布石
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店に戻ったレーヴェは、裏口の扉を開けて中を伺った。
締め切られた店内は、暗闇と静寂に包まれており小さなモノ音すら感じとることができなかった。
(誰もいないようだな)
店内に人の気配がないことを確認すると目くばせをして、放浪者達を中に招き入れた。
放浪者の肩には、先ほど眠らせた見張りが乗せられている。全員が店内に入ると周囲を警戒してから、扉をそっと閉めた。
「奥へ」
暗闇の中、小さな水晶灯の光だけを頼りに、廊下を進む。足音を忍ばせながら階段を上り、最上階の四階まで上ると一番大きな大部屋に入る。
部屋の水晶灯に光を入れると室内に、明かりが満ちた。
「そこへ寝かしてくれ」
部屋の中央の柱を指すと放浪者が、抱えていた見張り役を柱に寝かせた。身動きが出来ないように手足を縛り、口を塞ぐ。
「もう普通に声を出してもいいぞ」
「ふい~、やっとかよ。じゃあ、説明して貰うぜ。オレ達に一体何をさせたい。それにそいつはなんなんだ?」
「その男は商人の使いっぱしりだ。訳あってこの物件の所有者を探していてな。オレの事が主人にばれると都合が悪いんで、拘束させてもらった。事が済めば解放するから安心してくれ」
見張りの処遇に関しては、言葉通りにするつもりだ。それどころか傷一つ無く帰ってもらうつもりでいる。殺すと後始末が面倒な上に、言い訳が難しい。五体満足で、丁重に帰ってもらうのが一番だ。
「商人に目を付けられてるのかよ。この町の商人の大半は、良い噂聞かないぜ。何をやらかしたんだ?」
「相手が欲しいのは、この物件の権利一切さ。金儲けの為に、何としても手に入れたいらしい」
問いかけに対し、レーヴェは慎重に言葉を選びながら答えた。
放浪者同士と言う間柄だが、決してなれ合いを好んでいる訳ではないのだ。不興を買えば話がとん挫することだってあり得る。
「金儲けねぇ。まあ、商人だし当然だな。イイ値で売れそうな物件だしな。それで、揉めてんのは分かったが、オレ達は何をすればいい。内容次第で、話は無かったことにさせて貰うぜ」
もめ事を起こしているとあって放浪者達の目は厳しい。しかし、頼みたい内容は、驚くほど簡単で危険がない。仕事を断られる可能性は皆無と言っていい。
「隣の町まで護衛として船で移動してくれるだけでいい。報酬は、全員で銀貨五枚。移動に必要な経費は全てこちらが負担する」
「隣町って言うと、リグザリオか。往復で六日掛かるな。当然、帰りの分も用意してくれるんだろうな」
「そんな訳ないだろ。護衛を頼みたいのは、片道のみだ。帰って来たいなら自費だ。三日の移動しかも船旅で経費負担。報酬銀貨五枚は、かなり割のいい仕事な筈だ」
護衛の依頼の相場は、一人当たり銅貨五枚。四人だと単価は一日、銀貨二枚。こう考えると割安だが。この相場は、陸路での移動を加味したものだ。
陸路での護衛は、堅い土の上で野営がお決まりだ。食事も日持ちする干し肉や堅いパンが定番で、温かいスープや料理に在りつけることは、皆無と言っていい。しかも、徒歩や馬車での移動による疲労が大きい為、仕事終わりに少なからず休養を取る必要が出て来る。
だが、海路は違う。堅いながらもベットが用意され、船内で調理された温かい食事を取ることができる。 移動も船任せな上に、道中の周辺警戒もほとんど必要ない。長い船旅なら大きな疲労も溜まるが、三日という短い時間では疲労など微々たるモノだ。
だから今回のレーヴェの提案する仕事内容は、一般の放浪者達にとって非常に割りのいい仕事になる。
その点を十分に理解しているので、レーヴェは譲歩しない。
「そこを何とかまかんねぇか」
「無理だな。この条件なら、他に話しを持って行っても食いつく人間はいる。これ以上を望むなら話しは終わりだ」
「もう少し情報を頂けますか。護衛対象は、どちら様で?」
話しの打ち切りを思わせる言葉を吐くと今まで口を閉ざしていた放浪者が、口を開いた。物腰の柔らかい中年の優男と言う感じだが、どこか知的な雰囲気を漂わせている。
「ウチの従者二人と他二人だ」
「出発は?」
「明日の船で発って貰う」
「随分急な話ですね。まあいいでしょう。他に注文が無いのであれば、その報酬でお引き受けしましょう。ただ、他に我々にできることがあるなら、要望にお応えするので、その分の報酬を上乗せして貰うと言う形を取って頂きたい」
男の申し出にレーヴェは、思案する。
レーヴェが、自分で動き回って手配する予定だったが、彼等に頼んだ方が秘密裏に事を運べそうな案件がひとつある。
「オレと同じくらいの年頃で体格の似た男と細身の銀髪の女を手配して欲しい。男の方は、黒髪が望ましいがそうで無い場合は、炭で黒く染めて貰う。女の方は、十代の整った顔立ちをしていること。それから人数分の船席の確保。手配してくれたら追加報酬で銀貨二枚を出そう」
「分かりました。そちらもお引き受けします。船の経費と替え玉を雇う金は、そちらに請求する形で問題ないでしょうか?」
「替え玉」言われて見れば確かにその通りだ。この放浪者は、これまでの言動からこちらの意図を的確に捉えたらしい。
そのことに驚きながらもレーヴェは話を継続する。
「経費は、船代込みで銀貨三枚だ。」
「少しばかり安くありませんか?」
「船代は、相場価格で銅貨八枚。替え玉二人に、銀貨一枚ずつ。下手な交渉しなければ余裕の筈だ。」
「なるほど。その辺りも心得ていらっしゃるようだ。これは引き下がった方が良さそうですね。」
レーヴェの淀みない言葉に、つけ入る隙を見出すことが出来なかった為、男は口を閉ざした。
男は、恐らくこの放浪者達の知恵袋役かもしくは金庫番だろう。金銭に関わる交渉は、この男が取り仕切っていることが見て取れた。
「責任者の名前は『ベノワ=フォン=リベルテ』で頼む。ウチの従者の方は、明日の朝までに準備を済ませて置く」
「分かりました。早速、準備に入りましょう。手筈を整えたらこちらに戻ります。今夜はこちらに泊めて頂いても?恥ずかしながら宿の当てがないのですが……」
「そこまで切羽詰まっていたのか。まあ、好きしてくれ。その代り、そいつの監視を頼む」
特に困る訳でもないので、二つ返事で許可する。実際、この店に張り付いていてくれた方が、合流する際に何かと都合が良い。
「仕方ありませんね」
男が、折れると仲間達と今後の行動について話を詰めだした。
最初に話し掛けて来た男がリーダー役となって音頭を取り、交渉を担当した優男が話の進行を取り仕切る図式だった。
他の二人も反発することなくそれに従い。積極的に話に参加している。随分と長い付き合いなのだろう。
そんな放浪者達を遠巻きに見ながら、レーヴェは物思いに耽る。
これで「ベノワ=フォン=リベルテ」は、この街から消える。そして、ロプスの頭の中からも消えるだろう。
今回の放浪者達への依頼は、二つの意味を持っている。
ひとつは、「ベノワ=フォン=リベルテ」の存在をこの街から消すこと。
もうひとつは、敵の動きを誘うことだ。
酒場での騒動は完全に誤算だったが、「ベノワ=フォン=リベルテ」の存在に、ロプスや守備隊の注意を向けさせる為の良い切っ掛けとなった。
特に守備隊に関しては、恥をかかされた上に財布を取られたことに憤慨し、躍起になって探すことだろう。情報を求めてロプスに、泣きつくかもしれない。
商人であるロプスが、貴族と思われる客の情報を漏らすとは思えないが、いずれ隣町に渡った「ベノワ」の情報へ行き付くだろう。
だが、彼等がその情報を掴むことができるのは、明日の船出の後だ。
つまり憂さを晴らすために躍起になって探していた相手が、すでに手を出せない場所へ行ってしまったことを知るのだ。
兵士達の苛立ちは最高潮に達し、怒りの捌け口を周囲に求めるだろう。そうなれば、警戒は御座なりになり、動きやすくなる。ロプスから権利書の回収を依頼された場合も、仕事が雑になることだろう。
(出来の悪い守備隊に関しては、これで十分だな)
レーヴェは、そう判断した。
このままいけば面白いぐらいに、こちらの掌で踊ってくれるだろう。
ロプスに関しては、もうひとつ手を打たなければならない。明日、船で発つ「ベノワ」を本物と確信させる為には、もう一手必要だ。これに関しては、なんら難しい事は無い。あることをすれば勝手に確定情報として扱うようになる筈だ。
「それじゃあ、見張りに二人残すぞ。誰がやる?」
その声に反応し、考えるのを止めるレーヴェ。
「私は、料金交渉がありますから、見張りはできませんよ」
「分かってるっての。てなわけで、恒例のアレで決めるぞ。銀貨を出せ」
それぞれが懐から銀貨を取り出す。そして一斉に硬貨を弾き、左手に抑え込んだ。
「裏」
「表だな」
「裏だ」
右手を開き、各々銀貨の柄を確認する。
「決まりですね。では、裏が出たお二人は、見張りを頼みます」
「美味いもん買って来てやるから、真面目に見張っとけよ」
どうやら同伴に選ばれたのは、リーダー役の男のようだ。裏が出た二人は、心なしか沈んでいる。
寒空の下を歩かなくても良いのだから、願ったり叶ったりではないかと思うのだが、彼等はどうやら外に出たかったらしい。
しかし、レーヴェの興味を引いたのは彼等の反応の違いではなかった。
「面白いな」
互いの弾いた硬貨の柄で決めるというのは、面白い試みだと思えた。誰かの判断ではなく、自らの運に決定を委ねると言うのは、実に上手い方法だ。不平不満が出難い上に、明確に勝ち負けが決まる為、下手な決め方をするより非常に上手いやり方だった。
「銀貨決めのことですか。我々の故郷の村で、もめ事の解決に使われていた伝統的な方法ですよ。これが結構便利でして、重宝してますよ」
「オレも使いたいが、構わないか?」
「もちろん構いませんよ。故郷の風習が広まるのは、嬉しいですから」
快諾してくれたので、今後もめ事が判断に困った時は、遠慮なく使わせて貰う事にした。
銀貨決めと呼ばれるこの決め方が、やがて知らぬ者がいない程広まることになるとは、この時は誰も予想していなかった。
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