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プロローグ

明けましておめでとうございます!!

 グラスダール侯爵領の南端に位置する港町アリスティア。

 穏やかな海に面した特徴を生かし漁業を生業にして来た町だが、役割を見直され最近では交易都市として栄えはじめていた。

 毎日のように商家の船が港を訪れ、乗せて来た大量の商品や人を町に下ろして行く。

 多い日では、一日に二十隻以上の商船が出入りする。

 今日も青空の元、いつものように商品を満載した船が到着していた。


「ふぃ~、久々の陸だぁ」


 船から降り立ったアッシュブロンドの少年は、久々の安定した地面の感触を噛み締め安堵していた。

 八日に渡る船旅をして来たのだが、その旅は決して楽な物では無かった。


 生まれて初めての船旅だ。

 最初の三日は地獄のような船酔いに悩まされた。更に落ち着いたところで海賊騒ぎが発生した。動ける人間は全員駆り出されて操船を手伝った。乗客を含めた全員の働きと速い船足の御蔭で事無きを得たが、踏み込まれていたら絶対に命は無かった。ここまでなら「運が悪かった」の一言で片付くが、少年の不幸はまだまだ続く。

 海賊騒ぎの僅か二日後のことだった穏やかだった海は一変し、高波と雷雨が荒れ狂う死の海へと変わったのだ。熟練の船乗り達の手腕で乗り切られたが、丸一日に及ぶ壮絶な揺れとの格闘は、少年を始めとする乗客達の心を圧し折るのは十分すぎるほどの威力があった。


「もう船には乗らねえ」


 船が縦方向に大きく傾いた時のことを思い出し、二度と船には乗らないことを心に決める。

 果てしなく後ろ向きな決意を漂わせる少年に、中年の水夫が声を掛ける。


「ハハッ、坊主災難だったな」

「おっちゃんか。もう船はコリゴリだよ」


 声を掛けて来たのは、乗船していた船の船乗りだ。

 旅の途中、何かと気に掛けて世話を焼いてくれて随分と助かった。地獄のような船酔いから抜け出せたのもこの男が薬を用意してくれたおかげだった。


「なあに、今回は運が悪かっただけだ。また乗せてやるよ」

「目的地に着いたし、当分遠慮しとくよ。それより宿を取りたいんだけど良い宿屋しらねぇ?安くて飯と酒が上手い上に、美人が多くて部屋が綺麗な宿とか」

「そんな宿があるんなら坊主に紹介する以前に、オレ達が利用するわ。もうちょい現実味のある要求を出せよ」

「いや~、良く町に来ているなら穴場を知ってると思って」


 無茶苦茶な要求に水夫が呆れた視線を向けると少年は笑顔で応じた。

 少年も初めからまともな答えが返ってくると思っていない。少しでも条件に当て嵌まる宿があればいいと希望しての事だ。


「やっぱそんなに上手い話しはないか……」

「いや、無いことも無いぞ」

「へ?」


 ポカンとする少年に水夫がニヤリと笑みを浮かべる。


「さっき積み下ろしの際に、係の連中が教えてくれてな。少し前に開店した店があるらしい。開店したばっかだから部屋は綺麗だし布団も新品同然。しかも宿泊客は格安で湯浴みが出来るらしい。飯も街の食堂から手伝いを雇っているから旨いらしいぞ。それに、主人の嫁さんと従業員に飛び切りの美人がいるらしい」

「それマジ?」


 嘘のようで本当に在り得そうな話だった。

 確かに開店したばかりなら寝具や店は綺麗だろう。飯の方も、料理人が確保できなくて別の店から借りるのも十分納得の行く話だ。美人の嫁と従業員にしても、恐らく従業員の方は、主人と嫁さんとの間にできた娘だろう。俗に言う看板娘という奴だ。

 しかし、どれかひとつだけなら納得もするが全ての要素が詰まっているとなると胡散臭いことこの上ない。だからこそ少年は、水夫の嘘を疑っていた。


「信じられねぇのは無理ないが本当みてぇだぜ」

「う~ん、そんな上手い話あるのかな」

「だったら行って確かめてみりゃあ良いじゃねぇか。オレも見物ついでに行ってみるつもりだしな」

「それもそうだね。それで場所と店の名前は?」

「場所は中央の高台らしい。かなりデカい建物らしいから直ぐに分かるってよ。名前は聞いてねぇが、月の下で羽を休める鳥のレリーフが飾ってあるらしい」


 説明しながら水夫が町の高台を指差す。

 手の動きに釣られて少年もそちらに視線を向ける。遠目だが高台には、質の良さそうな屋敷や家が並んでいる。

 南向きで日当たりも抜群。遮る物がないので、さぞかし見晴らしも良いだろう。


「……おっちゃん、高台はたぶん一等地だよな?」

「一等地だな」


 暫しの沈黙の後、少年が疑問を口にすると水夫が律儀に答えを返す。


「それなのに安いのか?」

「安いらしいぞ」

「あそこまでに結構距離あるよな」

「まあ、近くはねぇな」

「嘘だったら骨折り損だよな」

「そうなるな」

「損したくないから、小銅貨一枚で見て来てくんない?」

「金貨一枚積んだら確認しに行ってやるよ」


 少年の要求に対して、法外な値段を要求する水夫。


「…………」

「…………」


 ふたりの間に微妙な沈黙が下りる。


「この守銭奴!!」

「どの口が言いやがる!たった小銅貨一枚で人を顎で使おうとしやがって、薬代寄越しやがれ!!金貨十枚だ」

「あんなヘボ薬が金貨十枚のはずねぇだろ!ボッてんじゃねぇ!!」

「テメェ!助けられといていう事はそれか!?オレが金貨十枚って言ったら十枚なんだよ!?」


 掴み合い互いに唾を吐きかける。

 そんな二人の横を薬売りが通り抜ける。薬売りの手にした箱には、少年が水夫から譲られた薬草を煎じた酔い止めが入れられている。値段は小銅貨五枚である。


「小銅貨五枚じゃねぇか!二千倍とかボリ過ぎだろ!?」

「チッ、気づきやがったか……。ほら、あれだ。手数料だよ手数料。いやぁ、近頃はこぇなぁ。手数料で二千倍の料金を請求されるたぁ、悪い奴もいるんだな」


 悪びれもせず水夫は言い切る。


「おっちゃんのことだよ!!」


 少年の声が、船着き場に木霊した。

 少年は知らない。この町での出会いが今後の己の人生に多大な影響を与える事を……。


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