21 アンリミテッド
ケインとサラは地球環境型ステージから帰還した。
セント・トーマス病院のコクーン室を出てサラのオフィスに戻ると、ジェイミーが応接ソファにぐったりと沈み込んでいた。
「お疲れ、ジェイミー」ケインは手を上げた。
「連盟の議員になんて会うもんじゃないよ」
ジェイミーは疲労困憊した顔でぼやいた。
「消耗マックスだ」
ジェイミーはケインとサラにマックスウエル査問委員とのやりとりを伝え、最後に言った。
「次のバトルはタッグマッチだ。それも、アンリミテッドで」
「何かしら? アンリミテッドって」
怪訝そうな顔でサラは訊いた。
「非合法の地下バトル」
ジェイミーは視線を落とし、声を絞り出した。
「ブレイン・ギア同士の……デスマッチだ」
サラは驚いて口を押さえた。
「なんですって!」
「すまない、ケイン」
ジェイミーは向かい合ったケインとサラに、暗い顔で言った。
「マックスウエルの条件を、吞まざるを得なかった」
「気にするなジェイミー。ライセンス没収よりはましだ」
ジェイミーは少しだけ表情をゆるめた。
「ケインのタッグパートナーは連盟直属のギアだ。連盟が動けば、相手を強力に牽制できるとマックスウエルは考えている。しかし、そんなまともな相手とは思えないが……」
ジェイミーはケインとタッグを組むアッシュのことはまだ知らない。
ケインは隣のサラを見たが、サラは深刻な顔で黙りこくっている。
あの白いギア、アッシュ・ガールの出場するバトルが、非合法のデスマッチだとは聞かされていなかったらしい。
「問題は相手がまた『未知』の攻撃を仕掛けることだ」ジェイミーは言った。
サラが顔を上げ、ジェイミーを見た。
「『知覚攻撃』なら、ある程度のプロテクトは可能よ」
ジェイミーは不審そうに眼を細めた。
「なぜ《《それ》》を知っているんだ? サラ?」
「連盟から依頼が来たわ。花火の光パターンの解析よ。あれは確かに知覚への攻撃ね」
サラはケインとジェイミーに言った。
「知覚に働きかけるパターンは確認できた。今は破壊衝動を解放するトリガーがどこにあるか、脳の中の領域特定を進めているわ」
「それは、わかったのか?」ケインは言った。
「ノーコメント。箝口令が敷かれているの」
そう言いながら、サラは小さくうなずいた。
「この発見が悪用されたら大変なことになるわ」
「もう、されたけどね」ジェイミーが皮肉っぽく言った。
「ごく限定的にね。多分、相手もまだ使いこなせていないわ」
「それにしてもどこの研究機関がそんな重大な発見をしたんだ」ケインは訊いた。
「個人よ」サラは答えた。
「え?」
「ある論文で推論されていたの。それも20年も前に。その理論に、やっと現代のテクノロジーが追いついたのね」
ジェイミーは小さくつぶやいた。
「……本当だったのか」
「執筆した科学者は、カイル・ローゼンタール」
サラは特別な人のように、その名前を呼んだ。
「彼はブレイン・ギアの育ての親、と言える人物よ」
「それは、開発者ってこと?」ジェイミーが訊く。
「そう。彼はマイス社の創立メンバーの一人であり、ブレイン・ギアの重要な初期開発者よ」
ケインとジェイミーは顔を見合わせた。
ケインはブレイン・バトラーであり、ジェイミーはビジネスとして関わっている。
システム開発の歴史に詳しい訳ではない。
「ブレイン・ギア・システムは簡単にできたわけじゃないのよ」
雰囲気を察したサラは、急に先生のような顔になった。
「ブレイン・バトルがブレイン・ギア・システム、つまりブレイン・テクノロジーの一部であることはわかっているわよね? 実際には脳医学、宇宙や深海等の極地探査、もちろん軍事にも応用されているわ」
「わかっている。俺は実際にブレイン・ギアを使って、妹のミオの記憶領域を探査している」
「そうだったわね」
サラは小さく息をつくと、改まった口調になって言った。
「カイル・ローゼンタール、彼がいなかったら、現在のブレイン・ギアは存在しなかったわ」
「そんなに重要な研究者だったのか?」ジェイミーが言った。
「基礎研究の分野で多大な功績があるわ。特に仮想装置のイメージ構築システムはほとんど彼一人で造り上げたの」
きょとんとしているケインとジェイミーを見て、サラはもどかしげに言った。
「あなた、一人で宇宙船のすべての機器を設計できる?」
ケインとジェイミーは首を振った。
「当然よね。でも、彼はそれを可能に、いえ、それ以上のことを成し遂げた」
サラは賞賛の眼差しを宙に向けた。
「天才中の天才だわ」
「その《《超》》天才様は、今はどうしているんだ?」ケインは訊いた。
サラは急に口をつぐんだ。
「どうしたの?」ジェイミーが訊いた。
「失踪したわ……十年以上前に」
「失踪?」
「突然にね。今でも、行方不明よ」
「どうして? なぜ?」
「理由はわからない」
「事件、なのか?」ケインは声を低くした。
サラはゆっくりと首を振った。
「いろいろな噂がある。それだけで枕になるくらいの本が書けるわ」
ジェイミーは理解できないという表情でサラを見た。
「そんな重要人物が失踪って大問題だろ。マイス社は探さなかったのか?」
「マイス社は動かなかった。それだけじゃなく……」
サラは声を潜めた。
「マイス社の中で、彼の名前を出すことはタブーなのよ」
ジェイミーはがしがしと頭をかいた。
「わからないな。そんな天才科学者がなぜタブーなんだ?」
「それを調べようとすれば、マイス社から敵性人物と見なされるわね」
「脅かすなよ」
ジェイミーは首をすくめた。
「そんなにナーバスな問題なのか」
「シリアスな問題よ」
サラは長い金髪をかきあげた。
「ブレイン・ギア・システムの様々な特許権が絡んでいるの。マイス社が独占している特許を、その開発者が現れて所有権訴訟を起こしたらどうなると思う?」
ジェイミーは眼を見開いた。
「それは……凄いことになるな」
「じゃぁ『先生』というのはその、カイル・ローゼンタールなのか?」
ケインはサラに向って言った。
「ロシアチームの黒い子供達は『知覚攻撃』を使った。『先生』は自分の理論を実用化し、ブレイン・バトルの中で実際に試したんじゃないのか?」
「そうかしら? 何か短絡的ね」
サラは考えながら言った。
「黒い子供達は明らかにマインド・コントロールされていたわ。でもあのカイル・ローゼンタールが子供を洗脳してまで利用するとは思えない」
ケインはソファに深く座り、天井を見上げた。
「俺もそう思う。なんとなくだが」
「なんとなく?」
ジェイミーは呆れたように声を上げた。
「二人とも何を言っているんだ? 会ったこともないんだろう?」
「そうそう、カイルは日本にいたこともあるのよ」
サラはケインをじっと見ながら言った。
「ラボ・タワーの研究者として」
ケインは少し驚いた。意外な接点がある。
妹のミオがずっと入院しているのは、そのラボ・タワーのある総合医療施設なのだ。
「なに、ラボ・タワーって?」ジェイミーが訊く。
「日本の研究施設よ。ブレイン・テクノロジー創発の地であり、現在でも最先端の研究が行われているわ。まぁ一種の聖域ね、謎も多いから。でも!」
サラは、賞賛するように声を上げた。
「そこにカイルは招聘されたの。しかも20代の若さでよ!」
ケインとジェイミーはきょとんとして言った。
「それってすごいの?」
「なんですって!」
サラは叫んで立ち上がり、手を振り回した。
「あそこに招かれた科学者は世界で数人しかいないのよ。どれほどそれが」
「ケイン!」
ジェイミーが真剣な顔でケインを見る。
「それよりバトルだ。早急にアンリミテッドの対策を立てなければ」
「ちょっと人の話しを!」
「サラ、天才の話は、また今度」ケインは言った。
「もう!」
サラはふくれ、ソファの上にボン! とお尻を落とした。
ジェイミーはソファから身を乗り出して言った。
「ケイン、君はアンリミテッドについてどれくらい知っているんだ?」
「生きるか死ぬかの戦いだ」
「言葉だけで理解していないか?」
ジェイミーは声に力を込めた。
「仮想空間の中でも過剰な攻撃を受けたら現実に脳神経をやられてしまう。アンリミテッドで叩きのめされ、植物人間になったバトラーもいるんだ」
「管制室は回収しないのか?」
「するわけがない。顧客は敗者が徹底的に痛めつけられるのを見に来ているんだ。主催者側は何もしない」
ジェイミーは呻いた。
「これは現代の闘技場なんだ。戦いは終わらない。どちらかが死ぬまで」
じっと聞いていたサラが、ブルっと肩を震わせた。
「ひどい話ね」
「僕はそんな冷静ではいられないよ」
ジェイミーは唇を噛み、拳を握りしめた。
「すまない、ケイン。やはり僕はとんでもない取引をしてしまった」
「言っただろう、ジェイミー。ライセンス剥奪よりはいい。それにバトルならチャンスはある。つまり、勝てばいいんだ」
ジェイミーは眼をしばたいた。
「ケイン、君が羨ましいよ。その自信はどこから来るんだ?」
「自信……なんかじゃない」
ケインは自分の掌に視線を落とした。
「今までバトルでどんなに追い詰められても対応できた。絶体絶命の状況でも必死に切り抜けて来た。自慢じゃない。まるで過去にそんな体験をしてきたように思えるんだ」
「バトラーとして最高の資質ね。でもバトルの勝敗は連盟にとって重要ではないはずよ」
サラの言葉に、ジェイミーはむっとして言った。
「どうして? ケインの命がかかっているんだよ」
「そうじゃないわ。どういう形であれ相手側が接触して来たのよ。連盟が、いえ、マックスウエル委員が勝敗にこだわったり、情報を収集するだけとは思えないわ」
ジェイミーは巨漢の老人の顔を思い浮かべた。
「確かに、マックスウエルなら一気に潰しにかかるかもしれない」
「俺だったら潰したりはしない」
「どうして、ケイン?」
「俺なら、相手の持っているその知覚攻撃プログラムを手に入れる」
「……そうか」
ジェイミーは腕を組み、考えこんだ。
「確かに敵対組織の切り札を逆に手に入れれば連盟から高く評価される。いや、場合によってはその『知覚ウイルス』を武器に連盟とだって渡り合える」
サラは金髪を揺らして首を振った。
「マックスウェルは現実主義者よ。そんな愚かなことはしないわ」
「あの老人はまだ上を狙っている。充分に強欲だよ」
ジェイミーは顔をしかめた。
「とにかく、これではっきりした」
「どういうこと?」
「いいように利用されるなってこと」
ジェイミーは吹っ切れたように勢い良くソファから立ち上がった。
「アンリミテッドは一週間後だ。僕も打てる限りの手を打つ!」
「頼むよ、ジェイミー。とりあえず、来月までは生きていたい」
サラは顔を曇らせた。
「ケイン、何をいっているの? 悪い冗談はやめてちょうだい」
「日本に帰るんだよ、サラ。久しぶりに妹に会える」
「一緒に行く!」
ジェイミーは即座に叫んだ。
「僕も会いたい! 会わせてくれ!」
「人気の眠り姫ね。でもその前に、もうひとりの姫に会いにいきましょう」
「アッシュか?」ケインは笑った。
「そう、アッシュ」
事情を知らないジェイミーが口を尖らせた。
「誰なの、それ?」
ケインはソファから立ち上がった。
「アンリミテッドの、タッグパートナーだ」




