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修繕と相談役

エピローグのつもりでしたが、どうしても入れたいシーンがあったので予定を変更。次こそはエピローグです!!

 裁定の日から数日が経過したことで夜期(ナハト)が明け、街は晴天に恵まれていた。

 威勢の良い職人達の声と槌の叩く音が街の高台に響いていた。

 大工職人達によりある建物の修繕が進められているのだ。


 街を救った薬師ワイスの生家の修繕である。

 恩人の家が新しく生まれ変わると耳にした住民達が、その様子を見学するべく足を運んでいる。多くの見物人が見守っているせいか、大工達の仕事にも熱が篭り予定以上の速度で修繕が進められて行く。


「順調そうだな」


 忙しなく動き回る弟子達の仕事振りを満足気に見守るハルトに、レーヴェが声を掛ける。


「おお、お前さんか。いい感じで進んでる。そっちの方の準備は間に合いそうなのか?」


 ハルトの問いかけにレーヴェは軽い相槌をもって応えた。


「問題ない。それにしてもいい音をさせてるな」


 自分の新たな住まいとなる建物から小気味良く聞こえる槌の音が、レーヴェの耳を楽しませる。大工仕事のことは良く分かっていないが、音に熱が籠っているのは良く分かった。

 職人たちの手に掛かり、建物は見る間に美しさを取り戻していく。それを見る度に、レーヴェは完了後の姿に想像し頬を緩ませる。


「見物人が多いお陰で弟子達が張り切ってな。やらなくても良いところまで手を付けちまいやがる。まあ、その辺りはまけてやるよ。綺麗になるんだ構わねぇだろ?」

「それは助かるが、大丈夫なのか?元々、殆ど儲けが出てないだろ」

「心配ねぇよ。ワイス様の家を修繕するって行ったら、木材屋の連中が格安で売ってくれてな。風呂に使う石材も含めて殆ど金が掛かってねぇ」

「確かにここはワイス婆さんの物だったが、今の持ち主はオレだぞ。ちゃんと認識しているだろうな」

「角が立つことなんざないから安心しろよ。俺より十以上離れてる癖にえらい心配性だな。細けぇこと気にしてると禿るぜ」

「生憎その辺りの悩みとは無縁だな。まあ、あんたがそう言うならいいさ」


 黒髪に目を向けられたレーヴェは、額の辺りに垂れる黒髪を弄りながら言葉を返した。


「しかし、まあ、お前さんが小僧どもを手配してくれて助かったぜ。ここまで資材運ぶだけでひと手間だからな。御蔭で大工仕事に専念できる。今回の仕事は身の入りは少ねぇが仕事に集中できるから喜んでる奴も多い」


 ハルトが庭の隅で資材を運んでいる少年達を見て笑みを漏らす。


「我ながら判断は正しかったな。人の家を荒らした餓鬼には、ちょうどいい罰だろ。気に入った奴がいたらそのまま雇ってやったらどうだ。悪餓鬼が更生するんだ親御さんには泣いて喜ばれるぞ」

「そりゃあそうなんだがよ。既に貰い手がいるんだよ。屋根の上で元気に槌叩いてる娘っ子とかよぉ」


 そう言ってハルトは二階の屋根に視線を向けたので、レーヴェもそちらに視線を移す。

 二人の視線の先では、他の従業員と同じように動きやすい格好をした銀髪の少女が槌を振って屋根の修繕をしていた。


 ローゼリアである。

 身の軽さを見込まれて屋根の補強板の打ち付け作業を任されていた。難しい大工仕事は無理だが、ただ単純に板を嵌めて釘で固定するだけの簡単な作業なので経験のないローゼリアにもできる。もちろん後でチェックは入る。

 手伝いを強要したわけではなく喜々として本人が手伝いを願い出たのだ。その為、世にも珍しい伯爵令嬢が屋根を修繕するという珍妙な光景が誕生したのだ。


「あれは駄目だぞ。うちのだからな」


 即刻出た拒否の言葉にハルトはやさぐれる。


「分かってらぁ。人の嫁に手を出すほど落ちぶれちゃいねぇよ。しっかし……羨ましい限りだぜ、こんなデカい家に美人で働き者の嫁さんたぁ。何やったらその歳で手に入れられるんだよ」

「運に恵まれたことは確かだな。特にあれなんかは良い買い物だった」


 屋根の上で頑張るローゼリアから庭で昼飯を作るレクティとその横で薪割りをするヴィテスに目を向けるレーヴェ。


「あの二人は、ロプスからかっぱいだ奴だろ。運良すぎじゃねぇか?レクティ嬢ちゃんもヴィテスの野郎も奴隷としちゃあ一流どころだぜ」

「僻むなよ。これでも掛け金に自分の命を乗せたんだぞ。見返りが高いのは当然だ」

「それがそもそも信じられねぇ。どんな風に育てばあのロプス相手に大立ち周りを演じられんだよ」

「必要に駆られてやっただけさ。また、やれって言われても御免こうむる」


 先日の審議を思い出し二度とやらないと心に誓う。

 正直、今だかつてないほど心臓に悪い出来事だったとレーヴェは反芻する。


「ま、そうだろうな。商人なんて連中は敵にまわさん方がいい」

「あんたがそれを言うのか?ロプスからの依頼を袖にしてたんだろ?」


 ハルトはロプス嫌いで有名でどんなに金を積まれてもアヴァール商会からの依頼を受けなかったらしい。食事の際に弟子たちが師匠の伝説として語っていたので良く覚えている。


「俺は独り身だからいいんだよ。お前さんに何かあったら嬢ちゃん達が悲しむだろうが」


 ハルトは、ワシっとレーヴェの頭を掴み。グルグルと回しながら忠告する。ハルトからするとどうにもレーヴェは危なっかしい印象があるようだ。

 こうして慣れないことを言うのも、過去に自分が犯した失敗と同じことをさせて後悔させたくないからだ。


 頭を掴まれるレーヴェは、まさか気遣われると思ってなかったので、少し戸惑っていた。ただ、心配してくれているのは分かったので、されるがままになる。

 親父がいたらこんな感じだろうか?と柄にもないことが頭を過ったりもした。


「なら、今度から何かあったら、おやっさんを頼ることにするよ」

「ん?『おやっさん』だぁ?一体、誰の事だ?」


 突如出てきた呼称にハルトが困惑する。


「あんたのことだよ。オレが無茶しないよう監視しててくれ」

「お前の面倒をオレが見るのかよ!?」


 手を払いのけ笑いながら指差すとハルトがギョッとする。


「うちに立ち寄るついでに相談ごとに乗ってくれればいい。楽なもんだろ」

「……まあ、そのくらいなら構わねぇけどよ」

「頼りにさせて貰う」

「たく抜け目ねぇな。おめぇは……」


 ハルトは苦笑しながらもどこか楽しげに拳をレーヴェに突き出す。

 意図を察し、レーヴェも笑いながら拳を付き出す。


「これから宜しく頼む。おやっさん」

「おう」


 二人は拳を打ち合わせた。


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