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奴隷市4

一ヶ月、間が空いてしまいました。

楽しみにして頂いた方、申し訳ありませんでした。


2012/08/14 誤字修正

 ロプスに連れられて入ったのは、敷地の片隅にある小さな天幕だった。

 中は、水晶灯の光で満たされ昼間のような明るさを保っていた。天幕の中央には、丁寧な設えの椅子が二脚。加えて、白のテーブルクロスで装飾した小さなテーブルが用意されていた。


「こちらに、お掛け下さい」


 ロプスに、椅子を進められるとレーヴェ達は沈黙を保ったまま椅子に腰を掛けた。

 仲睦まじい装いを保つ為、その間も組んだ腕は離さずに着席を行った。ローゼリアは、手早く服を整えるロプスに顔を向ける。


 その所作を見て取るとロプスは、口を開いた。


「まずは、我の謝罪を受けて頂きましたことに、心より感謝を申し上げます。先ほどお伝えした通り、我々の持つ最高級の商品を二点お譲りいたします」

「前口上は、そのくらいでいい。確かに、商品で手を打つとは言ったが、満足の行く品が無ければ先ほどの話しは無かったことになるぞ」

「承知してございます」


 レーヴェの言葉に、ロプスが改めて居住まいを正す。


「まず商品をお見せする前に、お求めになる商品の希望をお教え頂けますでしょうか?」


(なるほど、客の趣向に合わせた商品を中心にみせることで、機嫌を取るつもりか)


 普通、詫びの商品を提示する際には、店側の損失がより小さくなるように調整する為、譲れる商品を一通り並べ、その中から選ばせるモノだ。

 客のご機嫌伺いをする必要もなく、てっとり早く済む。商人側からすれば、不要となった品が売れる可能性もある為、有効な手法とされている。

 その手法を取らなかったということは、恐らく言葉通り最高の品を用意するつもりだ。


「客の欲するモノを見抜くのは、お手の者だろう」

「残念ながらこのロプス。齢を重ねていますが、いまだ高貴な方のお考えを察することはできず」

「豪商と呼ばれるほど豊かな財を築いて置きながら、謙虚なことだ」

「恐れ入ります」

「オレが求めるのは、『希少な才能を有する者』だ」

「性別は、いかがいたしましょう?」

「問わん。いや、待て。折角、二つの商品を貰えるのだ。男女一名ずつにしよう」


 現在、レーヴェの手元にいる人材は、ローゼリアのみである。そのことを考えると、男女どちらも増員したいところだ。正直、使える人材であればいう文句ないのだが、折角選べるのだから、バランス良く人材を集めて行きたい。


「年齢は、どのように?」

「若い人材がいいな。理想は十代だが、上は二十五までなら許容しよう」

「十代ということは、十歳でもよろしいでしょうか?」

「構わんよ。逆に若い方が、教えやすいから歓迎だ。すぐには無理でも、二・三年先に役に立てばいい」


 その言葉に、ロプスは少し訝しんだ。

 奴隷に教育を施す貴族など聞いたこともない。

 レティス王国の一般的な貴族ならば、奴隷は都合のいい労働力かちょっとした娯楽の道具として見る。他国でも奴隷の扱いは、似たり寄ったりだ。


(ひょっとして、この男。貴族ではないのか?)


 ロプスの脳裏に、そんな疑念がよぎるが視界に映る男と少女の姿を見て、その疑念を打ち消す。

 二人が纏う品のいい設えの服を見れば、高級品であることは一目瞭然だ。それに、入場する際に、金貨を払う程の金払いの良さを考えると、貴族以外在り得ない。


(だが、万が一ということもある。探りを入れてみるか……)


「奴隷に教育を施すとは、稀有なことをおっしゃいますな」

「より良い人材を発掘する為の苦労は惜しまんよ。奴隷に身を落とした女が、将軍になった話しもあるしな」


 その話は、有名だった。

 家が没落し奴隷となった女が、剣の腕を認められ軍に入り、奴隷騎士でありながら数々の戦功を経て、奴隷から解放されついには将軍位へと登りつめる。

 己の身ひとつで、身を立てた成功者であり、超大国に息づく生きた伝説。

 その逸話は物語となり、今ではレティス王国でも舞台が開かれるほどだ。


「確かに奴隷であっても才ある者ならば、教育次第で優秀な人材に代わるかもしれませんな。」


 それを証明する実例が、今もなお存在するのだ。否定することはできない。


「まあ、戯れ程度の遊びだ。だが、遊びであっても手は抜かない主義でな。楽しむための手間は惜しむつもりはない」

「ベノワ様の元で教育を施せば、奴隷が二つ目の伝説を生むこともあるやもしれませんな」


(やはり貴族であることは間違いなさそうだ)


 ロプスは、レーヴェ達の素性を貴族と断定した。

 元々、殆ど疑ってなかったが、疑念を晴らすためのやり取りとしては十分すぎる内容だった。言葉の端々から感じられたモノは、貴族の気まぐれ。その一言に尽きた。

 疑ったことすらロプスには、馬鹿馬鹿しく思えて来た。これ以上の問答は無駄と考え、ロプスは、手早く礼を済ませると天幕の外へと出て行った。


 その一方で、レーヴェは内心冷や汗をかいていた。


 「奴隷に教育を施す」と言う行為が、どれほど貴族の概念から駆け離れているかを理解していたからだ。

 欲しい人材を引き当てる為に、欲張って情報を出し過ぎたのだ。訝しむロプスを目にした瞬間、レーヴェは己の失敗を悟った。

 幸い上手く言い繕うことができたが、一歩間違えば折角得られる筈の人材を失うところだった。

 やはり、目の前のロプスという男は、油断できない相手だった。

 レーヴェは、少しだけ瞑目し気分を落ち着けた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 天幕から出たロプスは、冷たい外気に触れることで、ようやく一息をついた。

 これほど気を張ったのは、いつ以来なるか?あまりにも昔のこと過ぎてロプスにも思い出せなかった。少なくとも、このアリスティアに本拠を構えてから今に至る十五年間は、無かったことだ。


 レーヴェ達とのやり取りを得て、ロプスは充足感を覚えていた。


 理由は分かっている。命を懸けた取引を見事に渡り切った解放感。そして、己の判断の正しさと商人としての才覚を証明できた充足感だ。

 それらが体の中で交わり、最高級の快感をロプスに味合わせている。

 本当に絶えて久しい感覚だった。


 楽しい。不覚にもロプスは、そう感じていた。

 こちらの損することが確定している取引の前で、商人として失格だが不覚にもロプスは、心の底から現状を楽しんでいた。


 今ならどんなに不快なことも笑って許せる気がした。それどころか、下手を打った係りの男を褒めてやりたいくらいだった。

 レーヴェとの言葉のやり取りは、それほどまでにロプスを楽しませていた。


 言葉の端々から瞬時に相手の意図を読み取り対処する言葉の攻防。一言一句の間違えが、死へと繋がる場で、あれほど冷静なやり取りが出来るとはロプス自身、思っていなかった。

 そして、何より渡り切れた自分を誇らしく思った。

 どんなに儲けを出しても、どんなに極上の酒や女を得たとしても得られぬ快感を味わえたこの事実だけで満足だった。


(家名は、リベルタと言ったか。あれほどの人物だ。恐らく将来、大きく繁栄する。ここで覚えめでたくできれば、いずれ大きな利益をもたらすだろう)


 これ程の充足感を覚えていても、なお損得を考えてしまう自分は、やはり商人なのだと感じロプスは、笑みを漏らした。


 本当に楽しい。


 ロプスの頭の中は、既に商人としての思考が駆け巡っていた。

 どんな商品で、あの青年の度肝を抜き採算を取るか?唯、それだけに注力し頭を働かせていた。


 先ほどの言葉のやり取りを思い出し、頭の中で適切なモノを取捨選択して行く。


 該当する商品の全てを見せる愚かな真似はしない。己の経験と能力で、客の求める商品を見定め提供する。


 それが、ロプスの商人としての矜持なのだから。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「大変お待たせいたしました」


 ロプスが、再びレーヴェ達の前に姿を現したのは、四半刻後のことだった。


「随分、時間を掛けたようだな」

「はっ、しかし、それに見合うだけの商品を用意させて頂きました」


 見定めようとするレーヴェの視線に、真っ向から対峙するロプスからは、商人としての気概を感じることができた。

 余程準備した商品に自信があるらしい。


「相当、自信があるようだな」

「当市の中で、最高の品であることをお約束いたします。もしご満足頂けないような事があれば、この首をはねて頂いて下さって結構でございます」

「では、自慢の商品を見せて貰おう」


 レーヴェに促されるとロプスは、手を二回叩いた。

すると天幕の奥から二人の人物が現れた。


「これは……」


 二人の姿を認めたレーヴェは、目を見開いた。


「驚かれましたか?これが、当市が自信を持ってお勧めする商品です」


 一人は、レーヴェと同じ年頃の若い男。もう一人は、幼さを残した十四・五歳程度の少女だった。どちらも驚くほど鍛え抜かれた体と整った顔立ちつきをしている。


 しかし、レーヴェが驚いたのは、そんなところではない。


 連れてこられた二人は、どちらも黒い髪の中から獣の耳と尻尾を生やしていたのだ。

 しかも、本来奴隷に付けられている筈の手枷や鎖が、一切装着されておらず、拷問の後も一切見られない。目も他の奴隷に見られるような諦めの色は無く、明確な意思を持ってレーヴェ達を見据えていた。


「忠誠篤いと言われる獣人。黒き(ルー)の一族でございます」


 獣人。それは先祖がえりと呼ばれる現象に寄って生まれる人間だ。

 自然の魔力に多く触れた者が、子を産むと稀に獣の特徴を持った子供が生まれてくる。この現象を先祖返りと呼び、その事象で生まれた人間を獣人と呼ぶ。


 黒き(ルー)と呼ばれる獣人は、中でも特別な存在だ。

 通常は一代~数代程度で、獣の特徴が消えるが、稀に獣の特徴を維持し続ける獣人が生まれる。黒き(ルー)は、そのひとつだ。

 中でも、この黒き(ルー)の特徴を持つ獣人は、総じて忠誠心が篤いと言われており、生涯を通して、主に仕えると言われている。


「貴方が、私たちの主人?」


 レーヴェを、見定めるようにして少女が問いかける。


「今度こそ当たりだといいのだけれど」

「レティ、我らの新しい主になる方だ。言葉を慎め」

「兄上は遠慮し過ぎです。どうせこの方も、前の主人達のように私たちを道具扱いするに決まっています」


 奴隷にしては、やけに高圧的な物言いをする少女だった。

 しかし、一般的な奴隷が持ち合わせることのない覇気を感じる。己の中に、揺るぎ無い自信を持っているのだろう。


(自信を持って薦めることだけはあるな)


 どちらも自然な立ち振る舞いをしているが、隙がない。

 これだけで、この二人が相当な使い手であることが分かった。これだけでも買いだ。


 しかし、先ほど気になることを口にした。


「『前の主人達』というのは、なんだ?」

「そ、それは……」

「ほう、言えないということは、商品になにかやましい点でもあるのか?」

「そのような事はありません。ただ……」

「簡単なことです。我ら二人は、自らが認めた主にしか仕えません。仮初の主には、用などないということです」


 ロプスの言葉を遮るようにして、少女の楽しげに笑う。


「つまり、今までの主は殺しているということか?」

「いえ、主と見なされなかった場合、購入代金の七割を返金し買い戻しております。契約の際に、その約定を済ませ問題発生を回避しています」

「なるほど。面白い仕組みだ」

「ちなみに、貴方は栄えある十人目。私たちを満足させられるかしら?」


 つまり、二人に認められる器を示さなければ商人側の総取り。

 商品を入れ替えることなく、たったひとつの商品を使いまわすことで、労せず金を得ることができる訳だ。

 仮に認められたとしても巨額の金が、懐に入りロプスには一切損がない。実に狡猾で上手い稼ぎ方だ。


(ここに来て、オレを試す気か)


 詫びの品と称して、現れたのは実に厄介な品だった。

 品の質は、超が付くほどの一級品。能力に関しては、殆どと言っていいほど不安がない。しかし、契約後の所有権の観点から見ると実に曖昧だ。

 認められれば問題がないが、認められなかった場合、恐らく無償で商品を返さなければならなくなる。

 つまり、ロプスは一切の損失を出すことなく。こちらとの約束を果たすことが可能になるのだ。

 一切合財、全てを振り出しに戻す見事な一手だった。


(だが、面白い……)


 レーヴェ自身、これほどの高度な交渉を交える事になるとは思っても見なかった。

 警戒感、剥き出しだった交渉は、いつの間にかレーヴェに取って楽しいモノに代わっていた。


「ロプス。実に見事な商品だ。約束通り、この二人で手を打とう。二人がオレを主と認められなければ、その時はお前の元に返そう。それでいいか?」

「もちろんでございます。早速、契約書を発行いたします。」


 思惑に乗ったことを悟るとロプスは、恭しく礼をした。

 レーヴェが、己の思惑を読み取った上で、敢えて思惑に乗ったことを悟った為だ。


「いや、待て。豪商の名に相応しい見事な手並み見せて貰った。その礼として細やかながらの対価を送ろう。契約書にはそれを対価として記載する形がよかろう。なんの対価もなしに、これだけの商品を貰ったとあれば、我が家名に傷が付く」

「ご配慮感謝いたしますが。何を頂けるのでしょうか?」


 訝しむロプスに、レーヴェは楽しそうに笑い掛ける。


「情報だ」


 その申し出は意外なモノだった。

 ロプスは、当然この近辺で知り得る商売に関わる情報など、全て把握している。にも拘わらず目の前の青年は、情報を対価として寄越すという。

 常時であれば鼻で笑って済ますところだが、目の前にいる青年は、只者では無かった。

 ロプスは、慎重に言葉を選び口にした。


「『情報』でございますか。どのような情報でございましょうか?」

「恐らくお前が、今最も欲しているモノだ。オレには、取るに足らん情報だが、今のお前に取っては万金に勝るモノだろう。それを持って対価としたい」


 それが本当なら、ロプスに取ってこの交渉が有意義なモノに代わることを意味している。これまでは、損失を出さない為の交渉だったが、利益を生み出すモノに様変わりするからだ。

 しかも、対価と言われるからには、ロプスに取って相応の価値があるモノであることは間違いない。


「何の情報であるか分からなければ、対価として認めることはできません」


 契約書の内容を認めるという事は、記録に残るということだ。

 記録として残るモノに、対価として記載されるのであれば相応のモノでなければならい。それだけ価値ある情報など、ロプスには見当が付かなかった。


「お前が血眼になって探している人物。権利書の所有者レーヴェ=ヒルベルトに関する情報だ」


 時が止まった。


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