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先触れ

 アリスティアの街の中央に位置する広場。

 身なりの良い貴族や商売に励む行商人、そしてそれを求めて集まった人々によって活気が満ち満ちていた。


 そんな中、一人の男性が声を張り上げた。

「先触れ」と呼ばれる仕事を生業にする人間だ。「先触れ」とは、人通りの多い場所で声を張り上げて人々に様々な知らせを民衆に知らせる仕事だ。

 知らせる内容は多岐に渡る。

 領主の命令や治安に関する重要な知らせを行うこともあれば、小さな商店の宣伝を行うこともある。相応の金額を払い、流す情報の内容さえ伝えれば秩序を乱すモノで無ければどんな知らせでも出してくれる。


 先触れの男性は、いつものように依頼に従い人々に声を届ける。


「広場に集う皆々様!今、話題となっている件の建物に関する新たな知らせが入った」


 声に誘われて多くの者が、先触れの言葉に耳を傾ける。


「とある貴族が、金五千枚を積んだと言われるかの建物!その建物を所有していると主張していたアヴァール商会。皆々様の中には、真偽を疑うものもいる筈だ。だがご安心を!皆々様の生活を支えるアヴァール商会は、所有の正当性を示す証拠を用意した」


 ここで先触れは、一度息継ぎを入れる。周囲を見渡し自分に十分に注意が向いていることを確認する。そして、続きとなる言葉を吐き出す。


「なんと!アヴァール商会の代表ロプスは、店頭に件の建物の権利書を張り出した!皆様の不審を払拭するため、勇気ある行動に出たのだ!!お疑いの方は、アヴァール商会本店まで足を運ぶと良いだろう。皆々様の生活を支えるアヴァール商会は、皆様を裏切ったりしていなかった。今もなお我々と共にあるのだ!」


 先触れが結論を口にすると周囲がざわざわと騒がしくなる。ある者は、先触れの言葉の真偽を確認しに商会の方へと足を向ける。

 先触れは、無事仕事を成功させたことを喜んだ。

 アヴァール商会を取巻く噂。それらを払拭する知らせを流すことに成功したのだ。これで、今後も商会から仕事を貰えると安堵した。

 大きな知らせを一番初めに走らせたことも先触れにとっては重要だ。今回、大きな知らせを扱ったことで、注目を集め易くなる。今後暫く仕事に困りはしないだろう。それどころか割の良い仕事を選ぶこともできるだろう。


 この仕事を請け負えた自らの幸運に感謝し、そして他の先触れに同情した。何しろ他の先触れは、無給で先ほどの知らせを走らせなければいけない。

 そうしなければ自らの声に注目が集まらなくなるからだ。注目を集めるためには、話題のネタを周囲に提供しなければならない。これを怠れば先触れとしてやっていけなくなくなる。


 全く同じ文を五度ほど繰り返し、周知させると他の場所へ移るべく広場の外へと足を向けた。体力と声の続く限り、移動と呼びかけを続けるつもりでいた。

人の波を縫いようやく広場の端へと辿り着いた頃、別の先触れが広場の中央に陣取り、周囲に呼びかけを始めた。

 ここ五年ほど、新しい知らせを走らせていない老いぼれだ。大半の者は、興味が無いらしく耳を傾けようともしない。


 その様子を見て先触れは笑いを漏らした。

 恐らく、二番煎じの先触れとして注目を集め、何とか仕事を獲得したいのだろう。己の尻馬に必死になって乗りろうとする、老人の姿が実に滑稽に映った。

 ただ、一番に知らせを走らせた先触れから見れば滑稽だが、他から見たら馬鹿にしたものでもない。これから広場に足を運ぶ者にとっては、あの老人の先触れこそ一番に知らせを走らせた先触れとなるからだ。


 邪魔するつもりはない。二番煎じに肖った経験は、先触れにもあったからだ。偶然かもしれないが、あの老いぼれは二番煎じの幸運を掴んだのだ。

 先触れとして、正しい知らせを走らせてくれるのであれば問題はないのだ。


「広場に集う紳士、淑女の皆々様!話題の金五千枚の建物だが、新たな知らせが入ったよ」


 老人の先触れが、周囲の気を引くため繰り返し呼びかけを行うとポツポツと耳を傾ける者が出始めた。

 先に知らせを走らせた先触れは、「他の先触れが言葉を表現するのか?」と少し興味を引かれ、一回だけ耳を傾けることにした。


「まずは皆様が知る噂は、『アヴァール商会が他人の家を売りに出していた』と言うもの。皆々様の中には、裏切られたと思う方もいらっしゃるだろう」


 先触れは、周りの者に噂の内容を周知させた老人の言葉運びの旨さに感心した。

 あの歳まで先触れとしてやっているだけあり、その辺りは見事である。ただ次に来る言葉は予想通りであり、その次も予想を外れることはないだろうと見切りを付けた。

 本当は、一通り聞くつもりだったが他の先触れに先を越される前に、一ヵ所でも多くの場所で、知らせを走らせる必要がある。

 早足でその場を去ろうとし、そして足を止めた。次に紡がれた言葉が、予想を大きく外れていたからだ。


「先の知らせでは、アヴァール商会は正当性を示したとあった。多くの方は、この知らせに安堵し、商会への信頼を取り戻せたことと思う」


 先の知らせとは明らかに異なる口上に、広場が静まる。老人の先触れの言葉に多くの者が注目していた。


「残念だが、その信頼は再び裏切られることになる」


 短く紡がれた言葉の意味を理解し、ざわめきが生まれる。しかし、それも直ぐに納まる。次の言葉を見逃すまいと全員が耳を済ませている。


「当方が得た知らせによれば、アヴァール商会が保有している権利書は、とある放浪者の持ち物を自らの物と主張し強奪した物であるとの事だ」


 老人の先触れが言葉を切ると疑問の声が上がる。

 放浪者が、嘘を言っているのではないのかと。それに、金五千枚相当の建物を放浪者が手にできるはずがないと。

 老人は、それを予期していたらしく更なる言葉を紡ぐ。


「皆々様の疑問は、当然のことだ。ここで振り返って見よう。元々、件の建物を所有していたのは誰だったのか?いやいや、ロプス氏ではない。もっと前の所有者がはっきりしている時まで遡ろう」


 ロプスとの声が上がるが老人の先触れは、それを否定しもっと過去の持ち主を示唆する。


「薬師のワイス様では?」


 群がる人の中からポツリと一人の名前が上げられる。


「その通り。今の持ち主は分からないが、昔の所有者は多くの者が知っている。十年前に疫病に掛かった者達を、私財を投げ打ちながら救った街の恩人。薬師のワイス様だ。正確には、ワイス様の兄上が亡くなられた際、受け継がれた。街を救った恩人の家族の死を覚えている者は多いだろう」


 当時を知る者達が、大きく頷く。


「皆々様方、覚えているでしょうか?我等の恩人たるワイス様が、街の中に拠点を置く多くの商会と極めて険悪な関係であったことを!私は今でも鮮明に思い出せる。疫病患者のために、頭を下げるワイス様に唾を吐き掛けた商人達の姿を!!」


 少なくない数の者達が、当時を思い出し怒りの表情を浮かべる。


「権利を主張するアヴァール商会。そのロプス氏は、その唾を吐き掛け患者を見捨てた一人。そんな商人に、ワイス様が思い出の残る家を売ったりするだろうか?答えは、聴くまでも無い。否であると断言しよう」


 言葉を切り周囲に視線を巡らせる。


「当時を知る皆が、疑問に感じた筈だ。『何故、ワイス様は権利書を売ってしまったのか?』と。そして、『何故、ロプス氏は手に入れた建物を売らずに放置し続けるのか?』と。答えは簡単だ。ロプス氏が嘘を付いていた。今の状況が全てを物語っている。彼は権利書を持っていなかった。その事実が明るみに出るのが恐ろしくなり、強奪と言う手段を用いたのだろう」


 老人の先触れは、ここで言葉を切った。

 依頼はここからが本番だからだ。逆に言えば、今までのは老人自らが考えた前座だ。依頼人からは、ここまでの注文は入っていない。


「さて、皆々様。お気づきかと思いますが、証拠がありません。我々には其れを証明する手立ては無いのです」


 ここで周囲から落胆の表情が生まれる。結局は憶測かと。


「しかし、ご安心を!とある放浪者が、ロプス氏の虚言と罪の証を持参しこの場に現れるとの知らせが入っております。刻限は、正午。我々は自らの目と耳で、真偽を確かめることができるだろう」


 前代未聞とも言えるその内容に、広場は騒然となった。

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