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異世界少年は異世界英雄に憧れる  作者: くさと たいら
第一章 辺境都市リヴリア
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001 門出



 ちょっとエッチなこともあったりするんじゃないか。

 そんなもの思いに耽りながら春風そよぐ緩やかな丘陵をノーチェは登っていた。

 

 東部辺境の都市リヴリアにどうも転生者が現れたということは片田舎の小さな村キュボロでも知らぬものはいなかった。噂好きのアデリおばさんの耳に入ったら最後、尾ひれはひれに翼までついて村中に広まるまで半日とかからない。

 彼女曰く転生者の少女は剣術魔術共に長け、知的で穏やかな性格は誰しも好感を抱き、何よりその姿は女神の化身だとか大聖女の生まれ変わりではなかろうかと言われるほど美しいのだという。


「へぇ女神さまの化身とはこいつは畏れ多いね」

「聖女さまですって、この村にも来てくれないかしら」


 村のそこかしこで転生者の話が聴こえてくる。むろんアデリおばさんの話を真に受ける者などこの村にはただ一人として居ないのであるが、彼女が仕入れてくる話題の大抵はこの小さな村の住人にとって本当のことでもそうでなくてもどちらでもよく、変わり映えのない日々の中で一種の娯楽のようなものであった。

 当然その噂は村の少年ノーチェの耳にも入っていた。興味がないわけではない。むしろ転生者の噂話など大好物であり、まして女神やら聖女やらと言われたら話の出元がアデリおばさんであることを差し引いても気になって仕方がない年頃なのである。

 この春十五歳を迎えたその彼が王都で冒険者になるため生まれ育ったキュボロ村を旅立ったのが三日前。道中出会っちゃったりなんかして、そしてちょっとエッチなこともあったりなんかして、などと密かな期待を胸に秘め王都行きの長距離馬車の出る東部最大の都市へ向かっていた。そう、転生者が現れたと噂されるリヴリアへ――。



「旅が楽しみで仕方がないってとこかい?」

「うふぇえっ」

 妄想の最中、不意に呼びかけられたノーチェは変な声をあげた。

「ふはははは、大丈夫か? 柄にもなく緊張してきたか?」

 声の主は、ノーチェの叔父であり育て親でもあるダン。見送りのため故郷の村から遠路リヴリアまでノーチェに同行していた。

「だ、大丈夫、き、きっと素敵なことがありそうだなって思ってたんだ」

「ああ、そうだな。この丘を越えたらもうリヴリアだ。きっと素敵なことが待ってるぞ。旨い飯に酒、愉しい歌に踊り、見たこともない美しい景色、それから素敵な人との出逢いと”ラッキースケベ”もな、ははっ」

 そう笑い飛ばすと、ダンは右肘でノーチェの肩を小突いた。

「いや別に、エッチなことなんてそんな僕は……」

 咄嗟に顔を赤らめて否定する少年、ダンはそんな姿を温かい目で見守りながら感慨深げに続けた。

「ノーチェ、大きくなったな。これからもっと、立派になる……。人との出会い、縁を大切にしろ。それからちゃんと飯を食え、あとはよく寝ることだ。それからまぁ酒はほどほどに、あとは悪い女には気をつけろ……」

「お酒と悪い女に気をつけるのは叔父さんね、それからちゃんと野菜も食べて、朝は早く起きるんだよ」

「やかましいわっ!」

 ドンっと先程よりも強く小突かれたノーチェは、肩をさすりながら言った。

「安心して叔父さん、決めたんだ。僕は冒険をして、偉業を成す。剣に誓う、英雄を超えるよ」

 腰に下げた愛用の剣を握りしめるノーチェ。丈夫だけが取り得の使い込まれた古い剣だ。

「英雄を超える……か。成るさ、なろうとしてるやつだけがなりたいものに成るんだ。さあ、もう街が見えるぞ」

 小高い丘を登り切ったその先、二人の視界の奥にリヴリアの街を捉えた。だがその前に

「事故? 叔父さんあっちだ、荷車がひっくり返ってるよ」

 丘の中腹、道から外れた一本木のそばに荷車らしきものが横転している。

「盗賊の仕業かもしれない。ノーチェ、警戒を怠るな」

 ノーチェは剣を、ダンは斧を片手に丘を駆け降りる。

「見て! 戦ってる、盗賊じゃない、魔物だ! 牙豺狼(ファングウルフ)だ!」

 ノーチェの視界に三体の魔物を相手に必死に抵抗する男の姿を捉えた。倒れた荷車を背に農具を右へ左へと振り回しかろうじて防いでいる。

「叔父さん、先に行くよ」

 ノーチェは背負っていた荷を放り投げると次の瞬間にはダンを置き去りにし、その次の瞬間には剣を振りかぶって敵を目掛けて中空を跳んでいた。

 頭上からの振り下ろしで魔狼の頭を割り、着地すると同時に横薙ぎに二体目の首を跳ねた。三体目は突然の襲撃者の乱入に戦意を喪失し尻尾を巻いて走り去っていった。


「さすがだなノーチェ、もう敵う気がしない」

 ノーチェが剣を納めたころ、ようやく息も絶え絶えにダンが追いついた。

「まぁ牙豺狼(ファングウルフ)なら何度か村でも倒したことあるからね」

 冒険者に憧れていたノーチェは幼少の頃から村の魔物討伐の際は欠かさず参加し、今では魔物討伐に関して頭ひとつ抜けるほどの実力となっていた。

 ノーチェはへたり込んでいた男へ歩み寄る。

「大丈夫?」

 呼びかけに顔を上げた中年の男はニカリと笑って見せた。日焼けした顔に白い歯が浮かぶ。

「助かったよ。だがこの通りのざまでとても歩けそうにない」

 魔物に噛まれたのであろう、男の脚は服が破れ流血で染まっている。他にも太い腕や額などあちらこちらに裂傷が見られた。

「まず手当を、脚を伸ばせますか?」

「ああ、恩に着る」

「とりあえず止血しますね、ええっと消毒薬は……」

「それなら鞄の中に」

 農夫のおじさんは使い古した鞄を指差し再びニカリと笑った。太陽のように眩しい笑顔を向けられたノーチェは、嬉しさの半面少々複雑な気持ちにもなった。

 転生者の英雄クルサードの物語も魔物に襲われている馬車を救出するところから始まる。ただし助け出したのは日焼けした肌が似合うおじさんではなく見た目麗しい貴族令嬢であり、二人は当然のようにやがて恋に落ちる。

 手際よく消毒を終え古布を巻いてたおじさんの太い足を見て改めてノーチェは思った。少なくとも今はエッチなことなんて起こりそうにない。

「とりあえずの処置はできました。街まで歩け、ない……ですよね」

「ノーチェ、あれに乗ってもらえばいいんじゃないか」

 ダンが横転している荷車を見て言う。人一人は運ぶには充分な大きさだ。

「壊れてなきゃいいが」

 二人は起こした荷車に農夫を乗せた。ダンが前から引きノーチェが力いっぱい後ろから押すとギシギシと音を立てようやく荷車は動き出した。

「何とかなりそうだな」

「何から何まですまねぇ」

 面目ねぇ、と何度も頭を下げニカリと笑う農夫を見てノーチェは思った。

 おじさんの笑顔だって悪くない。





「王都行きー王都行きー最終ー間もなくー間もなくー」


 大通り向こうから威勢の良い御者の呼び声が響く。

「うわ最終だって!? 叔父さん、行ってくるよ」

「ああ、元気でな」

 怪我した農夫を診療所まで送り届け、魔物討伐の報告や手続きを冒険者ギルドへしているうちにすっかり予定よりも遅くなってしまった。

 田舎育ちのノーチェにとって、初めて訪れるリヴリア観光もこの旅の楽しみのうちの一つにしていたのだが、道すがら露天で買い物したくらいで名物の”餡かけ包み”も食べず仕舞いだ。


「王都行きー最終間もなく発車ー王都行きー最終間もなく発車ー」

「待ってー乗ります!!」

 二度目の御者の呼び声にノーチェは大声で応え「ダン叔父さん、ありがとう!」と言い終える前に走り出した。

「ああ、元気でな! いつでも戻ってくるといい、お前の部屋は空けておく!」

 ダンの最後の言葉を背中で受け止めノーチェは振り返ることなく馬車まで走った。


「すみません、王都まで一人お願いします」

 髭面の御者に運賃を支払い馬車に乗り込むノーチェ。

 背負い袋を足元へ押し込み座席へ腰を下ろした刹那、座面の固さに面食らう。すると右隣りの大柄の男が「坊主、こうするんだ」と示した指の先、彼の尻の下には布が敷かれている。

 さっそくノーチェは背負い袋から掛布を取り出し尻の下へ滑り込ませ馴染ませる。良くもないが悪くもない。だが無いよりかは遥かにマシだ。

 それから革袋の水で喉を潤し露天で買っておいた薄荷飴を口へ放り込むとようやく一息ついた。

 遅い時間のためか十人は乗れる馬車にノーチェを除けば乗客は三人だけ。右隣りの大柄の男、対面奥側の冒険者風の女、正面には頭巾を被った老婆がそれぞれ荷物を整えたり街行く人を眺めては発車までの時間を潰していた。

 馬車はノーチェの村で見かける木製の荷馬車とは違い、一部金属も使われ洗練された印象を受ける。車輪も見たことの無い素材が使われているようだ。

「……ん?」

 見るもの全てが珍しく映るなかで、一際馬車を引く馬に目が留まった。

 都市間を結ぶ長距離馬車は二頭立てが通常。それなのにこの馬車には黒い馬が一頭繋がれているだけなのだ。一見普通の馬のように見えるが、頭越しに角(ツノ)のようなものが見える。

「ええっ、まさかこの馬って……」

 思わず出た大きな声に、髭面の御者が鼻を高くして答えた。

「そうさ、お客さんお目が高い! こいつはあの双角馬(バイコーン)さ! こいつ一頭で六馬力、四頭立ての馬車なんかよりはるかに速く運びますぜ」

「これがあの……」

 黒く艶のある鬣(たてがみ)の奥に二本の漆黒の角が覗いて見える。

「なんだい坊主、初めてか」

 がははっとノーチェの右横から大柄の男が口を挟んだ。少し白髪まじりの癖のある黒髪に、深い皺のある額には古傷が見られる。いかにもベテラン冒険者といった出立ちだ。

「ここじゃともかく王都じゃ大して珍しくもないぜ。別に自慢になんてなりゃしねえよ」

「旦那、勘弁してくだせえ。いいじゃねえですか、念願かなってようやく手に入れたんですぜ、自慢くらいさせてくだせえや」

 近年、国を挙げた事業として有益な魔物の家畜化が大規模に行われきた。その最たる成功事例がこの双角馬(バイコーン)と言われている。

 もう出しますぜ、と自慢の愛馬にケチをつけられヘソを曲げた御者が手綱を取ると馬車は――やはり最新式なのであろうか――驚くほど揺れもなく滑らかな動き始めた。

 振り返ると遠くでダンが手を挙げている。ノーチェは身を乗り出して力一杯手を振り最後の別れを告げた。



「あんたも西域開拓かい少年? 精が出るね、ひっひ」

 しわがれた声に奇妙な笑い声を漏らしたのはノーチェの向かいに座る老婆。くたびれた紫紺だか深緑だかもわからないローブを纏い物語に出てくる魔女もかくやというほど怪しい雰囲気が漂よわせている。

「はい、いずれは西域へ。でもまずは王都で冒険者になるつもりです」

「ひっひ結構、結構」

 老婆は再び奇妙な笑い声をあげた。

「おばあさんは……ひょっとすると魔術師ですか? それとも……占い師?」

 少年からの問いに老婆は目を見開いたかと思うとその次には糸のように細め、身を乗り出しノーチェの顔をまじまじと覗き込んだ。

「ふむぅ、なんとも勘の良いことじゃ。占い師とな! ひっひ少年よ。正解じゃ! どれどれ、ひとつ占ってやろう」

「えっ、いや……」

 ノーチェの返事も聞かず怪しげな老婆は袖口から古いカードを数枚出して何やらボソボソと唱え始める。

 魔道具や呪具を媒介とし人を呪う術もあると聞く。怪しい人に得体の知れない術をかけられるのは避けた方が良いのであるが、目の前の老婆の奇怪な様子がノーチェの好奇心をくすぐった。

 旅の門出に元を担ぐのも悪くない。

「ええっとじぁあ、せっかくだからお願いしようかな」

 老婆はノーチェの返事も聞くまでもなくカードを並べては崩し、分けては山へ戻しを繰り返している。そのうち老婆は一枚のカードを表にしてノーチェ眼前でピタリと止めた。

「えっと……? これは、どんな意味が……?」

 犬が棒をついて歩いているように見える。

「黙って手を出すんだよ!」

「……っはい」

 困惑しながらもノーチェが両手を揃えて差し出すと老婆は犬のカードをその上に置き、さらに続けてもう一枚を重ねて置いた。

「それじゃこっちは……」

 今度は木の上に豚が寝そべっている絵のようだ。

「いいから黙っておれ、きぇい!」

 老婆は唸り声を上げて次から次へとカードを引き手の上に重ねていく。

 占いババに圧倒されている気の毒な少年を見かね、隣りで腕組みしていた冒険者風の親父が耳打ちした。

「ほどほどにな、この婆さんの占いに大して意味なんてねえんだから」

 言われてみれば。

 老婆のカードからは何の魔力も感じられない。魔道具や呪具の類ではなく、本当にただの古びたカードなのであろう。

「そうですね、でもまぁ”当たるも八卦”って言いますからね」

 ノーチェは『名もなき転生者の日記集』の一節を引用して言った。

「お、何だ、坊主も転生者かぶれか?」

 俺も若え頃読み漁ったものよ、と親父が眉を上げる。

「まぁそう言うこった、当たるも当たらぬもなんとやらってな、がははっ」

「ほれそこ!黙っておれっ!きぇい!」



 大通りを過ぎ、街の門へと差し掛かる頃だった。ようやく老婆から告げられた占いの結果に気を良くしていたノーチェは馬車と並走する少年の姿を見て声を張った。

「ねぇ君! 乗るのっ!?」

 フードを深く被った少年は走りながらもノーチェの呼びかけに顔を上げた。一瞬、瞳と瞳が混じり合う。

 これを肯定と受け取ったノーチェは今度は御者台へ向けて声を張った。

「すみませーん、お客さんです! 乗りたいんですって!」

「なんだって!? いやーここじゃ止まれねぇんですわ、この速さならこのまま乗り込めねぇですか?」

 確かに馬車はそれほど速くはない。これならば。

「任せて」

 素早く馬車から身を乗り出しノーチェは目一杯手を伸ばす。再びノーチェは走る少年へ向けて声を張った。


「掴んで!!」


 呼びかけに反応した少年はノーチェの手を取りそのまま勢いをつけて馬車へと跳んだ。

 ノーチェは掴んだ手をぐいっと引き寄せ、今度は腰を抱き込み馬車へと引き込んだ。

 軽やかに飛び乗った少年、しかしハラリと落ちたフードから現れたのは可憐な少女の顔だった。

 あぁ道理で、とノーチェは思った。

 掴んだ手は柔らかく、抱き込んだ腰は折れそうなほど薄く、彼が知る少年のそれとは異なるものだった。

 ノーチェと同じ年頃だろうか、はっきりとした目鼻立ちの横顔に編み込まれた亜麻色の髪が揺れる。何よりきれいに切り揃えられた前髪からのぞく翠の瞳が可憐な中にも強さを感じさせた。

 女神やら聖女やら、と言う噂がノーチェの頭をよぎった。

「‥‥離してもらえる?」

「えっあ、あぁ」

 少女の指摘で慌てて腰に回した手を離すノーチェ。温かく柔らかな感触が腕に残る。

「ありがとう」と少女は微笑んだあとノーチェの耳元で囁いた。


「――変態」



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