくれたんだ個別に叩こう」
「そうはいっても、何人隠れているか分からないんだぜ、後ろの奴らだけでもこっちの倍だってのに」
「ぼやかないのマティアス」
「へいへい」
ゆっくりと前進を再開する。七十メートルほど進んだとき。
「右前方、二十メートル」
「かかれ」
エリアスの掛け声で、ルシィの示した方向に全員が走り始める。
「ヒャッホー、漸く出番だぜ」
抜いた剣を担ぐように構えたまま、ニコラが先頭を駆ける。
「我は賢き魔法神マギアを敬い感謝を捧げるものなり・・・」
声の方を見ると、クレーが詠唱を小声でぶつぶつ唱えながら走っていた。
焦げ茶のマントを被って伏せていた盗賊たちが慌てて起き上がってくる。一人が先頭にニコラに弓の狙いをつける。
「ショット」
が弓を構えていた男の肩に弾が当たり、もんどりを打って転がってゆく。
(予測でタイミングを計っての詠唱なんて、さすがベテラン)
だが、まだその後ろに弓を構えた女がいた。ニコラは、構わず走る。クレーの詠唱が間に合わない。
「ショット」
変わってルシィが放つ。女の左腕に当たり弓を取り落とす。
「くそ、何人魔術師がいるんだ」
弓を落とした女から声が漏れる。ニコラはもう敵の目の前にいて、盗賊の女の利き腕を切り飛ばす。そこからは、乱戦になる。クレーも短槍を手に参戦している。乱戦になると、恵の護衛剣士達は強い。瞬く間に敵を切り伏せてゆく。恵は、少し離れて支援に徹する。
「ショット」
背後からマティアスを襲おうとしていた男の太ももに当たり、脚を取られて転がる。マティアスが恵に親指を立てる。
こうして見ると、エリアスの剣技は、頭一つ抜けている。傍からは、まるで盗賊たちが切られに寄って来ているようにしか見えない。
ここは粗方片付いた。既に前方の二十数名がこちらに向かっている。前衛は、既に新手を待ち受ける体制になった。恵は、今の戦闘で負傷したマティアスのパーティーメンバーにヒールを掛ける。
「ありがてぇ、助かる」
髭面の冒険者は、笑いながら恵の頭を乱暴に撫でた。恵が、ふくれっ面をすると。
「足手まといと思っていたが、こっちが助けられてばかりだ。済まねぇ。良いとこ見せねぇとな」
と言い残して、次の敵を迎え撃ちに、仲間の元へ向かった。
恵は、浅手の敵には、短剣で脚の腱を切って、戦闘不能にしてゆく。
「ごめんね。後で直しに来るから、ここで待っていて」
処置を終えて、恵が仲間の元へ急ぐと、二十メートルほどの距離で敵と対峙していた。こちらの奇襲で統制が乱れたと見えたが、今は冷静な対応に戻っていた。
「たいしたものだ。うちに欲しいくらいだぜ」
大剣を担いだリーダー格の男がのんびりとした口調で声を掛けてくる。身長が二メートル近くあり、胸板が厚く、全身が筋肉の鎧で覆われているようだ。黒髪でいかつい顔の頬には大きな傷跡が目立っていた。
(絵に描いたような盗賊ね)
左右に散った弓使いが、目立った動きをする。ルシィがつられて左の弓使いにショットを打つと、横にいる盾役がこれを防ぐ。そのタイミングで、背後に隠れていた魔術師と右の弓使いがルシィに狙い付けた。クレーは打たされるのを承知でショットを魔術師に放ち、それを確認して恵も弓使いにショットを撃つ。しかし、これも盾役が守る。
「終わりだ」
リーダーがニヤリとする。盗賊たちが動こうとしたとき。
「「ショット」」
再び、恵とルシィの声が重なり、油断していた魔術師と弓使いが打たれ倒れる。
「詠唱はどうした・・・」
その声を合図に一斉に、こちらが仕掛ける。
「ショット」
「ショット」
続けて、残る弓使いが潰され、更に唖然としている敵の盾役が、足を撃たれ倒れる。
「瞬歩」
カミーユが、一瞬で距離を詰め双剣で舞うように切り込んでゆく。それを追いかけるように、リュカが飛び出しカミーユが囲まれないように彼女の背後の賊を切り伏せる。続いて、エリアス達も戦闘に入る。こちらの人数の方が少ないのに、相手を飲むような戦いを展開する。
「なんて奴らが来やがったんだ」
「文句ならフォルトゥーナにでも言ってくれ」
エリアスがリーダー格の男と対峙する。
恵とルシィは、エリアスが一対一の状況を維持できるように、ショットで周囲の敵を排除する。
男が、大剣を担ぎ上げ魔力をたっぷりと載せてエリアスに振り下ろす。剣速はかなりなものだ。魔力が載っていなくとも受けるのは困難な剣戟である。エリアスは冷静に見切り、僅かに身体をずらしてそれを避ける。しかし、剣は生き物のように跳ね上がりエリアスを襲い、それも避けられると更に弧を描いて、再びエリアスへと向かう。大剣にもかかわらず、一瞬の遅滞もなく連続で襲いかかる。だが、エリアスは身体を大剣の間合いに置きながらも、掠ることもさせない。そんな攻防が何度か続く。傍からはエリアスが余裕で躱しているように見えるが、実際にはそうでもない。現に仕掛けることが出来ていないでいる。今度は、大剣が横なぎに走る。アリアスに届く直前で、リーダーの男は右手を握りから離し、左手だけで握った剣を延ばすように振るう。エリアスからは、突然剣が伸びたように見える。しかし、エリアスは冷静に半歩下がり、腕をコンパクトに畳み剣を廻しながらそれを避けると、そのまま前へ出て相手の左手首を切り落とした。振り回されていた大剣は、柄を握った左手首を付けたまま勢いよく飛んでゆき地面に突き刺さった。
「くそ、つまらねぇ剣を使いやがる」
そう言うと、彼は血が噴き出す左手を抑えながらその場に胡坐をかいた。リーダーが倒されると、盗賊の士気は下がり逃亡する者が出始める、まだ半数以上残っていたはずだが一気に瓦解した。




