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守備隊の動向1

 寒風が吹きつける中央通りに位置する宿屋「青海亭」。

 数年前は、閑古鳥が鳴き閉店も噂されていた宿屋であったが、今は当時から見れば嘘のように客が入っている。店の料理と気遣いが評判で、一等室を除けば部屋は、常に満室状態だ。十分な照明を設えたサロンには、談話に興ずる客の姿が見られ、その穏やかな笑い声が部屋の明るさと合わさって全体の雰囲気を明るく保っていた。

 青海亭の主である初老の男は、廊下の影からそれを満足そうに見つめ微笑えんだ後、表情を真剣なモノとし、傍についていた従業員たちに顔を向けた。


「ヒルベルト様の言葉通りであれば、今日か明日辺りに守備隊が踏み込んでくる可能性があります。その時は、手筈通り対応は私に任せるように、お客様が近くに居る場合は、離れに誘導して安全を確保して下さい。従業員も含め、年若い女性は速やかに奥へ避難すること。絶対に出てこないように」


 日頃は笑顔を絶やさない主が、笑顔を消して指示を飛ばしたことで、従業員達の表情に緊張が走る。

 この街の守備隊は評判がすこぶる悪い。従業員が実際に目にした事だけでも、代金の踏み倒しや放浪者や浮浪児への暴行などが守備隊の手によって行われている。

 噂では、守備隊は商人達と金を受けとっている上、街の中で目にした若い女性を手配犯に似ていると言い掛かりを付けて連れて行き、毒牙に掛けているとの話まで流れているのだ。

 さすがに、守備隊なので客や町民に危害を加えるとは思ってないが、手放しに信用できる筈もない。信用に値する材料が何一つとしてない状態で、信用できる筈もない。

 従業員達は、改めて気を引き締める。


「お客様がご不快になられた場合は、お詫びのもてなしを行いますので各自準備を怠らないようにして下さい。万が一にもヒルベルト様が、私達に負い目を感じるような事態を招いてはいけません。いつも通りにお出迎えし、いつも通りにお送りする。そうすることで初めて私達は、僅かばかりの恩をお返しできます」

「「「「「はい!」」」」」


 従業員の気合の入った返事に、主は満足した。

 彼の視界の中に納まる従業員は、いずれも、長い付き合いの従業員だ。この場の全員が宿屋の経営が傾いた時のことを知っている。

 いまもなお青海亭が存在し、自分達が仕事を続けられているのは、他でもないレーヴェの御蔭だ。レーヴェ自身は、なんでも無いように振る舞うが、とんでもない。

 度重なる嫌がらせを完全に排除してくれただけでなく。自身に降りかかる危険も顧みず宿の危機を救ってくれたのだ。

 礼儀作法などができる従業員達であっても、この街でそれが必要とされる場所はごく一部なので次の職を見つけるのは難しい。もし、宿が持ち直すことができなかったら彼らの大半は、路頭に迷っていただろう。

 仮に職に付けたとしても、今以上の給金は見込めず厳しい生活を強いられていただろう。

 だからこそ、当時を知る従業員達は、強い意志を持ってことに及んでいた。恩人に報いる機会を与えられたことが、嬉しいのだ。

 主もそれが分かっているので、それ以上は口にしない。


「では、解散」


 解散を促すと従業員は、足早に本来の持ち場に戻って行った。

 彼らが予期した来訪者が訪れたのは、正午の鐘の音が鳴り響く昼時だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「アヴァール商会からの要請だと?」


 守備隊の詰め所で酒を飲んでいたバルバー・リッシュは、報告を聞いていぶかしんだ。楽しみである酒の時間を邪魔されたこともあり、機嫌はお世辞にも良いとは言えない。

 バルバーの体躯は、守備隊長を任されているだけあり大きい。女と酒浸りの生活を送っているせいで衰えてはいるが、それを感じさせないほど逞しい。今でこそ守備隊長の地位に甘んじているが、以前は国の騎士として前線でいくつモノ戦功を立てていたのだ。

 いうなれば歴戦の戦士である。その気になれば、一息で報告に来た兵士の首をはねることが出来る。

 それが分かっているだけに、報告に来た兵士の声が震える。


「は、はい、アヴァール商会代表であるロプスより要請書をお預かりして来ています」

「お前は情報を貰いに行った筈だよな。それが、どうして仕事を貰って来てる」

「く、件の放浪者達に関する情報は、持っていないとのこと。よ、要請の方も、せっ正式なものであるため、断るわけにもいかず……。アヴァール商会からの寄付金は、こちらになります」


 蛇に睨まれた蛙のように身動きを止めた兵士は、搾り出すようにして震える声で説明し、持っていた袋をバルバーの机の上に置く。

 袋が机に置かれるとジャラリと硬貨の擦れる音が聞こえる。それだけで、少なくない額が納められていることが分かる。バルバーの見立てでは、いつもより額が多いようだ。


「馬鹿が!!額面通りに受け取ってんじゃね!黒髪三人に銀髪一人!その内、二人は獣人見た目もいいと来てる!!奴隷を食い物にしているあのクソ野郎が、目をつけてねぇわけねぇだろ!!」


 怒りと共にバルバーが、拳を机に叩きつけると兵士は、竦み上がった。


「し、しかし、知らないと言われてしまっては、私にはどうすることも……」

「使えねえ野郎だ。寄越せ!」


 舌打ちし、忌々しげに要請書に目を通す。


「権利書が盗まれただと?」

「話しによると権利書の輸送の最中に、放浪者風の賊に盗まれたとか。正式な要請であり正当な理由がある以上は、対応せざるおえないかと……」

「額面通りに受け取るんじゃねぇよ。あの野郎が、真っ当な要請する訳ねぇだろ。どうせ後ろめたいモノに決まってる。それで、賊の情報は?」

「青海亭に宿泊している放浪者。レーヴェ・ヒルベルトなる人物が、賊に瓜二つとのことです」

「ふん、やっぱりな。」


 説明を受けたバルバーは、ロプスの嘘を察した。

 輸送中の馬車から盗みを働けるものがいるとすれば、それは隊商に同行している者だけだ。もし本当に賊の姿を見ているなら、その場で護衛に取り押さえさせればいい。

 そもそもロプスは、隊商を守るために腕の立つ護衛を十分に付けているので、護衛が全員眠らされるようなことが無い限り、外部の者が盗みを働くことなど出来ない。

 しかも、既に居場所を特定していると言う事実が不自然極まりない。


 バルバーからして見ればお粗末な嘘だ。

 だがロプスにしてもそれで十分だと考えているのだろう。経緯がどうであれ目的のモノである権利書と賊を抑えられればいいのだ。

 捕縛の理由がある程度体裁が整えられているのであれば、その他はどうとにでもなる。死んだ賊がどう特定されたかなど、いちいち気にする奴はいない。

ロプスにとってもバルバーにとっても、捕縛にいたる経緯などどうでもいいのだ。


「青海亭って言えば、貴族も泊まる宿だったな」

「はい、街でも指折りの宿です」

「それじゃあ、他には任せられねぇな。出るぞ。使える奴を十人集めろ」


 貴族も泊まっているならば、部下には任せられない。

下手を打ってグラスダール侯爵の耳に入れば不味いことになる。ロプスの思惑に乗るのは尺だが、商家からの要請なので動かなければ角が立つ。

 それにバルバーから見ればアヴァール商会は、理想的な金蔓だ。今の関係を維持するためにもある程度ご機嫌を取って置く必要もあった。


 机の金を金庫に放り込むとバルバーは、鎧を身に付けた。

 隊長室から出ると慌てて身なりを見繕う部下達の姿が目に入った。指示を飛ばしてから十分な時間が経過しているにも関わらず、未だに鎧の着用が終わっていない。


(鈍間共が!)


 部下達の練度の低さにバルバーは毒づいた。

 これが前線で戦功を立て続けた騎士である自分が率いる部隊であると思うと吐き気がしてくる。本来なら徹底的に訓練を施してやるところだが、あまりにも低レベル過ぎてそんな気も起きない。

 どうせ金が貯まったら捨てようと思っている場所だ。その時まで持てばいい。いなくなった後にどうなろうが、知ったことではない。


「バルバー隊長、準備完了しました」

「さっさと青海亭へ向かうぞ」


 ようやく準備を完了した部下達に呆れつつ、詰め所を出る。

 一歩詰め所から出ただけで、冷たい空気が肌を刺激する。

 バルバーは|夜期≪ナハト≫が嫌いだ。戦場では、夜になるたびに夜襲や魔物を警戒する必要があり、傷を負えば傷が凍傷になることを心配しなければならない。体も冷え思い通りに、体が動かない。だから、バルバーは|夜期≪ナハト≫が嫌いなのだ。


「あの隊長、実はお願いが?」


 後を追うように付いてきた兵士の一人が、バルバーに声を掛けた。

 話しかけた兵士は、まだ少年と言える歳くらいだった。バルバーの記憶の中では、今月に入隊したばかりの新兵のはずだ。


「新入りか。何のようだ?」

「隊長は、騎士だったんですよね」

「まあ、そうだな」


 相槌を打つバルバーに、少年は尊敬の眼差しを向ける。


「剣の手ほどきをして貰えませんか。俺、騎士に成りたいんです!」


 この新兵の少年は、まだ守備隊が腐りきった集団に成り下がっていることを知らない。だからこそ、純粋なキモチで隊長であるバルバーに頼んでいるのだ。もし、事実を知ったのであれば少年は、軽蔑の眼差しを向けることだろう。


「騎士だ?やめとけやめとけ、給料は良いが胸糞悪い貴族共の使いっ走りにされるだけのクソみたいな職業だ。街で守備隊やってる方が、楽だし稼げるぞ」


 半ば本心を語り追い払おうとするが、少年は一向に離れようとしない。


「構いません。騎士になることが、夢なんです!隊長は、戦場で数々の戦功を上げられたと聞きます。どうか俺に、手ほどきをして下さい」

「ああ、分かった分かった。仕方ねぇ、夜が明けたら手ほどきをしてやるよ」


 面倒臭そうにバルバーが承諾すると少年は、礼を言って戻って行った。

 今でこそ辺鄙な港街の守備隊長として燻っているものの、以前は騎士として兵士に剣を教える立場だったのだ。気晴らしで剣を振るついでに、願いを聞いてやればいいだろうと考えたのだ。

 それに、青臭くても強くなろうと懸命になる奴は、嫌いじゃなかった。昔の自分がそうだったからだ。

 懐かしいもの見たと感じつつ、視線を正面に向けると立派な店構えをした建物が目に入った。青海亭である。


「さっさと息を整えろ。息を整えたら踏み込むぞ」


 店に辿り着くと走って来た訳でもないのに、息を乱した面々に呆れるバルバー。

 鎧を見に付けているとは言え、あまりにも貧弱過ぎる。


「お前ら、俺の指示通りに動けよ。余計な事をしたらぶちのめすからな」


 息を整える兵士達に、釘を刺すバルバー。

 そして、宿の周囲を固めさせると拵えの良い扉を開いた。


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