6話
「あー、びっくりした。いきなり抱き着く癖は変わってないんだもんなぁ。まぁ、お姉ちゃんらしいと言えばらしいけど…。」
(何じゃと。つまり何度も創造神様に抱き着かれた、と。なんと羨ま…おっと。いかんいかん。)
遠い目の凛に、マクスウェルは僅かながら嫉妬心を覚える。
しかし即座に里香のニコォ…っとした笑顔(ただし目までは笑っていない)が浮かび、首を左右へブルブル。
何事もなかったかの様に取り繕い、穏やかな笑みを彼に向けた。
「…さて、創造神様も行かれた事じゃし、そろそろ訓練を始めるとしようかのう。」
「「はい!」」
凛と美羽の元気の良い返事にマクスウェルが頷き、先導する形で隣の大部屋へと1行は移動した。
「まず凛様と美羽殿には、武器と魔力の扱いについて慣れて貰う事から始めようと思う。お2方共、それで宜しいかの?」
マクスウェルのどこか遠慮がちな、それでいて謙る様な口振りに、2人は互いに顔を見合わせる。
「…マクスウェル様。僕達は教えを乞う立場です。なので僕の事は凛と呼び捨てにして頂けると…。」
「ボクも、美羽と呼んで貰えれば…。」
凛と美羽はマクスウェルの立ち振る舞いから、彼が遥か高みにいる強者。
老練たる実力者だと認識。
対して自分達は若輩も若輩。
若干知識を齧った程度の一般人でしかない。
にも関わらず、マクスウェルみたいな凄い立場の人に気を遣わせてしまった。
凛的に里香の弟と言うポジションはたまたまでしかなく、余計に申し訳なく思ったのかも知れない。
だがマクスウェルはこれを頑として拒否。
杖を持っていない方の手を前にやり、「それはいかん」と待ったをかける。
「凛様は創造神様の大切な弟君。故に決して無下には出来ぬ。それは無論、凛様の眷属である美羽殿も然りじゃ。」
真面目な顔で凛達の申し出を断ったかと思いきや、顎髭を撫でながらふぉふぉふぉと朗らかに笑うマクスウェル。
これに2人は面食らい、再び顔を見合わせた。
凛と美羽が感じ取った通り、目の前にいるお爺さんは相当な実力者。
しかしそれは長年の研鑽によるもので、現在は頭打ちの状態。
そんな彼から見て、凛は敬愛する創造神の弟。
その凛から大量の魔素を費やされ、生まれた美羽は、今でこそ生まれたてのひよこみたいなもの。
だが凛に美羽。
どちらも自分と同等、或いはそれ以上のポテンシャルを秘め、敬うのに十分な資格を持つ…と彼は思っている。
(僕は呼び捨てで全然構わないんだけどなぁ。けどマクスウェル様がそう仰るし、ここは従った方が良いか。)
凛は美羽にアイコンタクトを送り、最初こそキョトンとされるも、すぐに意図を理解。
首肯で同意の意を示し、揃って「分かりました!」と返せば「うむ、その意気や良し」との言葉を頂戴した。
「さて、凛様はその刀があるとして…美羽殿には何を使わせるつもりじゃ?」
マクスウェルの問いに凛が美羽を見てみれば、彼女は下を向き、何やら考えている様だった。
ただ、彼女は生まれたばかりで間もない状態。
与えられた知識はあくまでも基礎的なものばかりで、それ以外だと右も左も分からない。
上記を理由に、答えへ行き着かなかったのだろう。
少し困った様子で、「…マスター、ボクはどうすれば良いんでしょう?」と凛に尋ねる。
「あー…そうだね。僕は剣を2本使った二刀流が似合うと思うんだけど。あ、双剣とも言うか。」
「二刀…流?双剣?」
凛の中で、初音ミ◯=左右に持った長ネギを振り回すとのイメージが。
ただそれを具現化したはずの当人はピンと来ておらず、可愛いらしく頭をこてん、と斜めに傾けるだけで終わった。
「う〜ん。口で説明するより、イメージを伝えた方が分かりやすい…ん?ナビ、もしかしてだけど、美羽とリンクすれば問題解決したりする?」
《可能です。》
「お、良かった。それじゃ美羽ともリンクをお願い。」
《畏まりました。少々お待ち下さい。》
少し上を向いて話す凛に、ナビが了承。
凛と美羽の間に、見えない繋がりの様なものを形成し始める。
2分後
《接続、完了しました。》
「分かった、ありがとう。」
《恐悦至極。》
ナビにお礼を述べた凛は、早速イメージの準備に取り掛かる。
「美羽。こんな感じなんだけど、上手く伝わってるかな?」
凛は目を閉じ、美羽と同じ様な容姿の女の子が右手に白い剣、左手には黒い剣を所持。
地上、或いは空中にて武器を自在に振り回し、まるで踊っているのではと錯覚しそうな位滑らかに動く姿をイメージ。
「わぁぁぁ、素敵ですー!!これがマスターの言う、二刀流や双剣の使い方なんですね♪」
「そうだね。美羽が双剣姿で舞う姿をイメージしてみたんだけど、喜んで貰えて良かったよ。」
彼に倣う形で瞑目した美羽は、軽く驚きながらも静かに観察。
見終わった後は花が咲いた様な笑みを浮かべ、逆に凛は上手く伝わって良かったと胸を撫で下ろす。
「マスターが見せてくれたイメージ(?)みたく動きたいです!早く、早く練習しましょう!」
「まあまあ慌てないで。まずは武器を用意してからだよ。」
「あ…そうでした。」
興奮気味で近寄った後、急かし過ぎたのか苦笑いで宥められる美羽。
恥ずかしくなったのか、「えへへ…」と言って凛から少し距離を取る。
「美羽が使う剣はイメージと同じ物で良い?」
「はい!マスターが見せてくれたのと同じ物が使いたいです!」
「分かった。それじゃ用意するね。」
凛は先程の刀で少し慣れたらしい。
今度は立ったまま目を閉じ、作業を開始した。
5分後
自身の前に掲げた凛の両掌の上には、2振りの剣が。
どちらも横向きの状態、且つ全長が70センチ程。
片方が白、もう片方は黒が主体で構成されていた。
「美羽お待たせ、剣が用意出来たよ。」
「わーーーい、ありがとうございまーすーー♪」
凛はたった今生成したばかりのそれらを前へ差し出し、美羽が嬉しそうに受け取る。
そのまま抱き締め、頬擦りしながらくるくると回る様は、庇護欲を唆られるものがある。(物自体は物騒だが)
「うむ。双方共に用意が出来たようじゃな。それでは始めるとするかの。」
「「はい!宜しくお願いします!!」」
元気の良い返事に、マクスウェルが「うむ」と頷く。
「凛様は連続での創造魔法使用により魔力を大分消費しとるみたいじゃし、魔力訓練は明日からにしようかの。と言う訳で、まずは素振りからじゃ。」
「「はい!!」」
マクスウェルがまずは見本となる一連の動きを見せ、2人へやらせてみる。
凛は考える素振りの後に無限収納から刀を取り出し、既に始めている美羽の横に立ち、彼女の動きに合わせて素振りを施行。
マクスウェルが良いと言って止める、一刻程続けられた。
その間2人は彼から色々とアドバイスを受け、その度に修整を行っている。
「少し武器の扱いに慣れてきたようじゃし、儂と軽く打ち合ってみるとするかの。ではお2人共、掛かってきなされ。」
マクスウェルはそう言って右手に持つ杖を前に掲げるのだが、彼はどこからどう見ても老人。
1対1がせいぜいじゃ…とか、無理に動かして腰が…となっては申し訳ないと考えた凛は、少し困り顔に。
「…僕達はまだまだ不慣れですし、動きも完全に素人です。それでも、僕達2人掛かりと言うのはちょっと…。」
「なぁに、大丈夫じゃ。儂はこう見えて創造神様の次に強いからのぉ。いくら凛様達が相手でも、負けてやるつもりは全くないぞい。あーほれほれ、良いから掛かって来なさい。」
やんわり諌めようとする凛に、マクスウェルは全く問題ないとばかりに杖を持っていない方の手でクイッ、クイッと挑発。
凛は逆に気を遣わせたと反省したが、それ以上におかしさが込み上げ、自然と笑みが零れた。
「ふふっ。分かりました、それなら全力で行かせて貰います。美羽、行くよっ!」
「はい!マスター!!」
しかしすぐに表情を引き締め、前傾姿勢でダッシュ。
美羽もそれに続き、やや遅れる形で駆け出した。
「よっ!やっ!はぁっ!!」
「えいっ!ていっ!やぁぁぁっ!!」
それからしばらくの間、3人の武器が打ち合う音が室内に響く。
凛と美羽はまだまだ動きに拙い部分はあるものの、時折良い攻撃を仕掛ける事も。
加えて、互いを意識しているのも大きいのだろう。
とても初めて組んだとは思えない位に上手く連携を組み、様々な方向から攻撃を加えていく。
そんな感じで2人は奮戦するも、マクスウェルの前では児戯に等しい。
彼の持つ杖で簡単に防がれ、或いは滑る形で往なされるがほとんどだった。
「むっ。おっ…まだまだじゃの。」
「わわっ!!」
「ほれ、美羽殿は足元がお留守じゃ。」
「きゃっ!!」
やがて不意を突かれた凛が左手でマクスウェルに投げ飛ばされ、それに動揺した美羽は杖による足払い。
凛は持ち前の運動神経の良さで難を逃れたものの、両足が宙に浮いた状態の美羽はそれが叶わない。
「わわわわ!」と両腕を上下させた後、デーンと盛大に尻もち。
「いたーい!」と悲鳴を上げる彼女に、凛が手を差し伸べる。
「攻撃も大事じゃが、他を疎かにすると足元を掬われるぞい。まぁお2方共、まだ動き自体が不慣れなので仕方ない部分もあるのじゃがの。」
「うーん…素振りで少しは慣れたつもりだったんですけどね。やはり、実際に動くのは難しい…と言う事ですか。」
「なぁに、これから学んでいけば良いんじゃよ。凛様は半分は人間じゃが、美羽殿に至っては全てが魔力で構成されておる。体の動かし方も人のそれとは違うからのぉ。」
元々人間だった凛は白神や里香の手によって精神生命体に近くなり、美羽は魔力のみで出来た魔力生命体。(又は、人工生命体や魔法生物と言えるかも知れないが)
それと2人はマクスウェルへの攻撃に対応しようと必死で気付いていない。
若しくは発想そのものに至っていなかったかもだが、どちらも体のつくりが人と異なる。
なのに意識のどこかで人間と同じ感覚のまま動こうとし、結果それがぎこちなさへと繋がって反応が遅れる…と言う部分が実は何回かあったりする。
「じゃがそれでも、儂が想像していたよりは動けておるから安心して良いぞい。連携も中々じゃったしの。」
「ありがとうございます!マクスウェル様のご期待に沿えるよう、これからも頑張ります!」
「ボクも!」
未来ある若者のやる気は眩しく、また非常に真っ直ぐでもあった。
「うむ、その意気じゃ。」
それがマクスウェルにとっては嬉しく、ふぉふぉふぉと笑いながら優しい目付きに。
それからも稽古は続き、更に数時間経ったところでようやくマクスウェルからストップの合図が。
凛と美羽の動きが目に見えて悪くなり、これ以上やっても無意味だと判断したからだ。
その頃には2人の足取りは既にかなりふらふらとしたもの。
食事も入浴も行わず割り当てられた部屋へと向かい、即就寝してしまう程だった。
「うーむ…ちとやり過ぎてしまったかも知れんのぉ。」
マクスウェルは訓練になるとスパルタな性格へ変わり、しかも本人に自覚がないと来た。
里香から少しでも早く強くと頼まれ、実践するも…初日から飛ばし過ぎたかとやや申し訳なさげにする。
だがすぐに凛達の為と割り切り、ベッドで深い眠りに入る2人へ毛布を掛け、優しい目付きをしてから部屋を去った。
因みに、凛達が訓練を行った大部屋の横には、20畳程のリビングダイニングルームらしき部屋が。
キッチンが備え付けられ、生活部屋と呼ばれるその部屋の隣には、10畳程の浴室。
その浴室の向かいには、現在凛と美羽が休んでいるベッド付きの部屋が4つ備え付けてあったりする。
訓練2日目 午前5時前
まだ早朝と言う事で寝静まり、誰もいないはずのキッチン。
そこで凛が料理の仕込みを行っていた。
昨日、凛は限界以上に体を酷使した影響により、何もする気力が湧かないまま就眠。
日課であり、趣味でもある料理を行う事が出来なかった。
なので考え方を変え、先に料理を作り、出来上がった物を無限収納へ保管。
時間停止の効果を利用し、出来たての状態を維持しつつ、いつでも食べたい時に取り出せば良いにシフト。
そして、今から行うはこの世界に来て初めてとなる調理作業。
美羽とマクスウェルが何時に起きて来るかは不明だが、何か問題が起きても対処しやすいよう、念の為地球にいた時よりも1時間程早く起きて臨む事にした。
「へー…地球のと形が少し違うだけで、中は完全に冷蔵庫なんだ。」
キッチンを一通り確認後、色んな角度から魔導冷蔵庫を観察した凛が独り言ちる。
魔導冷蔵庫はキッチンに備え付けてあり、見た目自体は地球の冷蔵庫とほとんど同じ。
また、この時点で凛はまだ知らなかったのだが、魔導冷蔵庫はここと里香が暮らしている箇所にしか置かれておらず、他…と言うか魔導冷蔵庫なる存在自体、ほぼほぼこの世界には存在しない。
機械その物の概念がないのもあるが、鉄等の金属類は専ら武具や貴金属に充てられるのが常識とされているからだ。
更に言えば、この世界では5人に1人位の割合で(大小関係なく)何らかの魔法適性が。
火で温めたり、氷ないし水で冷やす等してそこそこの生活が維持出来、今の生活で満足しているのもある。
因みに、凛が現在調査中の魔導冷蔵庫は、電気ではなく魔物の心臓の横にある魔力を帯びた『魔石』と呼ばれる石が動力源。
しかし今の所、魔石の使い道は魔法に関してか超簡単な電化製品(照明等)っぽいものにしか使用されない。
しかも高級品で一般家庭が手にする機会があまり恵まれないとの理由から、冒険者や人々は魔石をあまり重要視していなかったりする。
それからも凛は魔導冷蔵庫の調査を続行。
何かを設置するであろう器具があるのは分かったものの、中身は空っぽ。
魔石もついておらず、どう言った仕組みなのかさっぱりだった。
「んー…でもここの場所みたいに、気になる所が何箇所かあるなぁ。後でマクスウェル様に聞いてみるか…。」
《………。》
その結果現時点では使えない事が分かり、凛は魔導冷蔵庫を使用する事を断念。
ナビは何か言いたそうにしていたが、自身の情報元は凛の知識や経験、地球の事に関するもののみ。
魔導冷蔵庫についての情報を持ち合わせておらず、黙るしかなかった。
今日の分の食材は、取り敢えず万物創造で用意。
魔導冷蔵庫については、朝食を食べながら、若しくは朝食後にでもマクスウェルへ尋ねる旨を決める。
その万物創造での食材生成について。
今より少し前、凛は調理台へ立つよりも先。
つまり宛てがわれた自室にて、軽く万物創造の検証を行っていた。
その際、生きている動物は生成不可で、野菜や果物は皮付きのまま。
肉や魚はブロックだったり、カットされた状態で出現する事が分かった。
それらをキッチンに備え付けてあった、魔力を用いる事で使用出来る魔導コンロ(これも同じく世界に2台しかないらしい)で調理。
鉄製のフライパン等の調理器具はあったので、土鍋だけ万物創造で用意した。
「〜♪」
凛は両親が共働きと言う事で小さい内から母の手伝いをし、料理歴はかれこれ15年位。
その手付きは慣れたもので、ご機嫌な様子で料理を作っていく。
やがて、朝食である焼き魚に(ベビーリーフが乗った)目玉焼き。
味噌汁、浅漬け、ご飯の用意が完了。
それよりも先に、胡椒で軽く味付けしたスクランブルエッグ、レタスとベーコンとトマト、ツナとマヨネーズを混ぜたサンドイッチ各種。
鶏の胸肉と長ネギに塩、胡椒、ニンニク、マヨネーズを使った鶏胸肉のネギマヨ焼き。
(サンドイッチので余った)スクランブルエッグとツナマヨネーズ、トマトとレタスを使ったサラダ。
ペペロンチーノ、コンソメの素とウインナーとキャベツを使ったスープを作製。
サンドイッチ各種はお昼用、ネギマヨ焼き等は夜用で無限収納に収めてある。
最後に、朝食の終わりに食べるつもりで焼き上げたパンケーキを皿に乗せ、創造魔法で苺ジャムとブルーベリージャムを用意。
以上で調理完了とした。
午前7時過ぎ
「甘ーーい♪これ美味しいですー!」
「…うむ。ここまで甘い食べ物を口にするのは儂も初めてじゃ。」
美羽が幸せそうに両頬へ手を当て、マクスウェルは噛み締める様にして頷く。
2人には予めどう言った料理かを伝えたものの、それでも1つ1つ食べる毎に驚き、良いリアクションを示していた。
「マクスウェル様、この世界って甘い物が少ないのですか?」
「左様。この世界にも果物はあるのじゃが、そのまま食べるか乾燥させるかが主流での。パンに至っては、そのまま食べるかスープに浸して柔らかくするしかないのじゃ。」
「「へー。」」
「一般で売られている果物は魔素があまり入っておらぬ故、然程甘くない。ここまでのものを用意しようとなれば、確実に魔素点へ赴いての採取となるじゃろう。」
「その果物を加工する知識や技術は…。」
「『今は』まずないと見て間違いないと思うぞい。」
「今はと仰る事は、以前はあった訳ですね?」
「うむ。昔、転生者が考案したものが幾つかあった。じゃがどの材料も費用が嵩むし、欲に目が眩んだ周りからの圧力や敵に、魔物の襲撃等も重なってのぅ。一部を除き、失伝してしもうた。」
「失伝、ですか。シロから食料事情や調理方法は多少聞いてはいましたが…これを変えるのは苦労しそうですね…。」
「そうじゃな、創造神様も其方には大変期待しておられた。かく言う儂も、実は楽しみにしておったのじゃが。」
「マクスウェル様がですか?」
「意外かの?儂ら精霊は、魔素さえあれば正直食事は必要ではない。じゃがこれだけ完成された食事じゃ。これからも食べれるとなれば、俄然やる気が出てもおかしくはないじゃろう?」
「成程。」
「そしてこれは凛様にも言える事でもある。」
「呼吸や排泄が必要なくなり、食べた物がそのまま魔素の回復を促進してくれる…でしたっけ。ありがたいのはありがたいですが、元人間の僕としては少し複雑と言いますか…。」
ナイフとフォークを置いた凛が、はぁ~っと盛大に溜め息をつく。
これにマクスウェルはふぉふぉふぉ、と笑うのだが、凛からすれば突然過ぎる事態に、一応の理解は示しても心が付いていかない状態。
ましてや、今まで当たり前だと思っていた呼吸やトイレ事情が不要な現在。
分かってはいても習慣から来る癖でついつい行おうとし、その度に軽く凹んでいたりもする。
午前8時頃
「さて、今日から午前中は体内の魔素を扱う魔力の訓練。正午に1時間の休憩を挟んだ後に武器の訓練。夕方は自主訓練の順番で行っていくぞい。魔素は自然に回復するが、寛いでいる方が回復が早い。1日を通し、訓練を終えるのは夕方までとしようかの。」
朝食と食休みを終え、凛達は昨日も訓練を行った大部屋へ移動。
大まかなスケジュールを告げるマクスウェルに、凛がスッと右手を挙げる。
「…マクスウェル様。夕方の自主訓練って、具体的には何をすれば良いのですか?」
「何でも良いぞい。今日習った事を含めた復習に充てるも良し。何か思い付いたのであれば、それを試すも良しじゃ。」
「成程…つまり、そこで創造魔法を使用しての訓練を行っても良い、と言う訳ですね?」
「左様。余程変なのでなければ好きな様に訓練して貰って構わんぞい。」
「(やった!)分かりました!」
マクスウェルの答えに、凛は内心ガッツポーズを交えながらやる気を見せる。
「さて…早速魔力訓練を始めようと思うのじゃが、魔力を扱ったり感じたりするにはいくつかの方法があるのじゃ。詳しく説明したい所じゃがろあまり時間もないからの。
少々性急ではあるが、儂の魔力をお2方へ流し、感じ取って貰う事から始めようと思う。凛様、美羽殿。2人共儂の手を握って貰っても宜しいかの?」
そう言って、マクスウェルは自身の両斜め前に手を差し出す。
凛は握手する形で彼の右手を握り、美羽もそれに倣って反対の手を取る。
「少しでも魔力を感じやすいよう、目を閉じるのをオススメするぞい。」
「「はい。」」
「うむ。それでは…始めるとしようか。」
10秒後
「…マクスウェル様。何か流れて来た様に感じますが、これが魔力ですか?」
自身の手を通じ、マクスウェルの方からぽかぽかとした少し温かい『何か』が流れて来るのが分かった凛。
目を開け、尋ねた相手から「流石凛様じゃ」と褒められ、少しだけ気分を良くする。
「その流れた魔力を体内に巡らせた後、儂に戻す事は出来るかの?」
「うーん…?やってみます。」
しかし喜びも束の間。
いきなりの無理難題に眉を顰め、その状態のまま目を閉じ、再度集中。
1分後
身体中の血管に流れる血液=魔力だと凛はイメージ。
手から腕、心臓、頭、反対の手、足…と巡らせ、最後にマクスウェルへと魔力を送り返してみる。
「…こんな感じでしょうか?」
「初めてにしては上出来じゃ。凛様は飲み込みが早いのう。」
凛はやや自信なさげだったが、マクスウェルの朗らかな笑みに「良かった…」と安堵。
「なんとなくコツは掴みましたが、(魔力を)使い熟すまで中々に苦労しそうですね。」
「うむ。じゃが魔力の扱いに長けると色々と役立つし、これからの凛様の為にもなる。ここでの訓練を終えた後も日々研鑽を積むと良いぞい。」
「はい!分かりました!」
このまま和やかな雰囲気が続く…かと思いきや、すぐ近くから力ない声が届けられた。
「マスタぁ~…。」
隣に立つ美羽だった。
彼女の縋る様な視線に、凛は「ん?美羽、どうかした?」と応える。
「左手に何か流れて来たのは分かったんですけど、この後どうやれば良いのかが全然分からないですぅ…。」
「「あーー…。」」
「これはちょっと…。」
「うむ。当然と言えば当然じゃのぉ。」
「ですよね。美羽は昨日生まれたばかりで知識、経験共に皆無の状態ですもんね…。」
彼女の申し出に、凛とマクスウェルは納得しつつも複雑な表情に。
共に何とも言えない笑みを浮かべるしかなかった。
「うぅっ、ごめんなさい…。」
「前提知識がない上、手探り状態で今すぐ分かれって方が難しいと思う。大丈夫、僕も手伝うからさ、これから少しずつ色んな事を学んでいこう?」
「はい…!」
左手を肩に乗せて励ます凛に美羽がやる気を漲らせた結果、5分程で感覚を掴めた。
以降も訓練は続けられ、晩ご飯の時間に。
その際、鶏胸肉のネギマヨ焼きを出してみたのだが、特に美羽からの評価が高かった。
「この長ネギが美味しいですーっ!!」
訂正、鶏胸肉のネギマヨ焼きが…ではなく、良い感じに焼けた長ネギがだった。
「そ、そう?(…何故だろう。美羽がネギが好きなのは予想してたのに、何か納得いかない…。)」
その後も美羽がやたら長ネギだけを褒めた為、凛の内心は複雑だ。
近くでマクスウェルが「他のも美味しいぞい」と言っていたが、普通にスルーされた。
食事を済ませ、マクスウェルから風呂に入るよう勧められ(準備は彼がしてくれたらしい)た凛は、言われるがまま浴室へ。
入って少しした頃に美羽が乱入し、一悶着あったのは言うまでもない。
「えっ…。」
すったもんだの騒ぎを済ませ、体を拭き終えた凛が脱衣所に用意された服を見て固まる。
そこにあったのは白いワイシャツ。
しかも何故か少し大きめなサイズ1枚だけだった。
辺りを見回すも他に着替えとなるものは何もなく、腰に巻いたタオル一丁のままで「えぇ…?」と困惑。
「着替えってこれだけ…?」
「マスターとお揃いですー♪」
そんな凛の左脇腹へ、美羽による突然のハグ。
それも凛と同じワイシャツに浮かれ、意識がそちらに向くあまり良く分かっていないみたいだが…今の彼女は結構際どい状態。
髪からは水が滴り落ち、胸元を含めたワイシャツ全体が濡れ、軽く透けていたからだ。
タオルの使い方をきちんと教えなかった凛にも問題があったのだろうが、無知故にどうしても体の拭き方が甘くなったのだろう。
「?」
「わっ!と、取り敢えず美羽離れて…。」
ともあれ、彼女程の美貌を持つ少女の。
加えてあられもない姿となれば、凛が慌てるのも必然。
きょとんとする美羽の両肩に手を置き、急いで押し退けようとする。
「嫌ですー、お断りしますー♪」
「え、どうしてそのフレーズ知ってるの!?」
「ご遠慮しますー♪」
「だから何で!?」
その彼の手を擦り抜け、まさかの胸元への頭グリグリ。
里香を思わせる様な反応に凛は驚きを禁じ得ず、益々テンパる羽目に。
2人によるちょっとしたラブコメ(?)はもうしばらく続き、どうにか宥め、落ち着かせてから万物創造で色違いのスウェット上下を準備。
ようやく落ち着き、何故あの様な形になったのかをマクスウェルへ尋ねてみる。
「取り敢えず置いてくれれば良い、とだけ言われてのぅ。儂も不思議に思ってはおったんじゃ。」
彼も理由は聞かされていなかったらしい。
里香から説明も何もなく渡された点から見るに、完全に姉の独断。
凛はしてやられたと盛大に溜め息をつき、これも教訓かと割り切るしかなかった。(諦めたとも言う)
続けて一緒の部屋へ向かい、やってはいけない事を懇切丁寧に伝え、最後に確認の意味も込めて復唱。
(取り敢えずではあるが)理解したと捉えた凛が離れようとし、美羽から右手を掴まれる形で一緒に寝ようとおねだり。
出来れば逃げたかったのだが、捨てられた子犬みたくダメ?と瞳をうるうるさせながらお願いされては断るに断れない。
う…との呻き声の後に短い溜め息を漏らし、今日だけを条件に許可。
美羽が諸手を挙げて喜び、一緒のベッドで就寝したのは語るまでもない。
4日目の夕方頃
「…凛様。以前から言おうと思っていたのじゃが、其方変わった戦い方をするのじゃな。刀そのものだけでなく、刀の鞘と足技も用いるとはの。」
「あ、ボクも同じ事を思ってました!」
マクスウェルと美羽の指摘に、凛はそれまで行っていた自主練の手を止める。
彼の右手に刀、左手には鞘が握られており、素振りの合間にハイキックや飛び回し蹴りを行う等。
独特とも呼べる雰囲気を醸し出す姿が気に留まったのだろう。
「美羽は双剣ですし、マクスウェル様は空いた左手を使ったりとか、予想もしない角度から杖の攻撃を仕掛けて来ますよね。対する僕が使うのは刀1本だけ。普通にやると手数が足りません。
これだと1つ1つの攻撃が軽くなるとの欠点がありますが、バリエーションは増えます。それに鞘は逆手に持っていますので、戦いながら抜刀…居合術にも使えるかなぁ…なんて思いながら練習しているところです。」
「成程、色々と考えてるんじゃのぉ。」
「自分で言うのもなんですが、僕は小柄ですからね。どうしても力で劣る分、小回りを利かせ、手数を多くするにシフトせざるを得ないかなぁと。鞘は僕にとって長いので、腰に差さず持ったままがベストだと判断しました。」
「「成程(のう)…。」」
少し恥ずかしくなったのか下を向き、後頭部を掻く凛に、マクスウェルは顎髭を撫で、美羽は感心した顔になる。
7日目の自主訓練が終わる頃
「マスター。マスター。」
今日から新しい試みを行っていた凛。
その彼の元へ、不思議そうな表情の美羽が尋ねて来た。
「ん?美羽、どうかした?」
「マスターは、にゅーたいぷ?なのですか?」
凛は作業を中断。
頬に左手人差し指を当て、可愛らしく首を傾けながらの質問に困惑するのだった。