(10)
閉ざされた視界の中で蘇る痛い記憶に苦しみ、溺れるも、無意味と知りながら何かに縋ろうと腕を伸ばした。
その時、誰かに手を取られ、身体が引き上げられた。
忽ち、胴体から浮上の速さが増していく。
外に激しく飛び出したシェナは、その衝撃と共に息を大きく吸い込んだ。
打ちつける雨が目を開けろと促してくる様で、慌てて周囲を見回す。
嵐が強まっていた。
荒波が今にも頭から呑もうと襲いかかる。
それに叫び声を上げると、先ほどから掴まっている何かに気付く間もなく、顔を大きく突っ伏した。
押し寄せる波は、方向違いに激しく吹きつける大風によって分散され、シェナは、海中に呑まれる危機を奇跡的に免れた。
顔を上げると、揺れる身体をどうにか支える。
手足も首も重過ぎて、思う様に動けなかった。
しかしこの場がどこかは、匂いで察しがついた。
木材だ。
どうやら、荷車の瓦礫の上に這い蹲っているのか。
不思議に思い、僅かに匍匐前進をする。
意識が半ば遠ざかるところに見たのは、海中で時折ちらつく銀色の光だ。
だがそれ以上調べようにも気力が失われていく。
暴力を振るわれるよりも激しい痛みと疲れが、全身を錘に変えていった。
封じられたシェナもまた起き上がれず、闇の中で横たわっていた。
(忘れたい……何もかも、忘れてしまいたかったの……痛かった事も、助けられなかった人達の事も、何も出来なかった自分の事も……あんな名前も、いらなかったの……)
異質を強調するだけの名前を思い出すと、それもまた、憎たらしいだけだったと顔を背けた。
その時、各所の枷が振動する感覚がしたのだが、起き上がれなかった。
ただ、その振動はすぐ、全ての重みを取り払ってくれた。
身を横たえたまま感じるのは、安定的な進行だ。
ただ荒波に揺さぶられ、沈むのを待っているのではない。
確かにどこかへ導かれている。
滑らかに、真っ直ぐにだ。
瓦礫を挟んだ海面から、コツコツと何かが押し進める様な音がする。
1つ1つの動きは大きく、力があった。
心地良くすら感じる揺れは、これまでにないくらい眠気を誘う。
それを長く、長く、夢の中でも感じてきた。
空間で突っ伏すシェナは、間も無く訪れる事態を求めて、闇に手を伸ばした。
2度目の最悪の事態に押し潰されていた時、やっと聞こえた。
騒がしい、聞き慣れない人の声が耳に流れ込むと、自然と安堵の涙を溢す。
“女の子だ!流されてきた!”という声に。
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~
シリーズ最終作
2025年 2月上旬 完結予定
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その他作品も含め
気が向きましたら是非