白虎の散歩
村外れの農村。近頃雨が降らなくて、おまけに盗賊も出てしまい、街との往来が滞っている。
「今日も街へ行く馬車は動かないか……」
村民のジークはため息をついた。明日は街で、娘の結婚式がある。しかし……
「このままだと参列できない……こうなったら!」
ジークは徒歩で向かうことを決意し、準備を始めた。一日歩けば辿り着くだろう。
着替え用の一張羅、盗賊が出た時に渡す用のお金……むろん、平和的解決の為である。
「よしっ!」
大きなリュックを背負って、街へと続く山道へと足を踏み入れた。
しかし、すぐに——
ガサガサッ!
「うわっ!」
草むらが激しく揺れた。
ジークは静かに後退りする。ごくりと生唾を飲み込んだ。
(熊だったらどうしよう……)
激しくなる動悸を何とか抑えながら、頭をフル回転させる。
やっぱり帰ろうか……でも娘の晴れ舞台だ!
このまま走って逃げるか? ナイフはリュックに入ってたっけ?
「ガウーーー!」
「ぎゃあ〜! 痛っ!」
ジークの頭上を飛び越えたのは、大きな白い虎だった。
突然現れた虎に驚いたジークは、足元の石につまずいて転んだ。
(あ、足をひねった……)
白い虎は華麗に着地して、こちらを振り返る。
目と目が合った。
(終わった……)
ジークが死を覚悟した、その時——
「白虎、勝手に走って行かないでよぉ」
同じく草むらから現れたのは、ローブを着た少年であった。少年とも目が合う。
「あ、えっと……」
尻もちをついているジークを見て、少年は申し訳なさそうな表情で手を伸ばす。
「あの、大丈夫?」
「あ……はい」
その手は見た目ほど子どもではない、意外としっかりした手であった。
◇
「歩いて街へ行く!?」
「ああ。一人娘の結婚式なんだ! 馬車が動かないなら、俺は自分の足で行くんだ!」
「なんで馬車が出てないの?」
「盗賊が出るらしい」
「そんな無謀な……おじさん、捻挫してるんだよ?」
「ガーウ」
頭を下げて、申し訳なさそうな白い虎である。まるで謝っているような姿に、ジークは苦笑する。
「ははは! そんな縮こまるな、虎よ。俺は大丈夫だ!」
不思議な白い虎を従えた少年は、ジークを自宅まで運んでくれた。といっても、ほんの数メートルの距離だが。
「君たちはなぜこんな外れの村に?」
「散歩」
「ガウ!」
「散歩か」
(村にこんな目立つ虎いたっけ?)
そんなことを考えていると、少年がふと何かを見つけた。
「おじさん、あの本って……」
「あぁ、それは何年か前に拾ったんだ!」
「見ていい?」
「いいぞ」
言うが早いか、少年は本をペラペラとめくる。その表情が、次第に驚きへと変わっていった。
「おじさん、これどこで拾ったの?」
「どこだったけな? 村を通った馬車が落としてったんだよ。呼びかけたんだが気付かなくて、またでいいやと思ってそのまま」
「どこに向かったの?」
ジークは腕を組み、考え込む。
「んーー? 考えたことなかったが、リウム国の外かもしれんなぁ。この先なんて、国境しかないからな」
「国の外……」
「その本、そんなに珍しいものなのか?」
「うん。封印されて読めなくなってるけど、これ、禁書だよ」
「きんしょ?」
「呪いの書」
「ええ!!」
「これ、貰っていい? 代わりに街まで送るから」
「やるよ、そんな物騒な本! 送ってくれるのはありがたいな!」
少年はニヤッと笑い、白い虎をチラッと見た。
「元はといえば、白虎のせいだからね……」
「ガウ……」
白い虎は手で顔を隠している。なんだか猫のようである。
「さて、俺はジーク。君たちの名前は?」
「僕はノア。この虎は白虎」
「ガウっ!」
「宜しくな!」
◇
「きれいだなぁ……よかった……本当に見られてよかった……」
ジークは涙を流しながら、娘の花嫁衣装姿を見つめていた。娘も父親に満面の笑みで手を振っている。
とても幸せそうだ。
「お前たち、どこ行ってたんだ?」
「まぁちょっとね……」
「それにしても、本当に、ノアと白虎のおかげだよ。ありがとう」
無事、結婚式が終わり、ジークはノアと白虎に礼を言った。
「帰りは馬車が出るらしい。白虎は無理かもしれんが、ノア一緒に乗ってくか?」
「ううん。僕たちは家に帰るよ」
「……家って、村じゃないのか?」
ジークは首を傾げる。
「王都にある山だよ」
「お、王都……!? 俺行ったことないぞ! さっきみたいに、その虎に乗ってきたのか?」
「乗ったり、飛んだり……」
「ガーウ!」
「飛んだり? ……ん?」
ジークはノアの顔をじっと見る。
「ノアってもしかして……あのノアか!?」
「あの?」
ジークはバタバタし始めた。
顔が赤くなっていく。
「王都の山に住んでる大魔法使いノア! 伝説の魔獣を従え、魔力は尽きない……って、俺でも知ってる有名人だよ!!」
「……へぇ」
他人事のように感心するノアである。
「あと、本が好きって話もあったな……」
「僕、本は好きだよ」
「え!?」
ノアはフワッと空に舞い上がる。
「それじゃ、足、お大事にねジーク。本ありがとう」
「ガウガウ!」
そう言うと、ノアと白虎は風のように去って行った。
「空を……飛んでる!?」
ジークはどんどん小さくなる姿に、目を丸くするのであった。
——そして帰り道。
なぜ馬車が動き出したのかを知ることになる。
「盗賊が壊滅させられてた!?」
御者が大きく頷く。
「そうなんだよ。紐でぐるぐる巻きにされた盗賊が、自警団の施設の前に放置されてたみたいだぞ! アジトも壊滅状態らしい」
「それは、仲間割れでもしたんですかね?」
ジークが尋ねる。御者は首を振る。
「盗賊の話によると、少年と虎にやられたって言ってるらしい。不思議な話だよ」
「少年と虎……」
ジークの脳裏に、先ほどの少年と白虎の姿が浮かぶ。
(ノア! ……そんなことまで!)
「くっ……」
「おい、アンタ泣いてんのか? 具合でも悪いのか?」
「いや……目にゴミが入っただけだ!」
ジークは涙を拭い、笑った。
「ははは! ノアのやつめ!」
「……?」
馬車は穏やかに山道を進んでいく。
ジークは王都の方角を見つめるのであった。
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