第五十話 孤独
……どうして。何考えてんだよ唯果。
俺は一度人を殺している。一度も二度も大して変わらない。何度人を殺そうが、殺したことがあるという事実は変わらない。
たとえそうでなくとも、唯果が代わりにやる理由なんてどこにもない。
唯果だけは汚したくなかった。人を殺したことがあるという事実を背負わせたくなかった。そう思うのは、今まで俺の妹のような存在だったからか? 分からないが、大切な人間を汚してしまったことは事実だ。
「……なんでだよ」
「ん?」
「お前が殺す必要なんてなかっただろ! 一度人を殺した俺にやらせればよかったんだ!!」
気付いたときには叫んでいた。lockerはすでに消えており、観客は誰一人として席を立たず静かに俺達のやりとりを眺めている。
「それじゃダメなんだよ」
「何がダメなんだ」
「一度やったことがあるから大丈夫。その考え方が良くないんだよ。二度三度とやっているうちに慣れてしまう。慣れてしまうと、躊躇なく殺すことができてしまう。そして、人を殺したときに何も思わなくなる。そんな人になってはいけない。なって欲しくない!」
いつものふざけた調子はどこにもなく、珍しく真剣だった。
「それに、たいちょーと同じになりたかった。そうすれば、たいちょーの抱える苦しみを理解することができると思ったから。もう、たいちょーだけが苦しい思いをするのには耐えられない」
そうか……辛いのは俺だけじゃなかったのか。
俺は何も言わず、目の前で泣きそうになっている唯果の頭に手を乗せて優しく撫でる。すると唯果は俯いてしまった。
ふと観客席を見てみると、人はもうほとんど残っていなかった。
「そういえば、梓はどこにいるんだろ」
ファンを倒したはいいが、梓の居場所を聞き出すことが出来なかった。それにそもそも梓を攫ったのがファンとも限らない。
「受付の人なら何か知ってるかもー。とりあえずここから出よう」
唯果はいつの間にか普段の調子に戻っていた。俺達はほぼ同時に歩きだした。
戦場を出る前に俺は足を止めて振り返る。そこにあるのは二度と動くことのない王子。
俺はあのとき一体…………いや、今考えるのはよそう。梓を見つけることが先だ。
「王子が死んだ」
「そ……んな……」
嫌だ。なぜ。ファンが死ぬはずない。どうして。
「四部隊長についての情報が皆無に等しい状況で条件を変更したあなたが悪い」
「ですがファンが隊長に負けるなんてあり得るはずがないじゃないですかぁ!」
「あれを見てまだ隊長だと思うか?」
「……っっ!」
見た。神様を通じてすべて見ていた。あれは隊長じゃない…………王子。仮にそうだとして、なぜ王子が部隊長を務めている? あり得る話ではない。
「で、ですがぁ! 第四王国の王子はあれではありません! 神様の方がそのことについて良くご存知のはずです! なのでありえ――――」
「そうだな、一体どこの王子なのだか」
「…………え?」
神様は一体何を言っているのだろうか。一つの王国に二人も王子がいるはずがない。そもそもそんなことが許されるはずがない。
神様は消える。私だけがこの広い空間で、ただ座っている。誰もいない。王は最近体調が悪くて寝込んでいる。顎で使われておそらく無意識だっただろう、怪訝な顔をしていたキルトがいない。そして……いつもそこにいるはずのファンももういない。
「あ……あ……あ、ぁぁあああああああああああああーーーーー!!!」
孤独。何者かも分からないガキに奪われたのだ。狂ってしまいそうだった。殺さないと。これ以上奪われないためにも、あのガキを。
そうだ、レミンだ。あの子に暗殺をさせよう。あの子もファンと同じ私の子供だ。
電話をかける。数回コール音が聞こえた後、レミンが出た。
「もしもし、お母さん?」
久しぶりに聞くレミンの声。
「レミン? 頼みたいことがあるのだけれどぉ~」
「は、はい」
思えばこのときすでに私は狂っていたのかもしれない。
「四部隊長を暗殺してぇ。もちろんレミンが今地球にいる理由がそれなんだけど、いくらなんでも遅すぎる。キルトとファンが殺されたの」
「……え……そ、そんな」
「だから……お願い。あの子たちの為にも早くそいつを殺して。大丈夫、レミンならできる」
「…………わ、分かりました」
ブツッ。
電話を切って天井を見上げた。孤独な上に、空すら見ることが出来なかった。




