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えぴそーど・ふぁいなる:ヒトとアヤカシ。

「ふぅ。急に寒くなりましたね、ハジュンさん」

「ええ、もう師走ですからね、マオさん」


 初冬、十二月頭の喫茶店「六波羅探題」。

 先日ハロウィンも終わり、今はクリスマスの飾りを準備している。


「こっち、飾りできましたぁ」

「ウチも出来たでぇ」

「此方、てっぺんで光るのじゃ!」


 大きなモミの木の周囲ではサンタコスをしたアヤカシ三人娘達がツリーの飾りをしている。


「この間のハロウインでも思ったのですけど、日本のアヤカシさん達が西洋の祭りを楽しむのは、面白いですよね」

「日本ではヒトもアヤカシも神様も、来るものは害悪が無かったり排他的じゃ無い限り拒みません。文化も祭りも宗教も受け入れ、日本ナイズしてしまうんです。これは古来より同じ。印度の神様も今では柴又は雷門で客引きしてますしね」

「あ、そういえば帝釈天様はインドラ様でしたね」


 マオは、アヤカシ達が人々と仲良く楽しんでいる様子を思い、くすくすと笑った。


「ええ、あの方はインドはヒンドゥ教ディーヴァ神族の王、天帝。仏教世界ではヒンドゥー教での敵、悪魔だったアスラ神族の方が優遇されていたりしますね」

此方(こなた)、知っておるのじゃ! 阿修羅(アスラ)族の王、ヴァイローチャナが京都の大仏様なのじゃ!」


 仏教界の如来とよばれる最高位の仏たち。

 中でも空海が開祖である真言密教の最高仏が太陽を表す大日如来、かの柱もマハー(偉大なる)ヴァイローチャナ(阿修羅族の王)と呼ばれている。


「そういえば阿修羅様もそうでした。ところ変われば神と悪魔の立場が変わってしまうなんて……」


「そんなものですよ、マオさん。キリスト教などの同じ神を抱くアブラハムの宗教では、神はただ一柱。他の神は全て悪魔。フェニキアやエクロンの偉大なる嵐と慈悲の神バアル様もソロモン王の操る七十二柱の悪魔の一柱、バエルやハエの悪魔ベルゼブブとされてしまいました」

「ウチ、バエルの名前はガンダムで聞いたな」

「アタシ、スマホゲームでもお名前はお聞きしましたぁ」


 古来より敵が侵攻する宗教や神を冒涜し、自らを上げるという行いは多々ある。

 こと、一神教では自らの神以外が全部悪魔、良くて天使。

 だからか、セラフィムなど高位天使には異形の者が多かったりする。


「実に愚かしい行為ですよね。結局、アヤカシにしろ神様にしろ、人間の意思が存在しなければ生まれないです。宇宙創造を成された物理法則という名の真の創造主、神様はさておき、シナイ山の火の神様は今頃お困りだと思いますよ。人間たちの身勝手な解釈で自らの信者たちが殺し合っているんですものね。イエス様も人々の争いには幾度も苦悩なさっていましたから」」


「此方、悲しいのじゃ」

「そうですね、ハジュンさん、カガリちゃん」


 アヤカシでありながら、科学法則をも信仰するハジュン。

 そんなハジュンに呆れながらも、人々の心の『狭さ』にしんみりしてしまうマオであった。


 ……そう言えば、イエス様やお釈迦様、空海様を、ハジュンさんはお遊びにお誘いなさっていたって話していたものね。遊ぶくらい余裕無いと人は歪むってのはハジュンさんの持論らしいけど。


「まあ、キリスト教でも全部が全部、他宗教を敵扱いした訳でもないですけれどね。例えば、このクリスマスという祭り。イエス様の誕生祝いと言われてますが、ケルト民族が信仰しましたドルイド教やミトラ教の冬至祭や収穫(サトゥルナリア)祭とキリスト教の信仰が一緒になったものらしいです」


 如何なキリストの教えを正しく伝えても、それまで行われていた祭りを無くすのは難しい。

 人々が楽しんできた事を奪うのは、宗教でも難しいのだ。


「言うまでも無く先日楽しみましたハロウィンも、元はケルト民族の収穫(サウィン)祭が由来。日本では、もはや仮装パーティになってしまいましたね。本来、宗教は日本くらいのゆるい考えで良いのではないかと、私個人は思ってます。人々の幸せが大事ですから……」


 ハジュンは苦笑して、(かしま)しいアヤカシ娘達を見る。


「でも、ハロウィンってアタシ達は素の姿見せられるので楽しいですぅ」

「そやな、チヨはん。耳と尻尾出してても、誰からも可愛い以外言われへんもんな」

「此方は、玩具(オモチャ)みたいに見られたのじゃぁ!」


 先日の喫茶店「六波羅探題」でのハロウインパーティ。

 いつものメイド服からケモノ耳と尻尾を出した二人のアヤカシ娘。

 その可愛さは群を抜ていたと、常連客から大好評だった。


 ……あれ? 常連さんは皆んなの正体知ってるから、ただ単にケモミミや尻尾が可愛かっただけなのでは?


 マオは、常連客が実はケモナーの集団では無いかと(いぶか)しんだ。


「さて、そろそろ休憩時間も終わり。通常業務に……。む!」

「この気配は、アカン!」

「マオお姉さん、後ろへ隠れてぇ!」

「此方、皆の壁になるのじゃ!」


「え!?」


 ハジュンやアヤカシ娘達が急に警戒をし始め、一瞬遅れてマオも背筋に悪寒を感じて、喫茶店入り口方向に振り返った。


「あら? この店では、お客様にそんな接客をなさるんですか?」


 ドアをカランと開けて入ってきた細身黒髪青年。

 その慇懃無礼(いんぎんぶれい)な感じにマオは、彼との春の出会いを思い出した。


神野(しんの)悪五郎(あくごろう)……さん?」


「ハジュンさんに私の名前を聞かれたのですね、ヒトのお嬢さん。ん? そこなアヤカシの方々。いい加減、警戒を解いてくださいませんか? 私、今日は純粋にお客として来ているんですが?」


 神野悪五郎、それはハジュンと同クラスの鬼神。

 多くの配下、百鬼夜行を支配する魔界の王。

 近年は人界に出没し、ヒトに雇われ呪い屋らしき仕事をしている。


「その言葉、本当ですか、神野?」

「ええ、間違いなくハジュンさん。だって、この喫茶店に張られた防御結界、それは私でも本気を出して敗れるかどうか。本来であれば店内の人に悪意あるものは絶対に通さない結界でしょ?」


 ドアを開けたまま、自分は何もしないと(うそぶ)く神野。


「これ! 貴方がそうだから、要らぬ手間がいつも増えるんです。少しはこちらの事も考えて下さいね、神野!」

「はいはい、荒巻さん。雇われは辛いですねぇ」


 しかし、彼の背後から叱責の声を掛けるものがあり、神野は苦笑いをしながら店内に進んだ。


「申し訳ありません、佐伯(さえき)様。このアホ鬼神が、ご迷惑をおかけしておりまして……」


 神野の後から店内に入ってきたのは、黒系のスーツに身を固めた妙齢の長身ワンレン和風美女であった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


荒巻(あらまき) 綾香(あやか)さんですか。公安調査庁の方とは……」


「はい、私は公安調査庁内でも特殊な部署。佐伯様ならご存じ、元は『陰陽寮(おんみょうりょう)』を由来とする処に所属しています。こちらの神野、今は彼が悪事をしないように国で雇っているんです」


 美女からもらった名刺を見て、ハジュンは不思議そうな顔をする。

 当の美女は神野の横に座り、マオが給仕した日本茶を行儀よく飲んでいた。

 神野も己を縛る契約者に従うという呪があり、雇い主には敵わないのか、今日は大人しく茶菓子を食べている。


「ハジュンさん、確か陰陽寮って言えば、わたしのご先祖様、安倍(あべの)晴明(はるあきら)様が所属なさっていたところでしたよね」


「ええ、マオさん。よく勉強なさっていますね。晴明様は今でいう国家公務員として働かれていました。現代での天文学、化学、占い、呪詛。なんでもこなされる方で、英雄色を好むように正室以外のも五人の側室様がいらっしゃいました。マオさんの家系は確か分家筋でしたね」


 マオは以前、自分の出身、そして霊能力の元が祖先である安倍晴明にあると聞いており、彼の伝記なども読んでいた。


「皆様、そこまでご存じならお話は早いです。今回、佐伯様にお願いに来ましたのは、とある団体が日本の国家破壊を狙っている事が判明したからなのです」


 アヤカはワンレンの髪を後ろに流し、とつとつと話し出した。


「……つまり、私に国の代わりにその団体を調査し、状況次第では団体を破壊しろという事なのですね?」


「簡単にいえばそうです。相手が海外の団体なので、当方では動きにくいのです。内調、警察庁も同じく動けず、そして防衛省、外務省国際情報統括は民間団体相手では国際問題になると一切動いてくれない状況なのです。もちろん、人を殺すのは禁止。少々の荒事、傷害、違法行為は大目に見ます。是非、お願いできないでしょうか?」


 アヤカはハジュンに頭を下げる。

 しかし、ハジュンは渋い顔のままだ。


「どうしたのですか、ハジュンさん。皆さんを助ける仕事なのに?」


 マオは不思議そうな顔でハジュンに語りかけた。

 普段のハジュンであれば、コスト度外視にして人助けに走る。

 しかし、今回は一向に仕事を受けようとしないからだ。


「それは、私はお大師様との約束、契約に存在を縛られているからです。そこな神野も契約者に従うという約束の元、現世に顕現していますので……」


「なるほど、そうですか。佐伯様の事情は神野に聞いています。空海様と人同士の争いには関与しないとお約束をなさったのですよね。ですが、今回の事はヒトだけの被害にすみません。彼ら、ゲオルギネス財団はアヤカシさん達も狙っているのです」


「え! それはどういう事や!?」

「アタシ、気になります!」

「此方にも聞かせるのじゃ」


 アヤカシ三人娘は、アヤカの話に食いついた。


「今回の敵、ゲオルギネス財団ですが、アヤカシや神をも利用した世界制覇、ヒト以外、更には自らに従わないヒト全てを消してしまおうと考えているんです。全てのヒトは財団の指示のもと、平等かつ平和に暮らすべきだと……」


 アヤカの話に、ハジュンも驚きを隠せない。


「ハジュンさん。この仕事は受けた方が良いと思いますね。私も流石に聞き捨てなりませんでした。私はヒトの思い、善意も悪意も、愛も呪詛も大好きです。ヒトの不完全さ、そして儚さが大好きなんですよ。その思いを全部同じ、完全を目指すというのであれば許せません。なので今回、私は国に雇われたのです」


 神野も、王たる存在。

 彼なりの矜持がある。

 ヒトの願いを、善意であろうが悪意であろうが叶える。

 そして破滅したり、成功していく雇い主を見るのを神野は好きだった。

 だから、己の力は契約者の願い通りにしか使わない。


「神野、私は貴方の都合や矜持は知ってます。その上で、私に貴方と組めと?」

「はい、ハジュンさん。別に私は貴方と敵対しているつもりはありません。いつも雇い主が貴方と敵対しただけの事です」


 あっけらかんと言い放つ神野。

 そこには一切の悪意はない。

 それは、横から聞いているマオも理解した。


「後ですね。彼らが計画している作戦には、日本沈没作戦があるんです。南海トラフ、相模トラフ、関東、東北トラフ。更には中央構造線の同時起動で、日本というアヤカシや神が多く住まう国を無くすつもりなんです。彼らの理想の一番邪魔なのが力ある存在が世界一多く住まう日本そのものだとか……」


「なんですと! それでは日本列島は死の国となります!」

「だから、私も見過ごせないと言っているんですよ、ハジュンさん」


 財団のあまりに荒唐無稽かつ壮絶な作戦にハジュンは言葉を無くし、神野は珍しくハジュンを説得にかかる。


「えっとぉ。ウチ、あんまり科学に詳しゅうないんやけど、ナンタラ財団っちゅうのは、どんな事をしでかすつもりなんや?」


「おそらくですが、日本周辺にある大きな断層、地震の巣を動かして日本を地震と津波で破壊しつくすつもりではと……」


 ユズハに説明したマオではあるが、今一つピンとは来ていない。

 東日本大震災は幼い頃にテレビで惨状を見たし、その時住んでいた関東でも酷い揺れとその後の原発事故や輪番停電は経験した。

 しかし、日本全体が同じようになるとは彼女にも想像もできないからだ。


「そうなったら、皆死んじゃうのぉ」


「この近くにも中央構造線が走っています。四国の中央構造線は五百年以上動いていません。これが今全部動けば、どれだけの被害になるか……。ゲオルギネス財団、一体何を目論んでいるのですか?」


「表面的な願いとして世界平和を謳っていますが、それ以上は公安でも分かっていません、佐伯様。作戦内容が入手は出来ましたが、想像を絶する作戦なので誰も首謀者の思考を理解できていないようなのです」


 アヤカも口にしたは良いが、国を亡ぼしてまでかなえたい願いが想像できないのだ。


「……分かりました。私は、日本に住むアヤカシとして日本を守ります。これはお大師様の望みとも一致しますし」


「良かったです、佐伯様。こちらとしても貴方方に強硬手段は取りたくなかったものですから…・・・・」


「ん? 強硬手段と言いますと何ですか、荒巻さん?」


 マオはハジュンが仕事を受けたのを聞き安心するが、アヤカの放った言葉が気になり聞いてみた。


「実は国はアヤカシの方々について、人間社会で暮らされている方の事を大抵は把握しているんです。佐伯様は偽造戸籍ですので、そこを突くことを考えていました」


「確かに私の戸籍は偽造。しかし、それ以外の法律は一切破っていませんですよ?」


「ええ。なので、最悪の場合に持ちだせと上司から言われていましたが、使わなくて良かったです。佐伯様を確実に敵に回す行為ですし」


 こわごわと手の内を晒すアカヤ。

 彼女も、こうやって本人に晒す以上望んで行いたくない手であったのは間違いない。


「ですね。まあ、私個人は気にしませんが、ウチの可愛い子達に手出ししていたら、首相官邸に直接脅しに行ってました」


「でも、ウチやチヨはんも、ちゃんとした日本国籍で戸籍あるで」

「うん。アタシもユズハちゃんも地元のお役所で出生届もされてるし」


「ええ。そちらのお嬢さんお二人はちゃんとした戸籍、日本国籍を持たれています。実際、昨今のアヤカシの方々は行儀良くて法律も守ってくださるので、国もあえて追及していない方針なのです」


 アヤカが話すには、ヒトと異なるアヤカシの寿命問題もあり、厚生労働省はアヤカシの戸籍管理もしている。

 ハジュンの様に寿命が存在しないものについて年金問題などが発生しないよう、個別対応しているのだとか。


「そこでなんですが、厚生労働省管轄のアヤカシリストに載っている方の一部に行方不明者や不審死をなさる方が最近増え、その現場では黒スーツに黒サングラスな外国人の目撃情報があります」


「まるでメン・イン・ブラックですか。それが財団の手の者と」


「おそらくは。詳細は明日以降にメールします。では、今後ともよろしくお願い致します。なお、連絡員として神野を置いていきますので、宜しく」


 そう言い残し、アヤカは立ち去ろうとする。


「ちょっと待ったぁ! 荒巻さん、今回のお仕事は公安調査庁からの業務委託ですよね。でしたら、探偵局法人との業務契約をしたいと思うんですぅ」


「あ、そ、そうですねぇ。契約内容や契約金については事務方と相談して……」


 チヨはアヤカを逃がさないように前に立ちはだかり、業務委託契約についての話し合いを始める。


「チヨちゃん。私は仕事を受けられればいいので、お金は……」


「マスターは黙っていて下さいぃ! いつも金銭感覚が変なマスターには任せられないですぅ。マオお姉さん、契約書の約款(やっかん)について確認できますよね?」


「う。うん、一応は……」


 ハジュンだけでなく、マオもチヨの勢いに押されてタジタジとなる。


「ははは! 最強の鬼神、ハジュンさんも女の子達には勝てないんですね。実に良い眺めです」


 一人優雅に日本茶をすする神野。


「アンタ、エエ性格やな。女性の怖さ、いずれ知る事になるでぇ」

「此方も怖いのじゃぞぉ」


 神野の横ではユズハとカガリが、ぷんすかしていた。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「そんな事あったんや。お父ちゃん達も、気ーつけてえなぁ」


 今日も通常営業の喫茶店「六波羅探題」。

 休憩時間の合間に、ユズハが何処かと電話をしていた。


「ユズハちゃん。お父様にお電話していたの?」


「うん、そうや、マオ姉はん。お父ちゃんの周辺でもおかしなヤツラが出たそうなんよ。やっぱり全身真っ黒なスーツとサングラスの男達なんやって!」


「敵の動き、どんどん派手になっていますね。先日、関東であったご一家が皆亡くなられた火事。あれはムジナさんご一家を襲ったヤツラの仕業との事。私、絶対に許せません」


 お客へのピラフを炒めながら、機嫌がとても悪いハジュン。

 平和に人々の中で暮らしていたアヤカシの一家を全員殺す敵。

 それに対して怒りが収まらないのだ。


「だから言ったでしょう? 敵はもはや手段を選ばない。作戦実行のためにはどんな事でもしてくるでしょう」


「そういう悪五郎さんは、何なさっているんですかぁ? 契約では給仕のお手伝いをするって話ですが?」


 公安員会との契約書をビシっと提示し、魔神 神野悪五郎へ見せつけるチヨ。

 神野が契約に縛られているというのを逆手に取り、業務契約期間内に四国に滞在中は店の手伝いをさせると、チヨは公安委員会と契約調印をしたのだった。


「タダメシ喰らわす余裕はウチには無いのぉ! 貴方も外見は良いんだから、お店で接待くらいしなさい!!」


「おお、怖い。ハジュンさん。私、貴方が女性に敵わないのを馬鹿にしたことを謝罪します。下に恐ろしいは女性ですね」


 苦笑しながら、給仕服をピチっと着こなした神野は、営業スマイルで女性客、井戸端会議をしていたオバ様達の処に注文されていたケーキを持って行く。


「お嬢様方、ご注文のモンブランとレアチーズケーキです。どうぞご賞味くださいませ」

「はいですぅ」


 オバ様達はイケメン二人に翻弄され、すっかり舞い上がっていた。


「これ、一体どうなるんだろ? 鬼神の王様イケメン二人とアヤカシ娘達が看板の喫茶店なんて……」


 マオは、ますます自分の身近がアヤカシばかりになるのを今更ながら不思議に思った。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「すいません、佐伯様。其方様に神野をお預けっぱなしにしていまして」

「いえいえ。彼もお店の手伝いも『一応』してくれていましたから」


 十日程経過して再びアヤカが喫茶店「六波羅探題」を訪れていた。

 彼女は扱いにくい鬼神、神野をハジュンの元へ預けていたことを謝るが、ハジュンは営業スマイルをしつつも、給仕姿の神野を一瞥していた。


「こちらが業務契約の前払い金の納入証明書です。どうぞお確かめを」

「はい、確かに。今回、態々四国へ来られたのは意味がありますよね、荒巻さん」


 ただ前払い金の確認だけであればメールか電話で済む話。

 アヤカが四国まで来たのに意味があるのだろうとハジュンは尋ねた。


「はい。敵、ゲオルギネス財団側に動きがあったので、財団の資料共々お届けに参りました。秘匿情報もありましたので、アナログ媒体を直接手渡しをしに参りました」


 アヤカは、六波羅探題関係者+神野の分を印刷した資料をカバンから出した。

 なお、今は夕方前の休憩時間。

 今日に限っては子供たちも来ていない。


「……このオバちゃんが敵のボスかいな。ふつー、こういう野望を抱くのはふつー、オッちゃんじゃないんや?」

「ですよね、ユズハちゃん。彼女の言っている世界平和とか平等な社会ってのにはうなづけるけど、そこに邪魔な者、異質なもの、違うモノを全て排除するってのは嫌だよね」

「そうなの、マオお姉さん! アタシもユズハちゃんも、マオお姉さんも皆違ってて良いんだもん!」

此方(こなた)なぞ、生物由来すらないから最初から排除とは嫌なのじゃぁ!」


 三人のアヤカシ+ヒトの娘達はワイワイと話し合う。

 お互いに違う存在であるから、そしてお互いに理解できる存在であるから、一緒に居られる。

 それを実体験で今も行っている彼女達からすれば、財団総帥の考えは理解できないのだ。


「概ね、一神教の熱心な信仰者が捻くれた場合に起こしてしまいがちな思想ですね。『神の愛』を理由にして全てを自分達と同じにしていく。もちろん大半の方、日本でも教会で祈られています方々はそんな事は考えていません。私個人でもお友達な神父さんや牧師さんもいますから」


「ええ。中東辺りで起こる宗教テロに見せた事件も大半は、思想を利用して配下を騙して事件を起こして、お金を儲けている悪党の仕業です。日本でも宗教を隠れ蓑にした犯罪集団も過去現在存在しますので、公安調査庁も警察庁、国税庁と一緒になって動いています」


 大抵の宗教団体は無課税であるが、そこを利用してマネーロンダリングをしている悪しき場合もあり、税務署の上部組織たる国税庁も動きを見せる。


「アメリカのギャングのボスを追い詰めたのは税務取締局員やったな」

「映画でアタシも見たの!」

「確か禁酒法時代のお話でしたよね」

「此方、それは知らないのじゃ!」


 ハジュンは姦しい娘達が仲良く話し合っているのを見て微笑む。


「で極秘情報ですが、今回財団の代表がアメリカから来日する事が急遽決まりました。また同時期にイギリスから魔術結社『黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)』の流れを組む術者が来日するとも。昨今、各種結社に財団が資金援助をしているらしく、繋がりが気になります」


「つまり国は、私にウォーレイ女史が来日している間に身柄を確保、若しくは消してほしいと……」


 アヤカはゲオルギネス財団総帥、アシュリー・ウォーレイ女史が来日する予定がある事をハジュン達に知らせる。

 その情報から、ハジュンは国がアシュリーを来日中に消してほしいと判断した。


「そ、そういうことは、下っ端のわたしの口からは言えないですよ。そのあたりのご判断はお任せいたします。もちろん明らかなテロ行為や犯罪は契約通り禁止事項。故意では無い事故であればしょうがないのですが……」


「荒巻様、それは事故死を装えと暗に言ってますよ。国、雇い主のお望みがそれであれば、私は実行しますけど。そこの甘ちゃんなハジュンさんは望まないでしょうがね」


 アヤカは事故であればしょうがない、つまりは暗殺と分からない状況であれば殺害も可であると話す。

 それは国家安寧をつかさどる司法官としては、ありうる考え。

 こと、国家が直接殺すのではなく、雇われのアヤカシが暴走して勝手に行った事。

 最悪、暗殺が財団やアメリカにバレたとしても、国は知らぬ存ぜぬを決める。

 そういう「約束」をするつもりなのだ。


「きたなーい! 大人の世界は嫌ですぅ!」

「ウチも、そういう考えは嫌いやな」

「此方も好かんのじゃ!」

「ハジュンさん、わたしも、そういう汚い事は嫌です。でも、今のままでは彼女は日本を壊しかねません。わたし、彼女と話して止めてみたいです!」


 娘達は、その身の清らかさと同じ考えで、国の「汚い考え」を否定する。


「貴方方、そうやって荒巻さんを責めてはいけません。彼女とて、そうする気なら私に頼まずに神野だけで暗殺している事でしょう。彼なら契約さえあれば国外で暴れらますし」

「で、そのハジュンさんは、どうなさりますか?」


 政治が清濁併せのまなければならないのは熟知しているハジュン。

 娘達を(たしな)めるが、そこを嫌らしい眼で見てくる神野。


「そうですねぇ。マオさんではありませんが、直接談判に参りましょう。時代劇でいうところの大詰めバトルシーンです」

「なるほど、それなら私も楽しみです。一枚、噛ませてくださいませ」


 ニヤリと神野に笑いかけるハジュン。

 その様子に神野も満足そうな顔を返した。


「なあ、マオ姉はん。案外、あの二人。仲()えんちゃう?」

「ユズハちゃんもそう見ちゃうの? わたしも、最近あの二人って結構似てるし仲良い気がしてきたの」

「もしかして、マスターが神野を嫌っているのって同族嫌悪?」

「嫌い嫌いも好きのうちなのじゃ!」


「貴方方、好き勝手言わないでください! チャンバラに連れて行かないですよぉ!」

「ははは! やはり、いつの時代も男は女に勝てない。私も思い知りました」


 姦し娘達が自分達の事をある事ない事を話しているのを聞きつけ、困るハジュンと笑う神野であった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「ミズ・ウォーレイ。この度は遠いところ、我が国へお越しいただきありがとうございます」

「ふん! 本当なら、このような異形や異教徒ばかりの国になって本当は一歩も足を踏み入れるつもりは無かったですの。儀式の都合上止む無く来たまで。また貴方は同じ神を信じる者だからお話を聞くだけ。そのあたりはご理解くださいませ」


 冷や汗を流しながら六十代後半くらい、かつては美女であったとも思われる痩せた銀髪白人女性の相手をする日本経済団体の総帥。

 しかし、彼を視線にも入れず嫌そうに英語で話す彼女。


 都内高級ホテルの最上階、ロイヤルスイートにゲオルギネス財団最高責任者、総帥アシュリー・ウォーレイが居た。

 彼女が代表を務める財団、元は第二次大戦での寡婦(かふ)達が同じく夫を亡くした者達を救うために国からの支援で生まれた団体である。

 そして、いつしか戦争で死ぬ自国の者が減る様にと兵器開発にも手を出した。

 そこには銃を持つ権利を謳うアメリカらしさもあったと思われる。


 また、そこに一神教の一派、最後の審判での救済を求める保守派らが加わり、より保守的、排他的な組織になった。

 更には保守派でも神秘主義、神による奇跡を求める者達が魔術団体へと接触、魔術さえも取り込み、異形なもの、異教徒全てが敵、利用すべき資源であり、亡ぼす存在であると団体全体が動き出した。


「全ては、あの日。わたくしの息子、マイクが遠い砂漠の地にて亡くなったのが始まり。あの日から、わたくしは息子を殺した異教徒、そして彼らが信仰する悪魔が許せないのです」


 アシュリーの息子、マイクは、自ら国を守ると志願し、陸軍戦車隊としてアフガン戦争で戦った。

 だが、マイクが搭乗していたM1戦車は、子供を囮にした砲弾使用のIED(即席爆発装置)によって失われた。


「悪鬼共は、子供を犠牲にしてマイクを、多くのアメリカ国民を殺してきたのです! それは絶対に許せません。彼らにはいずれ天罰を加える必要があります。今回の作戦は、まず一歩。異教徒共にとって最大の経済拠点であり、異教の悪魔が多数住まいし国、日本を破壊します」


 元々信心深い一神教の信徒であったアシュリーは湾岸戦争で夫を、そしてアフガン戦争で息子を失う事で、全ての異教徒、異形なモノが許せなくなった。

 息子マイクは怪我をした子供を救うべく、戦車から降りてわざわざ助けに行ったと聞く。

 なのに、異教徒は子供ごと、同じ神を信仰する多くの民ごとIEDを起動し、全てを殺した。

 同胞をも犠牲にする悪鬼の行いが許せなかった。


 だが、アシュリーや財団の訴え、敵国の殲滅をアメリカ本国は躊躇(ちゅうちょ)して行わなかった。

 核の使用すらも圧力をかけて進言したものの、石油資源やロシア、国連の顔を見て動かず、戦地からも兵士達を引き上げたのだ。


「うふふ。本国も属国たる日本での実験結果を見れば、重い腰を上げるでしょうね。核を上回るオカルト兵器、そして地震誘発兵器。そして母国を財団は裏から支配して、世界は我らの元に統一されるのですわ!」


 核兵器を使用すれば、使用国は国際社会で孤立し、最悪は攻め滅ばされてしまう。

 しかし、オカルトについては現代社会では認知されていない。

 ましてや魔術をも併用した地震誘発兵器の存在は、認めないであろう。

 

「核と違い、異教徒や異形な悪魔を原材料にするオカルト、地震誘発兵器。躊躇なく他国を亡ぼせるのですから、今まで通りにはならないのですわ、おほほ! それに日本が経済力を無くせばアメリカの経済も復活する事でしょうしね」


 アシュリーは高らかに嘲笑する。


「さて、ナタリー。イギリスの術者とやらは既に来ているのですか?」

「はい、総帥。今は別室にて待機しています」


 三十代半ばに見える眼鏡を掛けた赤毛知的美女がアシュリーの横で秘書をしている。


「今は半分プライベートですから、お|義母様で良いのよ。ナタリー」


 アシュレーは今までの硬い表情から母の顔になる。

 ナタリーはアシュレーの息子マイクの妻であった女性。

 今は幼い子を母国に残し、同じ寡婦として母の元で財団で働く。


「お義母様、今は油断できないです。日本は治安が良いとはいえ、こちらの工作員(メン・イン・ブラック)がここ半月程で壊滅しています。警察機構に捕まった様では無いですが、何があるか分かりません。もし、計画が日本政府に漏れていたら暗殺もあり得ますわ」


「でも、既に儀式に必要な『資材』に人材は工作員の方々によって集められているのでしょ? なら問題無いわ。ナタリーは心配性ねぇ。ありがとう。わたくし、別に命は惜しくないわ。マイクとあの人に逢えるのならね。でも、その前に悪鬼共を地獄へ送らなければ……」


 ナタリーは義母アシュレーに、最近日本で財団の配下が倒されている事を説明する。

 工作員達は、アシュレーらの指示で儀式に必要な魔力や触媒としてアヤカシや霊能力者たちを誘拐していた。


「そういう事ですか、事情は全て理解しました。ですが、その野望は阻止させて頂きます。日本を守るアヤカシとして!」


 アシュレーが闇深い笑みを見せた時、やや低めの若い男性の英語が豪華な室内に響いた。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「そんな事があって歪んでしまったのね。わたし悲しいです……」

「ウチでも怒り狂うよ。テロはあかんなぁ」

「でも、全ては戦争が原因。殺して殺されるのはアタシ嫌なのぉ」

「此方、どうすればいいのか分からんのじゃ!」


 ハジュンが作った鏡状に見える次元バブル、そこからハジュン、神野、姦し娘達はアシュリーらの会話をハジュンによる翻訳込みで隠し聞いていた。


「自らの同胞をも巻き込んで人殺しをする輩は私も許せません。今回の事とは別に、ちょっとお仕置きに行きたいです。ただ、そのバチかぶせとして日本を襲うのは違います!」

「まあ、その怒りも恨みも私個人としては美味しい感情なんですけどね。これで日本を亡ぼすなぞ言い出さなければ、私が契約して本来の復讐を遂げさせてあげますのに……」


 鬼神どももアシュリーの会話を聞きながら、それぞれ思う事を呟いていた。


「でも、その前に悪鬼共を地獄へ送らなければ……」


「さて、では皆様。行きますよ。こういう時は時代劇チャンバラシーンのBGMが欲しいものです」

「珍しく意見が一致しますね、ハジュンさん。さあ、ショータイムです!」


 二人の鬼神はノリノリで次元バブルから飛び出した。


「そういう事ですか、事情は全て理解しました。ですが、その野望は阻止させて頂きます。日本を守るアヤカシとして!」

What()!?」


 アシュリーや周囲を警戒していたSP達が驚き叫ぶ。

 今まで何も無かったはずの空間から突然鏡状のものが浮かび上がり、そこから数名の人達が飛び出してきたからだ。


「ゲオルギネス財団最高責任者、総帥アシュリー・ウォーレイ! 貴方が目論む計画。それを実行することは許せません。私、護法鬼神 佐伯ハジュンがお大師様の名代として、貴方がたを阻止します!」


「では、私も名乗りましょうか。魔界十三公爵家が主、またの名を第六の魔王、百鬼夜行の棟梁、神野悪五郎でございます!」


 妙にノリノリで名乗り上げをする二人。


「うん。やっぱりお二人は似たもの同士ね」

「アタシもここしばらくの二人見て思ってましたが、今確信しましたぁ」

「ウチ、こういう場面好きなんやぁ。さあチャンバラの開始や!」

「此方、マオ殿達を守るのじゃ!」


 ひとり、娘達の前で防御結界を張るカガリ以外の娘達。

 すっかり観戦モードに入っていた。


「ひぃ! 一体、何処から入ってきたぁ!」

「あ、そこの経団連の方。後から国税局の方が聞きたいことがあるそうですよぉ」


 腰を抜かしていた経済団体総帥の老人に対し、トドメを刺すハジュン。

 その言葉の意味を悟り、老人は完全に黙り込んでしまった。


「SP、早くこのバケモノ(Monster)共を排除しなさい!」

「はっ!」


 アシュレーを警護していたSP達。

 懐から特殊警棒を持ち出し、ハジュン達に殴りかかった。


「一応、日本国内だからと銃器の使用は遠慮してくださったのですね。助かります」

「そうですか? まあ、銃火器はあまり面白味が無いですね。これが大砲クラスになれば、別の意味でロマンあるんですが?」


 殴りかかってくる屈強なSP達を軽くいなしては気絶させていく鬼神二人。

 あまりにもの強さにアシュレーは、後ずさりをする。


「そ、そういえば術者が居ると行ってましたね。ナタリー、早く呼び出して……!」

「はい。あ、今来ました!」


 ドアを開け、飛び出してきたイギリス紳士。

 彼は状況を見、自らの懐からカプセルを取り出す。

 そして床に投げ、叫んだ!


「天地創造より存在し、地の魔にして終末の魔神! 貪食の悪魔、ベヘモットよ。出でて、眼前の敵を屠るのだぁ!」

「ぐぅわぁぁ!!」


 床に黒い穴が開き、そこから身長3メートルを超える巨体が出てくる。

 それはカバともゾウとも、龍とも見える異形の魔神であった。


「あら、ベヒモスさんですか。あんな下級術者と契約なんてしちゃうとは……」

「ハジュンさん、そんな事は言ってあげたらベヒモスさんが可哀そうですよ。彼らもソロモン王の残した秘術の前には従う契約ですものね」


 しかし、異形の巨体を見ても慌てもしない鬼神達。

 SPを全員打倒し、魔神を見てため息を付く余裕すらある。


「あれって確か凄い悪魔さんですよね?」

「マスターにとっては対した事ないですよぉ。前もハエの魔王さんを追い返してますしぃ」

「へぇ。ハジュンはんって悪魔王クラスに勝てるなんて流石はお大師はんの護法鬼神はんやねぇ」

「皆は緊張感が無さすぎなのじゃぁ!」


 もはや観客モードの姦し娘達。

 本来であれば人類が勝てないクラスの魔王を見ても、ハジュン達が困る様子を見せもしないので安心しきっている。


「ぐる? ぎ!? ひぃぃぃ!!」


 当のベヒモス、二人の鬼神が真の姿、魔王へ変身するのを見て後ずさりをする。

 そして、悲鳴を上げながら自分が出来てた穴に飛び込んで逃げて行った。


「え? 一体?? ぎゃん!」

「貴方、人々を苦しめる呪法を使うのは辞めましょうね。さて、ロンドンの魔術協会にも一言文句を言わねば」


 ハジュンは文句を呟きつつ音も無く術者に接敵し、デコピン一撃で術者を気絶させた。


「さて、チェックメイトです。ミズ。貴方の野望はこれで終わりです。まもなく到着します日本公安が貴方を保護致しますので、ご同行願えますか?」

「まったくハジュンさんは甘いですねぇ。まあ、今回は美味しいものを沢山食べられましたし十分暴れられました。その上、国とのコネが出来ましたから、私は満足ですが」


 ビシっと指をアシュレーに突きつけるハジュン。

 神野は、苦笑しながら気絶している者達を術で作られた縄で捕縛していた。


「ど、どうしてモンスターが人と共にある? そして、どうして人を助けようとするのだ?」


「そんなの当たり前じゃない。アタシ、人間じゃないけど人間が大好きだよぉ」

「ウチもそうやな。そりゃ、アンタの息子らを殺したりした悪人もいるけど、大半は良い人ばかりや!」

「此方らも人の思いで生まれた存在なのじゃ。人とアヤカシ。その心には大きな違いは無いのじゃ。悪人も居れば善人もいるのじゃ!」


 アヤカシ三人娘達も、荒事が終わったと判断し、己のアヤカシ姿を見せながらも困惑しているアシュレーに語りかける。


「アシュレーさん。貴方の受けた悲劇、それは悲しい事と思います。ですが、それで何の罪もない人やアヤカシさんを巻き込んで復讐をなさるのは違うと思います!」


 唯一、人間であるマオもアシュレーに対し、説得を始めた。


「わ、分からない……。人同士、同じ国民同士でも殺し合うのが現実だぞ。なのに、異種のモノと何故小娘、オマエは一緒に居られるのだ?」


「そうですねぇ。わたしはこの人達に沢山助けてもらいました。そして、一緒に沢山の人やアヤカシさん達を助けてきました。それは、わたしが人助け、アヤカシさん達を助けたかったからです。皆、色んな事情があっていろんな考えがあります。ですが、皆さん同じ心を持っているんです!」


 ハジュンは、マオがアシュレーに対して話しかけた内容を翻訳して伝える。

 他の者達は、自分達が話すよりも良いと判断し、マオに任せた。


「では、ワタクシはどうすれば良かったのですか。夫も息子も異教徒に殺されました。この復讐は……、悪しきモノに対しての天罰は!」


「そうですね。決して許せないでしょうし、許す必要も無いと思います。多分、わたしでも家族を殺されたのなら許さないでしょうね。戦争でお互いに殺し合うのは悲しいですが……。更にテロで自国民を巻き込んでも殺し合いをする悲しい人達なんて……」


 涙をこぼしながら、アシュレーに話しかけるマオ。

 その様子にアシュレーの横に居たナタリーも動揺を始めた。


「許さないのならどうするのですか? 貴方は復讐をするなというのでしょ? それでどう怒りや悲しみを無くすのですか?」


「わたし、昔ある人に聞いたことがあるんです。許せない相手が居ても、そいつと同じレベルまで落ちなくても良い。最大の復讐は、そいつよりも幸せになってしまう事。そしていずれ天罰によって酬いを受ける敵を憐れんでみるのだと。それでも許せないのなら、その人だけに復讐をしろとも言ってました」


「マオ姉はん、良い事言うやん。確かに家族を殺された復讐で、犯人だけ殺すんなら情状酌量、百歩譲ってエエけど、そいつの家族や無関係の人まで殺したら、もはや正義でもなんでもないやん」

「江戸時代の敵討ちでも、決まり事あったよねぇ、ユズハちゃん」

「此方、復讐の連鎖は見たくないのじゃ!」


 アヤカシ娘もマオの意見に同意している。

 古今東西、復讐の連鎖が拡大し、より大きな悲劇を生み出しているのは事実だ。


「……貴方は綺麗ごとばかり言うのね。まだ未成年みたいだけれど、これからの先、貴方はいつまで綺麗ごとを言えるのかしら?」

「あ、すいません。これでもわたし、二十代半ばなんですが……」

「え!? こ、これだから日本人の年齢は分からないわ。全く……ははは」


 マオをどこか羨む様な声で語りかけるアシュリー。

 そこで、雰囲気を和らげようと思ったのか、子供と思われていたことを否定したマオ。

 想定外の答えを聞き、つい笑い出したアシュレーであった。


「綺麗ごと、結構です。マオさんは、いつまでも綺麗ごとを言っていて欲しいものですし、私が必ずお守りします」

「世の中、綺麗ごとばかりでは無いですが、ここまで綺麗ごとを押し通せるのなら、それも一興ですね。ふふふ」


 鬼神達も雰囲気が落ち着いたのを見て、安堵する。


「ああ、久しぶりに笑わさせて頂きました。その礼に今回は大人しく退散させて頂きますわ。さて、そちらの鬼神さん達。この子達がいつまでも仲良く、甘い夢物語を語っていられますようにお願いしますね。後、出来れば日本以外でもこの平和を伝えて欲しいわ」


「お、お義母様! このような絵空事を言う小娘にほだされて復讐を忘れ、マイクを殺した異教徒を許すのですか!?」


 アシュレーは毒気を抜かれて日本での作戦を諦めるが、愛する夫を失ったナタリーは納得しない。


「犯人を許すはずは無いでしょ? でもね、こんな可愛いお嬢さん達を巻き込んで行う復讐に意味が無いって思っただけ。異教徒でも、こう神の言葉を語る子達がいるんじゃ、こっちが悪者よ?」


「そ、それでは、今まで望まぬ所業をしてきたワタシの人生はムダじゃないのぉ!」


 今までの人生を否定されたナタリーは懐から小型拳銃を持ち出す。

 そして義母アシュリーに向けた。


「マイクは、マイクは戦争に行きたがる人じゃなかったの! お義母様、アシュリー、貴方が戦場へ向かわせたのぉ!」


「……そうね。確かにわたしは幼少期よりマイクに強い人になれ、貴方の父のような人になって国民を、わたし達を守るのって言ってきたわ。……全部、わたしの私怨が原因なのかしら……。あの人を失った怒りが息子、マイクまで戦場に送って失う事になったのかも知れないわ……」


 拳銃を突き付けられ、自虐気味に己の罪を語るアシュリー。

 ハイスクール時代からマイクと恋人同士だったナタリーにとって、マイクは戦場で戦うのに向いた人では無かった。

 最後が子供を巻き込んだテロであったように、優しすぎる人だった。


「……さあ、撃ちなさい。貴方にはその権利があります。ええ、復讐先は、ここにいますよ」


 アシュリーは眼を閉じ、己の額を指し示す。

 しかし、プルプルと手が震えるナタリーは引き金を引けない。


「あ、ああああ!」

「やめて!」


 しかし、引き金に力を込めたナタリー。

 パンと軽い音がした瞬間、いつのまにかアシュレーの前まで近づいていたマオはアシュレーを突き飛ばし、己を銃口へ晒していた。


「マオお姉さん!」

「マオ姉さん!」

「マオどのぉ!」


 マオの動きに気が付いていなかったアヤカシ娘達は叫びながらマオの元へと走り寄る。


「わ、わたし……」

「もう止めましょう。貴方が手を汚すことはありません。貴方がたの恨み、この神野が買いましょう。ちゃんと犯人のみを地獄へとお送りします事をお約束しますから」


 拳銃をナタリーからそっと取り上げる神野。

 さりげなく「悪魔のささやき」をするのは神野らしい。


「あ、チヨちゃん?」

「お姉さん、無茶しちゃダメなのぉ……!」

「ほ、ホンマ、止めてなぁ。う、ウチぃ」

「此方、早く傷を見るのじゃ。ハジュン殿、早う治癒するのじゃぁ!」


 うっすらと眼を開けるマオを心配して、泣きながら囲みこむアヤカシ娘達。

 その様子を見て、アシュレーは悟った。

 お互いを思いあうのに、宗教や種族は関係ないと。


「もー、マオさんには腰縄付けたくなりますよぉ。あ、皆さん大丈夫です、ご安心を。元々弾は違う方向へ飛んでいます。もし、当たりそうでも私が絶対に当てさせませんよ」


 ハジュンは、柔らかい笑みを浮かべながら娘達の集団へと歩み寄る。

 そしてアシュレーに優しく語りかけた。


「良い風景でしょ? お互いの心が通じるのには、存在の違いなんて大した意味は無いんです。お互いの違いを認め合えば、いつでも友達になれます」


「……わたくし、己の怒りに固まっていたのかしら? 孫くらいの子達が仲良くしているのを見ちゃうと、怒りなんて消えちゃうわ……。でも、遅かったわ。わたくし、多くの罪を……」


 娘達がふざけ合う風景を見て、眼を細めるアシュレー。

 もし自分が怒りに溺れなければ、今頃は孫と一緒に同じように笑いあっていたのかもと。


「過ぎたことは、最早取り戻せません。ですが未来は変えられます。今から変えるのに遅い事はありませんよ」


 こうして日本沈没作戦という最悪の事態は、マオの行動により回避されたのだった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「さあ、クリスマスとお正月は最大のビジネスチャンス! ケーキにおせち料理と宣伝を宜しくお願いしますね」

「はい、ハジュンさん!」

「はいなの、マスター!」

「はいな! ハジュンはん」

「此方、了解したのじゃ!」


 年末の喫茶店「六波羅探題」は今日も姦しい娘達で賑やかだ。


「神野はん、結局アメリカに行ったんやな?」

「ええ、ユズハちゃん。財団と契約して、色々とやっている様です。まあ彼の事ですから必要以上の殺生はしないでしょう。そちらかといえば、相手を簡単に殺さずに恐怖させて楽しむタイプですから」

「ま、まあ、無差別のミサイル攻撃よりは被害者もいないですから……ははは」

「笑うしか無いですよね、マオお姉さん」

「此方、神野の笑いは怖かったのじゃぁ」


 魔神、神野は日本公安調査庁との契約終了後、そのままゲオルギネス財団と契約をし、渡米していった。

 戦争犯罪者の捕縛を頼まれたそうで、殺さずかつ恐怖に覚えさせてから確保するので証言も得られやすく、早く牢獄に身柄を確保してくれ、この悪魔から守ってくれと逮捕者が悲鳴を上げるのだとか。


「先日、神野から映像付きメールが来てましたが、グアンタナモで嬉々として働いているそうですよ。あれ、天職かもしれないですね。まあ、世の中が平和になるのなら……」


 昼に配達する弁当を調理しながら遠い眼のハジュン。

 その様子に姦し娘達は顔を見合わせて笑いあった。


「アシュレーさんやナタリーさんが元気になるのなら良いよね」

「世界平和ばんざーい!」

「平和が一番や。お金儲けも平和じゃなきゃでけんからな」

「此方、みんなで笑いあうのが一番楽しいのじゃぁ!」


 四国のど真ん中、大師堂横にある一風変わったアンティーク喫茶店「六波羅探題」。

 そこは、今日もアヤカシと人間が楽しく過ごす憩いの場。


「いらっしゃいませ!」


 そして、また一人の客が今日も訪れる。


(完)

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