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剣闘

かなりのスロースペースになってしまい申し訳なかとです(謝)

 食事を終えたレーヴェ達は、サビオ商会の倉庫へと足を運んでいた。

 庭での剣闘は、人目に付いてしまうためだ。サビオ商会の倉庫ならば十分な広さもあり、光量も十分に確保できる。内々でことを済ませるには、打ってつけの場所と言えるだろう。


 明かりの配置を終えるとレーヴェとアリアは、互いに同じ片手剣を手に間合いを取った。そして、思い思いの構えを取る。

 アリアは、半身になり切っ先を相手に向ける。騎士にしては珍しいが、軽快な動きを得意とする剣士が好んで取る構えだ。対するレーヴェは、アリアほど半身にはならず左半身を少し引き、逆手で剣を保持した右手を肩の高さで構える。剣の構えとしては、滅多に見られない構えだ。


「双方とも準備はいいな?」


 二人が準備を終えたところで、両者の間に立ったセルドが改めて確認する。


「勝利条件は、相手に敗北を認めさせるか。ボクが終了を宣言するまでだ。それまではどのような状態になったとしても終了にはならない。尚、死者が出た場合は、事故として処理される。双方とも引き際を見誤るなよ。」


 言葉終わりに両者が視線を逸らさずに頷くのを確認するとセルドは、正面を向いたまま二人から距離を取った。

 その上で、改めて両者を伺うとローゼリアと共に傍に控えていたミラノに、目を向ける。

 ミラノが頷くとセルドは、正面に向き直り姿勢を正す。そして、腹に力を蓄え、声を張り上げた。


「始め!」


 倉庫に響く声に反応し、アリアは一息に斬り掛かった。

 開始を告げる声が倉庫から掻き消える前に、両者の間に文字通り火花が散った。

 片手から繰り出されたとは思えないほどの斬撃が繰り出されたことは、耳に届く音と視界に映る火花を見ても明らかだった。


 それが一度ならず、二度三度連続で繰り出されただけで、立会いの三人は喉を鳴らした。

 目の前で行われているのは、滅多に目にすることのできない最高クラスの剣闘であると見て取ったからだ。


 はっきり言えば剣のぶつかり合いで火花が散ることは、殆どない。

 素人が剣を振って目にする機会は皆無。扱いに長けた人物でも、目にする機会は片手に数える程度だろう。


 立会人である三人は、幸いにしてそれを見る機会に恵まれていた。

 ミラノは後学のために訪れた闘技場で、セルドとローゼリアは自らの家が保有する騎士団の訓練で目にする機会が度々あった。

 しかし、そのどれもが一度限りのモノで、同じ立会いの中で二度三度、繰り返して目にするようなことは無かった。それにも拘わらず、その一回限りの剣撃が発生するだけで、周りにどよめきが広がるのだ。


 どよめきの理由は簡単だ。それが、一流の剣士であるという証明だからだ。

 剣を嗜む者であれば耳にタコができるほど聞かされる。「剣によって光が生み出されたならば、その剣士は一流である」と。

 広がる喧騒は、一流の剣闘を目にする機会を得た喜びと驚きが形となった物なのだ。


 たった一回の火花が散るだけで、それなのだ。

 三人が今も連続で生み出され続ける光に驚くのも無理はない。目の前で、行われているのは一流の剣闘と言うには生温い。もはや最高峰の剣闘と言える。


 二人とは異なり戦いを見守るセルドは、もうひとつ別の意味でも驚いていた。

 それは、複数に及ぶ剣をアリアと交えているにも関わらず、レーヴェが未だに五体満足でいることだ。


 従者アリアは、侯爵家保有の五千人の騎士の中でも選りすぐりの実力を持つ。

 セルドの知る限り、アリアに並ぶ剣の腕を持つ者は、騎士団の中でも片手に数える程しか存在しないのだ。

 罵られると分かっていながらもセルドが、アリアを重用し続ける理由の一端でもある。


 そのアリアが、攻め切れていないのだ。

 流れるような動作でアリアの猛攻を、危なげなく躱している。

 身のこなしだけでなく剣の扱いも見事だった。真正面から受けるのではなく、衝撃を受け流すように合わせている。それだけで、少なくともアリアと互角の技量を有していることが分かる。

 「実力者」と称される奴だ。弱いはずがないと思っていたが、これほどの実力を持ち合わせているとは考えていなかった。


(眉唾と思っていたが、黒獅子部隊所属の件、本当に在り得るかもしれないな。試してみるか……)


 簡単な実力評価のつもりだったが、セルドは本当のところが知りたくなっていた。

 それに、手元にいる部下が雑多と同じと判断されては、安く見られる可能性もある。愚かな考えを抱かせない為にも、こちらも実力を見せる必要があった。

 欲を満たせる上に、戦力アピールもできる一石二鳥の案だ。


 僅かな思慮の結果、セルドは敢えて手札を晒すことにした。間合いを取り直したアリアの視界に己が入ると大きく首を縦に振った。


 己の主からの命令にアリアは、戦闘中にも関わらず驚いた。

 何を血迷ったのか、セルドは自分たちの協定相手になる筈の人間に対して殺すつもりでやれと命令して来たのだ。

 しかも、相手の婚約者である女性が見ている前でだ。


(実力は、もう十分見たでしょうに!)


 レーヴェの肩越しに見えるセルドに、視線で非難と反対の意を示す。しかし、その訴えは即刻拒否された。死んだらその程度の実力と見なし切り捨てるつもりなのだ。


(後で、お説教が必要なようですね)


 既に当初の目的は達成しているので、アリアからして見れば不毛な行いだ。しかし、己の主からは譲りそうな気配が全く感じられない。

 嘆息しつつ仕方なく命令に従うことにした。

 あれでも自分が認めた主だ。従者としても騎士としても、主の命令には全力で応える覚悟はできている。

 アリアは、殺す為の手順を本気で組み上げると一気に間合いを詰めた。


 正に一瞬だった。

 レーヴェの懐に飛び込んだアリアが剣を横薙ぎにする。それをレーヴェが体を引いて躱すとアリアはそのまま円を描き、逆手に持ち替えた剣を横合いから突き立てる。こちらは剣によって阻まれる。

 攻撃は、ここからが本番だった。剣は注意を引くための完全な囮。

 本命は相手に剣が届く前に、敵の死角で抜いた仕込みナイフ。アリアは、剣と剣がかち合う前に手を放し、身体の回転速度を維持したまま相手の喉元に狙いを付け、ナイフを振り抜いた。

 ここまで来たらもう失敗はない。アリアはそう確信した。今まで多くの敵の息の根を止めて来た得意技だ。成功の可否は手に取るように分かった。

 だからこそアリアは、自らを襲った二つの事実が信じられなかった。

 一つ目は、ナイフの一撃を躱されたこと。二つ目は、自分が床に寝ていることだ。


(あの間合いと呼吸で、私のナイフを躱して攻撃……)


 なにが起こったかは理解している。

 必殺の筈のナイフが空を切った上に、強烈な蹴りを脇腹にお見舞いされ床の上を転がったのだ。脇腹から走る強烈な痛みと吐き気が、それを証明している。

 しかし、言葉に出すと簡単だが、アリアからすれば在り得ない事実だった。

 成功を確信した時、ナイフは相手の喉元を切り裂く寸前だったのだ。首の皮一枚で躱すだけなら兎も角、さらに重い蹴りを叩き込むなど常軌を逸している。

 同じ行いができる者が国内にいるかも怪しい。

 レーヴェは「実力者」どころでは無い。「傑物」の類だ。


「続けるか?」


 咳き込みながらも、懸命に身体を起こそうとするアリアの耳に、継続の有無を問う声が届く。気遣いも労いもない無感情な声に、アリアは苦しい筈なのに笑ってしまった。

 勝負は付いた筈なのにアリアの騎士としての誇りを守るため、敢えて継続を問う。

 まるで、上司の部下に対する気遣いのようではないか。


 殺すつもりで掛ったのに、相手はまるで訓練をしていたかの対応。自分は始めから、この男と同じ土俵には上がれていなかったのだ。だと言うのに自分は、殺せるのが当然として完遂した時のことを考えていたのだ。なんと滑稽なことか。


「いえ、これ以上は無駄でしょう。十分です」


 己の愚かしさに自嘲しつつ、絞り出すようにして返答する。

 戦いの結末に、見守っていた全員が戸惑いを隠せないでいた。中でも、指示を飛ばしたセルドは、驚きを通り越して驚愕していた。

 アリアの敗北を考えなかった訳ではない。限界を探るために、けしかけたのだ。予想を超えた実力の持ち主で、アリアが負けるのも十分に想定していた。だが、ここまで一方的なやられ方をするとは夢にも思っていなかった。

 先ほど見せた技は、グラスダールの騎士団の実力者達が「初見であれば躱すのは不可能」と口を揃えた程なのだ。

 それを躱すだけでなく反撃も同時に行い、アリアを無力化したのだ。

 もはや開いた口が塞がらない。


 恐らく、手元にレーヴェを殺せる者はいないだろう。全員けしかけたとしても皆殺しにされる。父や兄が聞けば在り得ないと鼻で笑うだろうが、セルドは確信に近い認識を抱いた。

 背筋が寒くなった。地位も権力も持たない一個人に、これほど畏怖したのは初めてだった。ただ強いだけ、手練手管を用いれば始末するのも骨抜きにするのも訳ない筈の存在が、明確な脅威としてそこにあることが信じられなかった。


「ハハッ!ハハッ!面白い!面白いぞ!」


 目の前で起こったことを、噛み砕いて消化すると嬉しさの余り笑い出してしまった。

 発展途上とは言え、こんな辺鄙な港町に騎士を凌ぐ実力の持ち主がいる。父から街を任された時は、とんだ貧乏くじを引いたと思ったが、こんなに面白そうな人材と巡り合えるのであれば悪くはない。それどころか、膝元に置かれた兄に同情してしまう。


「ヒルベルト、気に入ったぞ!ボクの専属騎士にならないか!?給料は、相場の十倍出す!!将来の出世も約束するぞ!!」

「お言葉は有難いですが、将来の予定は既に決まっています」


 領主の息子の誘いを、あっさりと一蹴するレーヴェ。

 その迷いない回答を聞いてセルドは、益々レーヴェを気に入ってしまった。


「フハッ!そうだろうな!職に困ったらいつでも来い!」

「確約はしかねますが、検討しましょう」

「ミラノ!書類を用意だ。ボクは喜んで協定を結ぶぞ!!」


 笑うセルドの呼びかけに応じて、ミラノがバタバタと動き出す。


 その傍らで、事の成り行きを見守っていたローゼリア。

 当事者であるレーヴェを除き、彼女だけは気づいていた。彼の勝利が薄氷の上に成り立っていたことを。

 レーヴェの首筋から流れる一滴の血筋が、何よりも雄弁にその事実を物語っていた。


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