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Ⅲ勇者クロニクル ~第Ⅰの勇者『黒騎士』~  作者: 霰
第Ⅱ章 中央領への突破
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2話


 少女が王国に入るのにそのままの格好ではまずいという事で、一行は彼女の旅装を求めて西方領の町に入っていた。

 妖精の機転は思いがけず効果があったらしい。

 石畳の上に木造建築が軒を連ねる町中にもやはり兵士の姿があり、少女の金髪を見た途端詰め寄ってきたが、


「あー……服の中を検めるのは勘弁してほしい。このコ、追剥に襲われたんだ」


 フードで顔を隠した少年が捏造した事情を語り、言葉だけでは信じられない兵士が少女の外套を取ると、一糸纏わぬ彼女の姿を見た町の女たちが勝手に兵士を追い払ってくれた。

 相棒の状態を知っていた少年は律儀に目を逸らしていたが、少女は町の往来で露わな姿を晒してしまい羞恥で顔を真っ赤にしていた。

 手配の内容によると、魔界から帰ってきた姫君は砦を単身で壊滅させたという。

 姿は金髪にボロボロのドレス。

 華奢な姿ながら兵士を一撃で殴り倒し、鉄の城門を触れもせず粉砕した化け物である、と。

 町人に追い立てられた兵士たちはしばらく少女について疑っていたが、


「……よく考えるとその娘は一人ではなかったか?」


「そもそもそんな怪物が追剥に服を盗られるものか?」


 砦で少年の姿が見られていなかったことでこのように話が進み、それ以上の詮議は受けずに済んだ。

 そんな事情もあって二人は特に怪しまれることなく町の仕立て屋に案内され、店主の老婆の好意で好きな古着を何枚か譲ってもらえる運びとなったのだ。

 古い建物らしく木の柱材は黒く渋がかっていたが、品はいずれも丁寧に手入れされているらしく古着とはいえ劣化は見られなかった。

 結局少女は妖精の手伝いもあって、元のドレスに色の近い上着と、動きやすいよう少し丈の短くなったスカート、更に葡萄酒色のフードで肩周りを色付け、革のブーツで足回りを整えた。

 可愛らしい衣装を善意で譲ってもらい、少女は深々と礼をすると満足して去っていこうとしたのだが、


「あぁ、お待ち。若い娘がそんなに汚れてちゃ可哀そうじゃないか」


 親切な老婆はそう言って少女を家の中に招き、すっかり乱れた金髪を洗って櫛を入れ、ふんわりと仕立ててくれた。


「わぁ、おねーちゃん可愛くなったねぇ」


 店を出る頃には少女は小綺麗にめかしこんだ格好になっており、妖精に褒められた本人は店を出る頃にはすっかり上機嫌だ。

 そうしていくらか元気を取り戻したが、連日の逃避行で少女は疲れている。

 身だしなみを整えたので目立ってしまうことも無いだろう、とのことで二人は王国に入ってはじめてまともな宿を取ることになった。


「そういえばイクトさん、お金は持ってるの?」


「少しは……それ、リズの服を引っぺがす前に聞くべきじゃない? まけてもらったからいいけど、服の代金のこと考えなかったの」


 王国を旅する時のために少年は荷物の中に旅費を仕込んでおいたらしい。

 魔界には通貨制が無いため、彼が持つ金子はすべて倒した人間から奪ったものだ。

 勿論少女は当てにならないので、彼が二人分の宿代を払うことになる。そんな事情から選ぶのは極力安そうな宿だ。

 ただ、この町は街路にそれらしい建物は見られない。

 それほど大きな町ではなかったが木組みの建物群はどれも小洒落ていて、少年が思うような寂れた安宿は見られなかった。

 少女は店を眺めているだけで楽しかったが、隣を歩く少年はなぜか訝しそうに町を見回している。


「……? あぁ、何が気になるって?」


 気付いた少女が筆談で訊ねた。

 兵士も去っていき、どこか安穏とした町人たちの中でも彼の表情は警戒感に満ちている。

 そもそもこの平和な光景そのものに、違和感を感じているように。


「いや、治安が良すぎると思って」


「?」


 少女はきょろりと首を傾げた。「良かったらいけないんですか?」という意味だろう。

 妖精も同じ反応なので、王国の知識については完全に少年が頼りだった。

 魔界暮らしの彼も「僕もそこまで詳しいわけじゃない」と前置いたが。


「西方領は魔界に面した地方だから、魔界と喧嘩していたい王国にとっては国防の要衝だ。だからこの地方の人たちは大抵必要以上に魔界に怯えているし、国境砦の維持に金を使うから、税の取り立ても厳しい。皆そんなに羽振りがいいわけでもないし、町には税金逃れの逃亡を防ぐための兵士がいて物騒……な筈だったんだけど」


 砦からの追手らしい兵士が去ると町には鎧姿が完全に消えた。

 そろそろ日が傾いてきたが辺りは明るい談笑が絶えない。少なくとも町人たちは彼が言うような不安を感じているようには見えなかった。

 そもそも先は町人の女たちが少女を庇ってくれていたし、それに対して咎めも無かったので兵士の権力もそれほどではないらしい。

 奇妙に思いながら歩いているうちに、二人はようやく手頃な宿を見つけた。

 あまり多くない路地の一つで、木材も古ぼけた風情の建物に少年は迷いなく入っていく。

 色とりどりの瓶が置かれたカウンターにはくたびれた格好の中年男がいて、似たような年頃の男女が脇に設けられた席で酒を飲んでいた。

 カウンターの脇には階段があり、二階にはきちんと部屋があるらしいので一応宿のようだが、一階は酒場のような風情だ。

 小綺麗だった表通りとはうって変わって俗っぽい雰囲気は、活気のあった獣族の集落とも少し空気が違う。

 近づきにくそうな少女を他所に、黒衣を返してもらった少年はずかずかと上がりこんでいった。


「部屋は空いているか」


 柄は悪いが強面というほどでもない彼らは、黒衣に姿を隠した物騒な客に気圧されてぎょっと身を縮めた。


「へ、へぇ……ウチは一人部屋だけですが、それでもよろしいので?」


「いい、寝るのはこのコだけだ。僕は床で寝る……いくらだ」


 少年は少し声を低く、相手を威圧するように話している。

 彼曰くこういう店で主人になめられると料金を吹っかけられるのだそうだ。

 顔と一緒に仮面を隠しているのでそうと気づかれることは無いが、それでも黒騎士の姿は常人を威圧するには十分な迫力がある。


「ど、銅貨十枚で……」


「何、銅貨十枚?」


 いくらか怯え調子の主人は、定価より硬貨を二枚だけ吹っかけてみた。

 この男、普段ならまず倍額から交渉を始めるが、相手が外套の下に剣を持っていることに気づいてやめたのだ。この辺りは商人のやり方だが、客が少し訝しそうな声を出したので少し後悔した。

 ただ、少年の驚きの理由は店主の予想とは逆だ。


「……この辺りにしては随分安い」


 呟きと共に特に抵抗もなく代金がカウンターに置かれた。

 客の反応に安心した店主はほっと息を吐き、こちらもすんなりと部屋の鍵を差し出す。

 それからもてなしのつもりか、頼んでもいないのに麦酒を注いで少年に、少女には未成年とみて絞った果実を出してくれた。


「確かにここらじゃ一番だがウチを安いとは旦那、いったいどこから来なすった? 長旅かい」


「………」


 少年は答えない。

 麦酒を一息で呷ると、黙って主人に背を向け階段に向かった。

 少女は後を追おうか迷ったが、主人と話したい思いもあった。

 なので急いで頼んでみると、


「……王国にいる間は僕の名前は出さないで。あと、店から出ないこと」


 それだけ条件を付けて許し、少年はさっさと部屋へ引っ込んでしまったのだ。


「あれ嬢ちゃんのお連れかい? おっかないあんちゃんだな」


 店主の言葉に苦笑しながらも、少女は庇護者の様子について考える。

 少年は人里に入ったあたりから言葉少なになっていた。

 服を選んでいる間も店の外に出て誰とも話したがらなかった。

 元々愛想のいい性格でもないが、少なくとも獣族の里では隣人と話す場面も見た。なので全く社交性が無いわけでもない筈だ。

 どうしてか知れないが、やむを得ない場合を除いて人間と話したくないらしい。

 少女は首を傾げながらもカウンターの前にある席に着き、主人に礼をして甘酸っぱい果汁をちるちると啜った。それから先の言葉について聞いてみたのだ。

 彼が物価の安さに驚いたこと。治安の良さを気にしていたこと。

 この地に住む酒場の主人は、当然の如く少年よりも詳細に訳を知っていた。


「あぁ……あの兄ちゃんの情報は先王の時代のものだな。先王様は軍国派だったから、何かにつけて軍や城、砦のために金を使いたがった。だが先王様が身罷られて、今の女王様が立ってから状況は変わったのさ」


 女王が立ったのが半年前だというのは少女も知っていた。

 だが、具体的にどう変わったというのかはわからない。

 なので細かいところを聞いてみると、店主の男は盛り上がってきたのか早口になる。


「ここいらは魔界に近いからな。ちょっと前までは税金取りの兵士や役人どもがそこいらを歩き回ってたし、何かにつけて魔界や『魔物』をダシに金を脅し取っていきやがった。まぁ、そのせいで金があるやつは大体他の領地に行っちまったから食い扶持は減るけどよ。一緒に働き手も減っちまって農民は人手不足で商人も客がいねえ。この町も寂れていくだけだと思ったんだがな」


 新女王は軍拡一辺倒だった父王とは違い、国民生活に重点を置いたという。

 そのおかげで西方領の町は軒並み助かった、と店主は嬉々として語っていた。


「税が安くなったのは勿論だがな。この先に魔物を食い止めるための砦を作って、有事の際には民たちを匿ってくれるって触れ回って、人を呼び戻してくれたのさ。勇者様と一緒にな」


 勇者の名を聞いて少女は身を乗り出した。

 黒騎士が求めるものであり、二人の旅の目的の一つだ。

 思わぬところでその名が出てきたので驚いたが、ここで情報を得られるなら願ってもない幸運だ。

 逸るままメモ帳に会ってみたいと走り書き、行方について訊ねてみた。


「会ってみたい? お前さん勇者様の追っかけかい。それは少しばかり難しいぞ、勇者様は王宮にいらっしゃるからな……少しマシにはなったがあの辺りは検問だらけだし、通ろうとすると身分の検めがかなり煩わしい。金もかかる」


 検問と聞いてきょろと首を傾げる少女を見て、店主は少し訝しそうな顔をした。


「そりゃあ厳戒態勢さ。魔界の黒騎士が勇者様を狙っているんだから。先王様が殺されて、まだ一年も経ってない」


 殺された、と聞いて少女はぎょっとした。

 一国の王が誰かに殺害されるなどあり得るのだろうか。

 それも王国は人間全体の統一国家だ。直接敵となる者などいる筈もないのに、と。


「……情報がそれだけ古いって事はまさか嬢ちゃん、先王様がお隠れになった事も知らなかったのかい?」


 頷く若い客に、店主の男は「あぁ」と合点がいったように呟いた。

 彼らにとって先王は辛い生活の象徴だったから、それほど惜しんだ様子も悔しがる風でもない。民に人気のない為政者の扱いなどこんなものだ。

 ただ、それでも国で一番守りが固い筈の国王に災難が降りかかった。その事実に国民たちは確かな不安と恐れを抱いた。

 そんな事態をもたらした恐怖の存在のことも、勿論。


「……てことはお嬢ちゃん、黒騎士のことも詳しく知らないのかい」


 話を聞いてみれば、彼が人間と話したがらないのも頷ける。

 この時はじめて、少女は自分の庇護者が王国の人々にとってどれほど恐ろしい存在かを知ったのだ。




大体週に一回の投稿です。

ご愛読ありがとうございます。

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