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異世界少年は異世界英雄に憧れる  作者: くさと たいら
第一章 辺境都市リヴリア
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006 天才


 

 気持ち良く晴れた日の昼前だった。

 あれから二日、ノーチェとルシェンは山麓の川沿いを北西へと進んでいた。

 三度目のゴブリンとの戦闘のあと、魔物の体から初心者とは思えない手つきで魔石を取り出したルシェンは、わかりやすく肩を落としていた。

「やっぱりダメね。いざとなると手が震えるの。解体の方は慣れたんだけど」 

 次はわたしも戦うわ、そう意気込んで挑んだ三度目の戦闘だった。結局は身が竦み何もできないままノーチェに任せるばかりとなった。

「珍しいよね、解体の方が臭いとか気持ち悪いだとか言って嫌がる人が多いんだけど」

「解体は罪悪感がないわ、だってもう死んでるんだもの」

「言い方……」

「あら、ノーチェは解体するとき罪悪感があるって言うの?」

「別に罪悪感はないけど……でも僕は感謝してるよ」

「失礼ね、まるでわたしが感謝してないみたいじゃない、わたしだって感謝してるわよ。命を無駄にしないための解体と命あるものからそれを奪うのとはやっぱり違うわ。この世界ではこんな事言ってちゃダメなのはわかってるけど……」

 そう言って再び大きなため息をついた。

「次こそわたしも戦うわ」

「まぁ無理しないでよ、ゴブリンくらい僕一人でなんとかなるから」

 ルシェンは首を振る。

「ゴブリンくらいなら、でしょ。もし他の一人では手に負えないくらい強い魔物が現れて、その時までわたしが役立たずのままだったら共倒れだわ」

「まぁそうだけど」

 口を尖らせるノーチェ。

 可憐な少女を魔物から護り抜く騎士の役も悪くないと思い始めていたところだ。少々口が悪いことを差し引いても、彼女はアデリおばさんの噂に違えず絵本に出てくる大聖女さまのように整った顔立ち。英雄譚に憧れを抱いてきた少年にとって、かっこいいところを見せたい気持ちを抑えるのは暴馬を御するより難しい。

「わたしのこと守ろうと頑張ってくれてたんでしょ? まあ、その点はかっこよかったわ」

「えっあっ、そ、そうかな」

 心の内を覗かれたようでノーチェは赤面する。

「でもいつまでもあなた任せじゃダメ。わたしも戦えるようにならないといけないわ」

「うんそうだね、でも無理しないで。本当にゴブリンとか牙豺狼(ファングウルフ)くらいなら囲まれたってなんてことないんだ。ただオークが出たら少し手こずるかもしれないけどね」

「やめてよもう、そういうのなんて言うか知ってる? “フラグ”っていうのよ」

「おおっ!」

「……何その顔」

「いや、本物の異世界人から”フラグ”をいただいたなと思って」

「バカじゃないの」

「ふふふっ、ねえそういえばさ」

「なによ」

 ノーチェはずっと聞こうと思っていたことをついに切り出した。

「僕のこと変態って言ったよね?」

「それがなによ」

「どうして僕のこと変態って言ったの?」

「ええっ……? あなたもしかして……自分が変態だって自覚がないの?」

 信じられない、と身を引いて哀れみの目を向ける少女。さも当然といった態度で言われると、ノーチェ自身ですら、ひょっとして僕は変態なのかも、などと考える。

 確かに転生者や英雄譚に関しては「詳しすぎて気持ち悪い」と言われたことはあったかも。

「いや待って、やっぱりわからないよ。変態ってどういうこと?」

「わたしわかるの、あなたが変態だってこと」

 仕方ないわね、と少女は腕まくりを始めると

「あなたそこに立って」

 と川縁を指差して言う。

「なんでさ」

「いいから」

 有無を言わさず少女の指示が飛ぶ。

「後ろを向いて」 

「ええっ……」

 戸惑いながらも背を向けて直立姿勢となったノーチェの背中に、ルシェンは右の手のひらをあてた。

「突き落としたりしないよね」

 すぐ前は川の流れ。この季節、雪解け混じりの水はまだ冷たく、悪ふざけで突き落とされたらたまったものではない。

「いいから黙ってて」

 触れられた少女の手のひらは温かく、意識しないようにと思えば思うほど背中はノーチェの意思に反して彼女の存在を過敏に感じ取ろうとする。

 もしかしてだけど、ちょっとエッチなこととかあるかもしれない、などとドギマギしていると、

「やっぱり〈変態〉じゃない、決定よ!」

 と少女の声。

「ちょっと何言ってるかぜんぜんわかんないんだけど、えっ、もしかして心の中を読んだの?」

「違うわよ、違うけど、今の発言であなたがイヤラしいことを考えてたことは推察できるわ。有罪確定ね」

「……心を読んだんじゃないなら、何をしたのさ」

「察しの悪いこと。ノーチェって異世界転生者の物語を沢山読んでるんでしょ? こういうのって定番じゃないの?」

「定番? えっと……えっ、もしかして鑑定?」

「そうよ、すごいでしょ」

 少女は鼻を高くする。

「本当!? すごいね! いや、すごいけど、どうして僕が変態なのかって答えになってないんだけど……っえ? もしかして僕、本当に変態ってことなの?」

 ルシェンは綺麗に切り揃えられた前髪の下から再び可哀想なものを見る目をノーチェへ向けた。

「自覚……なかったのね。そうよ、鑑定するとしっかりあなたの特性に〈変態〉って見えるわ。これまで鑑定してもらったことなかったの?」

「ないよ、鑑定なんて大都市まで行かないとできないし金貨三枚は取られるから、庶民には縁がないんだって。確かに安く見てくれるところもあるけど騙されることも多いって噂だし……ねえルシェン、ひょっとして僕を騙してる?」

「失礼ね、本当よ。わたしが馬車に飛び乗ったとき手を貸してくれたでしょ? あのときも〈変態〉って見えたし、そのとき腰に回された手がちょっと……お尻に触れてたんだからっ。鼻の下伸ばしていたあなたの顔を見れば鑑定してなくったって変態だってわかったわ」

 ノーチェは愕然とした。確かにちょっとエッチなことを妄想したりすることもあるけど、これまで真面目に生きてきたつもりだった。

「僕は、変態……」

「よかったら鑑定書つけるわよ。今なら金貨一枚にまけておくわ」

「くっ、いらないっ」

 さらにがっくしと肩を落とすノーチェ。

 流石に気の毒と思ったのか落ち込む少年の肩へ手を置くと彼女は言った。

「仕方がないわね。鑑定で見えたのは〈変態〉だけじゃないけど、聞いてみたい? 助けてもらったお礼に見料は無料(ただ)でいいわ」

「えっいいのっ!?」

 途端に顔を上げ少女へ飛びつく勢いの変態少年。ルシェンが迷惑そうな顔をしたのはいうまでもない。

「落ち着いて変態さん、もう一回見るから早く後ろ向いて」

 今度は素直に従ったノーチェの背にルシェンは再び手を当てた。


「《見定めよ(カピーレ)》」


「変態さんの特性は〈変態〉〈好奇心〉〈能天気〉そして〈変態〉よ、違和感ないわね」

「変態って二回言ったな」

「あっそうそう〈解体の神童〉を忘れてたわ」

「くっ、やめろっ」

「落ち着いて変態さん、あとは戦技(スキル)もあるわね」

「――戦技(スキル)!」

 身を乗り出すノーチェ。名を馳せた英雄は誰しも有用な戦技を持っていた。一方で、あまり効果的ではないものや使い方のよくわかっていないものも存在し、それこそ”当たるも八卦”などと言われている。

 ノーチェは恐る恐る尋ねた。

「それで……どんな戦技(スキル)なの?」 

「聞きたい?」

「聞きたい!!」

「仕方がないわね、〈迅雷〉って見え」

「〈迅雷〉!! 」

 ノーチェは食い気味に歓喜の声を上げた。

 それもそのはず、〈迅雷〉はノーチェの憧れである転生者の英雄ヴィルヌーヴが所持していた戦技の一つだ。

「本当に!? ねぇルシェン、僕のことからかってないよね、これで騙してるとしてら酷いことだよ!」

「さっきから失礼ね、本当よ。わたしの鑑定では戦技の名前しかわからないんだけど、反応からするとすごい戦技(スキル)みたいね」

「もちろん最高の戦技さ! 瞬時に雷の如く加速して攻撃にも回避にも使える有用な戦技だよ」

 ノーチェは軽やかに小躍りしながら歩きだす。有頂天の少年の後ろでルシェンは首を傾げた。

「そういえばノーチェが戦ってるとき、時々すごい速さで動くときがあるけど、ひょっとしてそれが〈迅雷〉?」

「えっ、ああ、そうか、そうかも。言われてみるとなんだか他の人より速く動けるなぁとは思ってはいたけど、なるほどそうだったんだ」

「呆れたわ、特に自覚なく戦技(スキル)を使っていたってこと? 一種の天才じゃない。でもそうね、言われてみれば技術や技能なんて意識せずに使える方が自然よね、むしろ普通なのかしら」

「僕は、天才……」

「よかったら鑑定書に〈天才〉もいれておくわよ。今なら金貨五枚でいいわ」

「値上がりしてるじゃないか。でもそれくらいの価値はあるかもね、ふふふ」

 ノーチェはすっかり浮かれ気分だ。憧れの英雄と同じ戦技(スキル)があるとわかったからにはどうにも試しみたくて仕方がない。

 確かに今までだって無意識のうちに使えていたに違いない。でも〈迅雷〉の存在を認知してみると、こんな使い方もあんな使い方もできそうだと次から次へと発想が湧いてくる。

「今ならオークだって目じゃないね」

 ノーチェの鼻歌混じりの呟きを、売れっ子鑑定士の少女は聞き逃さなかった。

「懲りないわね、それ”フラグ”っていうのよ」



◇



 ――商業都市ニアークス。

 冒険者ギルド一階は、壁一面へ貼り出される魔物討伐や薬草採取、商人護衛などの依頼書をめぐり、少しでも条件の良いものを手にせんとする冒険者で溢れかえる。そして吟味した――或いは妥協した――依頼書を手に、冒険者達が窓口へ長い列を作るのがいつものギルドの朝の景色だ。

 朝の賑わいが山を越えた頃、一人の女がギルドを訪れた。

 テーパードのかかったハイウエストパンツに目立つほどの長剣を携え、窓口に見知った顔を見るや灰銀(アッシュグレー)の髪を靡かせフロアの中央を一直線に通った。只者ではない雰囲気にギルドの荒くれ者すら道を開け、それまで喧騒としていたギルドのフロアに一瞬静けさが訪れる。


「やあカーク、久しいな」

「お久しぶりですね、イズナさま。お待ちしておりました」

 窓口担当のカークは慇懃に頭を下げた。

 イズナ=イグニヴェール――ギルド職員ならば知らぬものはまずいない。上級冒険者の中でも特別な存在の一人だ。

「最近忙しくてな。指名依頼を貰ったのに大分待たせてしまいすまないと思っているよ」

「とんでもないことでございます。お忙しいのは重々承知、ご依頼の場所は元々立ち入り制限区域ですので、民間人の被害はございません」

「ふむ、それは重畳。さっそくではあるが詳細を知りたい」

「依頼書をお持ちしますので、少しお待ちください」

 カークは鍵のかかった棚から特別依頼の書類を取り出し彼女の前へ差し出した。一般の冒険者では対応不可となった強力な魔物の討伐依頼である。

 丁寧に書類に目を通す女性剣士、顔にかかった灰銀(アッシュグレー)の前髪を右手で耳の上へ流し、一枚捲(めく)っては、ほぅ、と吐息を漏らす。

 しっとりとしたきめ細やかな肌に血色の良い頬と唇が映え、ツンと上向いた形の良い鼻が高貴な気配を感じさせた。

 普段から姿勢や所作に気をつけているカークすら、いつも以上に背筋が伸びる。 

 イズナが一通り読み終えたのを見計らい、カークは地図を広げた。

「場所はここから南東のノバク河上流域、達成条件と報酬はこれまで通りです」

「あいわかった、少し遠いか」

「ギルドのものでよろしければ馬も用意できますが」

「それには及ばないよ、駿脚鳥(ラピート)に乗って来たからね」

「駿脚鳥《ラピート》ですか、鳥型の魔物ですよね。噂には聞き及んでおりますが、何でも持久力に長け小回りが効き高低差に強いとか」

「相違ない、いずれ探索には欠かせぬ相棒となろう。双角馬(バイコーン)に続いて魔獣研もよくやっているよ。それにしても今回はオークか、見る限りしくじったのは三度か?」

「はい、ギルドが確認しているだけで三回。噂を含めると七回は返り討ちにあっております」

「七度とは、それは難儀であったな」

「面目ありません」

「ふむ、すぐ終わらせる」

 終わったら一杯やろう、そう言い残すや再び灰銀(アッシュグレイ)の髪を靡かせフロアの中央を一直線に通ると、女はギルドを去っていった。



「ふむ、手ごたえがなさすぎるな」

 ノバク河上流域の指定地域にて速やかに標的を殲滅したイズナは、二十を超えるオークの亡骸を前に戦闘中の違和感を吐露した。

 数は多いが個体毎の強さは並程度、ニアークスの冒険者が七度も返り討ちになるとは到底思えない。

 ――何かある。

 直感が疼く。

 依頼対象とは別の群れであった可能性も視野に入れ女は最も手強かったオークの一体を検分した。

「特に変わった事はないが――」

 体色は若葉のような緑、古傷もほぼ見られず歴戦の猛者とは言い難い。この規模の群れを束ねる首領にしては若すぎる。

 ――これはどうも違う。

 直感がそう言っている。

 イズナは横たわる二十超のオークを順繰りに見て回る。その中の一体、仰向けで絶命していたオークの前で足を止めた。

 茶に近い朽葉(くちば)色の体毛の中に灰色のものが目立って混じる。先程のオークより年長の証だ。

 膝をつき、魔物の体をくまなく見てイズナは確信を得た。

 こっちが首領であったか。

 よく見れば胸や肩に無数の古傷の勲章。ここは剣の傷、これは矢の傷、足には魔物由来のものとみられる裂傷痕。間違いなく歴戦の猛者だ。

 思えばイズナがオークの群れを見つけ先手を打とうとしたとき、そろりと前に出てきたのがこの個体だ。

 だが緩慢な動きに脅威を感じるなこともなく、すれ違い際の一振りで斬り捨てたあとは、特に気にも留めることもなかった。

 まだ衰えるほど老いてはいまい。むしろ今こそ隆盛のように見える強靭な巨体を裏返すと、それまでの疑問が氷解した。

「これはなかなかに深いな」

 腰椎の辺りにまだ癒えていない大きな咬傷痕が二箇所、おそらくは骨まで届く。

「同族同士の縄張り争いか。これほどの傷を抱えて戦っていたのであれば彼らの評価を改めねばならないな」

 問題はその相手、戦いに敗れ命果てたか、或いはいずこで傷を癒やし復讐の機を伺っているのか。

 直感は後者と告げている。

 ならばやる事は一つ。


「《探り見よ(リコニトーレ)》」


 同心円状の魔力の波が空気を打った。

 周辺域の生物の息吹を感じとる魔法、並の術者であれば百メルトの範囲が関の山であるが、彼女のそれは山を覆う。

 僅かな気配すら漏らすまいと目を閉じて数秒、イズナは目を開けた。

「――見つけたぞ」

 ここから更に上流、南東方面に強い反応が一つ。

 しかし気になる気配がもう二つ。こちらは魔物ではない、人間、それもおそらくは子供。

「こんな奥地に……少年?」



【鑑定士】

人や物の性質、特性、戦技などを見定めることができる魔法や戦技を使い生業にするもの。

公的に認められた鑑定士に見てもらう場合、相場は金貨三枚。未認可の鑑定士も多いが真偽がわからないため詐欺も多い。


【国立魔物獣畜研究室】

別名魔獣研と呼ばれる。

有用な魔物を飼い慣らし繁殖させ、家畜化すること目的とし研究を行う。家畜化の方針は使役利用、食用利用、資源利用としている。

主な成功事例は双角馬(バイコーン)、駿脚鳥(ラピート)。

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