二人の陰で見守る人
「まったく……相変わらず二人は仲良しだねぇ」
そのような呟きを一つ、八咫神奈々はかくんと首を片方へ傾け、苦く笑んだ。
今自分の目の前で「取るに足らないってなんだよ」という口を尖らせてのいじけた物言いや、それに対しての「さあ? なんなんでしょうね」との笑顔の惚けた物言いを耳に、奈々は思う事があった。
――この二人、何やら急速に仲が進展しているが、それは些か性急過ぎる変化ではないだろうか。
確かに、確かに自分やマサルはこの二人を仲良くさせようと、あわよくば互いに支え合える仲に発展すればと、そのような思惑の元に度々ちょっかいを出してきた。
しかし、どう促しても二人は最終的に空回り。
そしてこちらも空回り。
あれよこれよと過ごす間に一年が過ぎ、そして五月のテロ事件。
(そっからだよねぇ。二人がちょこーっと前に進んだのは)
それを境に二人の関係に変化が訪れた。そっと雪解けが始まったかのように、二つの、まるで氷結しているかのように意固地となっていた心たちが徐々に解れ始めたのだ。
互いに互いを想い合い、その身を案じ合っていた。
当初、そのことを二人ともが自分の中の感情に気付いていなかったようだが、現時点での、見ている側からすれば野暮な野次の一つや二つは飛ばしたくなる言葉のキャッチボールとスキンシップからして、どうやらその事に関しては自覚が生まれているらしい。
もっともそのことについて、相手も同様にそう思っているということを認めようとしない、もしくは意識の中に入れようとしていない点に関してはまだまだ時間が必要だということは確かである。
と、そこまで考えた奈々の目と耳に、エリーネに指先を突き付けて不機嫌そうに表情を歪める敏也の情報が入ってきた。
「言っとくけどな、俺は別に何も企んでないからな! 浴衣姿見れるかもとかまったく期待してないからな!」
「期待してたんですね。……いやらしい」
「いやらしい!? バッカ、お前……んなことねえよ。だってよ、夏と言ったら浴衣だよ? 露わになるボディラインだよ? 生命の神秘だよ?」
「死んでください」
エリーネの笑顔で死んで発言。敏也はしまったとでも言いたげに顔を顰めた。
「待った。今のはまた間違っただけだ。……ごほんっ、いいかエリーネ。日本における夏祭りといえば『浴衣』――巷ではそう言われているくらい浴衣は夏祭りにおける正装となっているんだ。……それをなんだ。いやらしい? この……浴衣様を馬鹿にするんじゃねえ!」
「私が馬鹿にしたのはあなたのいやらしい頭です、大神くん」
「……そうでした」
エリーネは頬をぷくりと膨らませ、敏也からぷいっと顔を逸らした。
一方、がくんと頭を垂れ、自身の論――もとい言い訳が迷走していたことに失望。敏也はそのままめそめそと暗い雰囲気を垂れ流し始めた。
その耐久力の無さからして、どうやら先ほどからの落ち着きのなさというか、何かに気を取られてのうっかりミスにかなり参っているらしい。
その何かとやら、間違いなく面倒な事態を引き起こしそうな予感が奈々には感じ取れた。
肌がピリピリする感覚、人が備えている危機感知能力とやらが反応しまくっている。
(ま~た何か企んでんのかねぇ。や、もちろんいやらしい企み以外をね)
奈々はそう推測するも、如何せん最近の敏也は思慮が深くなってきたというか、その頭の中が単純な思考回路ではなくなったようで、当たりを付ける事は叶わなかった。
ただ、あの『内心エリーネ大好き人間の敏也』がすることだ。まさかエリーネが傷付くような真似はしないだろう。となれば心配はない。万が一エリーネ以外、例えばこちらに被害が及ぶようなことを仕出かすのであれば、うまく立ち回って遣り過ごすだけだ。
と、奈々がそろそろ助け船を出してあげようかと思っていると、それまで不機嫌そうに逸らしていた顔をエリーネが敏也に向け直し、じとりとした眼差しを送った。
「……反省しましたか?」
「……はい」
「……よろしい」
敏也がしょんぼりしたまま返事をすると、エリーネは破顔して肩を上下させた。
「着てあげてもいいですけど、さすがに今日は無理ですよ? 私、浴衣は持っていませんし、レンタルもさすがに今日明日には無理でしょう。着付けの仕方もわかりませんし……お祭り、今日行くんですよね?」
御陰神宮のお祭りといえば、数日続くことでこの街では有名な祭りとなっている。お子様たちはその露店の多さに目を輝かせ、年若いカップルたちは仲睦まじく楽しみ、露店の店主たちも儲かってほっこり、そんなお祭りだ。
それが元は三珠市の死傷者たちの鎮魂のために、しんみりとした雰囲気で行われていた厳かな祭りだとは到底思えない。内容が華やかなものに変わったのは、祭りが行われるようになってから二・三年後かららしい、と奈々は知識として記憶している。
先ほどのエリーネの発言を受けて、敏也は幾分か持ち直していた表情を少しだけ沈めた。
「オゥ……そっか、そりゃ残念。うんそう、行くのは今日な。あの祭り、初日にパーッと花火とか露店やって、あとの六日間は露店がちらほら残ってるって感じだから……そうらしいから」
「らしい? 大神くんも行ったことないんですか?」
「おう! 去年は友達いなかったからな! そんな感じだって小耳に挟んだだけ! あっはっは!」
「……今、ものすごくさわやかな笑顔でものすごく哀しいことを言いましたよ? わかってます?」
などという遣り取りを終え、敏也とエリーネはどこで何時に待ち合わせるかということを話し始めた。そんな二人の表情は、とても楽しそうで、幸せそうだ。
(そう、それでいいんだよ。お互いを大切に想い合えば、きっと……)
彼らが向かい合うべき人類の罪。天上を統べるための叡智が生み出した破壊の権化。
それと彼らが対峙するその時、そうした温かな想いが支えになる。この世を見限らないための歯止めとなる。
なにより、敏也が幸福である事。それこそが奈々が望む事。護るべき事。叶えるべき事。
これは償い。途方も無い贖罪なのだから。
そして友人たるエリーネ。彼女には誰よりも笑顔でいて欲しい。これは小さな願いだ。
(そのためなら、わたしは……)
たとえどんな敵が立ちはだかることになろうと、必ず――
「じゃあ遅れんなよ、エリーネ」
「そっちこそ。遅れたら焦がしますからね」
「……どこを?」
そんな会話を目の前でしている大切な二人、それを静かに見守る奈々の眼は決意に染まり、普段とは違ってどこか大人びていた。
◆
学園のグラウンド横に隣接されている格納庫。
その一画にて転倒防止用の固定ロックを付けられ、再び使われる時を待って静かに佇んでいる機体、ACM-03S/GW『レガリアtype-S/GW』
魔動機の動力源たるニュークリア・バッテリー。それは膨大な電力を保持しておける次世代型バッテリーであり、極めて危険な技術として忌避されていた核技術に対し、対魔素材を入念に炉のシールド素材として使うこと、そして構造の根幹に使用することで既存のバッテリー技術とのハイブリッドに成功し、さらには小型化と長時間の機能維持に成功した傑作品だ。
開発当初、いくら小型化に成功したからといって次世代の機動兵器に核技術を安易に搭載するのはどうなのか、と論争が湧き起こったものだ。
だが、その懸念は一瞬の内に露と消えた。
このバッテリー、安全面の立証実験に際して炉を覆っているシールドを破損させてみると、内部の核物質や熱を抑え込むようにしてシールド用対魔素材が急激に収縮を繰り返し、最終的には小さなくず石のようになって完全に封じ込めてしまうという未知の現象が発現したのだ。
周囲に漏れた核物質や放射能はほぼゼロ。質量保存の法則やその他の法則・規則・鉄則とも呼べるあらゆる理を無視し、核や対魔素材とはまったく違う無害な物質へと変貌した謎の現象。
研究者たちはその現象を解明しようと躍起になって実験を繰り返したそうだが、結局事象の解明には至れず、しかしかといって『膨大なエネルギーを保有できる』『小型であらゆる物に応用が利く』といった利点から目を逸らすこともできず、最終的には未知の部分に関しては目を瞑る事になり、実用化が始まった。
そしてそれとは違うもう一つの心臓部とも呼べる機関、機体の動きや制御を一手に引き受ける高純度対魔素材搭載型高性能プロセッサ、魔動コア。
それを先の襲撃で破損したことを受け、コアの交換と機体機能の改善を行ったこの機体は、現在右肩から手首に掛けて薄い装甲をマントのように纏う状態で待機している。
機体のコックピット内には、外から聴こえるやいのやいのという言い争いに対して眉を顰めて目を瞑っている成瀬紫苑の姿があった。その服装は、適当な英字入りのシャツにデニムのホットパンツという部屋着かと見紛う格好だ。
「……うるさい」
呟いた紫苑が七面倒そうに目を開き、解放されているハッチから身を乗り出して下を覗き見ると、そこには何かを力説する天埜大河のボサボサ頭と、それに対面するようにして首を振っているバンダナ頭の中目黒の姿があった。
「先輩、何度言えばわかるんです! ガンウェポンズはこれで良いんですって! これで完成なんです!」
「……もっと近接武器が欲しい」
「紫苑は黙ってて!」
「……ラジャー」
コックピットからちょこりと顔を出すついでに少しだけ口出ししてみると、そのような反感を買ってしまった。どうやら大河にとっては譲れないことが話題の肝となっているらしい。
と、そこでバンダナ頭の中目黒がちっちっちっと一指し指を振って得意顔になった。
「わかってねえな、大河。いいか? この機体をよ~く見てみろ」
中目黒は傍にあるtype-Sを見上げた。大河も渋々ながらそれに従い、機体を見上げる。
「この機体の装備のコンセプトは射撃中心だったか? まあそれはいい。紫苑ちゃんは何度も近接戦闘で機体ぶっ壊してるらしいしな。整備班と一緒にこれの整備を担当してるお前からすりゃ、迂闊な近接戦闘はしてほしくないわな」
「……それは心外。接近して戦うのは仕方のないこと。だって近接戦闘こそ魔動機の花形。でなければ人型である意味がない」
「紫苑ちゃん、お前の言い分は後でな? まずはこっちの坊主の説得が先」
「……ラジャー」
疲れたように溜息を吐かれての言葉に、紫苑は不服そうに目を細めながらコックピット内に引っ込んだ。
それを見届けた中目黒がバンダナを直しながら続けた。
「で、だ。それはいいんだけどよ、大河。お前、機体バランスのこととか考えたか?」
ぱっと見ても、今のtype-Sの装備はお世辞にもバランスが良いとは言えない。
まず問題になるのは右肩に装着された五枚の長方形の装甲だ。これが一番問題だといってもいい。なにせ、これのせいで機体の重量バランスが右側面へと重点的に掛かり、それによって肩部のジョイント部分、脚部の付け根や足のバランサーに多大な負荷を掛けているはずだ。
それに追い打ちを掛けるようにバックパック右側に設置されている小型レールキャノン。キャノンとは言っても低燃費かつ速射タイプの射撃武器であり、魔動機の装備としては比較的軽量に分類されるものだ。
がしかし、それは単体で見ればの話。右肩にはすでに何枚もの装甲板が付いており、重量の問題から小型レールキャノンとは言ってもそう易々と右側に設置していいはずがない。
さらにさらに、問題を上げるとすれば装備の得意距離の偏りだ。
現在のtype-Sの装備は先に上げた装甲板とレールキャノン。それに加えて右手に持ったガンブレイド。そして左手に持ったハンドガンとバックパック左側面のアタッチメントに備え付けられた対魔剣一振りだ。
射撃中心、それはいい。だが、得意ではないのは機体コンセプトとしては問題だ。
近距離が得意とは言えず、かといって遠距離戦は行えない。中距離を維持すれば決定打を与える武装に欠ける。そんな今のtype-Sは中途半端な性能としか言いようがなかった。
強みとも言える武装・距離・戦況がないというのは兵器としては欠陥としか判を押せない。
それが中目黒が抱いた感想だった。
しかし、
「やだなあ、ちゃんと考えてますよ、中目黒先輩」
大河はにこやかに笑み、いやいやと手を振っていた。
「ほんとか? オレからすれば、あの装甲板とか邪魔にしか見えないんだが……いくら多関節で稼働するとは言ってもな」
指を指して言うと、大河は肩を竦めた。
「だからちゃんと考えてますって。秘策はありますし、紫苑にも伝えてあります。……でも、それをするまでのバランスの繋ぎは必要かなぁ……」
「だったらバズーカとかどうだ!?」
突然、中目黒が目を輝かせながら身を乗り出し、手を格納庫の奥にある武器倉庫辺りに向けた。
「バズーカは予備が腐るほど余ってるぜ! なんせみんな『え~アサルトライフルのほうがいい~』だの、『マシンガンのほうが弾撒けていい』だの、『レーザーライフルが早く配備されればな~』とか、『バズーカなんて、取り回しに難のある欠陥武装だわ♪』とか鼻持ちならねえ高飛車キェーッ! なこと言って誰も使わねえからな!」
「最後のは姉さんですよね……あと急に奇声を上げないでください」
大河の姉である天埜春美は実弾武装好きではあるがバズーカだけは信用していない。なんでも、『弾がすぐ枯渇する武器は気持ち良……信用できないから願い下げ』らしい。
大河が苦笑いすると中目黒が不敵に笑み、「ちょっと待った」とでも言いたげに手のひらを大河に突き出した。
「そんなあなたにお買い得♪ オレ様特製、三連カートリッジをご紹介♪ なんとビックリ! このマガジン、弾を打ち尽くしたら自動で残った弾倉に交換してくれるんだ! さらになんと、使い切った弾倉は自動排出。手間は一切掛かりません♪」
「でもお高いんでしょう? ……とでも言えばいいんですか、先輩」
「……お前のノリが良いのか悪いのか微妙によくわからねえとこ好きだぜ、大河」
大河はじっとりとした目で中目黒を見ていた。おまけに、type-Sのコックピットからいつの間にか顔を出していた紫苑がゴミを見るような目で見降ろしてきている。
渾身の演技が不評だったためか、中目黒は少しだけ消沈した様子で話を続けた。
「ま、まあとにかくな。左手に持たせてるハンドガンは脹脛にでもアタッチメントを付けて装備して、その代わりにバズーカ持たせとけ。そうすりゃ重量バランスも多少はましになるだろうし、お前の言う『秘策』とやらを使うまでの繋ぎにはなんだろ。バズーカの代えの三連カートリッジも二つくらいどっかに付けとけ」
「そうですね。……紫苑、それでいい?」
大河が顔を上げながら訊くと、紫苑はふるふると首を振った。
「……近接武器が――」
「それは駄目」
ぴしゃりと切り捨てられ、紫苑は無表情に静かな怒りを灯し、コックピット内に再び引っ込んだ。どうやらよっぽど近接戦闘が好きらしい。
紫苑を怒らせてしまったからか、引き攣った笑みでtype-Sの胸部を見詰める大河。
その横顔を、中目黒は一瞬だけ鋭く見詰めた。だがすぐに視線を和らげ、両手を頭の後ろにやって大河に訊く。
「ところでよ、なーんで急に最終調整なんてしてんだ? こういうのは少しずつマッチングさせていくもんだろ? それに仕事と違って納期とかねえんだからさ、のんびりやればいいんじゃねえか?」
「いえ、そういうわけには」
大河は首を振って言った。
「ちょっと言い辛いんですけど……『ある人たち』からの頼みでして、これが近々必要になるかもしれないんです。もちろん緊急出撃と学園外での魔動機の使用許可はちゃんと貰ってますし、だから最終調整は早めに済ませておかないと」
「ふぅん? ある人『たち』ねぇ……。魔動機が必要になるってどんな頼みだよ」
「さあ?」
「さあって……」
首を傾げての一言に、中目黒は戸惑って訊き返した。
すると、大河はどこか陰のある笑みで答えた。
「逃げられないことってあるんですよ。ほんとどうしようもなくて、かといって一人じゃどうしようもなくて……結局一蓮托生になってしまうことって」
言い終わると、大河は皮肉に口元を歪めて笑っていた。
しかし、対する中目黒は笑っておらず、それまでのふざけた態度とは違い、真摯な顔付きになっていた。
「あのよ、大河。確かにどうしようもないことって世の中には沢山あるぜ? そういうのは柵っつーんだろうけど、そりゃ避けきれねえくらい沢山ある。生きてりゃぜってーその内のどれかに取り込まれちまうくらいに溢れてる。でもな」
そこで、中目黒は口角を吊り上げた。
「だからってそれを『絶対に一人でどうにかしなきゃなんねえ』ってことはないんだぜ?」
「あ……」
虚を突かれたように息を漏らした大河に、中目黒は続ける。
「お前が今気付いたみたいに、誰かに助けを求めりゃいいんだ。一人でできることなんてほんとちっせえもんだ。みみっちいくらいにちっせえもんだ。だからよ、一人でできねえってわかったなら誰かに手を伸ばせばいい。助けを求めればいいんだ。そんで誰かに助けてもらったなら、お前がそいつを助けてやれ。もしかしたら先にお前が誰かを助けることになるかもしれねえ。そん時はそいつに借りを返せって脅し掛けて手伝わせりゃあいい。だろ?」
最後はふざけたように笑って言っていたが、中目黒はふざけてなどいない。これは彼の本心であり、この世の真理だと確信している事柄だった。
ゆえに、それを察した大河もふざけては返さない。普段の雰囲気と違う先輩だが、それは今気にするようなことではなく、今すべきなのは真摯な助言に対する礼節だ。
「……肝に銘じておきます、中目黒先輩」
「おう! 紫苑ちゃんも気が向いたら大河を助けてやれよ?」
「……断るっ」
「そんな!? し、しお~ん! 悪かったって! 謝るから怒るのやめてよー」
大河は機体の傍にあったリフトで昇り、コックピット内を覗きこんで平謝りを繰り返し始めた。だが結果は芳しくないらしく、紫苑は一言も発さない。
「ハハハ、ったく、世話が焼ける後輩だねえ」
中目黒は頭を掻き、格納庫入口から見える夏景色へと目をやった。そして、誰にも聴こえないほどに静かな声を漏らす。
「準備はほぼ完了。あとはあいつら次第だな」
胸元に揺れる十字架が、格納庫の薄暗さに鈍く光る。




