暗く淀んだ空の色
「あぁ、ルシフェル様ぁなんて柔らかい髪をしているのかしらぁ、本当に惚れ惚れするぐらい美しいですわぁ!」
「ルシフェル様、君の指は細く、白く、滑らかでなんと上品な事だろう、私はこの指を触れるだけで君に一生尽くすことを誓えるよぉ」
「何やってんだお前ら…」
風呂から出て、用意された黒いローブのようなマントのような物を羽織り、中には白いシャツを着て、宛ら、よく見るヴァンパイアのような格好をしたアザゼルは、応接間に向かったのだが、中に入って見ると、なかなかに信じ難い光景が広がっていた。
応接間、と呼ばれるその場所はやはり洋風な雰囲気を感じるのだが、アザゼルがよく目にしたことのある以前の世界でいうのなら、だいぶ広めで豪華になった校長室。といったところだろう
一番、奥には窓ガラスがあり、その前には机とふかふかそうな大きめの椅子が設置されていて、中央には横長のテーブルに、これまた横長のソファーが並ぶ。
そして、その驚きの光景はソファーにあった。
深々とソファーに腰掛けたルシフェルは足を組み、そのソファーの背もたれを挟んだ後ろには恍惚な表情を浮かべながらルシフェルの髪を櫛でとかすサッキュバス、ソファーに腰掛けるルシフェルのすぐ左側には、片膝をつきながらルシフェルの手を取り、時折その手に口ずけをしたり、舐める様に眺めるインキュバス、の姿があった。
見てはいけない光景を見てしまったかのようだ。
「あぁ、遅かったなアザゼル。待ちくたびれたではないか、…ふむ、馬子にも衣装というような感じだが、幾分かはまともな見た目にはなったようだな。」
特に驚くこともないだろう、というようにルシフェルは、立ち尽くすアザゼルに平然とした表情で話しかけた。
彼女達にとっては、これが日常なのかもしれない。
驚いた自分の方がおかしいのか?と混乱するアザゼル
「んん?あぁー、うーん?…まぁいいか、考えるだけ無駄な気がしてきた…しっかし、馬子にも衣装とは酷い言い様だなぁルシフェル?俺もまさか用意されたのがこんな服だとは思ってなかったよ、人間から奪ったやつを用意するって言われてたしな、もっと貧民みたいな服をイメージしてたんだけど、…こう、穴はあいてないにしてもボロボロのやつ」
最初は腕を組み、首を左右に傾けながら考え込むアザゼルだったが、諦めた様に考えるのをやめると、組んでいた腕を解き、ブランと手を下げた。
馬子にも衣装、と言われたその服装は確かにアザゼルが先程、身にまとっていたTシャツなどとは違い、人間から奪ったと聞かせられていたが、想像していたよりも綺麗なものだった。
「見窄らしい格好を見窄らしい格好に変えたんじゃ、意味無いでしょー?私なりの粋な計らいだよ、あ、因みに人間から奪った服ってのは嘘じゃないからね、昔小さな街を襲撃した時に衣服屋から良さそうなものを持ってきたんだ、ルシフェル様の服もその時に仕入れたものだよ、凄く可愛らしいだろう?」
いつの間にか片膝をついていたインキュバスは、ルシフェルの横に腰掛けており、自分のチョイスの良さを自慢げに語った。
誇らしげに鼻を高くする。
「確かに可愛いのは認めるよ、よく似合ってる。ルシフェルの服だけなんか見慣れた感じだったのはそういう事か、納得納得」
アザゼルは再び腕を組むと、コクコクと首を縦に振り、自己解決をした。
「それよりアザゼル、我等が応接間にいるのはただ単にお主を待っていたに過ぎない。明日はお主の初仕事となる大事な日だぞ、お主がこれから使う部屋に案内してやる。付いてこい」
可愛い、というアザゼルの言葉を見事にスルーしたルシフェルがスクッとソファーから立ち上がると、髪をとかしていたサッキュバスが「あぁ…」という声を漏らし、とても残念そうな顔をする。先程まで触れていたルシフェルの髪が手から離れた事を惜しむかのようだ。
しかし、そんな事は気にもせずアザゼルの方に歩み寄るルシフェルはまさに女王様のようだ。
「インキュバス、サッキュバス、我はこいつを部屋まで案内してから自室に戻る。お主達も明日に備えてはやく体を休めろ、わかったか?」
「はい、ですわ!」
「私は自宅待機だけどねぇー、まぁルシフェル様の寝顔を眺める事に全力を尽くそうかなぁ、ふふ」
元気よく満面の笑みで返事をするサッキュバスに対し、インキュバスは不満そうだ。
しかし、ルシフェルも留守番という事に少しだけ頬が緩んでいる。
応接間を後にしたアザゼルとルシフェルは、またも長い廊下を並んで歩いていく。
一階と同じように二階もシンプルだが豪華な廊下に、何個か扉が見える。
作りは一階、二階でこれといった違いは無さそうだ。
黙々と歩くルシフェルに対し、一つ疑問だった事を投げかける。
「なぁ、なんでお前って裸足なんだ?」
そう、ルシフェルは靴を履いていない。
インキュバスは黒い革靴、サッキュバスは丸みを帯びたこれまた黒いパンプスを履いていた。
勿論、アザゼル本人にも黒い革靴が用意されていた事から、靴を履かない文化があるようには思えない。
「ん?急に喋り出したと思えばなんだその疑問は、我が靴を履かないのは単純に窮屈で嫌いだからだ、あと履く時にいちいち屈まなければいけない動作も面倒だからな」
「…あ、そう」
案外なんの意味もなかったらしい言葉を聞いたアザゼルは苦笑いを浮かべた。
そんな話をしているとあっという間にアザゼルの部屋になるであろう扉の前に辿り着く。
応接間からは三つほど離れた所だろうか。
「ついたぞ、アザゼルお主は今日からこの部屋を使え、暴れて破壊などしない限りは好きに使うがいい」
「さすがに一人で暴れたりはしないって…」
扉を開き、中に入るルシフェルの後を追う。
部屋の中にはキングサイズのベッドが一際存在感を放っていた。
扉を開けて目の前の奥には大きな窓があり、薄いカーテンからは、ベランダも見える。
あとは小さな木製の机と椅子、物の少ないシンプルなものだ。
「へぇ、なかなかいい部屋じゃん、快適に側近生活送れそうだな」
「満足そうで何よりだ。因みに我の部屋はこの隣にある、何か用があれば声をかけるがいい、それでは我も自室に戻るぞ、明日は健闘を祈る」
「おう!ありがとな!おやすみ!」
言い終えると、部屋を出ていったルシフェルに少し声を張って就寝時の挨拶をするが、聞こえていたのか聞こえていないのかはわからない。
返事が返ってきてない事から、聞こえていない可能性が高いだろう。
何せこの屋敷の扉はえらく頑丈そうなものばかりだ。
ルシフェルが出ていき、一人になったアザゼルは、勢いよくキングサイズのベッドにダイブする。
ふかふかの感触だ。
やっとゆっくりできる環境にきたアザゼルはふかふかの感触を堪能する。
思えば、通り魔に刺され死んだと思った矢先、この魔王国で目を覚まし、低級悪魔に出会い殺されかけるという体験をした後、少女に胸元を貫かれたり、散々な1日であった。
なぜこの場所にいるのか、この能力はなんなのか。それは未だにわからない。考える事が多すぎる。
ーーーはぁ、疲れた。
悩む事にも、体力を使う。
心の中でそう呟くと、ベッドに横たわったまま顔だけを動かし、視線を窓の外にむけた。
淀んだ色の暗い空が広がっているのが、よく見える。
「…おやすみって言ったけどこんだけ常日頃から暗いと昼間なのか夜なのかわからないな…まぁ、体を休めろってルシフェルも言ってたからきっと夜、なん、だ、ろう…」
言葉が途切れ途切れになったアザゼルの外を見ていた目は、ゆっくりと閉ざされていった。
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次回から、第1章の盛り上がりである、領土交渉編が本格始動しますので、狂ったアザゼルをお楽しみ下さい。ご意見、ご感想もお待ちしております。
これからもコツコツ毎日更新していく予定ですので、よろしくお願い致します。




