第18話 楠本はエンディングに固執する
そして2人は自転車に乗り、笑いながらこぎ出す。東からの追い風でペダルが軽い。
「ところで腐ったヨーグルトと言えば部長ゾンビだよな」
「なにそれ?」
「部長ゾンビを倒したあと、タイムカードの腹いせに腐ったヨーグルトを掛けたんだ…そうだ、課長に腹話術で声掛けてよ。もうすぐ帰るって」
「オッケー…はい完了」
「ありがとう。服屋はもういいや」
「お腹も空いてきたしね」
「バナナ食べる?」
「うーん、やめとく」
やがて楠本の家に戻る。マンションの前に、軽自動車が止まっている。窓には遮光シートがつけられていて中は見えない。朝にはなかった車だ。
「課長の車じゃないか?」
「だよね。ちょっと腹話術で話しかけてみる」
少しして、車の遮光シートの隙間から人の目が見えた。
蔵五がつぶやく。
「課長だな。おーい。ストロングとサバ缶泥棒ー!」
ドアが開き、大鳥が出てくる。長身の細マッチョ。笑顔で手を振り近づいてくる。
「おう、お前たち。無事でよかった」
「課長も元気そうじゃん」
「まあな」
楠本が笑顔で言う。
「じゃあ、3人そろった所でご飯でも食べましょうか」
三人で騒がしく楠本の部屋に入る。
「課長、バナナと青汁があるけど」
「いいな。ありがたくいただくよ」
「ふたりとも、レトルトカレーで良い?」
「「はーい」」
楠本が鍋にレトルトカレーとパックご飯を放り込み、お湯を沸かし始める。そして、キッチンから部屋に戻る。三人でテーブルを囲む。
「で、課長は何してたの?」
「俺はだな、車に隠れて色々移動していた。蔵五の部屋にも行ったんだが、すれ違いだったな」
「そうそう、勝手にサバ缶とか食べるし」
「すまんな。レーションを車に積んでる。あとで食べさせてやるから許してくれ」
「レーション?」
「戦闘糧食だ。自衛隊の保存食だな」
「へえー。さすが元自衛官」
「あと、お前たちに衣類やら生活用品を取ってきてるから、それも後で渡すな」
「さすが課長。まめだわ」
「もう課長じゃないけどな。そういえば昨日の夜、お前の家にいたらウサギ人間がやってきた」
蔵五と楠本が目を見合わせる。
「すぐに出ていったけどな」
「ちょ、ちょっと課長、待ってくれ。質問なんだけど、それって顔が白ウサギ?」
「うん、そうだ。お前もあったことあるのか」
「うわぁ。お腹に刺しキズがあった?」
「ええと、なかったと思うけど、覚えていない」
「楠本分析してくれ」
「うん」
楠本が少し考え言う。
「…お腹の傷がないと言うことは別個体の可能性がある。でも、ゴリマッチョゾンビみたいに、HP回復型の可能性もある」
「賛成。続けてくれ」
「次に、ピンポイントで村田さんの部屋にやってきた件。予め村田さんの部屋を知っていた可能性がある。前にこっそりと観察していたとかね」
「そうだな」
ここで大鳥が口を挟む。
「お前たち、いつもの事だが頭がいいな。俺には何を言ってるかさっぱりだ」
大鳥は続ける。
「あと、うさぎの件だが、お前たちの名前を叫んでた。俺の名前も知ってたから驚いたな。そんで出社しろって言ってた。部長みたいだったな。そうそう、蔵五の家の前に部長のゾンビの死体があったけど、頭をかじられていた。何か関係あるかな」
楠本がハッとする。
「村田さん、確かホームセンターに頭がかじられたゾンビがいたとか」
「そうだな。ウサギゾンビは人の頭をかじって、人格とか記憶を取り込むんじゃ…」
大鳥が立ち上がり、キッチンからレトルトご飯とカレーを持ってくる。
「まあ、カレーでも食おう」
「そうね。紙皿と使い捨てスプーンがあるから待ってて」
そして3人で手を合わせる。
「「「…いただきます」」」
食べながら蔵五が言う。
「リリース。ほい課長、バナナ。楠本はいる?」
「じゃあ、もらうわ」
大鳥が言う。
「蔵五は物を取り出す力だな。楠本は遠くの人に話しかける力か。おれは看破だ」
「看破?」
「相手の名前がわかる。ゾンビを看破したら、名前が分かる。何の役に立たんがな。ウサギにも看破したが、なんか変だった」
「え!?課長、詳しく」
「ええと、じゃあ看破、看破⋯ほれ、村田蔵五、楠本稲穂って出た。ああ、お前らには見えないのか。俺にはスマホ画面みたいなのが見える」
蔵五が言う。
「鑑定スキルだ。課長、レベルアップはした?」
「レベルアップ?いや、よく分からん」
「ゾンビを倒すとスキルが強化されるんだよ。すげえ、楠本のギャグスキルとはえらい違いだ。レベルアップしたら楠本のギャグスキルなんかクソだよ。課長、すごい」
「うん?そうか」
「で、ウサギのステータスはどうだった?」
「ステータス?いや、なんか記号が出てきて、まとも看破できなかったんだが」
蔵五と楠本が顔を見合わせる。
「楠本、うさぎって、いわゆるバグキャラなんじゃないか?」
「賛成」
大鳥が言う。
「まあとりあえず、これからどうするかだな。まずは当面の食料と安全の確保だろう。最優先して生き残る手段を確立する。野菜を植えたり、狩猟したりだ。文明社会に近づけていかないと。お前たちはどう思う?」
「ごめん、反対。私の意見としてはエンディングを最優先としたい」
大鳥が首をかしげる。
「エンディング?なんだそれ」
「私と村田さんの立てた仮定なんだけど、この世界は神の箱庭みたいな物なんじゃないかって。私たちを演者にして神がゲームみたいに楽しんでいるのよ。根拠としては、とにかく世界が雑。少年ゾンビと会話したら設定がとにかく雑だったし、ゾンビの人数も少ないし、火災も起きてないし。そもそもスキルって時点でゲームみたいに遊んでるでしょ?ふざけるのは村田さんの顔だけにしてほしいわよ。だから、サバイバルとかよりもエンディングを目指してストーリーを進めないと。いい?」
「正直、よく分からん…お前たちに全部任せた方がよさそうだな」
3人はカレーを食べ終える。
蔵五が青汁を3人分作り、皆で飲む。
大鳥が言う。
「じゃあ、明るい話をしようか。そうだ、お前達は元の世界に戻ったら何をしたいんだ?」
「俺は特に何もないかな、しばらくニートする」
「私はまあ、趣味とか、おいしいパン食べたいとか」
「ふーん。俺はトラック運転手になろうかと思っている。自衛隊の時に大型免許は取ってるからな。日本各地を回って、きれいな景色をみたり、おいしい食べ物を食べたりするんだ」
「課長…仕事の話はやめてよ。落ち込むわ」
「マジそれ。空気読めよ」
大鳥が苦笑する。
「すまんな。しかし、お前たちくらい優秀なら、それこそどんな仕事でもできそうなんだがな」
「コミュニケーションスキルがマイナスの俺に一体どんな仕事ができると?仕事以前の問題だって」
「同じく!ニートが天職。前の会社も課長がいたから続けてただけだし」
「それな」
「仕方ない奴らだな…俺がお前らに紹介してやれる会社もないしなぁ。はあ。どうすっかなぁ」
楠本がにやりと笑う。
「じゃあ、私たちで会社を作りましょうよ」
「おっ!楠本ナイスアイデア」
「でしょ。とりあえず前の勤め先を労基に訴えて、未払いの給与を支払わせましょう。大丈夫、いざという時に備えて3人分の勤務時間のメモはとってる」
「さすが楠本!陰湿!陰険!性悪!」
「そんなに褒めないでよ。で、未払給与を分捕って当座の運転資金の足しにする。あと、ちなみに部長と村田さんのハラスメントも録音してまーす」
「え!?なに!?」
「村田さんはメモとかしてたの?」
「勝手に録音すんなよ。まあ、俺も勤務時間のメモは取ってる。自分の分だけだけどな。課長は?」
「いや、何もしてない…ていうか、俺はトラック運転手するって言ったよな。労基とかもややこしいし、なんで一緒に会社を作ることになっているんだ」
「オッケー。じゃあ運送会社にしましょう。ならいいでしょ?」
「決まりだな。課長は社長でいっとこう」
「お前らなあ。ていうか、お前らが勝手に起業したらいいだろ。俺を巻き込むなよ」
「俺は社長とかめんどくさいし」
「私も人に気を遣うとか嫌」
「…やれやれ。まあいいや、お前らが楽しいなら、今はそういう事にしておくか」
大鳥が笑う。
蔵五が楠本に言う。
「俺は法律の穴をついて利益を最大限にする作戦を立てる」
「私は業界を調べて5カ年計画を立てるかな。村田さんはそれに合わせて業務活動案を作ってよ。私も作るから擦り合わせましょ」
「オッケー、任せろ」
大鳥がふたりを穏やかに眺めて、言う。
「で、俺は何に何をしろって?」
「社長は好きにトラックを運転しとけばいいから。変に私たちに口を出されたら面倒くさいし。あ、でも営業とか外部窓口はやってもらわないと」
「それだな。俺とか楠本だと客と喧嘩しそうだし。あと社員の管理も嫌だ。嫌われまくる自信がある」
「はいはい、分かりました。仰せのままにいたしますよ」
「俺は平の役員でいいや。役員報酬だけ貰ってニートしとく」
「ずるい、私も」




