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真田と阿須野

目を覚ましたのは、病室のベッドの上だった。

開け放たれた窓から入ってくる熱気を伴った微風がカーテンを揺らしている。

他のベッドは未使用で、俺以外に人はいなかった。

蝉の鳴き声だけがやかましく耳に残る。

なぜこんなところにいるのか、どうしても思い出せない。立ち上がる気力もない。仕方なくもう一度目を瞑ってみたが、眠れそうな気配もなかった。


「はあ……」


本やテレビといった暇を潰せるものもなかったので、いよいよすることがなくなってしまった。なんとも言えない無気力感に苛まれ、なにかをしようというモチベーションも湧かなかった。


そんな時だ。


身体を起こしてぼんやりと窓の外を眺めていたら、遠くの方から音が響くのを感じた。ぱたぱたぱたぱた、と。その可愛らしい音はどんどんこちらに近づいてくる。その音がこの病室の入り口の前でピタリと鳴り止んだ。それが足音であることに気付いたと同時に、入り口の扉が開いた。


誰だ?


「あっ……」


現れたのは制服姿の女の子だった。

彼女は息を切らしながら足早にこちらに駆けてくる。


「さ…… 真田くんっ…… 大丈夫……?」


俺よりも彼女の方に『大丈夫?』と問いたくなるぐらい疲弊していたので、一瞬呆気に取られ返事をするタイミングが一拍遅れる。その妙な間が彼女の「はぁ、はぁ……」という息遣いの荒さを強調させた。


「ま、まあまあかな」


我ながらなんとも中途半端な回答だ。

汗だくになりながらも、自分のことは二の次とでも言うように、彼女は俺の顔をジッと覗き込んでいる。


「そっか、よかったぁ」


心からの安堵と言わんばかりに、胸を撫で下ろす彼女。その様子と今までの言動を見る限りでは、俺はこの子に心配されていたようだ。それも、尋常じゃないレベルで。

だが、俺はその厚意を無下にしてしまう言葉を投げかけるしかないのだった。


「ごめん…… 君、誰?」


見覚えが、全くなかった。

それを聞いた彼女はやや表情を暗くして「そうだよね」と呟いた。


「わたし、真田くんと同じクラスなんだけどね。目立たないし……」


「あ、そうなんだ……」


気まずい沈黙が訪れかけたが、それは彼女によって砕かれた。


「阿須野です!よろしくです!」


あまりにも深くお辞儀をするものだから、俺もつられて「真田です」とお辞儀を返した。ベッドで半身を起こしている状態だったので、ふくらはぎの裏を伸ばすストレッチのような体勢になった。


「本当に良かった、元気そうで。交通事故って聞いたから」


瞬間、蝉の鳴き声が輪をかけて大きくなる。

全く予期せぬ角度から、聞き捨てならない単語が鋭く切り込んできた。


交通事故、だって?


身に覚えがない単語を聞き怪訝な表情をしていた俺を不審に思ったのか、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。


「どうしたの?」


「あ、いや」


先にも思ったことだが、この子にはもっと距離感を掴んでもらいたい。

フレンドリーな性格の彼女を、決してフレンドリーな性格とは言えない俺が羨んでるとかでは全然ない。

ただ単に、この近過ぎる距離が恥ずかしいのだ。

赤くなった顔を隠すために視線を天井に移した。シミ一つない、綺麗な天井だ。新しく出来たばかりの病院なのだろうか?などと逡巡している間に彼女も気付いたのだろうか、不意に「はっ」とした顔になり、近づけ過ぎた顔を少し離し照れた顔ではにかんだ。


「こ、交通事故?俺交通事故に遭ったの?」


不自然なタイミングで話の本筋に戻ってしまったのでやや気恥ずかしさを感じないでもなかったが、そろそろ女の子に対してしどろもどろになるのも情けなかったので話を進めることにした。


「えっ…… 覚えてないの?事故に遭った時に頭強く打っちゃったのかな」


交通事故。

その辺りのことを全く覚えていないのは、彼女が言う通り頭を強打したからだろうか。

だがそれにしては、身体はどこも痛まない。腕も、足も。

そんな状態だから言えるだけかもしれないが、単に寝起きで頭が回らないというだけな気もする。


「心配してくれて申し訳ないんだけど、この通りピンピンしてるよ」


少し大袈裟に両手首をぶらぶらさせて、身体に異常がないことをアピールする。


「本当?良かった……」


すると彼女は自然な笑顔で


「真田くんの元気そうな顔が見れて、うれしい」


と、さらりと言った。何だか、むず痒い。


「じゃあ今日はもう帰るね。遅くなるといけないから」


そう言われて初めて、西日が傾いていることに気付く。さっき窓の外を眺めた時はまだ明るかったはずだが。


「また来るね」


そう言って彼女は立ち上がり、扉の方へ進んで行った。扉に手をかけたところで振り返って「バイバイ」と小さく手を振った。俺も振り返す。

部屋が静かになってから、あれだけやかましかった蝉の鳴き声が止んでいたことに気付いた。

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