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守備隊の動向2

 広間で寛いでいた客は、前触れもなく踏み込んできた守備兵達に戸惑った。


「守備隊の者だ!主人はいるか!?」

「バルバー隊長、一体どのような御用でしょうか?」


 威圧する守備隊から客を守るようにバルバーの前に、青海亭の主人が出る。主人の動きに合わせて従業員達が、客を守備兵から遠ざけるように誘導を始める。


「ここに賊が、泊まっているとの噂が立っている」

「賊でございますか。それは一体どのような噂をお聞きになったのでしょうか?」

「権利書を盗んだ賊に、この宿に泊まっている放浪者レーヴェ=ヒルベルトなる人物が瓜二つとの話しだ。身柄を押さえさせて貰うぞ」

「残念ですが、ヒルベルト様は二日前より御戻りになられていません」


 予想通りの反応にバルバーは、内心で喜ぶ。最初からいないのであれば、捕縛に失敗するようなことにはならないからだ。


「では、荷を調べさせて貰う」

「お待ち下さい。嫌疑を掛けられていようが、宿のお客様の持ち物。お客様の同意なしに荷を改めることは罷りなりません」


 目的の物がある客室を調べる為に、台帳を取ろうと歩みを進めると主人がそれを阻んだ。


「安心しろ。荷を調べて何も出なかったら、守備隊から侘びを入れる。宿の名前に傷はつかん」

「なりません。掛けられているのは、あくまで嫌疑。罪を犯した方と決まった訳ではございません」


 目の細めるバルバーに、怯むことなく主が首を横に振る。


「犯罪者かどうか知るために、調べると言ってるだろうが!台帳を寄越せ!でなければ、協力者として牢にぶち込むぞ!」

「なりません。お預かりしている物を、正当な理由も無しに調べさせることはできません」


 たっぷり威圧を込めて脅しを入れたが、主人は怯みもせず主張を続けた。


(想像以上にガードがかてぇな。しかも肝も据わってやがる)


 どれだけ虚勢を張ろうが、バルバーの脅せば大抵の相手は怯えを見せるものだが、目の前の男は怯む様子を一切見せない。

 ここまで肝が据わっていると、正攻法での突破は困難だろう。


(あまり使いたくねぇ。手だがやるか)


 同じ脅しの部類ではあるが、客商売をする人間には効果があるだろうとバルバーは踏んだ。客を守ろうとする男になら効果は絶大だろう。

 それに宿の対応が良い御蔭で、バルバーの脅しを聞く者は身内の者しかいない。


「見せたくないのであれば仕方ない。全ての部屋を片っ端から調べさせて貰うことになるな」

「なっ!そんなことが罷り通ると思っていらっしゃるのですか?」

「当然だ。犯罪者を庇いだてしているような宿だ。客の中に他の罪人が紛れている可能性が高い」

「話しになりませんな。罪人と決まった訳ではありますまい」

「それを貴様は、証明できるのか?それとも何か?この宿の者は、街の治安を守る我々に協力するつもりはないと?」

「そういう訳では……」

「ならば協力しろ。先に言った用に、荷物を改め問題がなければ謝罪をする。こちらが誠意を見せているのに、一切の譲歩も無く庇い立てするなら宿の者全員を協力者として、捕縛するぞ!」


 バルバーの言葉に、苦虫を潰したように顔を顰める主人。

 そして、いくらか逡巡の後、あきらめるように承諾の意を示した。


「分かりました。部屋にご案内いたします。但し、私も立ち合わせて頂きます」

「いいだろう」


 意図通りに事が進んだことで、バルバーは表情を改めた。

 主人が応じたことで、バルバーの目的は果されたも同然だった。荷を改め、権利書が見つかればロプスに渡して仕事は終了だ。後は、手配書を回して持ち主を燻り出し、申し開きが行われる前に首を刎ねればいい。

 権利書が無かったとしても、宿に手を入れしたことでロプスへの義理は果したと言える。


 手間の点から行けば、目的の物が見つからない方が楽だが、ロプスの関係維持のために物が見つかった方がバルバーにとって都合が良かった。


「こちらが、ヒルベルト様のお部屋になります」


 案内された部屋に踏み込むとバルバーは、暗闇の中を隈なく視線を巡らせた。

 人のいる気配が全くしない。やはり主人の言葉通り、目当ての人物は行方を眩ましている。バルバーは、そう判断した。


「明かりを点けろ」


 後を追うように部屋に踏み込んだ部下に命令をすると、バルバーは廊下から漏れる光を頼りに部屋の中央に歩みを進めた。

 バルバーが中央まで進み終えると部屋の中が、水晶灯の暖かい光で満たされ部屋の全貌が明らかになった。


「放浪者には、勿体無いくらい良い部屋だな」


 バルバーは、心からそう感じた。

 一目見るだけで分かる質の良い寝台に、柔らかい布団。バルコニーに続いていると思われる扉の近くには、拵えの良い机と椅子が用意されており日期(ターク)であれば景観を見ながら食事や茶を楽しめるように配慮されていた。

 日銭を稼いで細々と旅を続ける放浪者には、過ぎた待遇だとバルバーは感じた。


「隊長、こちらに荷物がありました!」

「よし、モノがあるか調べろ」


 クローゼットの中から荷物を引っ張り出す部下を招き寄せると、ひとつひとつ荷の中の改めて行った。中身は、放浪者に必須とも言える道具や着替えなどで、特に目立ったものは確認できなかった。

 部屋を隈なく探させたが目当てのモノは、一切見つからなかった。


「妙だな……」


 荷物の中にある筈のものが無い。権利書のことではない。金だ。

 日銭に苦しんでいる放浪者ならばともかく、懐に余裕がある放浪者ならば必ず金を分けている筈だ。これだけの宿に泊まれるのであれば、それこそ金貨を持っていてもおかしくは無い。

 危機管理に長けた放浪者ならば、金の入った袋をいくつかに小分けにして置く物だ。当然、その内のひとつは拠点となる場所に用意して置く。

 駆け出しでも知っている放浪者の常識だ。


(危機管理ができてないド素人か?)


 そこまで考えてバルバーは、流石にないと首を振った。

 何しろ荷物の中に入っていたのは、どれも使い古されながらもキッチリと手入れがされているものでだったからだ。放浪経験を積んでいることは明らかだった。

 バルバーは、そこでひとつの可能性に思い当たる。


「ひょっとして、この部屋の人物から貴重品を預かっているな?」

「はい、確かに貴重品をお預かりしています」


 バルバーの問いかけに、主人が答える。


「預かった貴重品は?」

「貴重品に関する質問には、お答えできません」


 答えを聞いたバルバーはニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほど。どうやらそちらに我々が探しているモノがあったようだ。出して貰おうか」

「お預かりした品は、預けた本人にしかお渡しできない決まりとなっております」

「荷物の検分は、認めた筈だが……」

「高価なモノが多いため、もしものことがあった場合、店が傾く可能性がございます。残念ですが、あきらめ下さい」


 言い分としては至極まっとうなモノであるが、残念ながらバルバーは引き下がらない。


「ならば物品の破損と喪失があった場合は、全て守備隊が補填しよう」


 鼻から守る気のない約束であるが、調べる口実を作るには最適だ。宿としても要請に応じやすいはずだ。

 しかし、出てきたのは拒否を表す言葉だった。


「守備隊の予算では、補填しきれないものがある筈です」

「その時は、俺の首で話しをつけてやろう」

「貴方の首と店では、釣り合いが取れません」


 ニヤリとしながら答えを返すバルバーだったが、主人は冷淡に冷や水を浴びせた。

 バルバーの血が一気に沸騰した。


「いいから出しやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 叫びと共にバルバーの拳が、主人の腹に吸い込まれる。

 不意の攻撃に身動きが取れなかった主人は、拳をもろに受け壁に叩きつけられる。かなり強力な一撃だったらしく呻く一方で、一向に立ち上がれない。


「いきなり何をされるのですか!?」


 主人と共に同伴していた従業員の男が、抗議の声を上げる。

 周りの守備隊の兵士達は、事の成り行きを見守るだけで止めに入るものはいない。


「守備隊長に対して暴言を吐いた者に、制裁を与えただけだ。それより物を出しな。でなねぇとお前さんも痛い思いすることになるぜ」

「で、できま―――――ウッ!」


 言葉を吐き切る前にバルバーの拳が顔面を捉え、男を殴り飛ばす。

 壁にぶつかり崩れ落ちる前に、バルバーが襟首を掴んで締め上げる。


「オイ、じじい。テメェが物を出さないなら、コイツを守備隊に刃向かった奴として連れてくぞ」

「そ、そんな……、私は何も……」

「いや、お前さんは、俺に刃向かったんだよ。部下の懐のナイフを奪ってな」


 声を搾り出す男をバルバーは鼻で笑い、意味あり気な視線を古株の部下に向けた。

 すると兵士の一人が懐にしまってあるナイフを抜き、バリバーの腕の一部を薄く切りつける。そして、滴る血をナイフに付け床に転がした。


「危ないところでした。隊長ありがとうございます」

「おう、もう気を抜くんじゃねぇぞ。しかし、賊が宿の従業員に混じってるとは世も末だな。このままじゃ、宿の評判に傷がついちまうな。守備隊にも協力的な宿なのによぉ」

「そ、そんな……」


 白々しい芝居を打つバルバーに、男が蒼白になる。


「守備隊としては、内々に処分したいですね。バルバー隊長はどう思われますか?」

「もう少し協力的になってくれるなら、今回の一軒は無かったことにしてやれるかもなぁ。俺としても協力的な店の名に傷がついちまうのは残念だからな」


 蹲る主人の顔に、苦渋の表情が浮かぶ。

 見下ろす形で、それを見ていたバルバーはもう一押しで崩せると判断した。


「さて、もうここに用はねぇ。帰るぞ。それと、こいつは牢にぶち込んで置け」

「りょうか『お待ちを!』」


 部屋を出るバルバー達を引き止めるように、声が上がった。

 バルバー達が向き直ると蹲った主人が、バルバー達を射殺そうとしているかのような視線を送っていた。


「……お預かりしている……貴重品を、お見せいたします……。ですから、どうかその者の行いに目を瞑っていただきたい」


 言葉と共に震えながら、主人は土下座で侘びを入れた。


「いいだろう。あんたの誠意に免じて、この男の罪は無かったことにしてやろう」


 視線が気に入らない物の土下座で侘びをする主人に満足したバルバーは、顎を杓って男を解放してやれと指示を出す。


「さて早速だが、貴重品を見せて貰おうか」


(ヒルベルト様、申し訳ありません……)


 己の力の無さを嘆き、主人は謝罪を繰り返した。

 貴重品の中のひとつである権利書が、守備隊の手によって回収されて行った。


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