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奴隷市3

大変お待たせいたしました。

予定より遅れてしまいましたが、11話目投稿です。


書いている内に、作者自身も予想していなかった展開に・・・。

「次の商品は、戦奴隷でございます!卓越した戦闘能力を誇る美女であり、剣、弓、槍を使いこなす逸材であります。護衛としてだけでなく、算術も扱うことができる為、商家の方にもお勧めの奴隷であります!」


 市が始まり一刻もすると、競りは半ばを超え、会場の熱気は高くなっていた。

 競りに掛けられた奴隷の数は、すでに十を超え二十へ突入し掛けている。一刻を超える長丁場となっているが、客の熱気は衰えることなく、次々に値を付けていく。

 品を必ず競り落とせる即決額が提示されることも一度や二度ではなく。客の熱の籠りようを表していた。


「こちらの戦奴隷は、金貨二十三枚で落札!」


(薬を盛られているとはいえ、良くもここまで相場を無視できるな……)


 競りの様子を観察していたレーヴェは、半ば呆れていた。

 レーヴェの見立てでは、適正価格で買われたのは始めだけ。会場の客の多くは、最初こそ冷静に品定めをしていたが、八~十人目の競りの辺りから異様に熱くなり始め、こぞって高値を付け始めた。

 中間で登場した性奴隷が、最高額で落札されたことが呼び水となり、その後は殆どの奴隷が相場を大きく超えた額で競り落とされていた。

 酒に手を付けていなかった商人も周りの勢いに押され、予想を超えた高値を提示していた。


 レーヴェの視界の先では、緊張を抱えていた男が興奮した面持ちで競りへの参加を繰り返している。開始前に見られた緊張は、欠片も見て取ることができない。


(やれやれ、あの様子だと標的にされていることに全く気づいてないな)


 視界に映る客は、序盤から性奴隷を競り落とそうと必死だった。

 高級奴隷の市だけあって全員が美しさを持ち合わせた性奴隷だった。男はなんとか競り落とそうと自分が支払える最高額をその度に提示していた。

 それを店側から見て取られたのだ。

 店の者と思われる商人と散々値を競わされた挙句に、落札できない流れを繰り返し、既に安くない手数料を店側に支払っている。


 多くの奴隷市では、額を提示する際に手数料として支払いを要求される。価格は銀貨一枚という額だが、競りを繰り返すとこれが馬鹿にできない金額になる。

 それを証拠に、男の支払いは金貨四枚にも及んでいる。たった一刻の間に、一~二年暮らしていけるだけの額を搾り取られたことになる。


 男もそれは理解しているようで、なんとか落札しようと競りを繰り返しているが結果は芳しくない。それどころか支払う手数料を上積みしている状態だった。

 それもその筈、店側は既に男が提示できる値を把握しており、その金額を超えるまで意図的に値の吊り上げを行っているのだ。この調子だと最後まで落札は不可能だろう。


 男の失敗は二つ。最初の奴隷の競りで、最大額を提示したことと競りを繰り返していることだ。

 最初の奴隷に目を奪われ何とか手に入れようと額を提示したが、貴族に即決金での落札を行う意思を伝えるベルを鳴らされ落札を失敗。それだけで終われば良かったのだが、その後も性奴隷が出る度に、競りに参加して最高額を提示し続けた為に、店側に手持ちを把握されたのだ。


 ご丁寧に手数料に掛かる金を引いていた為、予想が正しいことを裏付けてしまい。店の人間と無用な競りを繰り返す事態に陥ったのだ。


 一般的な商人ならこの辺で落札させてやるところだが、強欲と言われるだけあって最後まで落札させる気はないらしい。一向に手を緩める気配がない。

 気の毒だが、散々絞り取られて会場を後にすることになるだろう。


「後、どれくらい掛かる?」


 会場の熱気に当てられたせいで目を覚ましたローゼリアが、レーヴェに小声で尋ねる。レーヴェの見立てでは、半刻は続くが、動くには頃合いの時間だった。

 軽くローゼリアの顔色を確認すると血の気が完全に戻っていることが見て取れたので、行動を開始することを決める。


「競りはまだまだ続くがもういいだろう。立てるか?」

「大丈夫」


 ローゼリアに手を貸しつつ立ち上がるとゆっくりとした足取りで会場を後にする。天幕を出て、ゆっくりと歩きだす。


「競りには参加しなかったの?」

「元々、競りに参加するつもりは最初から無かったからな」

「でも、『敵の顔を見に行くついでに買い物をする』って……」

「まあな。でもそれは競りに参加してのことじゃない」


 訝しむローゼリアだったが、後ろから追いかけてくる人の気配を察すると表情を改めた。


「すまんが、ここからが本番だ。ボロを出さないように注意してくれ」

「分かりました」


 言葉に応じてローゼリアは、組んだ腕の位置を正し、身体をレーヴェに預ける。


「切り替えが早くて助かる」

「婚約者ですから、この程度のことはさせて頂きます」


 いたずらが成功したような笑みを浮かべるローゼリアに感心しつつ、レーヴェは背後に気を配った。追いかけ来る人間は、もうすぐそこまで来ている。


「ベノワ様」


 声を掛けられて振り返るとそこには、恰幅の良い中年の男と係りの男が並んでいた。


「貴公は?」

「当市を取り仕切るロプス=アヴァールでございます」

「貴公がロプスか……。随分と面白い趣向を凝らしているようだな」

「係りの者が、不手際を働いたようで、市を取り仕切る者としてお詫びをさせて頂こうと―――」

「不要だ。強欲商人の呼び名に恥じぬ見事な手並み、感心させて貰った。薬の件とその後の無礼に関しては、グラスダール侯爵に直接報告させて貰う」


 機先を制すためレーヴェは、ロプスの言葉を遮り、嫌味の籠った脅しを掛ける。場を支配する為の上等手段だ。

 相手は一代で莫大な富を築いた百戦練磨の商人だ。主導権を握られる訳にはいかない。


「お待ち下さい!」


 取り付く暇もなく踵を返そうとするレーヴェに、流石のロプスも焦りを覚えたらしく慌ててレーヴェ達の進路を塞ぐ。

 ロプスは、怒りを納める手段とし用意した手札を早々に切ることにした。


「不幸が重なって起こった事故とはいえ、身を害した上、無礼を働いてしまったのは事実。何のお詫びも無くお客様を帰らせるのは、市を取り仕切る者としても、商人としても名折れでございます。是非、我らに償いの機会をお与えくださればと」


(さすがに、場数を踏んでいることだけはあるな。手札を切る判断が早い)


 ロプスの判断の速さに、レーヴェは内心で舌を巻いた。

 不手際を認めつつ、それが事故によって引き起こされたものであると説明することで、こちらを害する意図はなかったことを示している。その上で、市を取り仕切る代表として償いを願い出ることで、こちらに誠意を示したのだ。


「中々、面白いことを言う。酒に薬が入ったのは事故と言うのか?面白い、その事故とやらの仔細を話してみろ。納得の行く理由を提示できれば、酒の一件は事故として判断しよう。もし下らない言い訳ならその首が飛ぶぞ」


 内心の驚きを表に出さす貴族らしく尊大に答えるレーヴェ。一挙手一投足に気を遣いながらも、冷ややかな視線をロプスに向ける。

 それだけで、控えていた係りの男が震え上がるが、ロプスは怯えの色を見せずに口を開く。


「まずお出しした葡萄酒ですが、お察しの通り薬が混入されておりました」

「そんな分かり切っていることは省け。時間の無駄だ」

「はっ、失礼いたしました」


 有無も言わさない鋭い言葉尻に、従順の姿勢を示すロプス。

 これから自らが吐き出す言葉に寒気を覚え、ゴクリと生唾を飲み込んだ。そして、緊張を言葉に載せて慎重に口を開いた。


「……結論から申しますとお出ししたのは、性奴隷に飲ませる予定の酒でございました。」

「えっ……」


 ロプスの口から出た言葉に、沈黙を保っていたローゼリアから驚きの声が出た。

 あまりにも予想外な弁明に耳を疑ったのだ。そして、それはレーヴェも同様だった。


「……貴様、今なんと言った?」


 あまりの出来事に、レーヴェは不覚にも威圧することを忘れ、ロプスに再度問いかけた。


「性奴隷に飲ませる予定の酒と申しました」


 レーヴェとローゼリアは、互いに顔を見合わせ自分の耳が正常であることを確認した。互いに自分の耳が、おかしいのではないかと疑うほどの衝撃だった。

 我に返ったレーヴェは、迷わず剣に手を掛けた。


「どうやら死にたいらしいな。このオレと未来の妻に、卑しい奴隷の為の酒を出したのか!?」


 レーヴェは、次の言動次第で本気でロプスの首をはねるつもりだった。怒りから来たものではなく明確な理由があった上での行動だ。


 レーヴェの最終目標は、開業の障害となっているアヴァール商会の脅威を現在から将来に渡って取り除くことだ。つまり、ロプスを殺せばそれは果たされるのだ。大幅に予定が狂うが、ロプスの死によってもたらされる負の要素は、皆無と言っていい。

 何故なら、ここでもたらされるロプスの死は、不手際の責任を取らせるためのものだからだ。商会側も不手際を認めているので、こちらの行動は正当なモノであり、生き証人となる係りの男を残せば、こちらは一切の罪に問われないのだ。


 貴族を装っていることも問題ない。

 理由は簡単だ。レーヴェは一度たりとも自分が貴族だと口にしていないからだ。勝手に店側が貴族と判断し対応しただけなので、罪を問われることはない。

 それに平民だろうが商人だろうが、店側が不手際を行ったのは事実。

 代表が責任を取るのは、当然のこととして処理されるだけだ。


 すぐに首をはねなかったのは、今後の仕事の障害になると思われる欲に塗れた警備隊長の処理を別に行わなければならなくなることに対する躊躇いとロプスが、次に吐く言葉に興味を持ったからだ。


「お怒りはごもっとも、商人として有るまじき行為であると承知しております。しかし、それは全てお二方に、最上級のもてなしをさせて頂こうと配慮した為に起こった不幸な事故でございます」

「…………」


 レーヴェは、威圧を続けながらも黙ってロプスの言葉に耳を傾ける。


「お二方を目にした瞬間、我々はお二方が高貴な血筋を宿すお方ということを感じとり、最上級のもてなしを持って迎える準備をしていたのですが、係りの者があろうことか酒を取り違えてしまったのです。ベノワ様のご慧眼(けいがん)により、事態を察知し慌てて本来のお出しする予定だった酒を用意した次第であります。取り返しのつかぬ過ちを犯す前に、我らの行いを正して頂いたことに対し、心よりお礼を述べさせて頂きます。」


(コイツ……)


 レーヴェは、巧みな言葉運びに戦慄した。


 それほどまでに、ロプスの弁明は非の打ちどころが無かった。

 まずレーヴェ達を「高貴な血筋と宿す方」敬称することで、特別な存在であったという事を伝える。その上で自分たちの行動を語り、何故事態が発生したかを説明。その後、事態に気づいたレーヴェを褒め称えつつ事の結果を伝える。そして、最後に過ちを正したレーヴェに敬意を示したのだ。


 つまり、今回の一件は二人を特別にもてなそうとした店側の配慮が、仇となってしまった産物であり、身を害する意図は全くなかったと言っているのだ。それも、感謝というおまけ付きで。


 相手を不快にさせる言い訳ではない。

 相手に敬意を示した上での謝罪。


 これで、引かない訳にはいかない。

 レーヴェは、この場でロプスを殺す理由を見事に失った。


「いいだろう。貴公の見事な言に免じて、先の一件は事故として認めよう。」


 剣の柄から手を放し、ロプスの言葉を受け入れる。

 しかし、依然として場の優位性はレーヴェにある。その優位性を手放すつもりは、毛頭なかった。


「だが、いくら事故と言っても薬を盛った事実は、変えることができない。そちらの男が打った不手際も含め、どう償うつもりだ?」

「ベノワ様は、奴隷をお求めの筈。私どもが不手際を働いた回数と同じ数だけ、お求めの奴隷を無償で譲渡する形で、手を打って頂ければ幸いでございます。」

「貴公に用意できるのか?言っておくが競りに掛けられた程度の商品では満足しないぞ。」

「ご安心を本日競りに掛けた奴隷は、一部を除き高級奴隷としては下位の者。必ず満足の行く奴隷が見つかるかと。」


 疑いの視線を向けるレーヴェに、淀みなく答えるロプス。

 言葉に偽りがないことを感じ取ったレーヴェは、首を縦に振った。


「分かった。その条件で全てを水に流そう。」

「では、すぐに用意いたします。」


 ロプスが目配せをすると係りの男が、足早に去っていく。


「天幕にご案内いたします。」


 誘導に従い二人は歩みを進める。するとローゼリアが小声で呟いた。


「よろしかったのですか?」


 その一言で、レーヴェはローゼリアが聞きたいことを全て察した。

 前を行くロプスに聞こえないように細心の注意を払い答える。


「いや、良くないな。想像以上の曲者だ。本来なら、あの場で首をはねるべきだった。正直、あの切り返しは予想してなかった。」

「確かに、私も驚きました。まさか、奴隷の飲み物を出したなどと言ってのけるとは……」

「伊達に商人をやってないな。会話運びも見事だった。可能なら手元に欲しい人物だ」


 もしロプスが、自分の下で商才を揮うことになれば、店は瞬く間に軌道に乗るだろう。決して長くないやり取りだったが、その商才を感じ取るには、十分な時間だった。


 それだけに、ロプス=アヴァールという存在が失われるという約束された未来を、レーヴェは残念に思った。


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