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奴隷市2

ロプス視点再び

「こちらの奴隷は、金三十五枚で落札となります」


 即決価格で落札するベルが鳴らされるとロプスは、ホッと息を付いた。

 ベルが鳴ったと言うことは、一番初めの奴隷がこちらの希望額以上の値で売れたことを意味する。

競りで重要とされるは、「開始」「中間」「最後」の三箇所。

 この三箇所で、上手い具合に競りを盛り上げられると成功と判断していい。ロプスは、経験からそう学んでいた。


 開始時には、市に出す二番目に良い品を出して次の商品への期待を煽る。そうすることで、次に出る商品も良いモノに違いないという先入観を与え、実際の値よりも高く売りつけることが可能になる。一番初めに出る商品は、店の品位などを象徴するモノなので、清楚な(なり)の性奴隷を、身形を整え高価な装飾品で彩りを与えた上で、舞台へと送り出す。


 中間には、市に出す三番目に良い品を出して客の興奮を高める。長く続く競りで、最後まで会場の熱気を保つ為の薪のようなモノだ。これは客の興奮度を高める為、艶めかしい裸体を持つ性奴隷が適役だ。酒に加えた薬が効き始める頃合いで、男の情動と共に一気に興奮を煽る。ここで成功すれば、最後の商品まで会場の熱は保たれることは保障される。


 そして、競りを飾る最後には、飛び切りの奴隷を用意し、会場の熱を最高潮まで高める。高まった会場の熱と酒に入れた薬の効果を使って、最高額で落札させる。

 こちらの想定通りの値が付けばよし、そうで無ければ紛れ込ませた部下に落札させ、別の機会に売りに出す。


 これがロプスの競りのやり方だった。

 その正しさは、手に入れた巨万の富が証明してくれている。


「権利書は、まだ手に入らんのか?」


 最初の奴隷が首尾よく落札されたことで肩の荷が下りたロプスは、ここ最大の悩みの種である問題の推移を確認することにした。


「先ほど、買取に行かせた者が戻ってきました」

「それで、買い付けはできたのか?」

「どうやら入れ違いになったようです。買い付けの相談をした時には、既に売却された後でした」

「クソッ!モノの価値が分からん老いぼれの分際で厄介なことをしてくれた。それで、いくらで売ったんだ?」

「き、金貨二十五枚で売却したとのことです」

「金貨二十五枚だと!?あれほどの店をたった金貨二十五枚で売ったのか!!」


 ロプスは、耳を疑った。買い取りに最低でも金貨百は出す予定だったのだ。伝えていた額より随分と割増しだが、これには事情がある。

 あまりにも釣り合いの取れない取引と判断された場合、領主の調査が入るのだ。その経緯で、不当な取引と判断された場合、領主の力で取引は無効とされる。だからこその金貨百枚なのだ。もちろんそれは、持ち主に恩を売った上での額だ。


 こちらが長年交渉を続けて来たにも関わらず、どこの馬の骨とも分からないような人間にたった金貨二十五枚で売ったという事実にロプスは激怒した。


「あの老いぼれめ!よくもワシを散々コケにしてくれたな。店に納品している商品の値を吊り上げろ!」

「しょ、承知しました。権利書の方は、いかがいたしましょう?」

「当然、見つけ出せ!買取人の名前は、割れているだろうな?」

「レーヴェと言う若者のようです。主人の話では、既に街に到着しているとのことです」

「風貌は?」

「そ、それが、珍しい黒髪としか」

「なんだと!?それでは、探すことができんではないか!珍しいと言ってもこの町には、少なからずいるんだぞ!」


 アリスティアには、港町ということもあり、様々な国から人が集まる。黒髪という特徴は、この国では珍しいが二つ隣の雪国では、一般的な髪であり、アリスティアに荷を下ろす商人や船乗りの間では珍しくない。最近では、定住する者も出ており、全体の数は千以上に上る。とてもではないが調べ切ることができない。


「若者ということなので、そちらを中心に当たれば数は絞れるかと」

「お前は、馬鹿か?この街にいる大半は、長い船旅に耐えることができる若い男だ。絞れても二割が限度だ。名前で特定しようとしても偽名だった場合、無駄骨で終わりだ」

「…………」


 ロプスに提案を一蹴されると男は、黙り込む。男の浮かべる表情は、ロプスの言葉が正しいことを物語っていた。


「その若造は、村の出身か?」

「先日、宿を引き払ったとのことでしたので、流れ者かと」

「なら、町中の安宿を調べさせろ。帳簿にその若造の名前がないか確かめさせろ。ついでに客に黒髪がいないかも調べて報告しろ」


 安宿であれば、大抵は金を払えば帳簿の確認と客に関する情報を得ることができる。もし見つからなくても、ガードの堅い高級宿に居場所を縛ることができる。


「かしこまりました」


 ロプスは、男を見送ると用意された椅子に、重く腰を下ろした。その表情は苦渋に満ちていた。


 持ち主の情報を手に入れたことで、事態が一歩全身したことは確かだが、それは何の慰めにもならなかった。


 問題は、権利書を手に入れるまでの時間だ。


 ロプスにとって、ギヨームの一件が無くとも時間は限られていた。「他人の家を売りに出していた」と言う噂はもう既に町中に広がっており、手を付けれない状態だ。


 これを解消する為には、権利書を手に入れるしかない。

 今は、根も葉もないデマだと言って周囲を納めているが、この状態が続けば嘘がばれる。

 そうでなくても噂のせいで、客の寄付きが悪くなっているのだ。夜期(ナハト)の間に事態を収拾しなければ、破滅が待っている。


日期(ターク)になれば商人たちが一斉に動き出す。そうなれば噂は国境を越え、他国にまで広まる。ロプスが、何をしても後の祭りだ。

 取引をしようとしても爪弾きに合い、品を手に入れることができなくなるだろう。仮に、品を手に入れたとしても、買い手を捜すのに多大な労力が必要となる。時が経てば噂がさらに広がり、やがては誰も買い手がいなくなる。商会を維持する為に、金が湯水のように費やされ、いずれは空になりアヴァール商会は、終焉を迎える。

 仮にそうなる前に、店を畳んだとしてもロプスは商人として再起することは不可能だ。信用を失ったロプスは、見向きもされなくなる。

 だから何としても夜期(ナハト)の間に権利書を手に入れなければならない。噂の火消を行う時間を考えると後二日以内に手に入れなければならない。


「クソッ……、あの老いぼれ共が早く売らないからこんな事に!」


 元の所有者であるワイスとその次の所有者であるヤルダには、買取り交渉を幾度となく行って来た。

 ワイスの時は、頑として首を縦に振らず使いの者が薬草まみれで追い返される始末。腹いせにガキどもを騙して風評で物件の価値を下げてやった。それで折れると思った矢先に、酒場の主人に権利を移してしまう。交渉は一からやり直しだったが、ワイスから権利が離れたことで、手に入れ安くなったと安堵したモノだったが、渡った先が悪かった。

 貴族と商人には、売らないというワイスの条件を律儀に守り、首を縦に振らなかった。放浪者を装って買い付けようともしたが、全て空振りに終わった。

 安い値段で仕入れを請け負い。好感を得て再度交渉を持ちかけようとした矢先に、今度はどこかの馬の骨に権利書を掻っ攫われる始末だ。

 苦労の日々を思い返しロプスの怒りは、限界にまで達しつつ合った。


「失礼いたします」

「なんだ!?下らんことなら承知せんぞ!」


 入ってきたのは、客席を任せていた係りの男だった。

 顔色は青く、明らかに下手を打った時の顔をしていることから、ロプスは報告の内容を察した。


「まさか。貴族相手にヘマをやらかしたんじゃなかろうな?」

「も、申し訳ありません!葡萄酒にデジール草の蜜が入っていることが見透かされ、怒りを買ってしまいました」

「この大馬鹿者が!あれほど薬を盛る相手は、見定めろと言っただろ!!」

「も、申し訳ありません」

「それで、当然ご機嫌は取ったのだろうな」

「そ、それが、最高級の酒をお出ししたのですが、お、お詫びの際に失言を……」

「なんだと!?お前、ワシの店を潰すつもりか!!」


 今にも泣きだしそうな顔で、係りの者が言葉を絞り出すとロプスは事態の深刻さを理解した。

 薬を盛っただけでも許されないのに、詫びの際に更に怒りを買うなど失態どころでは無かった。他国の名のある貴族なら命を脅かされたとして、商家の取り潰しすら要求できるレベルだ。


「も、申し訳ありません!」

「謝って済むか!今すぐ死んで詫びて来い!!」


 地べたに手を付き、涙ながらに謝罪する男に、怒りの形相をぶつけるロプス。


「お前の処分は、後だ。客の特徴を教えろ」

「淡い青の服を着た女性のお連れ様がいる。黒髪の若い男です」


(また黒髪か!)


 頭痛の種となる人物達の奇妙な一致に、訳もなく腹を立てるロプス。

 苛立ちを募らせながらも歩を進め、喧騒が上がる会場内を、布の隅間から会場の様子を伺う。そして、会場の端の席に、それらしき人物を発見する。

 声が飛び交う中、黒髪の男はどこか冷めた目つきて舞台を見つめている。肩には、フードで顔を隠した女性がもたれ掛っており、仲睦まじさを表すように手を握り合っている様子が見て取れる。


 遠目から見ただけだが、堂の入った振る舞いから相手が良家の人間であることが分かる。どう見ても貴族だ。しかも、そんじゃそこらの貴族とは訳が違う。あれは、相当な修羅場を経験して来た人間の目だ。


「お前の目は節穴か?」

「い、いえ、入ってきた当初は、もっと気の抜けた感じで……」

「もういい。客が席を立ったら声を掛けるぞ。どの檻でも開けられるよう準備して置け!」


 機嫌を損ねた時点で、手ぶらで帰らせるなんて選択肢はない。少なくとも品物のひとつでも手土産に持たせなければ、商家を潰されかねない。保身の為にも、秘蔵の品を出すことも念頭に置いて、ロプスは布の隙間から一組の男女を観察し続けた。



次回更新は、7/11予定です。

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