豪商の一手
お待たせして申し訳ありません。
今回は、ロプスサイドです。
短めですが、間を空けずに次話の投稿予定なので、お許し下さい。(謝)
「裏は取れたか?」
「はい、レーヴェなる黒髪の若い男が宿泊しているのは確かなようです」
奴隷市が無事に終わり、ロプスはようやく懸案だった事例に取り掛かることが出来るようになっていた。
もちろん時を無駄にしていた訳ではない。手に入れた情報を元に、件の人物が泊まっている宿を調べさせていたのだ。今の今まで、報告が遅れたのは宿屋のガードが固すぎた為だ。
「それで本人を見つけることができたのか?」
「残念ながら、今朝方宿を出たきり戻っていないとのことです」
首を振る部下を見て、舌打ちをするロプス。
(見つけられなければ交渉もできんではないか)
ロプスは焦っていた。
何故ならロプスは合法的に権利書を手に入れる事を望んでいたからだ。殺人や強奪は、本当に最終手段だと考えている。揉み消せる手段を持っているとは言え、罪を犯して手に入れるより、合法的に手に入れた方が何かと安全だからだ。
合法的に手に入れることができるのであれば、ある程度の散財も許容するつもりでいた。しかし、そんな心構えも相手が見つからなければ意味が無い。制限時間を考えると交渉に使える時間は殆どないのだ。穏便な方法を取るのも限度がある。
即決で話が纏まったとしても穏便策を取れるのは明日の正午まで、それ以降は強硬策に出なければならない。
「見張りには十分な数を割いているな?」
「もちろんです。使える人間の一割を回しています」
「それらしい奴が現れたら絶対に目を離すな。見失ったら身の保証は無いと思え。街の方はどうなってる?」
「な、名前と髪の色、年齢を元に虱潰しに探させています。名目上は客の身内を探しているという形を取ってます。現在は、外門方向から内に寄せる形で当たらせています」
部下の外門から当たらせる方法は正しい。
街の中心部にいるのであれば宿に戻る可能性も高い。宿に戻れば監視の網に掛かる。逆に、外から内に寄せる形を取れば、宿に戻らない可能性のある人間を網に掛けることできるからだ。しかし、動かせる人間が限られており全体に網を行き届かせるのは不可能だ。
(腹立たしいが、守備隊を動かすか……)
守備隊に掴ませる金を素早く計算し損益として計上する。
「港と貧困街を無視して他を重点的に当たれ、金食い虫共でもその程度の事はできる」
「かしこまりました」
部下を下がらせるとロプスは、守備隊長宛の手紙をしたためることにした。しかし、その筆の運びは非常に重い。
理由は簡単だ。ロプスは守備隊を鼻から当てになどしていないのだ。それどころから無能の吹き溜まりとしか思っていない。住民の評判も悪く碌なことをしない。
守備隊の力を借りるのは、見て見ぬ振りをさせる時と強硬手段に訴える時だけなのだ。
こちらの意図通りに捜索できるかも怪しいところだ。
「だが、人手が足りん。くそっ、忌々しい」
やり場のない怒りをぶつけるようにしてペンを走らせるロプス。
必要な情報を抑え、手を打っているにも関わらず一向に進展した気がしない。目に見えた成果を得ることができたのは、昼間に情報を買った時だけだ。
都合良く情報を持った貴族が店に来たから良かったものの。それが無かったら今でも相手の名前や滞在先が分からないままだった筈だ。
絶対絶命の状態からは抜け出せたが思うように成果を得られない。その現状にギリギリと苛立ちを感じている。
指先に力が入り、目に見えて文字が歪む。
構わずペンを走らせるが墨を乱暴に付けた為、羊皮紙にインクがはね液だまりをつくる。
「ええい!くそっ!!!」
羽ペンを叩きつけ、羊皮紙を破り捨てる。
さすがのロプスも液溜まりを付いた指示書を渡す訳にはいかない。子飼いと言え心証を悪くすれば噛みつかれることがある。今の状態で、それは絶対に避けなければならなかった。
引き出しから新しい羊皮紙を出し、再びペンを走らせる。今度は、慎重に墨を付け丁寧に文字をつづっていく。
(落ち着け。今は落ち着いて状況を見極めて手を打つべきだ)
己の心に言い聞かせるとペンがスラスラと張り出した。それを見て本当の意味で落ち着きを取り戻すロプス。
まず考えなければならないのは、このまま権利書の持ち主が現われなかった場合だ。
もしそうなると噂が広がりアヴァール商会の名は失墜する。そうならないように持ち主が現われなかった場合の手段を考えて置く必要性がある。言うなれば噂に対する予防策だ。
今の商会は、「他人の家を許可なく売りに出していた」と言う商人の面汚しと思われても仕方のない立ち位置にいる。これは商会が、噂が広がっているにも関わらず所有者の証である権利書を公開しないことで、事実として受け入れられた結果だ。
この認識に変化させることができれば破滅への時間を大きく稼ぐことができる。ギヨームの不興を買うことになるが、最悪の事態は免れることができるだろう。
当然それには多くの金を貢がなければならないが、命と商会が残るのであれば十分に取り返せる範囲だ。
(立ち位置を変えるだけでは足りんな。こちらが動きやすくなり、相手が交渉に応じやすくなるような材料が必要だ。加害者の立場を、被害者の立場に置きかえるような上手い話が……)
ペンを墨で濡らし、続きをつづるロプス。
今まで商人として培って来た経験の中に必ず事態を好転させる材料がある筈だ。
ロプスは、それを信じ物思いに耽る。そして、最後の一文を書こうとしたその時にペンをパタリと止めた。
ロプスは光明を見言い出した。噂を払拭するだけでなく相手を追い込むことができる策を思いついたのだ。それも事態が一気に好転する逆転の策だ。
これしかないと言う思いで、ロプスは守備隊へ宛てた手紙を屑籠に放り込む。そして、再び守備隊に宛てた手紙を書きなおした。
しかし、それは唯の手紙ではない商会として守備隊に要請する為に使われる正式な要請書だった。




