従者の企み
ローゼリア&レクティ達の買い物編です。
「良いモノがありませんねぇ」
陳列された剣の刃先を確認するとレクティは顔を顰めた。
必要なモノを手に入れる為に、買い物へ向かった三人は街の武具店に来ていた。
初めは服と下着を買って、終わりしようと考えていたのだが、思いのほか潤沢な資金が用意されていたので、思い切って剣など必要な武具を揃えてしまうことにしたのだ。
しかし、訪れた先で待っていたものは、精緻のかけらも見て取ることができない出来損ないの武器だった。ハッキリ言えば粗悪品しか無かった。
ロプスの元で訓練がてらに振っていた剣よりはまともだが、本当に毛が生えた程度の違いしか見出すことが出来なかった。
「どれも粗悪品ですね。兄上、そちらはどうですか?」
「同じだな。どれも使い物にならんな。下手すると一月持たないかもしれんな」
離れた場所で、槍を見ていたヴィテスに尋ねるが、そちらも反応が芳しくない。
「港があるので、品揃えは豊富と思っていたのですが、とんだ期待外れですね」
「これでも品揃えは良い方。他の店の武器はもっと酷い」
気を悪くするレクティを宥める為、他の物より少しだけ造りが良いナイフを手渡すローゼリア。
「あまりのお粗末さに泣きたくなりますね。あら、これは他のよりもマシですね」
鞘からナイフを抜くと他のよりも幾分かマシであることが見て取れた。
刃の部分に歪みは無く武器として最低限の条件は満たしていることが分かる。握り部分には、握り易いよう窪みを付けてある。未熟ながらも他のナイフにはない作り手の拘りを感じ取ることが出来る代物だった。
「質の意味ではもう少し欲しいところですが、仕方ありませんね。兄上、私は予備をこのナイフにします。剣の方は、その辺の粗悪品の剣を二本にします」
「切れ味が鈍い上に、直ぐに使い物にならなくなるぞ」
「無い物を望んだところで無駄ですから、細目に買い直します」
レクティは、この街で武器の質を要求することを諦めた。
粗悪品を平気で並べているこの店が「良い方」であるのならば、レクティ達が求める武器に在りつける可能性は、無に等しい。
街中心の生活になることも、それを許容する要因の一つだ。街で暮らしている限り、武器の取り換えに困るような事態に陥ることはないと判断したからだ。
もちろん、折を見て相応の武器を用意する必要性はあるが、当面は得物を交換することで、武器として最低限の機能を発揮させる方向で折り合いをつけることにした。
「ヴィテスは?」
「我は、ナイフと片手剣にしようと思う。本来なら大剣を選びたいが、この質だと一撃で使い物にならなくなる可能性が高い」
問いかけに対し、ヴィテスが反応する。
得意武器とは、異なるが現状に一番即したモノであると考えた。機能の維持の面から言えばレクティの方法は理に適っている。交換しながらだと、どうしても金銭上の問題を負うがそれ以上に稼げばいい。レーヴェから貰った金貨があるので、ここで装備を手に入れても、代わりの武器を揃える程度の余裕はある。
「奥方は、何か買われるのだろうか?」
ヴィテスの問いかけに、ローゼリアが少し頭を悩ませる。
何か閃いたものがあったらしく、並べられている品物に目を向ける。端の方に手頃な大きさの砥石を見つけるとそれを手に取った。
「手入れ用の砥石を買う。後、私は『奥方』じゃない」
「違うのですか?随分と仲が宜しいので、てっきり恋人か何かかと思っていたのですが……」
身分に関しては嘘と認識していたが、その他に関しては見たままの関係だと思っていたらしい。
「私は、住込みの従業員。ちなみに正真正銘の貴族」
「貴族が住込みで従業員ですか」
没落貴族だろうか?レクティの脳裏にそんな言葉が過るが、可能性は低いように思えた。個人的な事情に踏み込む気はないが、把握して置いた方が今後の為になりそうだったので、敢えて踏み込むことにした。
「事情をお聞きしても?」
「人を探してる。手持ちが心元無くなったから、住込みで働くことにした」
「ご親族のどなたかを探しているのですか?」
「婚約者候補。どんな人か確かめたくなって、家を飛び出して来た」
「従者も付けずに?」
「邪魔だから置いてきた」
レクティは、目の前の人物が酷く世俗離れしていることに気付いた。
自ら奴隷に成り下がった自分が言うのもなんだが、ローゼリアの行動は一般的な考えからは懸け離れている。
どんなに旅に慣れた男の貴族であっても最低でも従者の一人は付けるものだ。女の貴族であれば、身に掛かる危険が増大するので最低でも四人以上の手練れを同伴する。それだけ付けてもまだ足りないと言われるほど、街の外は危険なのだ。
どこの街から来たのか知らないが、ローゼリアが今こうして五体満足でいられるのは奇跡に等しい。
(これは、早めに対策を立てた方が良さそうですね)
レクティは、これからのことを考えて反芻する。
自分にも言える事だが、人の世に置いて女は争いの火種となる。その中でも若く美しい者は、その最たる者だ。その観点から言えば、ローゼリアは飛び切りの火種になり得る。
レクティの場合は、狼の一族と言う言葉が強い抑止力になり、その手の危険を回避することができる。しかし、ローゼリアはどうだろうか?
貴族と言う立場は、庶民に対しては大きな抑止となるだろう。しかし、逆に言えば庶民以外には意味をなさない。それどころか動きを助長させる要因ともなり得る。
歴史の中には、一人の女性を求めた王族が隣国を滅ぼした話は吐いて捨てるほど存在している。そこまでの事態に発展するかは不明だが、このままだと必ず火種となる。
奇しくもレクティは、レーヴェと全く同じ懸念を抱いた。レーヴェと違う点は、それを解決する術に思い至った点だ。
上手くすれば、一石二鳥でことを運ぶこともできるかもしれない。
(主様が、どう反応するか楽しみですね)
少し想像しただけでも、これ以上ないくらい困らせられることができそうだった。レクティとしては、是が非でも実行して欲しい方法だ。
一足早く店に向かった主の反応を思い浮かべ、口元に笑みを浮かべる。
「ここに来るまで随分と苦労なされたのではないですか?主に、殿方絡みで……」
「ん、大半が下心丸出しで言い寄って来た」
記憶に残る放浪生活の中で、発生した問題の殆どが男絡みだった。
街や村での軟派は当たり前。食事に行けば性質の悪い男に囲まれる事、数回。行商に同伴する形で街道に出れば、盗賊に鉢合わせた上に生け捕りにしようとする盗賊達に執拗に攻撃を受けた経験もある。
ちなみ、その時最後まで立っていたのはローゼリアだけだった。護衛の全員が殺され、行商の人間も深手を負って、街に辿りつく前に死んだ。
街に付けば取り調べを名目に、詰所に監禁されて体を強要される始末。ボコボコに叩きのめして、平謝りさせたこともある。
「その厄介事を一気に減らす方法があるのですが、知りたくありませんか?」
「知りたい」
そんな方法があるのならば、今すぐにでも実行したい。
「教えるのは構いませんが、貴方に実行できますかどうか」
「やる!絶対やる!」
思わせぶりな態度を取るレクティに、勢いよく肯定を示すローゼリア。
「本当ですか?」
「大丈夫」
「なら教えて差し上げます。お耳を」
何故か耳を貸せと言われたので、耳をレクティに向ける。
吐息が感じ取れるほどレクティの顔が近付くと小さな声が耳に届いた。
「なっ!?」
耳に届いた言葉に驚き、慌ててレクティに目を向ける。思っても見なかった言葉に、ローゼリアはレクティの正気を疑った。しかし、怒ろうにも適した言葉が見つからない。それどころか耳に残った言葉が、ローゼリアを激しく狼狽させた。
「この方法なら、煩わしい殿方から声を掛けられずに済みます。さあ、種明かしも済みましたし、後は実行のみです。まずは、必要なモノを揃えてしまいましょう」
狼狽するローゼリアに、満面の笑みで提案するレクティ。
耳を立て尻尾を楽しげ揺らししていることから、心底状況を楽しんでいることが、傍から見て取れるが、狼狽するローゼリアには、それを見抜く余裕はなかった。
「兄上は、支払いを済ませて下さい。私達は、一足早く向かいの店に行ってます」
「えっ、ちょっ、待って!」
流れるような動作で、ローゼリアの背後に周り店の外へと誘導する。
「『絶対やる』と言ったのは、貴方ですよ」
「む、無理!」
ローゼリアは、拘束から逃れようとするが、レクティに上手く肩を抑えられ思うように身動きができない。
「おい、レティ」
「兄上は、支払いを。兄上まで店を出ると守備隊に突き出されてしまいます」
止めようとするヴィテスを軽くあしらい、戸惑い続けるローゼリアを連れて目的の店に向かって前進した。
(これは必要な事。そう必要な事です)
レクティは自分に言い聞かせるように、心の中で反芻した。これを実行することによって、起こり得る様々な問題を回避することが十分に可能なのだ。だからこれは避けては通れないことなのだ。
(それに、こんな面白そうな事は、今更やめられません)
心の中で己の本音を暴露するレクティ。
彼女の口にした言葉は、実に簡潔だ。
「主様と婚約してしまえばいいのです」
と囁いた。




