第17話 予測通り
四月の朝、修一は自分の予定表を開いて、すぐ閉じた。
今日、なし。
明日もなし。
来週に本人照合が一件。
「働いてないな」
台所にいたハルが振り向いた。
「今週の東央生活システム関連業務は、現時点で一件です」
「確認しなくていいよ」
「確認ではなく回答です」
「そういうところは変わらないな」
「何がですか」
「いい」
修一は椅子に座った。
卓上には別の通知が出ている。
HV-TAKASE 利用状況更新。
商品開発。
教育。
都市計画。
研究。
その他。
本人へ仕事が来ていない間にも、利用件数は増えていた。
「こっちは働いてる」
「HV-TAKASE のことですか」
「うん」
「利用は継続しています」
「俺より忙しいな」
「比較条件を指定してください」
「しなくていい」
ハルが味噌汁を置いた。
修一は一口飲んだ。
今日は薄くない。
向かいでは美咲が勤務予定を見ていた。
「今日、病院?」
「午後から」
「最近多くない?」
「週三回」
「結構行ってるじゃん」
「あなたが行ってなさすぎるの」
「俺は行く仕事がないんだよ」
「知ってる」
美咲は予定を一つ開いた。
Human Care 配分運用会議。
「まだやってるの、それ」
「やってるよ」
「制度決まったんじゃなかったっけ」
「決まったところもある」
「決まってないところも?」
「ある」
「大変だな」
「仕事だから」
それで話は終わった。
廊下から足音がして、悠真が入ってきた。
髪が少し伸びていた。
高校の制服ではない。それだけで、まだ少し見慣れない。
「何時出る?」
修一が聞いた。
「十時半くらい」
「列車は?」
「十一時十二分」
「予約してる?」
「してる」
「じゃあいいか」
悠真が座る。
ハルが朝食を置いた。
卓上の端に、悠真の大学用の認証画面が一瞬出た。
四月から進む課程の名前がある。
AI、材料、エネルギー。
高校三年の春から、進学支援AI がずっと第一候補に出していたところだった。
悠真自身もそこを選んだ。
修一は画面を見た。
「準備、終わった?」
「だいたい」
「だいたいで大丈夫?」
「足りなかったら向こうで買う」
「そう」
それ以上は聞かなかった。
悠真が味噌汁を飲んだ。
「何」
「何が」
「いや」
「見てたじゃん」
「見てないよ」
「見てた」
「親だから見るくらいいいだろ」
「またそれ?」
「大学行っても親は親だよ」
「分かってる」
悠真は卵を食べた。
修一も鮭に箸をつけた。
卓上で着信音が鳴った。
和江だった。
「朝から珍しいな」
修一が開くと、母の顔ではなく庭が映った。
「何これ」
『見える?』
「何が」
『向こう』
映像が少し動いた。
庭の先。
以前は草地と雑木林が見えていた場所に、新しい設備が立っている。
低い建物。
その向こうに蓄電設備。
さらに遠くでは工事用の車両が動いていた。
「進んだな」
『進んでるよ』
「うるさくない?」
『今はそうでもない』
「水とか大丈夫?」
『今日は出てる』
「今日はって」
『止まってないって意味』
「紛らわしいな」
画面の端からケイが入ってきた。
「和江さん。庭作業の継続時間が設定値を超えています」
『分かってる』
「休憩を推奨します」
『今する』
和江がカメラを自分へ戻した。
「ケイ元気?」
『機械に元気とかあるの?』
「ないの?」
画面の向こうでケイが答えた。
「現在、動作異常はありません」
「元気じゃん」
『そういうことにしとけば』
和江は縁側へ座った。
庭は残っていた。
植木も、小さな菜園もある。
その向こうだけが、一年前とは違っている。
「家、邪魔になってない?」
『誰に』
「工事」
『道、曲がったでしょ』
「そうだけど」
『じゃあいいじゃない』
「まあね」
和江が画面の外へ手を伸ばした。
ケイが湯飲みを渡す。
『そっちは今日どこか行くの?』
「悠真の大学の方」
『ああ』
悠真が顔を上げた。
「ばあちゃん」
『何』
「今度行く」
『好きな時に来れば』
「うん」
『じゃあ切るよ』
「そっちからかけてきたんだろ」
『見せたかっただけだから』
通信が切れた。
修一は消えた画面を見た。
「自由だな」
美咲が言った。
「誰に似たんだろうね」
「俺じゃないと思う」
悠真が言った。
「ばあちゃんじゃない?」
「本人じゃん」
美咲が笑った。
ハルだけが食器を片づけていた。
修一は残っていた味噌汁を飲んだ。
*
家を出た時には、春の陽がだいぶ高くなっていた。
岡村の坂を下りる。
悠真は先に歩いている。
修一は少し後ろだった。
「荷物、それだけ?」
「うん」
「忘れてない?」
「たぶん」
「確認した?」
「した」
「AI で?」
「うん」
「なら大丈夫か」
駅までの移動はいつも通りだった。
バスの時刻は自動で調整され、乗り換えも端末に出ている。
修一は最初の案をそのまま使った。
途中で一度、別経路の方が三分早いと出たが、変えなかった。
三分ならどうでもよかった。
駅に着く。
人は多かった。
四月なので学生らしい若者も目立つ。
大きな荷物を持っている者もいる。
ホームへ下りると、悠真の端末に座席案内が出た。
11:12
予約済み。
2人分。
「俺の分もちゃんとある?」
「ある」
「窓側?」
「父さん通路側」
「何で」
「トイレ行くでしょ」
「そんな行かないよ」
「行くじゃん」
「一時間に一回も行かない」
「じゃあいいじゃん」
「何が」
案内表示が変わった。
列車接近。
ホームの人が少し前へ動く。
修一も立ち位置を変えた。
列車が入ってきた。
速度を落とし、止まる。
ドアが開いた。
前の客が乗る。
修一も動きかけた。
悠真が動かなかった。
「どうした?」
「一本遅らせる」
「なんで?」
「なんとなく」
修一は悠真を見た。
悠真はホームに立ったままだった。
それ以上、何も言わない。
発車案内が鳴る。
「乗らないの?」
「うん」
「そう」
二人の前でドアが閉じた。
列車が動く。
ホームからゆっくり離れ、そのまま見えなくなった。
少し静かになった。
悠真の端末が震えた。
「何?」
「予約」
悠真が表示を開く。
修一も横から見た。
予定変更を予測済み。
次便へ座席予約を変更しました。
選択予測確率72.4%。
悠真はしばらく表示を見ていた。
「当たってた」
「そう」
「ダメ?」
「別に」
悠真が画面を閉じた。
次の列車までは少し時間があった。
修一は案内板を見る。
「何分?」
「二十七分」
「結構あるな」
「父さん腹減った?」
「まだ十一時だぞ」
「聞いただけ」
修一は少し考えた。
「減った」
「早いじゃん」
「朝六時台に食ってるからな」
「七時前だった?」
「そのくらい」
二人は売店へ向かった。
*
駅の売店は、昔のコンビニと弁当店を合わせたような造りだった。
飲み物。
菓子。
旅行用品。
その奥に弁当が並んでいる。
修一は最初に目についたものを取ろうとして、隣の棚で手を止めた。
表示がある。
MADE BY HUMAN 86%
2100円。
「高いな」
悠真が横から見た。
「まあ、人間製だから」
「弁当で二千百円?」
「前もパン九百八十円で買ってたじゃん」
「あれ買ったの母さんだよ」
「父さんも食べたでしょ」
「食べたけど」
弁当の写真はうまそうだった。
焼き魚。
煮物。
卵焼き。
盛り付けも一つずつ少し違う。
その隣に、よく似た内容の弁当があった。
完全自動製造。
700円。
修一はそちらを取った。
二つ。
悠真が見た。
「そっち?」
「うまけりゃいいだろ」
「人間変数なのに?」
「関係ないだろ」
「MADE BY HUMAN じゃなくていいの」
「弁当だぞ」
「パンの時もそうだったじゃん」
「今日は俺が払う」
「そこ?」
「大事だよ」
会計へ置く。
認証。
支払い完了。
二人はホーム近くの待合スペースへ戻った。
修一が一つ渡す。
蓋を開けた。
まだ温かい。
焼き魚。
卵。
野菜。
小さな揚げ物。
「七百円なら十分だな」
「まだ食べてないじゃん」
「見た感じ」
「父さん、それで金もらってたよね」
「昔な」
「今も契約してるでしょ」
「モデルがやってる」
修一は魚を食べた。
普通にうまい。
悠真も一口食べる。
次に卵。
「普通にうまいな」
「だろ」
「父さん作ってないじゃん」
「俺が選んだ」
「それだけ?」
「十分だろ」
悠真が少し笑った。
修一も食べた。
向こうの席では、旅行客らしい二人が別の弁当を開けていた。
さっきのMADE BY HUMAN 86%。
食べる前に、表示と弁当を一緒に撮っている。
「八六も入るようにして」
「入ってる?」
「もうちょっと右」
何枚か撮ったあと、二人は箸をつけた。
「おいしい」
「ほんと?」
「食べてみて」
楽しそうだった。
修一は自分の七百円の弁当へ戻った。
こちらもうまい。
悠真はもう半分以上食べている。
「早くない?」
「父さんが遅い」
「味わってるんだよ」
「自動製造を?」
「うまけりゃ味わうだろ」
悠真がまた笑った。
ホームの案内が更新された。
次の列車まで十二分。
修一は残った米を食べた。
食べ終わった容器を回収口へ入れると、そのまま分別されて奥へ消えた。
悠真も捨てる。
「大学、楽しみ?」
修一が聞いた。
「まあ」
「まあ?」
「楽しみ」
「最初からそう言えよ」
「何で」
「親が安心するから」
「知らないよ」
「少しくらい気を使え」
「父さんも?」
「俺は使ってるよ」
「どこで」
「いろいろ」
悠真は答えなかった。
案内表示を見た。
次の列車が入線する時刻が近づいている。
「行く」
悠真が立った。
「もう?」
「来るよ」
修一も立った。
二人でホームへ向かう。
歩き出したところで、悠真の端末がまた震えた。
悠真が画面を開く。
歩きながら読む。
修一は見なかった。
ホームへ出る。
風が少しあった。
列車接近の表示が出る。
やがて先頭が見えた。
列車が入ってくる。
止まる。
ドアが開いた。
悠真が乗った。
修一も乗った。
MADE BY HUMAN 51%




