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声援

 正午が間近に迫った広場は、噂の真偽を確かめようとする人の群れでいつも以上に人で溢れていた。

 広場に店を構える者達は、ここぞとばかりに広場を一望できるバルコニーや屋上を解放し、客の呼び込みを行っている。

 そんな広場の一角にレーヴェ達の姿があった。


「凄い人、中央に近づけない」


 目深にかぶったフード越しに、中央を伺ったローゼリアがげんなりとした。


「事が始まれば風通しが良くなるさ。巻き込まれたくないだろうしな」

「極悪人」

「人聞きが悪いな。オレは、自分の主張を聞いてもらう為に、噂を流しただけだ。噂を信じて集まるかは本人達の自由だ。そこで起こった結果に関しては、自己責任だ。しかも、騒動を起こすのはオレじゃない」

「それでも危険があることが分かって集めてる」

「その点に関しては、弁明の余地は無いな。ただ、これから起きることは街の連中の今後に悪くない影響を与える。証人が多いほど彼等の為にもなるし、街のためにもなる」


 レーヴェは非難を軽く躱すと、抱えた袋から焼きたてのパンを差し出した。

 不満を見せていたローゼリアだったが、パンの香ばしい香りに負け、パンを受け取る。

 ローゼリアは、パンを半分まで咀嚼したところでレーヴェが守備兵の動きに気を配っていることに気付いた。

 目線だけで周囲を伺うと広場を執拗に警戒する守備兵達の姿が目に入った。人通りが多く見通しが悪いにも関わらず四人の守備兵の姿が確認できた。


「かなり多い」

「広場を二重の包囲で囲ってるな。練度不足を補うための配置だろう。金に汚いと噂だが、隊長をはるだけあって部下の使い方は心得てるみたいだな」


 言われて視線を屋根に向けると隠れて広場を伺う人影が見えた。背には弓らしき物も確認できる。腕の良い弓兵が配置されていたら、逃げるのは難しいだろう。


「逃がすつもりはないみたい」

「捕まえるどころか完全にやる気だな。放浪者相手に、ご苦労なことだ」


 自分の命を狙われているにも関わらずレーヴェは他人事のように、笑って肩を竦める。


「その割には、余裕みたい」

「戦場で敵の大部隊と相対するよりましだろう。危険度で言えば盗賊相手に戦うのと変わらん。守る相手もいないからこっちの方が気楽だ」


 それにあの弓では、飛距離が足りていない。広場の中央部に居る限り弓で射られる心配はないのだ。あれは、あくまで獲物を逃がさない為の処置なのだ。しかも不用意に射かければ無関係な民衆に当たる。

 その時点で、守備隊は民衆の敵になる。後は、統帥権を持つセルドが部隊を率いた守備隊長諸共処断できる。敵が周りの見えない馬鹿でない限り、絶対起こらない事態だ。


「油断していると足元をすくわれる。巻き添えはゴメン」

「安心しろ。下手を打ったとしても死ぬのはオレだけだ。もしもの時は、サビオ商会を頼れよ。ミラノ様なら悪いようにはしない筈だ」

「貴方が死ぬと人を探せなくなる」

「君の心配は、オレの命じゃなく。目的が遠退くことか……」


 ローゼリアが自分に懸想することは望んでいないが、何の心配もされないのは流石に悲しい物があった。貴族らしいと言えばその通りなのだが、仮にも婚約者なのだからもう少し気を使ってくれても罰は当たらないのではと心の中で呟く。


「だから、私の為に生きるべし」


 小さな笑みを漏らしながらローゼリアは、素晴らしい台詞を口にした。

 何故だろう。男ならば舞い上がってしまうほどの台詞を耳にした筈なのに、毛ほども嬉しいとは感じない。

 それどころか先ほどよりも気落ちしている自分がいる。例えるなら水をぶちまけられて己の不幸を嘆いていた所に、頭上から冷たい井戸水を浴びせられたような感覚だ。


「君は、オレに恨みでもあるのか?」

「スープの恨みは、海よりも深い」

「まて、ローゼリア。君に取ってスープはそこまで重要なのか?」

「私の体の半分は、月熊のスープでできている」

「筋金入りのスープ好きだな。そんなにあのスープが気に入っているのか」

「ん、レシピも教えて貰った」


 ピラリと小さな羊皮紙をレーヴェに見せつける。

 セルド達と詳細を詰めていた間にどうやら商会の料理人からレシピを聞きだしていたらしい。ご丁寧に安価とは決して言えない羊皮紙を使ってメモを取るほどの周到ぶりだ。

 ここまで来ると執念すら感じる。


「花も恥じらう乙女の主食がスープ一択とはな。店を開いたらメニューの中に入れるから外で食べるのは程々にしてくれ」

「一日一鍋で手を打つ」

「そのペースで食べられたら食費で店が傾く。三杯で我慢しろ」

「一食三杯?」

「気持ちとしては、一食一杯にしたいところだが、それで手を打とう」


 レーヴェは、頭が痛くなるのを堪えつつ仕方なく首を縦に振る。

 何故ここまで月熊のスープに拘るのか追及してみたい気もするが、何故か進んで聞き出す気にはなれない。


「ヒルベルト、そろそろ行かなくていいの?セルド達が準備できたみたいだけど」


 周囲から気を逸らしたレーヴェにローゼリアが、指を刺して知らせる。

 指し示す先には、広場を一望できるバルコニーにアリアを伴ったセルドの姿が確認できる。セルドが、あの場に居るということは、護衛の者も含めて準備が完了したようだ。


「よし、始めるか。ロプスが来たら予定通り合図を頼む」

「ん、任せて」


 ローゼリアが肯定するとレーヴェはゆっくりと広場の舞台に向けて歩き出した。


「ヒルベルト」


 舞台に向かうレーヴェをローゼリアが呼び止める。


「頑張れ、婚約者殿」


 微笑みと共に励ましの声が掛けられる。

 先ほどとは打って変わって、温かみのある言葉だ。心が自然と軽くなるのがレーヴェには分かった。


「ああ、任せろ!」


 思いがけず貰った声援に、レーヴェは力強く答えた。


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