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 夏休みが終わると今年も運動会の季節がやってきた。

 例年通りリレーの補欠に選ばれ、皆に薦められる形で放送係の座も手にした。ちなみに午後の部の担当である。わーい、テントの下で過ごせるぞー。

 学年別の種目を除けば大まかな流れは今年も変わらないが、俺達は6年生。初等部最後の年なので、すーちゃんなど体育が好きな子達は去年までと比べて特に気合いが入っている。

 また、最高学年として同じ組の子達を引っ張っていかなくてはならないため、どの競技においても代表として先頭に立つことになる。その最たるは各組の応援団の団長だ。

 毎年6年生が務めることになっており、種目の一つである応援合戦のみならず要所で周りの士気を上げる役目を担う。団長=組のリーダーと言っていいだろう。

 そのリーダーには、うちのクラスからは南ちゃんが選ばれた。選ばれたというか、立候補だ。

 すーちゃんも手を上げたが、明言されていないものの団長は男の子の役目という空気が作られていたため、彼女は副団長になった。

 小学生ならそこまで体格や体力に差はないし、声が出るなら女の子でも良いと思うが、結局多数決で負けてしまったので仕方がない。

 すーちゃんは真田君がB組の団長に決まったので自分も同じ立場になって捻り潰してやりたかった、と悔しがっていた。相変わらず対抗心がすごい。こいつら絶対中等部か高等部辺りで付き合うわ。めっちゃベタな幼馴染恋愛始めるわ。


 いつも通り放課後にはリレーメンバーによる練習が行われた。

 久藤少年は今年も暑さに負けて一人で勝手に夏休みを延長していたので家まで迎えに行った。

 学校行くよ、と言った俺に「夏休みは10月までだぜ」と堂々と放った彼には感心する。お前真顔でよくそんなこと言えるよ。



 さて、本番2日前には全校児童を集めて運動会の予行練習が行われる。

 予行と言っても競技を実際に行うわけではなく、進行役による紹介と参加する生徒の入退場のみで終わる。徒競走で1、2レース目の子達は走らせたり、比較的短時間で終わる学年別競技や応援合戦は本番通りに行うが、他はばっさりカットだ。

 2日前ともなれば教員・生徒共に準備は整っているし、各競技の流れも理解しているので動きに迷いがない。今更プログラムに手を加える必要もないため大抵の場合はつつがなく終わるのだが、今年はそうもいかなかった。


 高学年による応援合戦で事件は起きた。

 正確には応援中ではなく、応援歌の合唱中だ。先生方も一緒に全校で合唱するのだが、恐ろしく声が小さい。

 800名以上いるはずの歌声がスピーカーから流れる伴奏に負けているくらいだ。

 1年生以外は一応去年も歌っているはずなのだが、これがもう、全員初めて歌うのかってくらいうろ覚えなのである。なんか応援に全力を出しているせいか歌はそんなに練習しないんだよね。

 歌詞の書かれたカンペを持っているのだが、そもそもメロディーが分からないのでまともに歌えないのだ。サビのごにょごにょ具合は集会での校歌斉唱に匹敵するものを感じさせる。


 学園生活6年目になる俺達も例外ではなく、カンペをガン見しながらぼそぼそ歌っていた。

 異変に気が付いたのはその時だ。

 ふくらはぎの辺りに何かが当たった。小さな粒のように感じる。隣で歌っていた未来ちゃんが「痛っ」と小さく口に出した。

 粒のような何かが飛んできたのは俺だけじゃないようで、未来ちゃん以外にも近くの女の子達が顔を見合わせた後、何かが飛んできた方へ目を向ける。視界に入ってきた光景に仰天した。


 男の子が二人、掴み合いの喧嘩をしていたのだ。うちのクラスではなく、恐らく5年か4年だ。

 応援歌は全校で歌うものの基本的に応援合戦は高学年の競技として分類されているので、4年から6年だけ通常の応援席から離れた場所に組ごとに陣取ることになる。そのため周辺にいるのは、高学年のD組の子だけだ。

 トラックの線に沿うように4年、5年、6年と横並びになっているので、彼らはすぐ隣の5年の子である可能性が高い。

 いやいや、なんで歌の最中に殴り合ってんの。

 二人はクラスの列から少し離れたところで、片方が馬乗りになってもう片方が鼻血を出しながら抵抗するというまるでいつぞやの俺と久藤少年のような状態になっていた。

 彼らと同じクラスだと思われる子達はおろおろしているだけで、二人の間に入れないでいる。

 頼りの先生は、予行ということもあり出番がないと思ったのか校舎前に大集合している。

 そのうえ運悪くD組はトラックの端の方を陣取っているため、校舎前や低学年の応援席に数人残っている先生方からは俺達の姿は殆ど見えない。

 

 こういった場合は先生を呼びに行きつつ、誰かが仲裁に入るべきなんだろうが、年長者の6年でこの喧嘩に気が付いたのは一部の女子だけで、合唱中という事もあり歌声と伴奏にかき消されてこの騒ぎは殆ど届いていないようで、皆カンペに夢中である。

 こんな時に頼りになりそうな南ちゃんやすーちゃんは応援団として前に集まっていて、騒ぎに気が付く気配はなかった。

 二人の喧嘩は激しさを増している。


「やめろって!」


 気が付いたら、俺は馬乗りになっていた方の腕を掴んでいた。

 女子だが背は高いし、小学生のうちは男女に大きな力の差はない。引っ張るように押さえつけて動きを止める。

 突然のことで驚いたのか男の子は殆ど抵抗を見せなかった。しかし落ち着いたわけではないようで、肩で息をしている。


「未来ちゃん、先生呼んできて」


「う、うん」


 近くにいた未来ちゃんに頼むと驚き固まっていたがすぐに頷き、先生の元へ走った。

 事故や事件現場で人がたくさんいると誰かが通報するだろうと思って誰も何もしない事がある。その場合はとりあえず指名して役割を与えた方が良いと何処かで聞いたので今回は未来ちゃんにお願いした。先生が来てくれないと流石に困る。

 先生の元へ向かった未来ちゃんの姿が見えたことで他の子達も様子がおかしいことに気が付き、数人が騒ぎの原因であるこちらを振り向いた。


「百合香どうした!」


「なに、大丈夫!?」


 段々とざわつき始めたため一番前の応援団も異変を察知し、人をかき分け南ちゃんとすーちゃんが来てくれた。

 押さえつけていた子が俺の手を振り払おうとしたので南ちゃんとすーちゃんに手伝ってもらう。

 残ったもう一人は地面に手をついて咳き込んでいた。地面にぽたぽたと血が落ちる。

 そういえば鼻血を出していたことを思いだし、今押さえている子は一旦二人に任せてもう一人の彼の様子を伺う。

 大丈夫?と尋ねるが返事はない。苦しいのかひたすら咳き込んでいた。

 地面に血溜まりが出来ていたのでポケットからティッシュを取り出し、彼に渡す。

 それを見ていたうちのクラスの女子達が「これも使って!」「私のも!」とティッシュを差し出してくれた。ぶっちゃけもうすぐ彼は保健室に行く事になると思うのでこんなにたくさんはいらないが、ありがたく頂いておいた。

 山盛りになったポケットティッシュを使っていると未来ちゃんに呼ばれた先生方がやって来て、彼と押さえられていたもう一人を連れて行った。

 

 このD組男子の喧嘩話は瞬く間に広まり、お昼休みはこの話題で持ちきりだった。まあ、全校生徒が揃っていたわけだからね。

 後で聞いたのだが、喧嘩の理由は片方がふざけて小石を投げて、それが当たったかららしい。つまり最初にふくらはぎに当たった粒のようなものは、その小石だったわけだ。子供の喧嘩って本当に些細なことから始まるので難しい。

 しかし本番ではなく予行練習での出来事だったのは不幸中の幸いか。運動会当日の出来事ならもっと大変だっただろう。

 

 という日にちは関係なく俺は俺で大変だった。最初に止めに入ったため、クラスの皆から「流石は百合香」という尊敬の眼差しを向けられたのだ。そこまでは良い。

 問題はあの場で俺が止めに入った姿を直接見たのはD組の高学年だけだったものの既に校内で無駄に有名人だったためすぐに個人特定され「6年の白峰百合香が喧嘩を止めた」と話を広められたことだ。

 止めたって言ってもそこまで大したことじゃない。ちょっと押さえていただけだ。

 なのに、皆俺が全てを解決したかのような口ぶりで広めるのだ。ああー!もう、このパターンやめて。

 と思って行動しても一度広まれば火消しはできないのだと今まで何度も経験している。

 最初に止めに行ったのが南ちゃんならここまで話題にならなかったはずだ。俺が今世紀最大の美少女でこういった喧嘩の場に出てくるキャラじゃないから目立つのだ。

 あとで困るから過大評価やめてほしい。

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